第17話.3-3

 話を聞き終えた城山が、興味深い情報をくれた。

「つまり友達が、自殺したように見せ掛けて殺されたってこと? 死に方は?」

「おそらく絞殺です。その後、首吊りに見えるように細工されたんだと思います」

「絞殺かあ……。それで、その死んだ日は?」

 そんなことを聞いてどうするのだろうか、と疑問に思いつつ、キイチは話した。すると城山はひとり納得した様子で頷き、次にはヒロの容姿を聞いてきた。いよいよ訳がわからないと怪訝に思い始めたキイチ。そんな相手に城山は言った。

「さっき話してたアングラサイトにね、女子高生の首吊り死体の画像が投稿されてたんだ。なんでも、最近首を吊った子らしくてさ、名前は伏せられていたんだけれど、もしかしたらって思ってね」

 瞬間、キイチは掴み掛からん勢いで城山に迫り、そのサイト名を聞き出した。

 実際にその画像を見て問題が解決するとは思っていない。

 しかし今はすこしでも情報が欲しい、すこしでも犯人に近付くために。

 キイチは早々にそのサイトを調べるため、今回の情報交換の場を閉めることにした。

 城山と別れたのは、それからすぐのことだった。

「じゃあ、ここで。犯人に関する情報が入ったら、俺にも連絡して」

 城山はキイチとメールアドレスを交換して去っていた。

 キイチとスミレは、それからすぐに三木宅を目指して移動を始めた。

 スミレの家が近かったことと、彼女がパソコンを個人所有していたからだ。

 空は夕暮れ。

 三木宅に着くと、スミレは慣れた様子で郵便受けを開いた。中には簡素な封筒が一通だけ。どうやら彼女宛のようだ。スミレは目を細めて見据えた後、周囲を見回した。なにかを探す目。どうしたんだ、とキイチ。スミレはなんでもない、と答え、家の中へと入っていく。キイチは気になって周囲を見回す。すると、二〇メートルほど先の曲がり角に人影を見つけた。誰だろうか。そのままじっと見ていると、その人影は逃げるように消えた。遅れること数秒、スミレが入ってこいと呼んできた。キイチは呼ばれるままに家の中へ。そしてスミレと共に彼女の自室へと入った。ノートパソコンが机の上にあった。キイチはさっそく起動し、ネットに接続。城山から教えてもらったサイト名で検索を掛けると、そのウェブサイトにはすぐに行き着いた。ホームページが画面に映る。真っ黒な背景に青文字のサイト名が流れる。キイチは確認を込めて側のスミレへと振り向く。これから見るであろう世界は、おそらく自分達の常識から逸脱した世界。それを覗くことになるが、本当の良いのかという確認。スミレは首肯。それを受け、キイチはサイトの趣旨を探るように見て回る。どうやらこのサイトは、おもに訪問者達が掲示板に投稿した画像や動画を題材に、チャットルームを用いて駄弁り合うというお気楽なもののようだ。無論、その題材が温かみのある物ならば、という前提だが。キイチは過去の訪問者達のやり取りを見て回ろうとしたが、その必要はないとをすぐに悟る。題材としている画像があまりにも悪趣味だったのだ。まずテレビ放送で映されることがない画像。それらが当たり前のように投稿され、訪問者達はお笑い画像を嗜むような軽さで会話を繰り広げていた。こいつらの常識は破綻している。二人はそう思った。しかしここで引き返しては意味がないと過去の題材を遡っていく。もしかしたらその中に芳野ヒロの自殺画像があるかもしれないからだ。

 可能性の話。だが、見逃せない話。

 そうして二人は、その画像を見つけてしまう。

 掃き出し窓から差し込む夕陽を背景にしているため、それは陰となっている。しかしそれでもわかる。

 天井からぶら下がった自殺死体。

 探していた画像であり、見たくなかった画像。

 縄に首を縛られ、だらんと脱力した姿がそこにあった。

 キイチは目を細め、スミレは画面から視線を外す。

 ケイとは違い、実際に見たのはこの時が初めてだった。それだけに耐性がついていないようだ。心が抉られるような苦痛に思わず顔を顰めてしまう。

 まったく理解できない世界だと思った矢先、キイチが気付く。

「……なんで、こんな単純なことに今まで気付かなかったんだ」

「なにが?」

「俺達は、調べるべき方向性を間違ってたんだ」

「はあ?」

 キイチは窓に駆け寄って開け放つ。すると、部屋に風が吹き込んできた。キイチは怪訝にするスミレを余所に空を見上げる。空模様は、夕暮れから夜に変わろうとしていた。

「スミレ。最近は何時くらいに夕空になって、夕陽は何時くらいに沈むんだ?」

 質問の意図がわからなかったが、スミレは答えた。

「四時くらいには夕焼けになって、五時くらいには暗くなり始めてたと思う」

 そうか、と返事し、キイチは携帯電話で何処かへと通話を始めた。どうやら相手はヒロの母親――カオルのようだ。キイチがなにかを尋ねる。返答はしばらくしてからあったらしく、そうですかと答えて通話を切った。

