番外編「とある不思議な一日」

 あれは暦の上ではもう春だが、まだまだ冷え込んでいた頃。


 僕は最後の勤務が終わり、課長や同僚に挨拶した後で会社を出た。


 すると、玄関前に香織さんが待ち伏せしていて「今日くらいあたしと一緒に遊べー!」って笑顔で言ってきた。


「うん、そうだね。あの時のお礼もかねて奢るよ」

 僕がそう言うと

「あのねえ、あんたの送別会のつもりなんだし、あたしも十円くらいは出すわ」

「ヲイ!」


 ……と、二人で笑いながら駅前にあるチェーン店の飲み屋でいろいろと話し、二次会と称してカラオケに行って飲みながら延々と歌い




 気がついたらどこかの家のベッドの上だった。

「え、ここどこ?」

「あたしの家よ」 

「え?」

 隣を見ると一糸纏わぬ姿の香織さんが。

「あんた酔った勢いであたしを。責任取れ」

「――――――!?」




 ってとこで目が覚めた。

 見渡すと自分の部屋。

 そして自分の布団で寝ていた。時計を見るともう昼前だった。

「ふう、本当にあんな事してたら飛び降りなきゃいけなかったよ。って僕はいったいいつ家に帰ってきたんだ?」

「夜中の二時頃だったわよ」

 そうか。って、え?

 今誰が喋った?


 おそるおそる声がした方、隣を見ると


 香織さんがそこにいた。

「――――――!?」

 ま、まさか本当に


「あんたをここまで連れて来るの大変だったわよ。酔っぱらってベロンベロンだったしね」

「へ?」

 よく見ると香織さんはちゃんと服を着ていた。


「ほ、よかった。もし何かしてたらどうしようかと」

「ナニされてもよかったけどね~(笑)」

「あのねえ。って、家は反対方向だろ? ごめん」


「いいって。どうせ今日はおばあちゃん家に行く予定だったのよ。そんでこっちなら近いし、送ったついで朝までネットカフェにいようかと思ったけど、家に着いた時に丁度彼女さんが出てきてね『泊まっていって』って言ってくれたから、お言葉に甘えて寝かせてもらったわ」


「へえ……え、今、彼女って言った!?」

「ん? 言ったわよ?」

「美咲さんがうちにいるはずがない! だって彼女はまだ自宅療養中だし、そもそもうちの合鍵持ってないんだぞ!」


「じゃあ、あの人誰よ?」

「え」

 香織さんが指す方を見ると

 そこにいたのは、黒いセミロングヘアでエプロン姿の女性……!?


「あ、健ちゃん。起きたんだ」

 その女性いや、たぶん……が笑顔で話しかけてきた。


「じゃ、あたしそろそろ行くね。お邪魔しました~」

 香織さんは口元に手を当て、笑いながら出て行った。


「ちょ、待て!」

「どうしたの、健ちゃん?」

「え、な、何で、亡くなったはずじゃ?」

 そう、そこにいたのはみっちゃんだった。


「え~ん、勝手に殺さないで~」

 みっちゃんはなんか分かりやすい嘘泣きをした。


「え、え? あ、ごめん。じゃあ、どうしてここにいるの?」


「え、一緒に住んでるんだから、当然でしょ?」

 みっちゃんは首を傾げる。


「これは夢だよな? まだ酔ってるんだ」

 僕が頬をつねっていると


「ま、それよりご飯食べて。私と香織さんはもう食べたからね」

 そう言ってトレイにご飯と味噌汁、スクランブルエッグとベーコンといったシンプルな、って?


「みっちゃん、見えてるの?」

「何言ってるの? 眼なら前に手術して治ったでしょ」

 みっちゃんはまた首を傾げて言う。


「え」

「さ、どうぞ」

「う、うん」

 僕はおそるおそる味噌汁を口にした。

 

「あ、美味しい」

「よかった~。上手く出来てて」

 みっちゃんは嬉しそうに微笑む。

 

 そして

「ごちそうさま。美味しかったよ」

 僕は手を合わせた後、そう言った。


 ……みっちゃんの手料理、初めて食べたな。


「ありがと。じゃあ一休みしたら出かけましょ」

「え、どこへ?」

「お買い物して、お散歩」


 


「うーん、いい天気~」

「そうだね。って、足元気をつけてよ」

「大丈夫よ。ちゃんと見てますから」

 そう言ってテクテク歩いていた。


 杖も使わず、普通に歩いている。

 そんなみっちゃんを見ていると、思わず目がウルっとなってしまった。


 これって、夢なのか現実なのか? 



