東西南北百合の花

ユウキ

一話完結

 それは、小学生のころ

 "へん"になってしまった、きっかけ。


 小学一年生の少女――西上にしがみ枝美えみは、休みの日、同い年の友達ともだちである南条なんじょうあやと共に家の近くにある公園こうえんで遊んでいた。

 その日、公園には枝美と彩以外は誰もおらず、遊具ゆうぐ砂場すなばでひとしきり遊んだ後、彩の休憩中きゅうけいちゅうに枝美が木に登り始めた。

「枝美ちゃん! 危ないよー!」

「大丈夫だよー!」

 彩が木の下から声をけるが、枝美は気にすること無く登っていく。

 一軒家二階いっけんやにかいの窓くらいの高さにある枝に座ると、枝美は下にいる彩や町をながめる。枝美はここから見える光景こうけいが好きだった。

 当然、ここに登れば今のように危ないと言われてしまうが、枝美に危機感ききかんは無かった。

 今まで何も起きなかったため、安心していたのだろう。

 しかし、

「きゃっ!?」

 突然とつぜん吹いた風によって枝美が体制を崩してしまう。

 慌ててみきつかまろうとしたが、枝美が掴まるには木の幹は太すぎた。

「枝美ちゃん!」

 体制をくずした枝美を見て彩はあせる。

 枝美はなんとか、座っていた枝に腕をからませ、落ちないようにえている。それでも、今はなんとか耐えているだけで、落ちてしまうのは時間の問題だった。

「どうしよう……! どうしよう……!!」

 彩は助けを求められる人を探して辺りを見回す。すると偶然ぐうぜんにも、二人の一つ年上の友達である東堂とうどう由佳ゆかが公園の前を通り過ぎようとしていた。

 由佳は三人の中でも特に行動的こうどうてきで、たよりがいがある。彼女なら、枝美を助けてくれるかもしれない。

 そう思い、彩はすぐに由佳にると、由佳も二人に気付き、木の枝にしがみついている枝美を見ておどろいた。

「枝美ちゃん!?」

 由佳はあわてて木の下へ走っていく。

 由佳と彩は助ける方法を考える。受け止めて助けるにしても失敗すると危険だ。そもそも小学生二人では逆に、助ける二人の方が怪我けがをする可能性がある。

 そうして考えているあいだにも、枝美の腕から力が抜けていっているようだった。

「彩ちゃん! 私が言う物、持ってきて!」

「う、うん!」

 枝に必死にしがみつく枝美には、二人の会話は聞こえなかった。正確せいかくには聞いている余裕が無かった。

 腕がしびれ始め、落ちてしまうかもしれないという恐怖にただただふるえていた。

 それゆえに、由佳も木に登って枝の上まで来ていた事に、しばらく気が付かなかった。

「大丈夫、枝美ちゃん?」

「ゆ、由佳ちゃん……」

 枝美は涙でぐちゃぐちゃになってしまった顔を由佳に向けた。

「もうちょっとそのまま我慢がまんしててね!」

 由佳はそんな枝美の腕を、落ちてしまわないようにしっかりと掴む。

 流石に枝美を持ち上げる腕力わんりょくは無い。ここで無茶むちゃをしてしまえば、二人一緒に地面へと落ちてしまうだろう。

 由佳には何か考えがある。そう信じ、枝美が耐えていると、

「由佳ちゃん!」

 彩が枝美の家の庭にある物置ものおきからビニールプールと空気入れをかかえて戻ってきた。

「彩ちゃん! お願い!」

 先ほど下で由佳が彩に伝えていた。ビニールプールを枝美の下に起き、それをふくらませた上に着地させれば安全だろう、と。

 流石に一般家庭の物置にマットはなかなか無い。そこで、変わりに使えそうなビニールプールを持ってこさせたのだ。

 しかし、それも膨らませるのに時間が掛かる。

 彩は必死にビニールプールを膨らませ、その間も枝美と由佳は耐えていた。

「うぅ……由佳ちゃん……」

「弱気な声出しちゃダメ! 笑ってないとラッキーが逃げちゃうんだよ!」

 枝美の事を支えている為、枝美があきらめてしまえば由佳も一緒に落ちてしまう。そんな危険な状況。

 にも関わらず、由佳は笑顔だった。

「ほらほら、ここから見える町、枝美ちゃん好きなんでしょ?」

 枝美はここから見える景色けしきが好きだ。

 しかし、こんな状況でゆっくりと景色を見ている余裕はない。

「私もね、一回だけここ登った事あるんだ。私も好きだよ、ここから見える町」

 それでも、由佳は枝美に景色を見せようとうながす。

 由佳は笑顔のまま、しっかりと支えてくれている。下でも彩が必死にビニールプールを膨らませている、完全に膨らむまであと少しだろうか。

 助けてくれようとしている二人に安心し、枝美は枝にしがみついたまま景色を見た。

 いつもここに登った時に見える景色とは違った光景。と言っても、視点してんが少し下がっただけではあるのだが。

 状況が状況だけに少し怖さも感じる。それでも枝美は、この景色が好きという気持ちに変わりは無かった。

 景色を見ている枝美が微笑ほほえんだのを見て、由佳も安心する。そしてそこへ、彩の声も聞こえてきた。

 彩の声を聞き、由佳は掴んでいた力を抜く。

「枝美ちゃん。ちょっと怖がらせちゃうよ?」

「へ?」

 景色を見ていた枝美に突然、由佳から声が掛かると、今まで必死にしがみついていた腕の力が抜けた。

「そーれ!」

 由佳は枝美の腕を枝からはなすと、一緒に地面へと落ちる。

「きゃぁぁぁああああああ!!!!」

 悲鳴ひめいを上げる枝美を見て、由佳は空中で枝美を抱きしめた。

 そのまま、二人の体はやわらかいビニールプールへ落下し、地面への衝撃しょうげき緩和かんわされる。

いたっ」

 声をはっしたのは由佳だった。

 確かに衝撃は緩和されたが、それでも水の入っていないビニールプールでは、完全に地面の衝撃をかばう事は出来なかった。

「二人共、大丈夫!?」

 ビニールプールへ落ちて痛みをともなうような言葉を発した由佳と、由佳に抱きしめられたままの枝美に彩が駆け寄る。

「えへへ、ちょっと打っちゃった。でも大丈夫!」

 痛みがあるのだろう、少しだけ赤くなっている腕の箇所かしょをさすりながら、由佳は枝美から離れ立ち上がった。

「良かった……」

 彩は力が抜け、その場に座り込む。

「彩ちゃん、そんな所に座ったらスカートよごれちゃうよ?」

「だってー!」

 安心感あんしんかんから、いつものように会話を始める二人を枝美は倒れたまま見つめていた。いや、正確には、由佳だけをジッと見つめていた。

 確かに怖かった。心臓しんぞうがドキドキしっぱなしで、このまま落ちて死んでしまうんじゃないかという程の恐怖を感じた。

 しかし、由佳に助けられた後も、心臓の鼓動こどうは止まらなかった。

 助けられ、もう怖くはない状況の筈なのに、

 由佳を見つめている枝美の胸は、まだドキドキしていた。


 @ @ @


 それから十年の月日つきひが流れ、現在。枝美と彩は高校二年生。一つ上の由佳は高校三年生となり、全員同じ学校にかよっている。

 そんな幼馴染おさななじみの三人は、クラスや学年はちがえど、変わらず仲の良い友達関係をきずけていた。

 昼休みになると、数日に一度、学校の中庭にあるテーブルで三人一緒に談笑だんしょうしながら昼食を取る。

 毎回、由佳が面白い話題わだいを切り出し、彩が話をリードするという光景。枝美も話題に参加する事はあるが、二人の話を楽しんで聞いている事の方が多かった。

「由佳、何か面白い話無い?」

 小学生の頃からかみが伸び、肩には掛からない所で切りそろえた彩が由佳に問いかける。

「うーん、そうだねぇ……」

 あの頃よりも少し長くなったふわふわな由佳の髪が、首をかしげたと同時にれた。

「彩ちゃんの聞き方、ざつじゃない?」

 弁当のおかずを口に運びながら、髪をバッサリと短くして前髪の左側をヘアピンでまとめた枝美が悩む由佳の変わりにツッコミを入れる。

 彩は既に食べ終えており、完全に談笑モードに入っていた。しかし話題がきてしまった為、別の話題を引き出そうとしたのだ。

「えっとー……あ!」

 由佳が話題を思い付いたのだろうか、彩はワクワクと由佳の言葉を待ち、枝美も楽しみにしながら卵焼たまごやきを飲み込んだ。

