第14話.幕間-5
放課後。
ケイは下駄箱で靴を履き替え、校門をくぐって歩道を進んでいた。
車が側の車道を走り抜けるたびにアスファルトが揺れ、その振動が体に伝わる。なのに走行音がそれほど気にならないのは何故か。それは音が夏場よりも小さく思えるからだろう。何故そう思えるのか。きっと気温の所為だ。この冷え始めた空気が太陽だけに留まらず、騒音までも淡くしている気がするのだ。
しばらく歩道を進んでいると、不意に強い風が吹いた。乾いた風に思わず手をかざして目を守り、立ち止まる。そのとき、かざしていた手指の隙間から、信号待ちする女子生徒を発見。風が止んだと同時に、彼女へと駆け寄った。
「やあ、ミカさん。いま帰りかな?」
ミカはハッとして振り返る。さらりと髪が靡いた。
「あ、ケイくんもいま帰り?」
誤魔化す必要もないので「そ、今から帰るとこ」と伝え、ケイは途中まで一緒に帰ろうと提案。ミカは瞬間的な戸惑いを見せたが、すぐに「いいよ」と微笑んだ。
信号が切り替わり、ケイとミカは並んで進み出す。
「そう言えば、同じ普通科なのに帰宅時に会うことってなかった気がするな」
「ただお互いに意識もしてなかったから、気付かなかっただけじゃないかな」
「そうでもねえよ。だって俺、ミカのこと知ってたし」
「ああ、そう言えば学食で話し掛けられたっけ」
余計なことを思い出させてしまった。出来ればあんなナンパ紛いの行為をしたことは忘れていただきたいのだが……。
「あのとき、なんでこの人は私の名前を知ってるんだろって不思議に思ったけどね」
不思議にではなく、不審にが正しく思える警戒心だったような気がする。
「まあ、それはそれとして。なんで帰るときに会わなかったんだろうな」
「たぶんだけど、私はすぐに教室を出て行くけど、ケイくんは友達とのんびり喋りながら帰るから、その僅かな時間差で会えなかっただけなんじゃないかな?」
「あーなるほどねえ……。でも、なんで俺が喋りながら帰るってわかったんだ?」
「なんとなくそうじゃないかなあって思っただけだけど?」
「なるほどね。さすがは学年主席」
「いや、学業成績は関係ないとおもう」
「なるほど。女の勘というやつか」
「それもちょっと違うと思うよ」
ミカは苦笑いを浮かべた。
帰宅の間、ケイは会話が途切れぬようにあれやこれやと言葉を繋いだ。
中学からの友人と高校で同じ学校になったこと。それからは毎日のように四人でつるんでいること。イベント事があるたびに四人でなにかを企画していたこと。今回の学園祭前には四人で同好会なるものを設立してしまったこと。
ミカは聞き手に徹するタイプらしく、興味深々に話を聞き入っていた。
そうして駄弁りながらとあるファーストフード店の側を横切った際、ケイは何気なく店内の方へと目を向けた。そこでは注文カウンターに列を成す客達の姿。その光景を漫然と眺めながら過ぎ去ろうとして、見覚えのある人影をふたつ見つける。
「あいつら……」
キイチとスミレだった。二人は店員から注文の品が載せたトレーを受け取ると、そのまま二階へと上がっていった。
そんなケイの様子を不審に思ったミカが「どうしたの?」と問うてきた。
「あ、ごめん。なんでもない……」
「お店に知り合いでもいたの?」
「まあ、そんな感じ」
「じゃあ挨拶でもして来たら? 私、ここからは一人で帰るから」
「でも、ここまで一緒に来たし……」
「ううん、全然気にしないでいいから」
ミカは両の手の平を差し向け、ぶんぶんと振って拒否を示す。
厚意のつもりなのだろうが、ここまで必死に拒否されると、側に近付かないでほしいと言われてるような気がして、やや傷付くのだが……。
「それにケイくんって電車通学なんでしょ? だったらどの道、もうすぐ別れないと行けないし」
「わかった。じゃあここでお別れということで」
「うん、じゃあね」
去っていくミカの背中が見えなくなるまで見送り、ケイはキイチ達が上がっていった二階を見上げる。ガラス張り。そこに面したテーブル席に二人は腰を据えていた。
「……」
ケイは行こうとしたが、そのときに携帯電話が鳴った。取り出し、相手を確認。非通知。ケイは舌打ちをして通話に出た。
『やあ、藤崎。ずいぶんと楽しそうな高校生活を送ってるな?』
「何の用だ? お前はいったい何なんだ?」
『いきなりだなあ。ま、いっか。それより友達の多い藤崎くんは、学園祭の準備を手伝わなくていいのか?』
「俺は俺で学園祭の準備に追われてんだ。なにも知らねえ奴は引っ込んでろ」
『冷たいね、藤崎。ま、いいさ。その余裕もじきに無くなるだろうからな』
どういう意味だ、と聞き返す前に、通話は切れた。
ケイはしばらく携帯電話を眺め、次にキイチ達を見上げた。これからあの二人に会いに行くかどうか。それをしばし考え、結局、そのまま帰路についた。
ケイと別れた後、ミカはしきりと小首を傾げていた。
藤崎ケイがあまりにも自然体だったことに、色々と疑問が浮かんでいたのだ。
彼も他人の殺人意志を目の当たりにしたはずなのに、どうして普段どおりでいられるのだろうか。いや、それは私も同じか。周囲に気取られないためにも平静を装うのは、きっと当たり前のことなのだ。彼も、鹿島という彼女を止めさせようとしていたじゃないか。ならばきっと、彼も私と同じ想いのはずだ。とは言え、彼はどうやって彼女を止めるつもりなのだろうか。それは自分にも言えることだが、まったく方策が思いつかない。一番の現実的な方法は、やはり彼女を常時付け回し、万が一の展開になろうとしたとき、体を張ってでも止めること。それが最も現実的に思える。
「なんだか、ストーカーみたい……」
ミカは苦笑いを浮かべ、続けて最善策を求め続けた。
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