第15話.3-1

 キイチとスミレは、ファーストフード店の二階の窓際席で向かい合っていた。

 トレーの上にはドリンクが二つ。ゆっくりと話をする様相は整っていた。しかし二人は沈黙を守る。陽気な空気が充満する店内で、二人の間にだけは鬱々とした空気が流れていた。見る人が見れば、別れ話をするカップルにも見えただろう。

「ねえ、キイチ。私達のしてることって正しいのかな?」

 スミレがドリンクを飲んでから切り出した。キイチは相手の目を見る。彼女は外を向いて、目を合わせようとしない。どうやら真剣な話のようだ。

「ケイがヒロを殺した犯人を殺すって言ったから、私達は情報を集めることになったわけだけど……。本当に私達がしてることって正しいのかな?」

「さあな。でも、こうするしかなったのも事実だ」

 キイチの声は素っ気ない。そんなことを聞いてくるな、と言っているようだった。

「でもさ、私達ってケイに嘘をついてることになるよね」

「それで?」

「なんか、嫌じゃない?」

「仕方ないだろ。そもそもお互いにそのつもりで、ケイの殺人に協力するって嘘をついたんじゃねえか。今さらにそんなこと言うなよ」

「そうだよね。そのために情報を集めてるわけだし……」

 実のところ、二人の情報収集は上手く行っていた。連続殺人事件の被害者の知人などは、まるで不思議体験を語り聞かせようとする子供みたいに語ってくれたのだ。それについてはありがたいことなのだが、どうも釈然としない。人の薄情さをまざまざと見せつけられたような、そんな感覚。

 しかし何故、二人は情報収集が上手く行ってないとケイに嘘をついているのか。

 その理由はひとつ。

 すこしでも長い時間、ケイが動かないようにするためである。

 では、どうしてケイが動かないように仕向ける必要があったのか。

 それを説明するには最初の嘘を明かさなければならない。

 嘘の始まりは、喫茶店でケイに殺人宣言をされた時だった。

 殺人を宣言され、一応にキイチが説得を試みるも、ケイの意志は変わりそうにない。そこでスミレはケイに同調することにした。反対者よりも賛同者の声の方が耳に入りやすいからだ。そして賛同者の言葉として、ケイに先走るなと言い付けた。無論、そのときに発した言葉に偽りはない。勝手な行動を取った結果、ケイに危険が及ぶ可能性は充分にあるのだ。このとき、キイチはようやくスミレの意図に気付いた。だから自身も賛同者となってケイに待機を命じた。勝手に行動し、運良くも犯人に行き着く可能性を潰すために。

 つまり両名ともその腹には共通した思惑を潜めていたわけである。

 ――ケイに犯人を殺させないという。

 そのために二人はケイに嘘をつき続けることにした。

「確かに嘘をついてることになるだろうが……」

 キイチはドリンクを飲んでから続きを言う。

「それは仕方ないことだろ。ケイに殺人をさせないためなんだ」

 当然、嘘をついているという後ろ暗さはある。しかしそれは致し方ないのだ。友人を殺人犯にしないための、せめてもの方策。こればかりは致し方ない。

「だからケイが痺れを切らせてしまう前に俺達だけで犯人を見つけ出し、警察に突き出してやるんだ」

 それが、キイチとスミレが密かに立てた作戦の全貌。もちろん、自分達で探すよりも警察を頼った方が得策だろう。しかし友達が犯人を殺そうとしているなどと、どうして言えるだろうか。

 ゆえに二人は、自分達の力だけで犯人の捜索を続けていたのだ。

「ごめん、どうかしてた」

 キイチの言葉を聞き終えると、スミレは目を伏せた。

「そうだよね。この嘘は仕方ないことなんだよね」

「当然だろ。俺達はケイに殺人をさせちゃ駄目なんだ。友達だから止めるんだ」

 キイチは目を逸らした、後ろ暗さを誤魔化すように。

 きっと俺達は間違っていない。だって、友人を殺人犯にしないためなんだから。そのためにつく嘘は、決して咎めを受けるものじゃない。そうに決まっている。

 キイチは心にそう言い聞かせる。

 しかし、なんでだろう。

 心がまったく晴れていない。もやもやする。

 これが、嘘をついているということ。

 これが、隠し事をしているということ。

「……ちっ」

 キイチは小さな舌打ちをした。

 だったらなんだ。どう考えても間違ってないだろ。友人を殺人犯にしないための嘘なんだ。間違っているはずがない。この選択以外は存在しない。

「あ、キイチ。そろそろ時間……」

 スミレが自分の腕時計を見て言った。

 キイチは携帯電話で時刻を確認する。

「ああ、そろそろ約束の時間だな」

 二人は待ち合わせをしていた、新たな情報提供者と。

 連続殺人犯の被害者の恋人だったという男性。昨日、情報収集をしていた際、その男性を紹介され、今日、会う予定となっていたのだ。まだ顔合わせをしていないが、有益な情報を提供してくれる人であることを願うばかりである。

 時計の針が回る。一秒、二秒。そうして二分、三分と過ぎ、約束の時間を指した。

 そのとき。

「ねえ、キイチ。もしかしてあの人じゃない?」

 スミレが一方を指差す。見ると、一人の青年がキョロキョロと店内を見回していた。その手に注文品の類はない。ひと目で、誰かと待ち合わせているとわかった。キイチは席を立つと、その青年に歩み寄り、確認。どうやら約束の人物らしい。キイチは青年を連れて席に戻った。スミレが落ち着いた様子で立ち上がり、自分の席を空ける。青年は察してその席に座り、スミレはテーブルを回ってキイチの横の席に腰を落とした。そして向かい合わせの状態を作ったのだ。

「あの、もう一度確認してもいいですか?」

 キイチが青年に尋ねる。

「今日、お話を聞かせてもらえることになっている……」

「そうだよ」

「あ、そうですか」

 キイチは意味深に目を伏せた。

 見覚えがあったのだ、その人物に。

 話しをしたことはない。しかし顔は覚えている。記憶が正しければ、ケイの仕事バイトの先輩だ。何度か、ケイをからかいに赴いたことがある。そのときに見掛けた記憶があるのだ。言い換えれば、それ以上のことは知らない。が、まさか友人の知人に、連続殺人事件の被害者の関係者がいたとは驚きだ。

 対する青年は笑顔だった。それこそ、気の知れた友人と駄弁りに来たように。

 そんな表情を見て、キイチは怪訝に眉根を寄せる。

 あれ? この人って、こんなにも笑う人だったっけ?

 そんなキイチの戸惑いを余所に青年は言う。

「とりあえず、自己紹介でもしようか」

 キイチとスミレは互いに顔を見合わせた後、首肯。

「えっと、浅見キイチです。今日はよろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 キイチは差し出されていた青年の手を掴み、握手をした。

「三木スミレです。よろしくお願いします」

「よろしく」

 青年はスミレとも握手を交わし終えると、握手のために前のめりとなっていた体を起こし、次は俺だね、とにんまりと笑った。

「お恥ずかしながらフリーターをやってます。城山です。よろしく」

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