「あのね。この間、その……。後輩こうはいの男の子に告白されちゃったんだ」

「……」

「……」

 照れくさそうに由佳は言うが、二人は驚いたまま固まった。

「ケホッ、ケホッ!」

 卵焼きを飲み込んでいる最中さいちゅうだった為、枝美がむせてしまう。

 彩が慌てて枝美のそばにあった水を差し出しながら、由佳に言った。

「ちょ、え、なんだよその話題!?」

「え? いやー、盛り上がるかなって思って」

 てへへ、と頭の後ろに手を当てながら由佳は発言はつげん意味いみがわかっていないかのように笑う。

 しかし、枝美にとってはこれ以上ないくらいの爆弾ばくだん発言だった。

 昔、木から落ちそうになった所を由佳に助けられて以来いらい、枝美は由佳に特別とくべつ感情かんじょういだくようになった。その感情がなんなのか、枝美はわかっている。そして枝美が由佳にその感情を持っている事を、彩も知っている。

 その上で今の発言を聞いたのだ。二人、動揺どうようしないわけがなかった。

 水を飲み、なんとか落ち着きつつ、枝美は下を向いたままふるえた声で言う。

「告白、って……」

「あはは……こんな事初めてだから、どうしたら良いのかわからなくて、まだお返事出来てなくって。それで二人に相談そうだんしようかなーって」

 由佳は枝美の感情には気付いていない為、なおも照れくさそうに続ける。枝美は残った弁当には手を付けず、下を向いたままだった。

 彩はそんな枝美の様子を横目よこめで見ながら、由佳に問う。

「そ、その告白してきた奴って、どんな奴なんだ?」

 枝美は耳をふさぎたくて仕方がなかった。しかし、そんな事をすれば、折角せっかく照れくさそうにしてまで話題を出してくれた由佳に申し訳ない。

 彩も、枝美の気持ちはわかっている。だから、せめて相手の事を聞き出すだけで、由佳の気持ちは聞かないようにしている。

「えーっと、真面目まじめそうな子でね。ちょっと、可愛かわいらしい感じ」

 相手の事をうれしそうに話す由佳。その事実じじつが、枝美の動揺を大きくさせる。

 話の振り方を間違まちがえた、と彩は反省はんせいした。

 そうして二人が突然だまってしまった事で、由佳が焦り始める。

「えっ、えっ。どうしたの、二人共?」

「あー、いや、なんでも……」

 何を聞けば枝美が傷付きずつかなくてむか、彩はそればかり考えていた。

 しかし、あろうことか由佳は枝美の方を向き、枝美に意見を聞こうとしている。

 それだけはまずい。

「あ、あのさ!」

「わっ、ビックリした」

 由佳が枝美にこの件について相談しようとした寸前すんぜん、彩が声をり、それを止めた。

 止めたはいいが、続く言葉が出てこない。

「彩ちゃん?」

「あー……っと、あたしもさ、そういうの、よくわからないんだけどさ」

 横目で枝美を見ながら彩は話を続ける。

 つらそうにしながらも聞いているであろう枝美の表情、そんな表情、彩は見たくなかった。

 だから、

「そういうのってほら、やっぱりこう、当人同士で考えた方が良いっていうか。部外者が口を出すべきじゃないっていうか。自分だけでちゃんと答えを出した方が良いと思うんだよ。うん」

 話をここで終えようと、必死にまくし立てる。

 由佳はうんうんとうなずきながら「確かに」とつぶやき納得しているようだった。

 枝美はゆっくりと顔を彩に向け、彩がそれに気付くと、

 あ・り・が・と・う。

 と、声には出さずに口の動きだけで伝え、力なく微笑んだ。

 力のない笑み、辛いのは確かなのだろう。それでも、枝美から感謝かんしゃされた事と、枝美が微笑んでくれた事は彩にとって嬉しかった。

「二人共、ごめんね。変な話題振っちゃって、この事、自分で考えてみるね」

「あ、あぁ」

 この決断けつだんが良かったのかどうかはわからない。それでも、そう返してこの会話を終えるしか無かった。

 会話が終わると丁度、昼休み終了の予鈴よれいひびく。

「枝美ちゃん、全部食べちゃう?」

「ううん。今はもう、いいかな」

 枝美はまだ少しだけ残った弁当にふたをし、力なく立ち上がる。

「教室まで付いて行くか?」

 彩が気遣きづかいで言ったが、枝美は無言で首を横に振った。今は下手に声を掛けないほうが良いだろう。

 弁当を仕舞しまい、「それじゃ……」と小さな声で言ってから、枝美は一人で教室へ戻っていった。

「枝美ちゃん、どうしちゃったんだろう?」

「あはは……」

 流石に、同性どうせいなのに恋心を寄せている相手が異性いせいから告白されたのがショックなんだろう、とハッキリ言うわけにはいかない。

「具合が悪いようなら保健室に連れてくよ」

 さいわい枝美と彩はクラスは違えど同学年な為、フォローの言葉はすぐに思い付いた。

 彩の言葉に安心すると、由佳は「またね」と手を振り三年の教室へ向かった。

「はぁ……」

 誰も居なくなった後、彩はいきく。

 由佳に異性の恋人が出来るかもしれない。そうなったら、当然枝美は落ち込むだろう。

 しかしどうしようもない。そもそも同性に恋心を抱く方が"変"なのだから。

 そうして少しアンニュイな気持ちになっていると、彩の耳に突然、聞きれた声が入ってくる。

「せーんぱい! 予鈴鳴りましたよ?」

 声がした方へ振り向くと、胸元まである黒髪を首元で二つ結びにし、それを前にらしている可愛らしい少女が立っていた。

「みや」

 北見きたみみや。

 彩の一学年下であり、彩をしたってくれる可愛い後輩こうはいだ。

 そして、彼女の慕い方もまた"変"である。

「暗い顔してますけど、何かあったんですか?」

「え、そんなに暗かった?」

 彩は自分の顔を軽くみながら表情を元に戻していく。

「えへへっ、やっぱりいつもの先輩せんぱいの表情の方が、キリッとしてて格好良かっこいいですよ!」

「あ、予鈴鳴ってるんだから早く教室行かないと」

「スルーですか!?」

「ほら、お前も早くしないと授業に遅れるぞ」

 彩がみやのひたいに軽くチョップを入れ、校舎へと向かっていく。

「先輩」

「何? 本当に遅れ――」

「何かあったなら、相談。乗りますからね?」

 みやは手を自分の背中に回しながら、そう言った。

 由佳の爆弾発言によって生まれた問題は、彩一人でどうこう出来るものではない。だからと言って、みやに相談に乗ってもらって解決出来るとも思えない。のだが、

 彩はそんな、自分を慕ってくれるみやの言葉が嬉しくもあり――悲しくもあった。

「ありがとう」

 とだけ返し、みやがとなりに並ぶのを待ってから、二人で校舎に入っていく。


 ――これは、普通とは違う恋のお話。

 ――少し"変"な、恋愛模様れんあいもよう


 @ @ @


 由佳が後輩男子から告白された事を切り出した日の夜。

 家の自室じしつまくらを胸に抱き、ジッと天井てんじょうを見ながら、枝美は由佳の事を考えていた。

 ――後輩の男の子に告白されちゃったんだ。

 ――真面目そうな子でね。ちょっと、可愛らしい感じ。

 照れくさそうに、それでも少し嬉しそうに話していた由佳。

「付き合っちゃうのかな……」

 由佳は確かに可愛い。枝美自身、由佳に想いを寄せている。

 それでも流石に、告白までした事は無かった。

 そもそも二人は同性であり、女の子が女の子に告白するというのは"変"な事だ。

 だが、告白するのが異性となると、それは"普通"の事。

 このまま由佳と後輩男子が付き合う事になっても、おかしくはない事だ。

「――ッ!」

 いきおい良く上半身が起き上がる。殆ど無意識むいしきだった。

 由佳と後輩男子が付き合う。

 それは、嫌だった。

 そう考えてしまうのも後輩男子には悪いのだが、それでも、由佳が誰かと付き合うというのは嫌だった。

 しかしその気持ちは"変"だという事はわかっている。

 由佳の事が好きならばむしろ、この件は応援おうえんするべきだ。自分の"変"な気持ちに巻き込んでしまうくらいなら、自分はこの気持ちを押し込めて、由佳に"普通"の道を歩ませたい。