 着いた先は、以前一緒に行ったファッションビル。

 その中の服屋さんで


「うわあ、これいいな」

「うん。でも、それは無いね」

「なんで?」

「あのね、それはヤバイだろが!」

 みっちゃんが手にしているのは、えらく短いミニスカート。

 彼女は身長が165cmあって、聞けば足が結構長いらしい。

 そんな彼女がそれ穿いた日にゃ・・・・・・


「え~、本当は見たいくせに~」

「うっ」

 思わず言葉に詰まった。 


 ってあの、店員さん。

 ニヤニヤしながらこっち見ないで。



 そして駅前にあるファーストフードの店で一休み。


 以前いつも二人で来ていた。

 あの時はあんま懐に余裕無かったからね。

 

「うーん。美味しい」

「みっちゃん、ほんとそれ好きだね」

「うん」

 ハンバーガーを豪快に頬張ってる。

 ほんと、それが可愛いんだよな。

 以前と同じだ。


 その後も、以前一緒に行った場所を見て回った。


 そして夕方

 いつもお参りしてた、あの神社に着いた。



「健ちゃん、今日はありがと」

「いいって。今度はもっと違う所にも」

 するとみっちゃんが笑い顔から真剣な表情になり


「これでもう思い残す事はないわ」


「……どういう事?」


「私はずっと健ちゃんの側にいたわ。死んだ後も、ずっとね」


「……じゃあ、やっぱり」

 みっちゃんは、あの時。


「あ、今は幽霊というか、ちょっとだけ生き返ったという感じだよ」


「へ!? そ、そんな事、どうやったらできるの!?」

「神様が特別にそうしてくれたの」


「え?」


「神様にね、これ以上この世にいたら成仏できなくなるって言われたの。そして最後に望みを叶えてくれたの」


 それを聞いて思わず、こう言ってしまった。


「神様が本当にいてそんな事出来るなら、何でみっちゃんを死なせたんだよ」


 すると

「健ちゃんの周りにあった不幸な出来事は、自分でもどうする事も出来なかったって泣きながら謝ってたわ」

 みっちゃんが目を閉じてそう言った。


「え?」

「でもね、それをなんとかしたのが私と香織さん、そして美咲さんだったんだって」

「そ、そうだったの?」


「うん。私は、いえ香織さんも美咲さんもそんなつもりは無かったけど、結果的にそうなったんだって。だからね、せめてものお詫びとお礼だって」


 僕は何て言っていいか分からなかった。


「……もしそれがなかったら、私がこうして健ちゃんと……ううん、目が見えにくかった私じゃ、足手纏いだったかもね」

「そんな事無いよ。みっちゃんがいてくれたら、それでよかったんだ」

「ありがと。でも、今は美咲さんを、ね」

「う、うん」


 その後しばらく、風の音だけが辺りに響いた。


「ねえ、最後にもう一つ、いい?」

「何」


 みっちゃんは言い終わる前に、僕の唇に自分のそれを……


「美咲さんと、お幸せにね」

 そこで意識が途切れた。




「ん、あれ?」

 気がつくと、自分の部屋にいた。

 時計を見ると、もう夕方五時。


「随分寝ちゃったな。しかしリアルな夢だった」

 その時、携帯の着信音が鳴った。


「あ、香織さんだ。はい?」


「あ~、大丈夫?」

 どうやら心配してかけてきてくれたらしい。

「うん。あ、昨日はありがとね」

「いやいや。あたしも楽しかったわ」

「そう。あ、最後らへん全然覚えてないんだけど、僕何もしなかった?」

「あんた酔ってベロンベロンだったじゃん。布団に寝かせるのも一苦労だったわよ」

「……え、どうやって部屋に入ったの?」

「それも覚えてないの? 彼女さんが開けてくれたって昼間言ったじゃん」


 は?


「そうそう。何かあたしにお礼言ってたわ。『健ちゃんの背中押してくれてありがとう』ってね」


 その呼び方。

 

「ねえ、ちょっと聞いていい? うちにいた人って……感じの女性?」

 みっちゃんの特徴を言うと


「あ、そんな感じよ。やっぱ彼女さんだったんだねー」

 

 あれは、夢じゃなかったのか。


「おーい?」


「あ、うん、いや……女神様だよ」


「ほ~う、そこまで言うか~」


「なんてね。あ、本当にありがとう、もう一人の女神様」


「ほう、あたしも女神か。だから寝る前、唇奪ったのか~?」

「は!?」


「あ、覚えてないよね~。じゃあね~」


 えっと……嘘だよな?

 そう思った時


- 本当よ。ふふ、美咲さんの夢枕に立ってバラしてあげようか~? -


「やめてー!」


 天井に向かって叫んだが、返事はなかった。


 うう、美咲さんには言えないな。

 でも、ありがと。




 こうして不思議な一日が終わった。

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終わりと始まりの時のように 仁志隆生 @ryuseienbu

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