第11話.2-1

 月が夜空に浮かんでいる。

 外に立つ街灯の明かりが差し込み、電灯を点けていないそのリビングを淡く明かす。浮かぶ頭部のシルエットは二つ。それがテーブルを挟んで向かい合っていた。

「最近、殺す頻度が増えてきたような気がするんだ」

 話し掛けたのは男。しかし相手からの返答はない。頭は縦にも横にも振られず、微動だにしないのだ。

「俺さ、人殺しなんて気が狂ってると思うんだ。でも、止まらないみたいだ」

 残念そうに首を振り、男は向かいの顔を見据える。またもや相手からの返答は無し。

「やはり話は出来ないか。仕方ないよね」

 男は立ち上がると、テーブルを迂回して相手の側に立った。そして

「死んじゃったら会話は出来ないか。うん、残念だ」

 男がにっこりと笑い掛けた腕の先に、無表情の頭部だけがあった。

 そのリビングの様子を、三脚に固定されたハンディカムが撮影していた。


          ◇


 翌日の昼休み。

 ケイは弁当を持って席を立った。一人で食事を済ませようと思ったのだ。そして教室を出ていく際、何気なくその空席を見やった。鹿島アヤの席。ここ数日、彼女の姿を見ていない。いったいどうしたのだろうか。そう思いながらもケイは深く考えなかった。風邪か、サボりか。どちらにせよ、深く関わっていくことではない。交流は基本的に受動的であろうとするケイらしい決断だった。

 しかしその考え方に疑問を投じる案件にぶち当たることになる。

 落下防止の欄干に囲われた屋上で昼食を済ませたケイは、そのまま寝そべって食後の休憩へ。

 そろそろ涼しくなってきたとは言え、まだ防寒着は必要としない。太陽の光だけで充分に暖を取れていたのだ。

 不意に、グランドから歓声が上がった。ケイは体を起こし、屋上から覗き込んだ。そこには、学園祭のために作られたであろう大きな展示物。恐竜。その完成を見て、生徒達が沸いているようだった。

 着々と築かれる学園祭の空気。

 学園祭にさほど興味がない身としては、何とも言い難いものがある。

 雰囲気をぶち壊すわけには行かないが、自分を犠牲にしてまで貢献もしたくない。

 だからだろう。

「楽しそうだねえ」

 ケイは素っ気なく感想を洩らすだけで、それ以上はなにも言わなかった。

 そして空を見上げながら、情報収集の件について考えることにした。

 キイチとスミレが情報収集を始めて数日。二人は連続殺人犯の被害者周辺に接触し、情報を引き出そうと考えた。しかしなかなか口を開いてくれない。誰もが忌まわしい事件の内容を語ろうとしないのだ。

 つまりは進展なし。

 こうなっては、そもそものやり方が間違っているではと考えてしまう。

 もっと別の方法でヒロを殺した犯人を探すべきなのではないのか。

 はやく見つけ出さなければならないのに、という焦燥感に気持ちが疲れる。

 このままキイチ達が情報を仕入れてくるのを待つべきか。

 それとも自分も独自に動くべきか。

 キイチ達には待機だと言われたが、やはり捜査に出るべきなのではないのか。

「はあ~どうすっかなあ……」

 出来ればキイチ達を信じたいが、しかし待つだけというのは精神的に疲弊する。

 最近はそんなことばかりを考えているのだが、その答えすら出ない。

 保留。

 それが最終的に行き着く答えだった。

「もうわけわかんねえ!」

 ケイは脳内のもやもやを掻き消そうと大声を出した。

 声は風に攫われ、いずこへと消えていく。

 しかし声を出すと、心とは落ち着くものだ。

 ケイはすこしだけ心の靄が取れた気がした。

 そのとき。

 屋上の扉が開かれた。

 ケイは先ほどの大声で気付かれたのかと慌てて起き上がる。

 何故、教師に見つかると厄介事になるというのに、こうして屋上にのぼってしまうのか。それは、藤崎ケイが馬鹿だからかもしれない。

 否定したいが、あながち否定出来ないのが悲しい。

 しかしケイは開かれたドアの先にいた人物を凝視して、怪訝に眉根を寄せた。

 そこにいたのは鹿島スズだったのだ。

 キイチじゃあるまいし、真面目な彼女がどうして立ち入り禁止の屋上に、と訝るケイに気付いた様子もなく、スズは覚束ない足取りで欄干の方へと歩き出した。

 口は半開きで、目は虚ろ。明らかに放心状態。

 ケイは、そんなスズの手に何かが握られているのに気付いた。

 紙、だろうか?

 推移を見守っていたケイの前を横切り、スズは欄干に到達すると、突然に足を掛けて乗り越えようとし始めた。

「えっ――ちょっと待てって!」

 ケイは慌てて駆け寄ると、スズの胴体に抱きついて強引に引っ張った。すると彼女はあっさりと欄干を離し、ケイを下敷きにして背中から倒れた。

 背中を打ち付けるケイ。しかしそれほどの衝撃はない。腕に抱える少女は軽かったのだ。中学生でも通用する小柄な体躯に見合った軽さ。

 同時に、この少女はとても脆い存在なのではないか、と思った。

 スズは呆然としながらケイの上から退くと、その場にへたり込む。しかし変わらずに放心状態。ケイは体を起こし、しっかりしろと肩を揺すった。

「なにやってんだよ、鹿島さん! 今、死ぬ気だっただろ!」

「……しよう」

「え?」

「……どうしよう藤崎くん」

 スズの震えた声。悲しみに圧し潰されそうな声。

 ケイはそれだけで不吉な予感を察知した。

「どうしよう藤崎くん……。アヤちゃんが、アヤちゃんが……」

 途端、能面のような彼女の無表情が崩れた。唇を震わせ、悲しみを吐き出すように嗚咽。かと思えば、手の平で顔を覆い、そのまま蹲った。震える肩。聞こえる嗚咽。まるで世界には絶望が満ちていると訴えるようにスズは呻いている。

「なにがあったんだよ、鹿島さん」

 ふたたび肩を揺すろうと手を伸ばしたケイだが、そこで止まった。

 スズが泣いていたのだ。地面にぽたりぽたりと雫が落ちる。悲しみを堪えきれず、滂沱の如く涙を流している。

 そして彼女はその小さな体を小刻みに震わせ、なんとか絞り出すように声を出す。

「アヤちゃんが、死んじゃった……」

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