 葛藤かっとうがぐるぐるとうずく。

 答えの出ない葛藤を続けているうちに、いつの間にか、枝美は眠りに付いていた。


 その事があってから、枝美は由佳と目を合わす事が出来ず、会話もわす事の無いまま数日すうじつ経過けいかした。

 いつものように幼馴染の三人が昼食を取る為に集まる中庭。そこに枝美が現れる事は無かった。

 なので今日は、変わりにみやが彩の隣に座って一緒に昼食を取っている。

 暗い空気の中、あまり箸を進めていない由佳が力無く言った。

「私、何かしちゃったかな……」

 由佳からすれば今の状況、枝美に避けられていると思ってしまうのも無理むりい。しかし何かしてしまったという覚えもない。

 この暗い空気に、みやは彩と共に由佳に背を向け、小声で問う。

「せ、先輩! 本当に何があったんですか!?」

「いや、その……」

 彩は当然、理由はわかっている。枝美は避けたくて避けているのではないという事も。

 しかしここまで事態が思わぬ方向に進んでしまうと、彩一人ではどうしようもない。そこで、みやに協力してもらう前に、一つ質問をした。

「みやって、あたし達の関係知ってるんだっけ?」

 彩の言う"関係"とは、『幼馴染』の方ではない。少し変わった、三人のみょうな関係の方だ。

 みやはそんな三人の関係を知っている。なので「知ってます」と頷き答えると、彩は由佳が後輩男子から告白されたという事をみやに話した。

「なるほど。それで西上先輩は、東堂先輩と顔を合わせづらい感じになってるんですね」

「多分な。あたしから声を掛けて由佳と話をさせようともしたんだけど、あたしもけられちゃってさ……」

 彩は平気そうにおうとしているが、枝美に避けられたのはショックだっただろう。

「なんとか、二人のなかを元通りにしてやりたいんだけど……」

「ねぇねぇ。二人共何話してるの?」

 二人がこそこそと何かを話しているのを、由佳が不思議ふしぎそうに見ていた。

「え、あー……いや、その――」

 相変あいかわらず、彩は誤魔化ごまかす為の言葉がすぐに出てこない。

 そこで、みやが変わりに答えた。

「東堂先輩。西上先輩に何かしたっていう覚えは無いんですよね?」

「う、うん……多分」

 由佳にとっては覚えが無い。しかし避けられているという事は、絶対に何かしてしまったはずであり、その事に由佳は悩んでいる。

「じゃあ、東堂先輩からは普通に接してみたらどうですか?」

「え、どういう事?」

 みやは簡単かんたんに言ったが、普通に接しようとしたら枝美に避けられてしまうのだ。それも難しいだろう、と由佳と彩は思う。

 しかし、みやが提案ていあんしたのは本当に普通の接し方だった。

「東堂先輩。西上先輩と彩先輩と一緒に、今度の日曜日お買い物行ったらどうです?」

「え? でも、枝美ちゃんが……」

 由佳が普通にさそった所で枝美は来ないだろう。

 また、彩が誘おうにも、由佳の名前を出した時点で避けられてしまう。

 それでもみやは言う。

「一応、メール送るだけ送っちゃえばいいじゃないですか。彩先輩と行きますよー、みたいな」

「あたしも行くのは確定なのか?」

「はい。彩先輩も居たほうが良いと思います」

 みやの言葉の意味はよくわからなかったが、特にことわる理由も無い為、彩は「わかった」と首をたてに振る。

「みやは行かないのか?」

「はい。三人でどうぞ」

「三人……で、行けるかな?」

 由佳と彩が不安そうにうつむく。そんな二人を安心させるように、みやは言う。

「きっと来ますよ。それに、来るにしろ来ないにしろ、このままの状況が長く続いちゃうと、それこそいつも通りに戻るのが難しくなっちゃいますよ?」

 みやの言葉は確かだ。一番年下で、出会ったのも中学の頃だったが、三人では近すぎて見えない事を客観的きゃっかんてきに見てくれている。

 喧嘩けんかしてしまった時や、こういうすれ違いが起きてしまった時、客観的に見ている彼女だからこそ気付く意見はとても心強こころづよい。

 みやへと視線を向け、彩は微笑みながら言った。

「ありがと、みや」

 そんな彩の表情を見て、みやは彩と初めて出会った頃の事を思い出した。


 @ @ @


 当時とうじ、私――北見みやは中学一年生でした。

 そしてこれは、私が一目惚ひとめぼれをして、二年生だった彩先輩に告白した時の事です。


「好きです! 私と付き合って下さい!」

 女の子が女の子に告白。変でしょうか? なんて、答えは聞かなくてもわかってます。

 私は小学生の頃から男の子には興味きょうみがありませんでした。格好良い子や、面白い子はそのままの感情で見てはいましたが、そこに恋愛感情はきませんでした。私は、女の子にしかかれなかったんです。

 だから小学生の頃も、女子にばかり告白していました。当然"変"だって思われ、フラれてばっかり。こっちもそれはわかっている事だったので、フラれる事はそこまでショックじゃありませんでした。

 でももし、こんな"変"な私の事を受け入れてくれる人が居たら――

 その気持ちは、中学生になっても変わりませんでした。

 そして彩先輩に告白したのが、中学生になってからの記念きねんすべき一回目の告白。

 記念すべき、なんて言ってますけど、当然今回も断られるだろうなっていうのはわかってました。

 わかってたんですけど、

「えーっと、付き合ってって言われても……」

 彩先輩は軽く頭をくように、返答に困っていました。

 いつもならすでに、告白をバッサリと一刀両断いっとうりょうだんされている所なんですが、彩先輩は私を気遣うように言葉をえらぼうとしてくれていたんです。

 そんな先輩のやさしさに、ますますれちゃいそうでした。惚れました。

「ごめんなさい。同性にこんな事言われたら困っちゃいますよね」

 でも、だからこそ、断ろうとしているのはわかっていましたから、私から身を引きました。

 素敵すてきな人には出会えた。それだけで、私は嬉しかったんです。かなわない恋だとしても。

「すみませんでした。失礼しま――」

「待って!」

 私が立ち去ろうとした時、彩先輩は声を掛けてくれました。

 別に、ほうっておかれても私は傷付く事は無かった、と思います。ちょっぴり残念だなって気持ちは残っちゃってたかもしれませんが。

 だから、呼び止められてちょっと驚いちゃいました。

「あの……あたしね。好きな人、居るんだ。だから、君の気持ちには答えられなくて」

 今まで、こんなに丁寧ていねいに断ってきた人は居ませんでした。

 本当に優しい人だなって思って、あきらめたくないなっていう気持ちも、少しだけ湧いてきちゃって。

「でも、あたしらは女同士だしさ。友達ってわけには、いかないのかな?」

 そう言われた瞬間しゅんかん、本当に嬉しくて。

 同性にも関わらず告白しちゃったのに、そんな"変"な奴を友達に誘ってくれるなんて、こんな幸せな事あるでしょうか。

 その時から、私は人生じんせいを彩先輩への恩返おんがえしの為に使おうと決めたんです。


 それから、彩先輩は私を東堂先輩と西上先輩に紹介しょうかいしてくれました。私が彩先輩に告白したという事は内緒ないしょにして。

 御三方おさんかたの友人関係は小学校一年生の頃から続いているそうで、そんな中に入れてもらうという事にちょっと気後きおくれしてしまいましたが、東堂先輩も西上先輩も優しく迎え入れてくれました。

