第6話.1-5

 翌日の放課後。

 事の真相を伝えるべく、ケイはキイチとスミレを近場の喫茶店に呼び寄せた。

 自宅に届いた封筒。そこに封入されていた手紙とDVDの内容。

 聞かされた二人は、唖然と目を丸くする。しかしそれも当然だろう。こんな話をすんなりと聞き入れられる者がいるはずもない。それでもヒロによってつどった仲間には、事の真相を伝えておくべきだとケイは思ったのだ。

 果たして、こんな話を聞かされた二人はなにを思い、なにを為すのか。

 それはわからないが、ケイはその心に殺意を抱いていた。

 絶対に犯人を殺す。その殺人衝動にただただ身を任せる。

 しかしそれを二人には伝えない。

 殺人などに友人を巻き込むべきではないと思ったのだ。

 向かいに座るキイチとスミレ。二人は押し黙っていた。静寂が流れる。その喫茶店は比較的に静かな立地にあり、話をするには打って付けの場所だった。それだけに静寂は当然とも言えたのだが、その時ばかりは静寂がいやに居心地の悪いものに感じた。

 そうしてしばらくの沈黙の末、ようやくキイチが口を開いた。

「ケイ、お前はこれからどうするつもりなんだ」

「どうするって、なにがだよ」

「あくまで勘だが……。お前、ヒロの仇を討とうとか考えたりしてないだろうな?」

 ケイがぎくりと肩を浮き上がらせたことにより、キイチは確信する。

「やっぱりか。お前のことだから、短絡的に考えてると思った」

「別に手伝ってもらおうなんて考えてない。俺一人で犯人を見つけ出して……」

「そういうことを言ってるんじゃない。馬鹿なことはするなと言ってるんだ」

「馬鹿なことって……。お前はなんとも思わないのか? ヒロを殺した犯人は、今ものうのうと生きてるんだぞ。それを許せるのかよ」

「ケイ。ヒロを殺しの言い訳に使うなよ」

「――ッ」

 なにも言い返せなかった。何故ならこの殺意は、藤崎ケイ個人の感情だからだ。決して芳野ヒロの意志に添った感情ではない。彼女が、殺人など望むはずがないのだ。それでもこのまま黙っていることは出来ない。藤崎ケイの心がそれを許さない。

 悔しげに歯噛みするケイに、キイチが言う。

「完全な証拠になるかはわからないが、そのDVDを警察に届けよう。もしかしたら事件を見直して、再捜査してくれるかもしれない」

「……かもしれない、かよ」

 警察にはメンツがある。それを潰してでも再捜査してくれるのだろうか。

 問題はそれだけではない。

「再捜査の結果、仮に犯人を捕まえたとして、死刑になるのか?」

「……それは、難しいかもしれない」

 残虐性にもよるだろうが、人を一人殺したくらいでは死刑にならない。

 それがキイチの予測だった。

「キイチ。だったらそれは選べない。選べるはずがないだろ」

「ねえ、ケイ」

 そこでスミレが割って入ってきた。

「ケイは、犯人を殺さないと気が済まないの?」

「……ああ」

 自分の口で言っておきながら「殺す」という言葉を他人から聞かされると、すこし戸惑いを覚える。そういう意味で、本当の決意は固まっていなかったのかもしれない。

「じゃあ聞くけど、その犯人はどうやって見つけるの?」

「それは、まだ……」

「具体策は無し。次の質問。殺したら、絶対にあんたの家族は悲しむ。そのことについて、ちゃんと考えたの? それとも、そんなことすら考えずに殺すなんて言ったの?」

「……」

 感情だけではどうにもならない。それが現実というもの。

 それを容赦なく突き立てるスミレ。

 ケイはぎりっと奥歯を噛み締めた。

「認めるよ。たしかに俺の話には計画性なんて微塵もない。だけど、このまま何もしないで終わらせられるはずがないだろ。だから俺は……」

 ケイはそこで言い止め、立ち上がった。これ以上、二人と話すことはない。

「俺が伝えたかったのは、それだけだ。俺は行くよ」

「わかった。私も協力する」

 席を離れようとした間際、スミレが仕方なさそうに言った。ケイはその言葉が理解できずに呆然。それはキイチも同様で、ようやく理解して「おい」と声を上げるが、スミレは手の平を向けて制した。言いたいことはわかるが、今は黙っていろと。