 スミレはいよいよ意味がわからないと問い質す。

 するとキイチはパソコンのディスプレイを指差した。

「お前は、その画像が何時くらいに撮られたやつだと思う」

 スミレは画面へと目を向ける。ヒロの首吊り死体。場所は芳野宅のリビング。外からは夕陽が差し込んできている。影の様子から、ずいぶんと陽は傾いているようだ。それに塀ですこし見にくくはあるが、僅かに見える空は夜になろうとしている。

 そう、今の空のような暗さだ。

「でも、それがなんだってのよ」

「ヒロは自宅で死んだんだ。そしてその映像と画像を犯人は撮った。だが、おかしいだろ。どうしてヒロの家でそれが出来る。そもそもどうやってヒロの家に入った」

「家に押し入ったとか?」

「じゃあヒロは抵抗したのか? 抵抗したために家の中が散らかりでもしたか?」

 スミレはハッとしてふたたび画面へと目を向ける。リビングに荒れた形跡はない。もちろん、そこに映っているのは芳野宅の一部に過ぎない。しかしヒロの死に場所となったリビングが荒れていないのは、たしかに不自然と考えるのが妥当に思えた。

「考えられるのは、ヒロが犯人を招き入れた後、絞殺された可能性だな」

「なっ――犯人を招き入れたって、そんな馬鹿な……」

「それを踏まえて考えると……。おそらくだが、犯人はヒロと顔見知りだ。見知った顔だからと家に上げたら、背後から首を絞められたってところか」

「なんでそんなことが断定できるのよ」

「断定じゃない。あくまで可能性の話だ。そもそもヒロの家は住宅街にあるんだぞ。そんな所に強引に乗り込めば、ヒロは間違いなく助けを呼ぶ。そうなれば騒ぎになるのは間違いない。犯人がそんな愚を犯すと思うか?」

「でも、例えば即効性の睡眠薬を持ってて、それを使って押し入ったとか」

「あのなあ……。たとえ即効性だろうと、万が一にも騒がれたくない立場の人間がそんな強引な手を使うかよ」

「じゃあ騒がれないようなネタで脅して押し入ったとか」

「だから、ないって。見ず知らずの奴が突きつけてきたネタを鵜呑みにして、わざわざ家の中に招き入れる馬鹿がどこにいるんだよ」

「じゃあ、ナイフとかの凶器で……」

「だーから、犯人からすれば、万が一にも騒がれちゃ困るって言ってんだろ。……顔見知りに犯人がいるなんて考えたくないその気持ちはわかるけど、現実を見ろよ」

 スミレはぐっと下唇を噛んだ。わかっていたのだ、先の例のいっさいが現実的ではないと。それでも、その可能性を考えたくなかった。

 だが、キイチの言うとおりなのだろう。

 今はすこしでも可能性のあるものにすがるしかない。

「スミレ、覚えてるか? おばさんがいつ頃から外出していたか」

 ここで言うおばさんとは、カオルのことだろう。

 キイチに問われ、スミレは記憶を探った。

「たしかあ……。ヒロが帰ってくる前に、一時間くらい買い物で家を空けてたって」

「そうだ。っで、さっきおばさんに電話で確認したんだが、前々からヒロが帰ってくる前に買い物を済ませるようにしていたらしい」

 さっきの電話はそれかと思いつつ、それが何なのかとスミレは疑問を投げ掛ける。

「いいか、スミレ。おそらくヒロの件は突発的ではなく、計画的な犯行だ。さすがに撮影機材まで持ち込んでの犯行が思いつきとは考えにくいからな。さらに言えば、犯人はおばさんが家を空ける時間帯を知っていた可能性が高い」

「つまり家にヒロしかいないことを知った上で、犯人が芳野家を訪れたってこと?」

「そうだ。そして、そうなると一つの可能性が浮かび上がる」

「それは?」

「簡単だ。――犯人の目撃情報だよ」

 あ、と思わず声を上げたスミレに、キイチは今後の方針を告げた。

「俺達はもっとも単純で重要なことを失念してたんだ。時間帯もおおかたは絞れたわけだし、明日からは聞き込みを中心に、ヒロの顔見知りのアリバイも探っていくぞ」

 この提案に異論があるはずもなかった。

 スミレは黙したままこくりと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る