2.ダンジョンで生きていくのは云々

 男はクラナスと名乗った。


 名前はとにかく、ルミリアにとっては着る物の方が大事だった。

 まずは目障りなブツを視界から隠さなければならない。


 スケルトンの装備はフレイムバーストで全部燃やしてしまった。

 仕方なく、ルミリアは手持ちの布きれで腰巻をでっちあげることにした。

 ランタンは無いのに、ソーイングセットはあるとか。

 滅茶苦茶だとは思ったが、もうそんなことを突っ込んでいる余裕はない。


 出来上がった即席の腰巻をクラナスに履かせて、ほっと一息ついて。

 ルミリアは、ようやく話ができる気分になってきた。


「えーっと、それで、何だっけ?」

「自分の名前は覚えているのだが、どうにも他の記憶が曖昧なのだ」


 クラナスは恐らく相当長い間、死者としてダンジョンの地面の下に埋もれていた。

 そこにルミリアのスペシャル回復薬がかかって、たまたま復活した、という具合なのだろう。

 そのスペシャル回復薬も、ルミリアのローブに染み込んだりなんだりで、効果が今一つだったのかもしれない。


 ルミリアは改めてクラナスの姿を眺め回した。


 種族は人間。かなり鍛えていて、全身これ筋肉の塊という感じだ。


「まあ、どう見ても前衛職よね」


 年齢は三十才くらいだろうか。物腰も丁寧で、言葉遣いもしっかりしている。見た目に反して結構紳士だ。

 顔は髭もじゃ。なんだけど、よく見ると割と精悍だ。悪くない。


「とりあえず、自己紹介しておきましょうか。私はルミリア。あっちがアーシュ」


 指さされたアーシュが、ぺこんと頭を下げる。

 クラナスは丁寧にお辞儀を返した。あれは詐欺師だ、そんな丁寧にする必要はないのに。

 軽く咳払いすると。


 ルミリアは、自分の事情についてクラナスに説明を始めた。


 世界では今、魔物たちが活性化し、勢力を強めている。

 それはどうやら、世界のどこかで魔王が復活しようとしていることが原因らしい。

 ルミリアたちは国王である賢王ラーガスの勅命を受けて、このボルモロスの迷宮にやって来た。

 黄泉の宝珠が、魔王を撃ち滅ぼす力になるのではないか、と期待しているからだ。


 ルミリアの話を、クラナスはぽかーんと口を開けて聞いてた。

 判っているのか、いないのか。

 段々ルミリアは不安になってきた。


「・・・あの、おわかりいただけました?」

「なるほど、さっぱりわからん」


 がっくり、とルミリアはうなだれた。


 ダメだ、コイツは脳みそまで筋肉だ。

 折角のスペシャル回復薬で復活させた人間だし、命の恩人ではあるけれど。

 腕っぷし以外は、全くもってあてにならない。


 とりあえず状況が状況なので、クラナスにはパーティーとして同行してもらうことにした。

 クラナスの方も、こんなところに一人置き去りにされても困ってしまうだろう。


「ふむ、ならばそうさせてもらおう」


 そう言うと、クラナスは手に持った短剣をくるくるともてあそんだ。

 武器の扱いには相当に慣れている様子だ。前衛としては頼もしい。


 スケルトンを素手で粉砕したり、短剣を持って暴れまわったり。

 見た感じ、クラナスは蛮族バーバリアンという印象だった。


「ああ、それから、そこのハーフリングは役に立たないから。余計なことしないように、ちゃんと見張っておいてね」


 大事なことだ。こればっかりはよく理解しておいてもらわないといけない。

 クラナスがきょとんとして。

 アーシュが、ぶぅっと頬を膨らませた。



「で、どうすんだよこれから」


 アーシュに偉そうに言われて、ルミリアはムッとした。


「この状況を作り出したアンタに言われたくないわよ」


 元を正せば、このインチキガイドが強制転移テレポーターの罠に引っかかり。

 仲間とはぐれてモンスターに追いかけられて。

 シュートに落っこちてこんな状況になっているのだ。


 とりあえず、今の顔ぶれだけでは何をどうすることもできないだろう。

