第16話.3-2

 挨拶を終えたところで、キイチが改めて城山に謝辞を述べた。恋人を殺されたという悲惨な事件を、また思い出してまで話してくれと言うのだから、こうして重ねて礼を言うのは当然だと思ったのだ。しかし城山は気にしなくていい、と返答。それどころか、彼も連続殺人事件の情報を集めていると言うのだ。今日、こうして会ってくれたのも、キイチ達が連続殺人事件の情報を集めていると聞いたからで、実際に会って情報を交換したかったからなのだと彼は言い加えた。

「そうだったんですか。それじゃあ、その、いろいろと情報を持っていたり……」

「どうだろう。俺の持ってる情報なんて、とあるウェブサイトで集めたものだしね」

「ウェブ……。ネットですか?」

 それではあまり信頼できないな、と落胆するキイチの心情を読んだように、城山はポケットからスマートフォンを取り出した。

「これを見てくれ」

 キイチとスミレは揃って差し出された画面を覗き込んだ。そこには幾つもの名前が欄分けして並んでおり、名前の隣にはその人物の個人情報が書き込まれていた。

「これは?」

「被害者の身元情報一覧だよ」

 二人は驚くが、城山は平然と構えていた。その様子から嘘偽りは感受できない。まさか本当に? と確認するキイチ。こんな警察しか持ち得ていなさそうな情報を、なぜにフリーターのあなたが持っているのか、と問うように。城山はそう思われることを予見していたのか、ふっと鼻を鳴らした。

「じつは俺、恋人を殺されてからとあるアングラサイトを覗くようにしているんだ」

「アングラってなんですか?」

「アンダーグラウンドの略称だよ。言わば、吹き溜まり。一般人が不謹慎だと言うようなことを平然と語り合っていたり、残忍なことを嬉々として楽しんでる連中。そんな社会不適合者達が集っているサイトをね、俺はずっとチェックしているんだ」

「なんでそんな……」

「理由は二つ。一つ、連続殺人犯の偏った性癖をすこしでも理解するには、そう言った世界を覗くのが手っ取り早いから。もう一つは、多くの情報が溢れているから」

「多くの情報?」

「そこにはね、目を覆いたくなるようなグロテスクな画像や映像なんかを投稿し合い、それについて考察、または話のネタにして駄弁っていたりしているんだよ」

「……それは、ずいぶんと不愉快な話ですね」

「浅見くん。きみ、ネットの世界をどうおもう?」

「どうって聞かれても……。嘘の多い世界としか」

「なんでそうおもうの?」

「やっぱり面と向かって話すわけではないので、いい加減な情報が多いかなって」

「間違ってはいないかな。でも、正解ではない。……浅見くん、テレビは観る?」

 キイチはその問いの意味がわからなかった。

 しかし相手は意に介さない。

「例えば、きみは世界中で貧困に喘ぐ子供の映像を見てどうおもう?」

「可哀想だなとおもいます」

「なぜ?」

「なぜって聞かれても……。映像として見えてるからとしか」

「じゃあ、本なら? さっき言った貧困に喘ぐ子供。それを文章として目にしたら、君は可哀想だと思える?」

「まあ、可哀想だとおもいますよ。ただ、映像と比べて気持ちに優劣というか、大小というか、違いは出来てしまうと思いますけど」

「それはなぜ?」

「やっぱり情報量だとおもいます。映像媒体よりも活字媒体の方が視覚的な情報量が劣ってしまうので、その分、感情移入が難しくなるんだとおもいます」

 キイチの答えに、城山は満足そうだった。どうやら同意らしい。

「では、その話を踏まえて次の質問。浅見くん、友達は何人くらいいるの?」

「正確な人数はわかりませんけど……」

「一〇〇人くらい? 九〇、八〇、七〇、六〇……まだそれよりも少ない?」

「友達の定義によりますけど、それなりの頻度で連絡を取り合う仲という意味でなら、多く見積もって二〇人くらいだとおもいます」

「へえ、そんなものか。――と、話が逸れたね。さっきのアングラサイトの話に戻すけど、そのサイトに一日にどれくらいの人がやって来るとおもう?」

 キイチは首を捻った。実際に見たこともないサイトの訪問者数なんてわかるはずもないし、アングラサイトに入り浸るような人数に興味など無かったからだ。それでも答えるとするならば、やはり相当に少ないと考えるべきか。だとすれば。

「一〇、二〇人くらいですか?」

「そのサイトの端にカウンターがあるんだけど、だいたい一日に五〇〇くらい回るよ」

「え、そんなに!」

「おそらく、あのカウンターは一回の訪問で一を刻む形式だろうね。つまりは、一人が何回も訪問し直せば、それだけ数字が加算される。そういう意味で、五〇〇もの人達が利用しているわけじゃないと思うよ。たぶん、実数は一〇〇人程度だとおもう」

「それでも一〇〇人もいるわけじゃないですか」

「まあ、ネットは全国規模だからね。それなりの人数になってしまうんだろう。――なんにせよ、それだけの人間が似通った情報をやり取りしているわけだよ。人間とは、言わば目だ。ひとりの人間が把握できる視野や視角なんてたかが知れている。だけど一〇〇もの人間が、ひとつの事柄を多角から考察しているんだ。これは、恐ろしい情報量だと思わないかい?」

「それは……」

「つまりはそういうことだよ。この被害者の身元情報。これね、そのサイトで拾ったんだ。一〇〇人の中の何人かが被害者と知人らしくてね、情報を提供し合ったんだ。そうして作り上げられたのが、これ。ここまで来ると、ネットでも説得力があるだろ?」

 キイチは改めて画面に映った一覧を見た。今の城山の話により充分な説得力を得た情報。ここに、此度の事件解決の糸口があるように思えたのだ。が、この一覧からなにが読み取れるのか、それがわからない。そのとき、スマートフォンが城山のポケットに戻された。それを追って、自然とそちらへと向いてしまう。

「さて、次はこっちだね。やっぱりギブ&テイクで行かないと不公平でしょ?」

 キイチは話を促すように手を差し伸べた。

「じゃあ聞くけど。きみ達はさ、連続殺人事件について、どこまで知り得てるの? そして、どうして連続殺人事件のことを調べてるの?」

 いきなりの核心。さて、これはどうしたものか。真実を語るべきなのだろうが、どこまで話して良いものか。ヒロのことは話すしかないだろう。問題はその先、ケイのことだ。友人が犯人を殺そうとしています。そしてそれを止めるため、自分達は行動しているんです、と伝えるべきなのか。どうしたものかとスミレに視線で問う。すると、ご随意に、と言うような答えが態度で返ってきた。ずいぶんと他人事じゃないか、と文句の一つでも言いたかったが、今はよしておくことにする。

 しばらく思案したキイチは、ケイのこと以外は打ち明けることにした。

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