 それからしばらくして、友達として付き合っていた彩先輩を教室までむかえに行こうとした時、その会話を聞いてしまいました。

「彩、一年の北見って子と友達なんだって?」

「大丈夫なの? レズってうわさあるけど」

 廊下ろうかからでしょうか。身を乗り出さなかったのでわかりませんでしたが、階段を登ってすぐ、教室へ曲がる直前のかどで、その会話が聞こえました。

 彩先輩にも当然、東堂先輩や西上先輩以外にも友達が居ます。そのお友達の方から、私とかかわる事を心配されているようでした。

 そりゃそうですよね。"変"な私と関わるという事は、彩先輩方だって"変"と思われてしまう。折角普通に接してくれる友達が出来たというのに、その会話はショックでした。でも、悪いのは私なんです。

 彩先輩方が悪く言われないように、やっぱり私から身を引いた方が先輩方にとって幸せでしょう。

 そう思って、私はその場から離れようとしました。でもその時、一生忘れられない彩先輩の言葉が聞こえて来ました。

「そんなんじゃないって、あの子のあれは"尊敬そんけい"とかだよ。ちょっと気持ちが大きすぎる感じはあるけど、友達として付き合ってみたらわかるぜ? 結構可愛い子だから」

 嬉しかったです。本当に。

 彩先輩は私の感情が"尊敬"だけではないという事はわかっている筈でした。告白しちゃったんですから。それなのに、私をかばうようにそう言ってくれたんです。そして、

「それにさ、もし同性なのに告白しちゃうような"変"な奴だったとしても、"変"って気持ちにうそかずにいられるってのは、すげぇ事だと思うんだよな。あたしも尊敬してんだ、あの子の事」

「へー、彩なりに可愛がってんだ」

「でもさ、"変"な子を尊敬してるって、彩も"変"な子って事にならない?」

「だぁー! 違うって! あの子の"変"な所を尊敬してるって事じゃなくて、あの子が格好良いって事を言いたくて――」

「はいはい。"変"な彩の慕うその子、可愛いっていう事はわかったって」

「変って言うなー!」

「まぁまぁ。でも彩がそこまで言うなら、私もその子とお話してみたくなっちゃったなー」

「ああ、それならもうすぐ――」

 私が会話を聞いていたのは、そこまででした。

 それ以上聞いていると、嬉しくて嬉しくて、その場で倒れてしまいそうでした。だから逃げ出すかのように、その場を離れました。

 その会話。私は"変"でも良いんだと言ってもらえたようで、こんな私を認めてくれて、拾い上げてくれたようで、とても、とても――

 大好きです。彩先輩。

 私は"変"なままでも良い。こんな"変"な自分に自信じしんが持てた。その自信をくれたのは、彩先輩。

 だから私は変わりません。絶対に。

 そうです! 私は女の子が好きです! 同性愛者どうせいあいしゃです! レズビアンです!

 上等じょうとうじゃないですか! それが"変"だと言われようとも、"私"は"私"!

 だって、それが私なんです!

 彩先輩の事が好き。それが、私のたしかな気持ち! だから、私は彩先輩に尽くします! これからも、ずっと!


 れるきっかけとなった会話の後も、私はその会話を聞かなかったフリをして、御三方との友達関係を続けていました。

 聞かなかったフリをしていたのは、彩先輩はあの時私が居ないと思って話をしていたから。私が聞いていたと知れば、きっと顔をにしてしまう事でしょう。そんな彩先輩も可愛いでしょうし見てみたいですが、でも今は、まだ黙ってます。

 友達関係を続けているうち、私が堂々と彩先輩が好きだという事を行動こうどうしめすようになっても、御三方の私へのせっし方は変わりませんでした。

 私が私で居られる場所。御三方との関係は本当に落ち着くものでした。

 でも、ある時ふと気になりました。御三方のそれぞれへの接し方。

 東堂先輩は会った頃から変わらずで、他の御二人の事には気付いていないようでしたが、その御二人、西上先輩と彩先輩。

 多分、私が吹っ切れていなければ気付くのはもっと後だったかもしれません。

 この御三方の関係も、"同じ"だと思ってしまったんです。

 その段階ではまだ確信かくしんが持てなかったので聞くことはしなかったんですが、東堂先輩がさき卒業そつぎょうして高校に行ってしまったあとさびしそうにしている西上先輩と、それを気遣う彩先輩の事を見ていると、すぐに確信が持てました。

「彩先輩って、西上先輩の事が好きなんですか?」

「うぇええ!!?? な、なんだよ急に!?」

 二人きりになった時に単刀直入たんとうちょくにゅうにそう聞くと、彩先輩はハッキリと態度たいどで答えてくれました。照れ顔で焦ってジュースをこぼしそうになる先輩、可愛かったなー。