 クラナスが入ってくれたお陰で、前衛として壁役をやってくれるメンバーは増えたが、それだけのことだ。

 人数は相変わらず少ないし、回復役もいない。魔力だって無限でもない。


 現在位置は二十階層。かなり深いところまで降りてきている。

 黄泉の宝珠に近いと考えれば、少々惜しい気もするが。

 命あっての物種だ。ここは大人しく一旦引き上げることを考えるべきだろう。


「上を目指しましょう。ジャスティン様の本隊と合流するなり、出口に向かうなりする方が賢明だわ」


 ルミリアの言葉に、クラナスは力強くうなずいた。


「ええー、お宝はぁー?」


 アーシュが駄々をこねだしたが、ルミリアは無視した。

 このハーフリングの言うことを聞いてはいけない。

 こいつはもう、存在自体が罠だ。


「ならば、魔術師殿、転移テレポートとまでは言わないが、地図マップ追跡チェイスの呪文を使っていただければ助かるのだが」


 クラナスの言葉に、ルミリアは思わず目を逸らした。

 パーティーに魔術師ウィザードがいるのであれば、それは妥当な要求だろう。

 判ってはいる。判ってはいるのだが。


「こいつ、攻撃魔法しか使えないんだと」


 アーシュが、仕返しとばかりに冷たく言い放った。

 うぐっ、とルミリアは身体を震わせた。


「なんと」


 クラナスが目を丸くした。

 折角いい恰好をしていたのに、台無しだ。


 基本的に、ルミリアは攻撃魔法ばかりを取得していた。

 理由は単純に、派手で、強そうだから、だ。

 焔の渦、氷の刃、大爆発。

 これでモンスターを一網打尽にするのが、魔術師ウィザードの醍醐味であると思っていた。


 ルミリアは今までずっと、王宮にある魔術研究所「緋色の塔」にこもって研究ばかりをおこなってきた。

 より強力な攻撃魔法を開発、習得することが主たるテーマだ。


 そんな生活をしてきたため、実際にダンジョンで必要になる呪文がどういうものかなど、全く理解していなかった。

 転移テレポートも、地図マップも。

 開錠アンロックも、照明コンティニュアルライトも。

 追跡チェイスも、解呪ディスペルも習得していない。


 そういうのは従者的な役割の誰かがやれば良いと、完全に切り捨てていた。


「失礼な、一応それ以外も使えます!」


 ルミリアは慌てて胸を張ってみせた。


「何が使えるんだよ?」


 手持ちの魔法を一つ一つ確認してみる。

 もうあらかた攻撃魔法だ。火だったり、氷だったり、真空なんていう変わり種もある。

 一部補助の魔法もあったが、基本は戦闘のときに使うもの。ジャスティンとの輝かしい連携プレイ専用魔法だ。


「・・・うるさいな。別に何でもいいでしょ!」


 結局、ルミリアは戦闘に役立つ魔法以外は習得しておらず。


 一行は、地道に地図を作りながら上の階層を目指すことになった。




「クラナスに前衛をやってもらうのは良いけど、もっと強い武器が欲しいわよね」


 迷宮の中を進みながら、ルミリアはクラナスの手元にある短剣を見て呟いた。

 クラナスの戦いぶりから、結構腕が立つということは判っている。

 あんな短剣なんかよりも、もっと良い装備を持ってくれたならば、戦力は大きく向上するだろう。


 それに、前衛を任せられるのはクラナスしかいないのだ。

 クラナスの生存が、パーティーの生存とほぼイコールになる。

 これはもう、徹底的に頑丈になってもらう必要があった。


 しかし、装備を整える、といっても、ダンジョンの中では難しいことだ。

 ダンジョンにお店があって、いつでも営業コンビニエンスしているならともかく。

 こんな階層まで到達したパーティー自体が、そもそも珍しいのではないだろうか。


 となると、残された手段は。


「じゃー、宝箱開けようぜ」


 唐突に、アーシュの能天気な声が響いた。


 ルミリアが気が付いたときには、既に遅かった。

 通路の先に、これ見よがしに置かれた宝箱。そこに向かって、アーシュが一目散に駆け寄って行くところだった。


