第4話.1-3

 ――私、死ぬことになるかもしれない――

 ヒロにそう告白された翌日の放課後。

 ケイは別のクラスに属するヒロの教室へと向かうことにした。

 昨日の“あの告白”が本気なのかを確認しようと思ったのだ。

 学生鞄を肩に担ぎ、夕陽に染まる廊下を進む。教室からは学園祭に向けての作業の音と声。活気がある。しかし中には帰宅していく者達がいる。これから遊ぶことを話し合いながら去っていく者、予備校のために走る者。遊ぶ者と勉強する者。こういうところで差が出るのだろうなとケイは漠然と思い、そう言えばと去年のことを思い出した。

 自身が受験生だった当時。

 机にかじり付き、あの傲慢な姉に頭を下げてでも志望校を目指した苦い日々。

 嫌なことを思い出した、とケイは首を振る。

 そんなところでヒロの教室に到着。中を覗き込むと、数人の女子生徒が机を囲んで談笑していた。キンキンと耳に響く笑い声。男子がいる前ではもうすこし上品に笑っているはずなのに、どうして女子同士だとこうもうるさくなるのか。そんな疑問を抱きながら教室を見渡していると、彼女らの目がケイに向けられた。闖入者を見る目。ケイは居心地の悪さを覚えながら、当初の目的であるヒロを探す。どうやら彼女の姿はないようだ。帰ったのだろうか。それを確認しようとその女子生達に尋ねると、彼女らはなにが可笑しいのか、笑いながらもう帰ったと教えてくれた。なのでケイは適当な礼を言い、ヒロの家に行くことにした。


 住宅街の、ブロック塀に囲われた一軒家。そこがヒロの家である。

 到着して、ケイはひとまずインターホンを押す。誰かが出てくる気配は無し。留守なのだろうか。仕方なく去ろうとしたとき、建物とブロック塀の間にある通路が目に留まる。裏庭に続く通路。ケイはそちらへと進んだ。本当に誰もいないのかを確かめてみようと思い立ったのだ。たとえ誰かと遭遇しても、それなりの付き合いなので、怒られることはないはずだ。しかし忍び足になる。やはり入ってはいけない領域だと自覚しているからだろう。なるたけ音の鳴らさないように土を踏みつけ、進んでいく。すると裏庭に出た。ケイは掃き出し窓から家の中の様子を窺う。そのとき、風が吹いた。裏庭の草木がざわつく。何故か、その葉音が自分の心のざわめきに感じた。なにを考えているのか。ケイは失笑して首を振り、改めて家の中を覗くことにした。

 薄暗いリビング。動くものは無し。やはり留守だろうか。そう思って踵を返そうとしたところで、そこにあってはならないものを見つけてしまう。

 電灯の消えたリビング。差し込む夕日だけが唯一の明かりとなっている。そしてその夕日に当てられ、不可思議なシルエットが浮かんでいた。

 天井から太い線が垂れ下がり、その先に人影。足は床に触れていない。

 呆然と立ち尽くすケイの肩から学生鞄がするりと抜け落ちた。

「うそ、だろ……」

 その日、芳野ヒロは首を吊った。

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