「いやー、見ててわかっちゃいました」

「わかったって……マジか」

「西上先輩は東堂先輩の事が好きで、彩先輩はそんな西上先輩の事が好き」

「やめろー! そんなハッキリ言うな!!」

「もちろんそれは友達としての"好き"では無く――」

「だからやめろってー!!」

 あまりにも彩先輩が可愛くて、ちょっと面白がってしまいました。

 でもさらくわえるなら、彩先輩の事を愛している私もその"関係"の中に含まれる。

 いやはや、とんでもない事ですね。

 とんでもついでにもう一つ言うならば、東堂先輩は西上先輩の事、西上先輩は彩先輩の事には気付いて居ない。

 なんだか、こんがらがったいとみたいに思えてきました。

「先輩が私の告白を断った時に言ってた『好きな人』って、西上先輩の事だったんですか?」

 彩先輩が落ち着いてから私がそう切り出すと、先輩はムスッとした顔で答えてくれました。

「そうだよ」

 彩先輩になくされるのもまた良いですね。ちょっと悲しくはなりますが。

「ふーん……」

 私は御三方の関係を知っても、特に気にせずストローを加え、喉にジュースを流し込みました。かわいた喉にうるおいが戻るのは気持ちのいいものです。

「"変"だって思うか。あたしらの事」

「へ?」

 そっぽを向いたまま彩先輩が言い。私は思わずポカンとしてしまいました。

 一瞬、本当にわからなかったんです、何が"変"かということが。

 でも、理解りかいしたと同時に先輩が言いました。

「女なのに女に……恋、してさ」

 私は別に、それを"変"だとは思いません。思わなくなっていました。それは彩先輩のおかげ。

 だから、お返しのように言いました。

「別に変だなんて思いませんよ。私も彩先輩の事好きですし」

「あたし、枝美の事好きだぞ?」

「そんな彩先輩を私は愛してます!」

 堂々どうどうと言いはなつ。ずかしくはありません。私の気持ちなんですから。

「……面倒めんどうな関係だぞ」

「そうですね。でも、いいじゃないですか。恋愛っていうのはそれくらいこじれていた方が面白いんです」

「これが普通の恋愛事ならそうなんだろうけどな」

「普通ですよ」

「え?」

「少なくとも、私にとっては普通です」

 私の言葉に彩先輩は「ははっ」と軽く笑って、その会話を終えました。


 さて、回想かいそうにしては長くなってしまいましたね。

 でも、私はこんな御三方との関係が好きだから、御三方にいつもどおりに戻って欲しいと思ってます。

 なので、私もしっかりサポートさせていただきますよ、彩先輩。


 @ @ @


 次の日曜日。

 最寄もよりの駅前えきまえで待ち合わせをしていた彩のもとへ、由佳が現れる。

「おまたせ」

時間通じかんどおり、だな」

 駅前の目立つ位置いちに立っている時計を見て、待ち合わせ時間を確認しつつ彩が言った。

 由佳は白いレースのロングスカートで清楚せいそ格好かっこう。彩はデニムパンツに、動きやすそうなスレンダーさ際立きわだつ格好をしていた。

 二人はそろった。だが、枝美がまだ来ていない。

「枝美ちゃん、来るかな……?」

「由佳の方、返信来た?」

「ううん……」

 あれから、買い物に行こうと二人でメールを送ったものの、枝美から二人に返事へんじが帰ってくる事は無かった。

 一応いちおう待ち合わせ場所、待ち合わせ時間もつたえてある。返事は無くても、枝美は二人が今ここに居る事は知っているだろう。

「ちょっとだけ、待とっか」

「だな」

 二人はそので枝美を待つ事にした。

 買い物に行くと決めたは良いものの、今とくしい物があるというわけではない。だから、枝美を待ったまま今日きょうという日を終えても全く問題は無かった。

 そうして数十分すうじゅっぷんほど経過けいかした時、

「枝美!」

 地面じめん視線しせんを落としたまま待っていた由佳の耳に、彩のその言葉が聞こえた。

 由佳はすぐに視線を上げると、目の前に居たのは膝丈ひざたけくらいの青いスカートにすずしげな格好をした枝美だった。

「枝美ちゃん!」

 由佳と彩は、そんなに距離きょりがあったわけではないが、すぐに枝美にった。

「二人共、ごめんね。色々……気を使ってくれて」

「ううん。いいんだよ!」

 枝美の手を取り、目をうるませながら由佳が答える。

「私こそ、何かしちゃってたら、ごめんね?」

「違うの! 由佳ちゃんは別に、なにもしてなくて……」

「はいはい、それはもういいさ。今あやまってくれたんだから、それでチャラ。な?」

 この話を続けると、また少し気まずくなりそうだと思った彩は二人の会話に割って入る。

「それより、買い物行こうぜ。涼しい店に入りたいからさ」

「そうだね。あ、そういえば欲しい物、思い付いた」

 手をポンと叩きながら由佳が言う。枝美も彩も買い物の目的があるわけではない、ならば、ここは由佳に付いて行くのが得策とくさくだ。

 そうして、三人は近くのショッピングモールへ向かった。

 大きく広いショッピングモールだが、中は冷房れいぼういていて程良ほどよい涼しさ。

 由佳が先導せんどうするように歩き、エスカレーターへ乗って二階へ上がる。枝美と彩もそれに続いた。

 由佳が向かったのは洋服店ようふくてん丁度ちょうど、新しい洋服が欲しかったのだ。

「二人も何か買う?」

「んー。あたしは別にいいかな」

「私は……気に入ったのがあれば」

 いつもよりは少ない会話。それでも、三人が揃っている事に由佳は上機嫌じょうきげん店内てんないを歩き回る。

 ほとんど一人で店内を見て回っている由佳を横目に、枝美と彩はゆっくりと店内を歩きながら話をしていた。

「枝美、この話振って良いのかわかんないけど」

「……」

「いいのか?」

 色々な意味を込めてのその言葉だった。これを枝美がどう受け取るかはわからないが、返答によって枝美の気持ちもはかれる。

「今は、三人で居たいから」

 少し寂しそうに枝美は言った。

 彩は次の言葉を投げかけようとしたが、先に枝美が口を開く。

「そういえば、みやちゃんは来なかったんだね」

「あー、あいつはほら、ならい事とかで忙しいみたいでさ」

 みやは成績優秀せいせきゆうしゅうであり、その理由の一つとして習い事を多くしている。なんの習い事かは聞いたことは無いが、勉強べんきょう家庭的かていてきな方面、色々なのだろう。