「アーシュ、ダメ、ぜったい!」


 ルミリアは慌ててアーシュを追いかけた。

 こんな通路のど真ん中に置いてある宝箱、どう考えたって罠に決まっている。

 開けようとする方がおかしい。


 ルミリアに続いて、クラナスがワンテンポ遅れて走り始めた。

 あの後も、アーシュが斥候スカウトとしては屁の役にも立たないということを。

 それこそ脳みそのシワに刷り込むくらい、何回も話しておいたのに。

 どうしてすぐに気付いて止めてくれないのか。


 本当にもう、どいつもこいつも。


 結局、ハーフリングの本気ダッシュにルミリアたちがかなうはずも無く。

 ルミリアの目の前で、アーシュは宝箱のフタをぱっかーんと一息に開け放った。


「この、うすらバカ!」


 ルミリアの悪態にかぶさって、周辺に大きな鐘の音が鳴り響いた。

 警報だ。

 宝箱を開けると作動して、付近のモンスターを呼び寄せる仕掛けになっていた。


「アーシュ、アンタ責任取りなさいよ」

「装備が必要だったんだろ?仕方ないじゃんか」


 口論しているところに、クラナスが追い付いてきた。

 短剣を構えると、二人をかばうようにして周囲を警戒する。

 目線が鋭い。雰囲気ががらりと変わって、戦う男の顔になっていた。


「クラナス?」


 ルミリアが思わずクラナスの名前を呼んだ途端。

 物凄い咆哮が通路の奥から聞こえてきた。


 のっそりと姿を現したのは、見上げるほどに巨大な犬。

 それも、二つ首の犬だ。

 凶暴な犬歯の隙間からだらだらとよだれが垂れて、地面の上にしたたっている。

 口の中からチロチロと覗いているのは、舌では無く真っ赤な炎だった。


「ヘルハウンドだ」


 そう言うが早いが、クラナスは短剣を構えて突撃していった。

 ヘルハウンドが、威嚇の声を上げながら噛みついてくる。

 素早くそれをかわすと、クラナスはヘルハウンドの目玉に短剣を突き刺した。


 悲鳴と共に、ヘルハウンドの口から炎が放たれた。

 直線上にいたルミリアとアーシュの脇を、ぎりぎりのところで掠めていく。


「あちっ、熱いって!」


 ルミリアのローブにしがみついていたアーシュが、熱さに驚いて飛び退いた。


 誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ。

 苛立ちながらも、ルミリアは呪文の詠唱態勢に入った。


「魔術師殿、氷結の呪文を!」

「判ってる!」


 ヘルハウンドについては、ルミリアは書物で読んで知っていた。弱点は氷結系魔法だ。

 座学でも役に立つことくらいはある。

 ただ、本物のヘルハウンドは想像していたよりもちょっと大きくて。

 ちょっと怖くて。

 ほんの少しビビってしまっただけだ。


 今はクラナスが前衛で押さえてくれているから大丈夫。

 冷静に、落ち着いて呪文を唱えれば良い。


 ヘルハウンドのもう一つの首が、クラナス目がけて牙を剥いた。

 クラナスは小盾でその攻撃を受けようとしたが。

 木製の小さな盾は、あっさりと分解してしまった。


「クラナス!」


 アーシュが大声を上げる。

 ルミリアは驚いてクラナスの様子を見て。

 砕けた小盾に気が付いて、息を飲んだ。


「魔術師殿、詠唱を止めるな!」


 クラナスはヘルハウンドの鼻っ面を、拳で思いっきり殴りつけた。

 ぎゃうん、という声を上げて、ヘルハウンドは大きく飛び退いた。


 二つの首が揃ってクラナスの方を向き、真っ赤な口を全開にする。


 焔が、揃って放たれようとした直前。


氷の刃アイスブレイド!」


 間一髪、ルミリアの呪文が完成した。

 いっぱいに開かれたヘルハウンドの口の中に、巨大な氷の刃が付き立てられる。


 ヘルハウンドは首二つとも、何が起きたのか判らない、という顔をしてから。

 地響きのような音を立てて、その場に崩れ落ちた。