「協力する代わりに条件がある」

「条件って……。いやそれよりも、協力するってなんだよ。俺は別に……」

「ケイ。お願い、先走った行動は絶対にしないで。ヒロの死の真相を聞いて、私だって憤りを覚えてる。でも、そんなDVDをケイの所に送りつけたということは、犯人は絶対に何かを企んでる。そしてその対象は、封筒を送りつけられたあんたの可能性が高いの。だから、絶対に無理はしないで」

 彼女の声は、もはや懇願に近かった。

 もしも犯人が何かを企んでおり、先走ってしまった自分がその魔の手に掛かって命を落としてしまったら、皆はどれほどの悲しみに襲われるのだろうか。

 ケイはそのことを想像し、自省した。

 そうだと、自分は一人ではないのだと。

 ヒロが結びつけてくれた、掛け替えのない友達が側にいるのだと。

 とそこで「ああもう!」とキイチが頭を掻き、仕方なさそうにため息をついた。

「わかった。俺も協力する。ただし、俺からも条件がある。情報収集。これは俺とスミレでする。だからケイ、お前は待機だ」

「なにを勝手な――」

「スミレが言ってたろ。お前は狙われてる可能性がある。だから無闇に犯人に近付くようなマネはするなと言ってんだ。これくらいは譲歩しろ」

「でも……」

 確かに情報収集とは犯人に近付く行為だ。しかし、そもそも犯人を殺そうと言い出したのは自分自身。ならば率先して情報収集に参加するべき。それに、犯人から殺しにやってくると言うのならば、むしろ願ったり叶ったりだ。どの道、犯人を殺すためには接触する必要があるのだから。

「ケイ。今、お前が思っていることは手に取るようにわかるぞ。だが、駄目だからな。お前は、俺達が情報を集め終わるまで動くなよ。いいな」

 ケイは困惑する。

 手伝ってほしいとは思わなかった。でも、心の何処かで安堵している。協力者がいることに、理解者がいることに、安堵してしまっている。

 ケイは目の前の二人を確認するように見比べた。

「……本当にいいのか?」

 二人は愚問だと頷く。

 その返答を受け、ケイはふたたび椅子に腰を落とした。

「ありがとう。……そして、ごめん」

「謝んなよ。それよりも本題に移ろう」

 こういう切り替えの早さは、じつにキイチらしい。彼は話し出した。

「じつは、犯人に心当たりがあるんだ」

「なっ――本当か、キイチ!」

「ケイ、声が大きい」

 思わず身を乗り出してしまったケイを制し、キイチが周囲に目配せする。他の客達が文句を言いたげな目をしていた。ケイは反省して身を引く。

「悪い」

「いや、気持ちはわかる。でも、あまり期待しすぎるなよ。あくまで心当たりがあるってだけの話だ。……最近、ちまたで騒がれてる連続殺人犯を知ってるか?」

「まあ、それくらいは……」

 現在、この街では連続殺人事件が起きている。

 その件について、キイチが説明を始めた。

 連続殺人事件の犯人には、変質的な性癖がある。まず犠牲者は若い女性で統一されていること。これに関しては「女性は力が弱いから」などのある程度理解できる話だ。しかしこの連続殺人犯が変質的だと言われるのは、殺した後の行動である。殺害方法は様々なのだが、共通して被害者が死にいく様を撮影し、その映像や写真を被害者とゆかりのある人物に送りつけているのだ。その理由は不明。おそらくは、その映像の受取人の歪んだ表情でも想像し、興奮を覚える変質者なのだろうとキイチは締め括った。

「なんで犯人はそんなことを?」

「俺に聞くな。それこそ犯人しかわからない話だろ。きっと俺達には理解し難いご趣味なんだろうよ。……とりあえず封筒の差出人の趣向は、その連続殺人犯と似通ってるって話だ。もっと言えば、同一人物かもしれない。もちろん、予想の範囲は出ないがな。しかし、ここら辺から当たってみるのが現実的だろ?」

「確かに……」

 思わぬ所から事が進展したことに、ケイはすこし驚いていた。

「連続殺人犯……」

 そいつが、もしかしたらヒロを殺した犯人かもしれない。ならば、捕まえて真相を吐かせる必要がある。そしてヒロを殺した本人ならば、殺してしまおう。

 ケイは心にそう言い聞かせたのであった。

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