似たもの同士
夕焼け小焼け。
茜色の空を見上げて私はため息をついた。
唇は柔らかな感触を覚えている。
「私も始めてだったんだけどな……」
改めて私の周りにいる男性を思い出す、弟や父、クラスメイト。
……男性の見るからにかさかさな唇より蓮華ちゃんの柔らかな唇に触れることが出来た、それを嬉しいと感じてしまったこの感情は何?
「恋は目で見ず心で見る」
蓮華ちゃんが言った言葉を思い出す。
それはどういう意味だったのだろうか、私は一体……どうすればいいのだろうか……。
帰宅した私は飼い猫ぽっちのお腹に顔をうずめる。
「ぽちえもん、助けてよぉ」
ぱしぱしと猫ぱんちをしてぽっちは私を叩く。
私は蓮華ちゃんが好きだ。
それは今も変わらない。
でも、今の私にはその『好き』という感情が分からなくなっていた。
今まで恋というものと無縁の人生を送ってきた。
小学生や中学生の頃は勉強漬けな毎日を送ってきたし高校に入学してからも勉強や部活で忙しく
人間は異性を好きになり、異性と結婚して幸せな家庭を築く。
それが世間でいう当たり前だ。
私は横道にそれることなく、このまま普通の人間としてマニュアル通りに生きていくのだろうと、心のどこかで諦めていた。
だからだろう、私は幼い頃から弟が大嫌いだった。
人とは違う人生を歩める弟が大嫌いだった……運動も出来て、頭も良くて、ルックスも抜群。
彼はマニュアルを作る側の人間だと、幼いながらに感じていたのだろう。
だから私は蓮華ちゃんに興味を持った。
彼女も私とは違う人種の人間だと、弟と一緒だと感じたから……
彼女と触れ合うたびに彼女に惹かれていった。
彼女の闇を取り払ってやりたい、彼女を笑顔にしたい、守りたいと……思った。
きっと私は分かっているのだ。
それなら……私に必要なのは、それを認める勇気と少しの時間だけ。
少し夜風にでも当たってこよう。
スニーカーを履いて私はとある場所へ向かった。
それは私と蓮華ちゃんが始めて出逢った場所。
桜の綺麗な河川敷へ……
僕は卑怯者だ。
勢いで柚月にあんなことをして、謝りもしないで逃げた。
『今日は帰るね』
そう言った彼女の顔はとても複雑そうな感情を浮かべていた。
その瞬間、脳裏に黒い……黒い何かが横切る。
それは拒絶という悪魔だった。
悪魔は僕に付きまといゆっくり、ゆっくり僕の心を蝕んでいく。
怖い、怖い、怖い。
白い壁に恐怖の二文字が刻まれていく、隙間のないようにびっしりと……。
きっとこれは罰なのだ。
卑怯で醜い僕への神様からの罰。
でもそれでいい、僕はきっとこの恐怖と戦っていかなければ駄目だから……
きっとこれが人を好きになるということ、僕が彼女を好きになるということなんだ。
少し夜風に当たろう。
柚月に謝りたいが、僕が携帯を持ってないんじゃどうしようもない。
柚月の家……知りたいな……
また柚月と……
ああ、駄目だ駄目だ。
これ以上は負の思考がループしてしまう。
よし!
僕は目的地を決めて歩き出す。
柚月と初めて逢ったあの場所へ、気分転換ならあそこが最適だ。
自宅から数分歩き、着いた思い出の場所は僕が来て鳴き止んだ虫と鬱蒼な木々のお陰で陰鬱な雰囲気を醸し出していた。
「夜だと結構、雰囲気変わるなぁ」
リンリンリン。
再度鳴き出した虫たちの鳴き声に耳を傾けながら腕に止まった蚊をぺしぺし叩く。
「まいったな、虫除けスプレーしてくるの忘れてた」
リンリンリン……がさっ。
途切れる虫の鳴き声、茂みの揺れる音。
突然聞こえた音に、少しの恐怖を感じながら音の鳴る方向を見て僕は目を見張った。
なんで……、なんで君がそこにいるんだ……
心の準備、なんてものはしていない。
今、一番逢いたくて、そして一番、逢いたくない人物がそこにいた。
風で揺れる木々、電灯の下で佇む彼女の表情を見て自然と笑みが零れる。
きっと彼女が踏み出した一歩は私には想像が出来ないほど、大きな一歩だったのだろう、不安という感情に染まってしまった彼女の顔。
今にも泣きそうな彼女から涙が零れ落ちてしまう前に彼女を安心させてあげなければ。
ここで彼女を見つけたのは運命なのか、それとも必然なのか。
「似たもの同士ってだけかな」
私は笑みを浮かべて彼女に抱きついた。
舞い散る桜の下、彼女に出会ったその瞬間に私はもう、糸に引っかかっていたんだ。
絶対に逃げられないように甘い餌を与え続けてくる糸の主。
きっと彼女を恋と呼ぶのだろう。
リリィ・ラブ 古瀬 雪 @nuko96
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