「みやちゃん。大切にしてあげてね」

「な、なんだよ急に」

 枝美の言葉が、まるでお別れの言葉のように感じ、彩は不安になる。

「なぁ、何を考えてるんだ? 今まで由佳やあたしを避けてたのに、今日来た理由って……」

 彩は薄々うすうす気付いてはいた。例えば枝美に告白してきた男子が現れたとして、自分はどうするか、というのを考えた事がある。

 そうして浮かんだ答えの一つ。おそらく枝美もその答えを選び、"覚悟かくご"を決めているのだろう。

 だが彩は、そうなる事だけは嫌だった。

「諦めるのか? それでいいのか?」

「なんで私の考えてる事、わかってるふうに聞くの?」

 枝美は少し怒っているような、そんな目を彩に向ける。

「それは……」

「彩ちゃん」

 言いよどむ彩に、淡々たんたんと言葉をつむぐ枝美。彩は少しゾクリとした。

「私はね、"変"なんだ。だから、"普通"には絶対勝てないって思ってる」

「そんな事……!」

「由佳ちゃんの為にも、普通になるべきなんだよ、私は」

「……!」

 彩の予想は当たっていた。

 枝美は、このまま由佳が後輩男子と付き合うことになっても良いと、そう思っている。その覚悟を決めている。

 それはそうだ。

 枝美が一方的に想いを寄せている相手は由佳。女性が、女性に想いを寄せている。

 それは、"変"な事なのだ。

 由佳を避けてしまっていたのも、"変"な自分のままで居るか、由佳の為に"普通"を選ぶかで葛藤があったからだ。

 そして今日枝美が現れたのは、"普通"を選ぼうとしているから。

 だがそれを選んでしまうと、三人の関係は変わってしまうかもしれない。

 この三人が、はなばなれになってしまう可能性だってある。

 だから枝美はそうなる前にもう一度、皆でこうした買い物に来たかったのだ。だからさっきお別れのような事を言ったのだ。

 枝美はそこまで、覚悟を決めてしまっている。

 それでも、彩は、

「あたしは、この関係が良い」

「それは、由佳ちゃんの為にならないから」

「あいつの為ってなんだよ! お前の気持ちはどうなんだよ! お前はどうしたいんだ!?」

「あ、彩ちゃん?」

 店の中でつい声を張ってしまった彩に、いつの間にか近くに居た由佳が心配そうに問いかけた。

 彩は由佳へと振り向くと、気まずそうな顔を背けて言う。

わるい。店、出てるな」

「あ……」

 由佳が止めようとするよりも早く、彩は店を出て行ってしまった。

 彩が出て行った後、枝美はポツリと呟く。

「私の、気持ち……」

 枝美は由佳の為に身を引く事を選んだ。それだって自分の気持ちだ。

 しかし彩に言われて、やはりまだ自分の気持ちに迷いがあるという事に気付いた――


 由佳が洋服を買い、枝美と共に店を出た先で彩は待ってくれていた。

 また少し気まずくなってしまった枝美と彩を、由佳はなんとか仲直りさせようとファミレスや本屋など、ショッピングモール内にある色々なお店にれ回す。

 そんな一人で頑張がんばる由佳を見て、今は二人、一時休戦いちじきゅうせんとした。

 あっという間に時間が過ぎ、外が茜色あかねいろに染まりつつあった所で、三人はショッピングモールを出た。

 夕焼ゆうやけで赤く染まった道を、三人はしずかに歩く。

 少なくとも由佳の前では一時休戦。だが、かれ道にし掛かり、最初にわかれる事になったのは枝美だった。

「じゃあ、またね」

「うん。今日はありがとね、来てくれて!」

 由佳は枝美に笑って手を振る。彩も、ぎこちなく微笑みながら手を振っていた。

 枝美が見えなくなった後、由佳と彩も再び帰路きろく。

「なぁ、由佳」

 三人それぞれ、家は近い。だからすぐに由佳とも別れる事になる。その前に、彩は声を掛けた。

「なに?」

「由佳は、今まで通りって、どう思う?」

「えーっと、どういう事?」

 質問の意図いとがわからないのだろう。由佳はキョトンとしている。

 枝美の問題をそのまま言わなくてもいい、ただ、枝美が覚悟している事と似たような事。それについてたずねればいいのだ。

「小学校の頃からさ、一番最初に卒業しちゃうの、由佳だったろ?」

「うん」

「その後の一年間、どうしても集まれる機会きかい減ってさ。あたしと枝美だけで、寂しいなって、思ってた」

「……うん」

 由佳もそう思っていたのだろう。むしろ、一人になってしまう由佳の方が寂しかった筈だ。

「もしさ、また卒業して。卒業じゃなくても。あたしらが離れ離れにならざるをない状況があったら、仕方ないって思って諦めるか?」

 仕方ない。

 卒業して離れてしまった時、三人はそう思って諦めていた。

 今までは小学校から中学校、中学校から高校だったが、次は大学か、社会人か。選択によっては、会う時間がかぎりなく少なくなってしまうだろう。

 それでも、まだ。

 もう少しだけ。

 なるべく長く、みやをふくめて四人でもっと一緒に居たいという気持ちが、由佳にはある。

進路しんろの話だったりする?」

 由佳は苦笑にがわらいしながら聞き返した。三年生である由佳は、実はまだ決めていない。

「いや、なんていうか……そこまで難しい話じゃない、のかわかんないけど、会う時間が減る事について、かな?」

 どちらにせよ、由佳は三年。今年で卒業だ。またあの寂しい時期じきがやってくる。

「私は」

 いつの間にか分かれ道、それでも二人はまだ別れずに、由佳が口を開く。

「私は、もっと皆と一緒に居たいかな。一番お姉さんなのに我侭わがままかもしれないけど、難しい事考えるのって苦手だから、まだ私は、皆と一緒に居たい」

 その由佳の言葉を聞き、彩は微笑んだ。

「いい答え聞けた」

「そう?」

「じゃあな、また明日」

「あ、うん!」

 自分の家の方向へ走っていく彩のに手を振る。

「進路、か」

 彩が見えなくなってからそう呟くと、由佳も自分の家へと歩いて行った。


 由佳からいい答えを聞く事が出来た。彩も、由佳と同じ気持ちだ。

 その日の夜。彩は電話でんわを掛けた。

 自分達には枝美の説得せっとくは難しい。しかし今の自分達にはもう一人、心強い仲間が居る。


 @ @ @


 次の日、学校での昼休み。

 枝美は、中庭から少し離れたベンチに呼び出された。

 呼び出した相手は、

「先輩、なんだかお久しぶりですね」

「みやちゃん」

 みやが昨日きのうの夜、メールでこの場所を指定して来た。

 突然だった為驚いたが、由佳や彩よりはまだ顔を合わせやすい相手だった為、枝美はこうしてベンチに腰掛こしかけ待っていた。

 みやも「失礼します」と言ってから枝美の隣に座る。間には人一人分の隙間すきまが出来た。

「お昼、食べました?」

「うん。食べてからで良いって言ってくれたから」

「先輩って殆どお弁当ですよね。親からの手作りですか?」

「ううん。私が自分で作ってるの」

「え!?」

 みやは驚きと尊敬が混じった顔で枝美を見る。出会ってから三年はつが、枝美の女子力じょしりょくの高さは初めて知った。

「そ、そんなに驚く?」

「いや、だって、殆どお弁当じゃないですか! いつも自分で作ってるんですか!?」

「簡単な物だから。それに、そこまでったもの作ってるわけじゃないし」

 それでも見た目が綺麗きれいになるよう詰め込まれていて、思い出しただけでお腹が減るくらいだ。今度分けてもらおう、とみやは心に決めた。

「えっと、みやちゃん。お話ってこの事? じゃ、無いよね……?」

「あー、そうでしたそうでした! じゃあ、このお話はまたゆっくり」

 コホン、と小さくせきをし、みやは本題ほんだいに入る。

「昨日、どうでした? 楽しめました?」

 昨日買い物に行った事。そこでの彩とのちょっとした言い合いを思い出し、枝美は悲しそうに下を向いた。

 ――わかりやすいですねぇ。

 みやも簡単にではあるが、何があったか彩から聞いていた。そもそも、今日こうして枝美と話をする事になったのは、彩から枝美を説得してくれと頼まれたからだった。

「ちょっと、色々あって……でも、楽しかったよ。皆で一緒に買い物に行けて」

「そんな顔で言われても説得力せっとくりょく無いですよ、先輩」

「へっ?」

 枝美がみやの方を向くと、みやは両手でコンパクトミラーを持っていた。口元くらいの高さまで持ち上げている為、そのミラーには枝美の悲しそうな表情がうつる。

「あ……」

「彩先輩から聞きました。西上先輩、昨日ずっとそんな顔だったみたいですよ」

「え、嘘……」

 枝美はそう言わて、慌てて自分の顔に両手でれ、確かめる。触れただけで表情がわかるわけではないのだが、目の前のミラーに映る顔、動く自分の手に、現実であることを認識にんしきする。

 みやがゆっくりとミラーを下ろし、それを胸元むなもとのポケットへ仕舞いながら言う。

「彩先輩言ってました。西上先輩は東堂先輩の事、諦めるそうですね」

 枝美は顔をらしながら小さく「もう……」と呟くと、観念かんねんしたかのように答える。

「みやちゃんは、私の事知ってるんだっけ」

 "私の事"というのは、枝美が由佳に想いを寄せている事についてだろう。

「はい」

 三人の関係は大体把握はあくしているので、みやはすぐに答えた。

「じゃあ、わかるでしょ? 私、女の子なのに女の子に恋しちゃってて、"変"なんだよ」

「……え?」

 枝美が零した言葉に、みやは驚いた。

 それは以前、自分でもいだいていた葛藤だった。

「"変"な私が普通の事に動揺して、皆を巻き込んじゃってる。由佳ちゃんが男子に告白されたのは"普通"の事。なのに、私は由佳ちゃんも"変"になって欲しいって思ってる」

 枝美の悩みを、みやはだまって聞いていた。

「彩ちゃんにも、こんな"変"な私に付きあわせちゃって、気を使わせちゃってるから。私、由佳ちゃんの事をちゃんと諦めて"普通"になるべきって思ったんだ」

 枝美の気持ち、枝美の悩み、枝美の葛藤。

「わかりました」

 みやには、全て理解"出来た"感情だった。

 しかしそれは過去形かこけい。以前のままだと、みやは枝美に共感してしまって、説得が失敗していたかもしれない。

 でも今は違う。

 今のみやにとって、枝美が悩む"変"な事は、全く"変"ではない。

「先輩は、私の事も"変"だって思います?」

「え? ……あっ」

 みやが彩に恋愛感情を抱いている事。それを今思い出したかのように、枝美は自分の口をふさいだ。

 みやの態度たいどを見ていれば、"変"な枝美には、みやが彩に抱く"変"な感情はわかる。

 しかし、枝美は塞いだ手をゆっくりと離し、言う。

「でも、みやちゃんもわかるでしょ? この気持ちは、普通の人からすると"変"なんだよ……」

「まっっっっったくわからないですね!」

 みやはベンチから立ち上がると、堂々とそう言った。

 あまりにも堂々と言うものだから、枝美は呆気あっけにとられてしまう。

「私は確かに彩先輩の事が好きです。大好きです。愛してます!」

「あ、愛……」

 枝美はわずかに頬を染めながら、みやの言葉を聞く。

「はい! 別に恥ずかしく無いですよ! この気持ちを"変"だとも思いません! だってこれは」

 声を張っていたみやが突然ふーっと息を吐き、胸に両手をえ、その言葉を大事だいじつむぐ。

「私の、自信ですから」

「自信……?」

 みやは確かにいつも、彩に対して遠慮無く愛情を表現している。それは端から見れば"変"だろう。しかしみやは"変"と思われる事をおそれず、堂々としている。その理由は、自分の気持ちへの自信。

 枝美は、そんなみやをうらやましいと思ってしまった。

「少し前、私も先輩と同じ事考えてました。"変"な私のせいで、私の周りに居る人に迷惑掛けちゃってるんじゃないかなーって」

 みやはゆっくりと、ベンチから離れるように歩きながら話し始める。

「それで、本当に私の周りに居る人に迷惑が掛かってる会話を聞いちゃった事があるんです」

「え……」

「でも、その人は私を庇うように言ってくれました。『"変"っていう気持ちに嘘を吐かずにいられるのは、凄い事だ』って、私がずっと自分で"変"って思って、悩んでいた事を、格好良くて、尊敬もしてるって言ってくれて」

 少し歩いてから、みやが振り返った。

 みやの顔はその時の事を思い出しているのか、とても嬉しそうで、しかし頬が僅かに赤くなっていて、照れくさそうな笑顔だった。

「その人は、こんな私の事を認めてくれたんです。"変"でも良いんだよって、私は私のままで良いんだよって、言ってくれたようで……すっごく、嬉しかったです」

 みやが言う"その人"が誰なのか枝美はわかっていないが、話を聞き、みやが彩に対して堂々と自分の気持ちを伝えられている理由がわかった。

 それに、その話を聞いただけでも、"変"でも良いんだと自信がもらえるようだった。

「なんだか、羨ましいな……」

 認めてくれて、励ましてくれる。枝美もそんな人が現れてくれれば、と思う。

「えへへ、でしょー? だから西上先輩も、堂々と気持ちを伝えればいいじゃないですか」

「え!?」

 堂々と告白してしまえ、という事かと思い。枝美は驚く。

 しかし枝美の反応を見て、勘違かんちがいさせてしまった事に首を振り、みやは訂正ていせいの意味で言う。

「何も、自分で"変"って思ってる気持ちを伝えろって言ってるわけじゃありません。自分で正しい、間違ってないって思っている気持ちだけでも、伝えたらどうですか? それだけでもきっと、答えはもらえる筈です」