 がっくりと肩を落としたルミリアの後ろから、アーシュがたたたっと走って行く。

 その先には、さっき開けた宝箱があった。


「あ、こら、アンタ!」

「ほら、あったぜ良い装備!」


 宝箱の中身を指差して、アーシュは歓声を上げた。

 ルミリアはクラナスと目を合わせると。

 ふぅ、と諦めたように息を吐いた。


 とりあえずクラナスの身体に大きな怪我やダメージが無いことを確認して。

 それから、ルミリアはぎゃあぎゃあとわめいているアーシュの所に向かった。


 アーシュの横から、宝箱の中を覗き込んでみると。

 なるほど、これは確かに凄い装備だった。


 美しく光る大剣。

 刀身の長さだけで、小柄なルミリアと同じくらいはある。

 恐らくは相当な業物わざものだろう。


 しかし、迷宮の中にあるものは呪いがかけられている可能性がある。

 簡単に持って良いものかどうかは、なかなか判断が付けられない。


「どうしようか、私だと解呪ディスペル出来ないし」

「大丈夫だよ、ぱぁーっと装備しちゃいなよ」

「アンタ、他人事だと思って」


 ルミリアとアーシュがそんなことを言い争っていると。

 クラナスが後ろから、ひょい、と大剣を手に取ってしまった。


「ちょっと、大丈夫なの?」

「いずれにせよ、装備は必要なのだ。やってみるしかあるまい」


 クラナスは大剣を何度か振り回し、その感触を確認した。


 どうやら大剣は呪われてはいなかったようだ。

 アーシュが得意気に胸を張ったので。

 ルミリアはその頭を力いっぱい引っぱたいてやった。




 ダンジョンの中では、時間を知る術が無い。

 完全に密閉された空間であるし、天井からは常に淡い光が発せられている。昼夜の区別などまるでない。

 どんな環境であっても、体のリズムを整えるため、夜の時間帯になったら休憩を取る。

 これは冒険者の基本だった。


 ルミリアはコンパスと一緒に、時計も持って来ていた。時間はこれで知ることができる。そろそろ日没の時刻だ。

 簡易結界を張って、一行はキャンプの準備を始めた。


 気休め程度だが、モンスター避けになる簡易結界は、ダンジョンの必需品だ。

 見張りを無くすことまでには至らないが、これさえあればダンジョンの中でも休息を取ることが可能だった。


「腹減ったよ」

「食糧なんてそんなに持ってきてないから、ある程度は節約しないと」


 ルミリアは、何日か分の携帯糧食を所持していた。

 だが、これは元々自分一人のために用意していた非常用のものだ。

 三人で分けて食べるとなると、あっという間に無くなってしまうだろう。


 ルミリアが非常食の分配について頭を悩ませていると。

 クラナスが、何処からともなく大きな肉の塊を取り出した。


「それ、どうしたの?」

「さっきのヘルハウンドだ」


 ダンジョンでの長期戦では、基本的に食料は現地調達になる。

 大量の食糧を運びながら探査をおこなうなど、不可能に等しいからだ。


 更に何処から見つけて来たのか、クラナスはまきになる木片も集めていた。


「それは?」

「さっきの宝箱を解体した」


 簡易的なかまどを組み、火打ち石で火を起こす。

 慣れた手つきで、クラナスはあっという間に肉を焼き始めていた。


「咽喉乾いたー」


 焚火を囲んで落ち着いてきたところで、今度はアーシュがそんなわがままを言い出した。

 水筒の残りはどれくらいだったかと、ルミリアが確認しようとすると。

 クラナスが、水のたっぷり入った革袋を差し出してきた。


「さっき湧水を見つけておいた。それに、魔術師殿なら水を作り出す類の魔術も使えるだろう」


 攻撃系とはいえ、氷や水を作り出すことは確かに出来る。

 モンスターを倒すだけでなく、ちょっと工夫すればそこから色々なものを得ることはできるのだ。

 クラナスに言われて、ルミリアは初めてそのことに思い至った。



 肉を焼く焚火の炎を見つめながら、ルミリアは膝を抱えて座り込んだ。


(私、ダメだなぁ・・・)