 みやが言っているのは、枝美の中にある"普通"の気持ちの事。

 それは、彩にも言われた事だ。

『お前の気持ちはどうなんだよ! お前はどうしたいんだ!?』

 どうしたいか。

 このまま三人、いや四人が、どうなって欲しいか。

 そんな答え、決まっている。

「私――」

「ねぇ、先輩」

 えて話をさえぎるように、みやが再びベンチに駆け寄り元の位置へ座った。

「西上先輩が東堂先輩を好きになった理由、聞いてもいいですか?」

「えぇ!? ど、どうして急に?」

「いやー、私だって昔の事話しましたし。お返しが欲しい、っていうのも変ですけど、純粋じゅんすいに気になるんですよ」

 昔の事と言う程過去の話では無かったのだが、みやは首をかしげながら枝美に問う。

 枝美は、由佳を好きになった理由を今まで誰にも話したことはない。

 それをみやに話してしまうのはどうだろうか、とは思ったが、確かにみやも過去の事を話してくれた。それに、みやも枝美と同じタイプなのだ。きっと、"変"とは思われないだろう。

 だから枝美は、ポツリポツリとこぼし始める。

 小学生の頃の事。木登りをしていて落ちそうになった所を由佳に助けられた事。それから由佳の事を見る度にドキドキしてしまった事。

 そしてそれを、恋心だと気付いてしまった事。

 微笑みながら、ふんふんと聞いていたみやは、枝美の話が終わると感動かんどうするように言った。

素敵すてきですね……」

「えへへ、そうなのかな」

 枝美が由佳に想いを寄せている事はみやも知っていたが、理由を聞けば尚更なおさら、惚れてしまうのも無理はないと納得した。しかし、一つ気に掛かる事がある。

「ねぇ先輩。東堂先輩に助けられた時って、もしかして彩先輩もそばに居ました?」

 枝美は話の中に彩を登場させてはいない。しかし彩の事を聞かれて、少し驚きながら返す。

「うん、居たよ。あの時二人で遊んでて、そこで私が木登り始めちゃって」

「彩先輩とはいつからお友達なんですか?」

「えーっと、幼稚園ようちえんからかな。家も近くて、よく遊んでた」

「じゃあ、東堂先輩は?」

「由佳ちゃんは小学校に入ってからだね。一学年上だったんだけど、近所だったから偶然ぐうぜん知り合って、それから」

 みやは話を聞き、「あーーー……」と何かに納得しつつも溜め息のように零す。

「な、何?」

「あー、いえ、気にしないでください」

 両手を振り、みやは枝美から顔を逸らす。

 ――そっか。彩先輩、西上先輩とは東堂先輩より前から一緒に居たのに、西上先輩が振り向いたのは東堂先輩で、それで……。

 みやは、彩が枝美を好きになった理由を推測すいそくする。

 最初、木登りの一件があった頃からしばらくは、彩自身もなんとも思っていなかっただろう。

 しかしそこで枝美が由佳を好きになり、彩はその事に気付いた。

 気付いてしまうと、自分の方が長く一緒に居たにも関わらず枝美が由佳に振り向いてしまった事に若干じゃっかん嫉妬しっとを抱いた。

 それから枝美の事が無意識に気になってしまい。恋愛感情までいたった。

 ――いやはや、更に糸が絡んだ感じしますね。あっはっは。

 彩が枝美に惚れた理由はみやの推測でしか無いが、これが当たっていても間違っていても、今の関係にとっては過去の事だ。

「みやちゃん」

「あ、はい。ごめんなさい、ボーッとしちゃって」

「今日は、ありがとね」

 枝美はそう言うと、微笑みながら立ち上がった。

「先輩?」

「大丈夫。私の気持ち、由佳ちゃんに伝えてくる。"変"じゃない方を、だけど……それじゃあね」

 手を振りながらその場を立ち去る枝美。

 上手く説得出来ただろうか、とみやは考える。だが、その結果はすぐにわかるだろう。いつも通りに戻っていれば成功、また妙な関係になっていたら、失敗だ。


 枝美は昼休みが終わる直前ちょくぜんに校舎内に居た由佳を見つける。

「由佳ちゃん!」

「あ、枝美ちゃん!」

 枝美の方から声を掛けてくれた事に、由佳は嬉しくなり笑顔で答えた。

「どうしたの? 息荒いきあらいけど、走ってきた?」

「あ、うん……えっと、それはよくって。あのね、話したい事があるの!」

「話したい事?」

 由佳が聞き返すと同時、予鈴のチャイムが鳴ってしまう。この昼休みでみやと話をして、由佳を探して、流石に話までは出来なかった。

「うぅ……」

 チャイムを聞いて悲しい顔をする枝美に、由佳は微笑みながら言う。

「大丈夫だよ。また放課後ほうかご、お話聞かせて?」

「う、うん! じゃあ、放課後!」

 枝美は答えると、自分の教室へと走っていった。

廊下ろうかは走っちゃダメだよー!」

「わかってるー!」

 答えながら、尚も枝美は走っていた。その様子に由佳はクスリと笑う。

 枝美が元気になってくれた。それも嬉しいが、自分の事を避けていた枝美が自ら話し掛けに来てくれた。

 その事に、由佳は安心した。


 そして放課後。

 自分のクラスのホームルームが終わるや否や、枝美はかばんを持って教室を飛び出した。

 すぐに由佳の居るクラスへ向かうと、こちらも丁度ホームルームが終わる所だった。

 廊下から由佳の姿が見える。

 由佳の事を見ながら出てきてくれるのを待っていると、由佳が担任たんにん教師きょうしに呼ばれていた。

 何かを話し終え、由佳は教師にれいをして、やっと教室から出てきた。

「ごめんね、待っててくれてたのに」

 由佳の方も枝美が廊下に居る事は気付いていた。

「ううん、大丈夫。何の話だったの?」

「あはは、ちょっとね。三年生には色々あって……それより、お話だよね」

 誤魔化すように笑うと、由佳は昼休みの事を枝美に問い返す。

「うん。あのね――」

折角せっかくだし、場所変えよっか? ちょっと、皆で行きたい所があるの。お話はそこでね」

 皆。という事は、彩とみやも呼ぶのだろう。みやとは昼に話した為問題無いが、彩に会うのは少し気まずかった。

 ただでさえ一時休戦中なのだ。それに、由佳とは出来れば二人きりで話をしたい。

 そんな枝美の考えを知る由もなく、由佳はケータイを取り出して電源でんげんを入れ、彩とみやにメールを送った。

 枝美がそれを止めなかったのは、彩にも謝りたいという気持ちがあったからだ。

「これでよしっと、ちょっと待とっか」

 中庭、いつも皆で昼食を取る場所に座って二人を待つ。

「またここで、皆でご飯食べよーね」

「うん」

 嬉しそうに言う由佳に、枝美もまた嬉しそうに返す。

 そんな会話を交わしていると、彩とみやが一緒に現れた。

「よ」

「お昼ぶりですね、西上先輩」

「あ、うん。えっと……」

 枝美は立ち上がると、彩と向き合う。

 彩の方は昨日の事、一時休戦の事は既に気にしていない。そもそも、みやに枝美と話をさせたのは彩なのだから、今の状況は彩ののぞんだ形だ。

 上手く事をはこんでくれたみやに、彩は先程さきほどお礼を言った所だった。

 それでも枝美はそれを知らない為、彩へと頭を下げ謝る。

「ごめんね。変な態度たいど取って」

「こっちこそ、怒鳴どなって悪かった。変な事聞いたのもあたしだし、これで元通り、な?」

 顔を上げる枝美を、彩は嬉しそうに見つめていた。

「よし、それじゃあ行こっか!」

 二人が謝ったのを見てから、由佳は両手をポンと叩き立ち上がる。

 そういえば、と。由佳以外の三人が顔を見合わせた。

 三人は、これから由佳が何処どこに行くのかを知らない。由佳が彩とみやに送ったメールにも、『四人で行きたい所があるから、付き合って!』としか書いていなかった。

 由佳の事だからそんなに変な場所には行かないだろう。そう思い、三人は付いて行く。

 そうして到着とうちゃくしたのは、少し歩いた所にある、街の見晴みはらし台だった。

「わぁーーー!!」

 感動するように、枝美はそこから見える景色に心奪こころうばわれていた。枝美はこの街を高い場所から眺めるのが好きだったが、小学生の頃の一件以来、街を見晴らした事は無かった。

「この街にこんな場所あったんだな」

「見晴らし台なのに、あんまり目立つ所じゃないからね。私も知ったのはつい最近なんだ」

 彩の言葉に答えると、由佳は景色に夢中むちゅうになっている枝美に近寄った。

「どう?」

「すっごく綺麗! ありがとう由佳ちゃん、連れて来てくれて!」

 キラキラとかがやいたような目を由佳に向け、はしゃぐように枝美は言う。ここまで喜んでもらえると、連れてきた甲斐があるというものだ。

 由佳も枝美の隣に並び、街を眺める。

 大好きな街、思い出のまった街。確かに絶景ぜっけいだ。

 そこでふと、由佳は自分の進路の事を考える。

 将来しょうらいゆめ展望てんぼう。今の由佳には難しい事だったが、枝美の笑顔を見ていると、もっと単純たんじゅんに考えてもいいかもしれない、と思う。

 この景色を見せてあげられた。枝美が喜んでくれた。そうするともっと、色んな景色を見せてあげたくなる。そんな単純に考えても、きっといい。

 自分の方を見て微笑んでいた由佳に気付き、枝美は問いかける。

「どうしたの、由佳ちゃん?」

「ううん、こっちの事。それより枝美ちゃん、そろそろ、お話――」

 由佳が話を切り出そうとした瞬間、後ろに居た彩が突然何かをして言った。

「あーーー! なんか面白そうなものあるぞ! 行くぞみや!」

「はい、先輩!」

 見るからにわざとらしく二人がその場から立ち去った事で、由佳と枝美の二人きりになる。

「ふふっ、二人共元気だねぇ」

「はは……」

 由佳はあやしいと思っていないようで助かったが、もうちょっと自然には出来なかったのかと、枝美は立ち去った二人の向かった方へと顔を向ける。

 そして、既に二人の姿は見えなくなっていたが、二人に対して声には出さずに枝美は言った。

 あ・り・が・と・う。

 そうして、枝美がふたたび街を眺めながら、話を切り出す。

「話したい事っていうのは……その……」

 枝美は言い淀む。

 かす事はせず、由佳は言葉を待った。

「由佳ちゃん。告白されたって、前、言ってたよね」

「あ……。うん」

 由佳にとってはまさかの事を聞かれ、驚きつつも少し頬を染めながら照れくさそうに俯いてしまう。あの話は一人で考えるということで終えた筈だった。

「私ね……」

 そこで、また枝美の言葉が止まる。

 しかしけっしたように、そして申し訳なさもふくむように、枝美は勇気を出して続けた。

「私、由佳ちゃんにその人とお付き合いしてほしくない」

「え……?」

 由佳が枝美を見ると、枝美の目は真剣しんけんだった。しかしやはり申し訳ないとも思っているような、悲しそうな目をしている。

「これは、由佳ちゃんの事だし、私が口をはさむ事じゃないんだけど。でも、私、由佳ちゃんとこれからも一緒に居たい! 由佳ちゃんともっと一緒に居たい! だから、一緒に居る時間が減っちゃうのは嫌だから、お付き合い……しないで欲しい……」

 枝美の声が徐々じょじょに小さくなっていき、目には涙が浮かんでいた。

「ご、ごめんね……こんな事、迷惑、だよね。由佳ちゃんの事、なのに……」

 枝美は自分でも、自分の我侭を由佳に押し付けているだけだという事は理解している。

 それが、"変"な気持ちのうえだという事もわかっている。

 幼馴染の友達が幸せになれる道をふさいでいるのだ。自分の"変"に巻き込もうとしてしまっているのだ。

 それでも、その上でも由佳に伝えようと思った枝美にとって"普通"な気持ち。

 ――もっと、一緒に居たい。

 その気持ちは、今まで一緒に居た事でつちかわれてきた確かな気持ちだった。

 由佳は、何かに納得したように答える。

「そっか、もしかして、枝美ちゃんはずっと私の事で悩んでくれてたのかな」

「……」

 今度は枝美が黙ってしまう。

 答えは確かなのだが、ハッキリと答えるのは少し照れくさい。

「これは、私の我侭だから。こんな私の我侭で、由佳ちゃんが幸せになるチャンス、つぶしたくなくて……」

「うん」

 枝美の声が少しずつ涙声なみだごえになっていく。それに対し由佳は頷きながら優しく相槌あいづちを打つ。

「でも、嫌なんだよ……! 由佳ちゃんが誰かと付き合うのは! 由佳ちゃんは、私とずっと一緒に居て欲しい……!」

「うん」

「離れ離れは、嫌だよ……!」

 枝美が泣き出しそうになったのを、由佳がそっと抱きしめ、頭をポンポンと軽く叩いて落ち着かせる。

「うん。私もね、皆が離れ離れになるのは嫌」

「由佳ちゃん……」

「あのね。枝美ちゃんが悩んでくれてた、私のお付き合いの事なんだけど」

 由佳の言葉に、枝美の体が強張こわばる。

「私、お断りしようと思ってるんだ」

「え……」

 抱きしめられた状態で、枝美は驚いた表情で由佳を見る。思った以上に顔が近かった。

「意外?」

「だって由佳ちゃん、相手の人の事、まんざらでもない感じだったし……」

「そりゃあ、告白されたら誰だって嬉しいよ。しかも初めての事だったし、なんか、ドキドキしちゃって」

 その時の気持ちを思い出しているのか、少し照れくさそうに笑うと、由佳は続ける。

「でも、やっぱり私はまだ皆が必要なんだ。それに、枝美ちゃんがそんなに私の事で悩んじゃうんだもん、枝美ちゃんにもまだまだお姉さんが必要でしょ?」

「うぅ……」

 枝美は恥ずかしそうに由佳のふくよかな胸に顔をうずめる。

 そして、申し訳無さそうに言った。

「やっぱり、私のせいで断るんだよね……」

「違うよ」

「だって、私が迷惑掛けたから……!」

「むしろ、迷惑掛けちゃったのはこっちだと思うな。そんなに枝美ちゃんを悩ませちゃって、本当にごめんね」

「違……謝るの、私で……」

「うん……じゃあ、一緒に謝ろっか」

「もう……由佳ちゃん……。本当に、ごめんね……」

 泣き出してしまう枝美をあやすように頭を撫でながら、由佳はそのまま枝美を抱きしめていた。


 その様子を、遠くから彩達も見ていた。会話は聞こえなかったが、話は上手く進んでいるのだろう、とさっする。

 そんな、枝美を抱きしめる由佳を、由佳に抱きしめられる枝美を、彩は少し寂しそうに見つめていた。

「せーんぱい」

「なんだよ」

「えへへ、はい」

 彩の隣に居たみやが両腕を広げる。

「何?」

「もう、わかってるくせにー」

 両腕と両手を大きく広げ、何かを待っているみや。

 彩はやれやれ、と言うように――チョキを出した。

「はい、あたしの勝ちな」

「へ? いやいや! ジャンケンじゃないですって! もう! 先輩ー!」

「だぁー! 大声出すなって! 二人に聞こえるだろ!」

「大丈夫ですよ、結構けっこう距離きょりあるから聞こえませんって! さぁ先輩!」


 こうして、四人の関係は続いていく。


 ――これは、普通とは違う恋のお話。

 ――少し"変"な、恋愛模様。




 終わり

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東西南北百合の花 ユウキ @yuukiP

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