 緋色の塔で、ルミリアは魔術に関しては誰よりも研究し、理解したつもりになっていた。

 ダンジョンについても、書物で一通りのことは予習していたつもりだった。


 だが、現実はまるで違う。


 攻撃魔法だけでは、ダンジョンの探索は進まない。

 モンスターとの戦闘にしたって、壁役がいなければ詠唱を完了させられない。


 文献で得た知識だけでは、生きていくことはできない。

 クラナスがいなければ、水も、食料もあっという間に尽きていた。

 攻撃魔法を応用して水を生み出す程度のことすら、気が付けなかった。


 自分がいかに無知であったのか、ルミリアは思い知らされた気分だった。


「魔術師殿、肉が焼けましたぞ」


 クラナスが、肉を切り分けて差し出してくれた。


 名前以外には何も覚えていなくて。

 ルミリアがここに来た理由すら、良く理解できていないクラナス。


 しかし彼は。


 当たり前のように前衛として命をかけて戦い。


 水と食料を確保し。

 料理をして。


 仲間に分け与えてくれる。


 これが冒険者なのだな、と。


 ルミリアは妙に納得した。


「ルミリア、でいいわ。仲間でしょ?」


 棒きれに刺されたヘルハウンドの肉を受け取ると、ルミリアは一口食べてみた。


「まっず、クソまず」


 ルミリアの渋い顔を見て、アーシュが愉快そうにきゃっきゃと笑い声をあげた。




 寝ている間は、交代で見張りを立てる。

 最初の当番は、クラナスが名乗り出てくれた。


 ダンジョンの堅い地面に横になって、ルミリアはよく眠れなかった。

 アーシュはとっくにいびきをかき始めている。能天気なものだ。

 寝返りを打つと、見張りをしているクラナスの背中が見えた。

 大きくて、とても力強い。


「ねぇ、クラナス。自分のこと、何か思い出せた?」


 ルミリアの声を聞いて、クラナスは振り返った。


「それがさっぱり思い出せない。黄泉の宝珠を求めて来たことだけは確かなのだが」


 相変わらずとぼけた感じだ。

 言葉はきちんとした共通語コモンなので、それほど古い時代の人間ではないと思うのだが。


「クラナスは相当昔にここに来たのかもね。私が産まれるよりも前かしら」

「ルミリアは、失礼かもしれないが、ハーフエルフだとお見受けするが」


 気が付いていたのか。

 髪から少し飛び出た尖った耳を、ルミリアはそっと撫でた。


「そうよ。私はざっと、四百才ってところ」


 ルミリアは、人間の父親とエルフの母親の間に産まれた、ハーフエルフだった。

 いわれのない迫害を受ける身の上であり、物心ついたときには両親ともにいなくなっていた。

 下町でゴミを漁って生きていたが、ある日、たまたま宮廷魔術師の大賢者ルビーに魔術の才能を見込まれた。


 ルミリアは宮廷魔術師として緋色の塔に招かれた。

 その後は、来る日も来る日も魔術の研究に明け暮れて、ほとんどの歳月を緋色の塔の中で過ごしてきた。


「大賢者ルビー、緋色の塔」


 その言葉に、クラナスは少し反応した。


「何か思い出せそう?」

「いや、わからぬ。はっきりとしない」


 緋色の塔は、出来てから千年は経っていると聞いている。

 それを知っているというのならば、千年前よりは新しい時代の生まれということになるだろう。


「まあ、少なくとも私よりは年上かな。人間のくせに」


 そう言って、ルミリアは微笑んだ。

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