第12話「そ、そんな!?」

 あれから二日後、僕は駅の前でタクシーを待っていた。

 電車は動いてなく、タクシー乗り場はざっと見ても二百人は並んでいた。

「まだ順番が……早く」

 何故こうしてるかと言うと



 

 二日前の夜

 

「美幸は、大怪我をしてしまい、今病院に」

「え? な、何があったんですか!」

「それは……」


 お姉さんの話によると、みっちゃんはあの時、マンションの五階にある自宅まで階段を登っていたそうだ。

 彼女は普段一人の時はエレベーターやエスカレーターを使うが、たまに訓練だとか言って昇り降りしていたらしい。

 僕が一緒でも階段しかないところでは苦労してたし。


 そして地震があり、バランスを崩し……。



「打ちどころが悪かったのかまだ目が覚めず……命に別状はないとの事ですが、篠田さんにも連絡をと思って」

 お姉さんは落ち着いた声で話していた。

 本当は凄く心配なはずなのに。


「そうでしたか。じゃあさっきの電話はお姉さんが」

「はい。それと篠田さんがご無事でよかったです。さっき出られなかったのでもしや、と」

「あ、すみませんありがとうございます。さっきまで伯母と話していて。それと今頃気づきましたがお姉さんは僕の事をご存知で?」

「ええ。美幸ったら嬉しそうにあなたの事を話すんですよ。『やっと私にも彼氏ができた~』って飛び跳ねながら」

 お姉さんはちょっと笑ってるように話し、え?

「えええ!?」

 ちょ、待て! 僕達はまだ付き合ってない!

 それをこの次に言おうと。てか、みっちゃんも僕の事を?

「あら、やっぱりまだだったんですか。『ホントに~?』って突っ込んだら吃ってたから、ふふふ」

 このお姉さん、ちょっと意地悪なのかな?

「……篠田さん、少しいいですか?」

 お姉さんの口調が変わった。

「は、はい?」

「もし本当に美幸と付き合うつもりなら、覚悟はおありですか?」


 一瞬詰まったが、

「はい、もちろんです」

 そう答えた。


 大変なのはわかってるつもりだ。

 いや、わかってないかもしれない。

 それでも僕は。

「わかりました。すみませんこんな事聞いて」

「いえ、そんな……あの」

「ふふ。あ、もう遅いので今日はこれで失礼します。何かあったら連絡しますね」

「あ、はい。それじゃあおやすみなさい」




 翌日は予定通りバイトに行き、明日は臨時休業なので全員休みとの話があった。

 それならみっちゃんの所へ行きたいけど、明日は電車が動かないとか。


 そして二日目、今日の早朝、僕の携帯電話が鳴った。

「あ、みっちゃんの携帯からだ?」

 電話に出ると相手はお姉さんだった、そして


「え、そ、そんな!? だって一昨日は命には別状ないって!?」

「そうだったんですが……」

 みっちゃんは今朝になって急に心肺停止状態となったそうだ。

 蘇生はしたが予断は許さない状態、だという事だ。


「わかりました! すぐに向かいます!」


 僕はすかさずチーフに連絡を入れ、明日も休みを貰った。

 今の交通状況じゃおそらく今日中には帰ってこれないだろうから。

 抜けるのは心苦しいけど、チーフに正直に理由を話したら

「わかった。気にせず行ってきなさい。というか篠田君はいつも遠慮しすぎだ」

 チーフはそう言ってくれた。

 僕は電話口で何度もお礼を言った後、駅へと走った。




「まだかよ……」

 あれから一時間以上経ってやっと僕の番まで来たが、タクシーがいなかった。

 次はいつ来るんだよ、と思ってると


「え、そんな!? なんとかならないの!?」

 後ろで携帯で話してる僕と同い年くらいの茶髪の女性がいた。


「古河のおばあちゃん家まで歩いていける訳無いでしょ! だから」

 ああ、なるほど。この人のおばあさんにも何かあったんだ。

 そして彼女は電話を切った後、苛ついた表情で道路の方を見ていた。


 少し悩んだが、方向は同じなんだし……。

 ごめんみっちゃん。少し遅くなるけど待っててね。


 僕は女性に話しかけた。

「すみません、聞くつもりじゃなかったんですが聞こえちゃって。そちらの目的地は僕の目的地の途中だし、よければ相乗りしませんか?」

 すると女性は「え?」って感じの表情になり、少し間があったが

「すみません、お願いします」って頭を下げてきた。

 いや、見て見ぬふりなんかできないよ。


 その後タクシーが来て、まずは彼女の目的地に向かってもらった。

 彼女は二言三言話してから何も言わなくなった。

 たぶん察してくれたんだろな。自分と同じだって。

 僕相当苛ついてただろうし。


 その後渋滞の中をくぐり抜け、やっと彼女の目的地である駅付近に着いたが、彼女が鞄をあさりながら焦ってるようだった。

 あ、もしかして?


 ……うん、迷ってられるか!

「あの、僕が全部出しますからいいですよ」

 正直懐はキツイが、元々覚悟の上だったし。

 それにあなた、たぶん財布忘れたんでしょ。と心の中でそう言った。


「え、でもそれは悪いですよ!?」

 彼女がそう言ってきたが、今は時間が惜しいんだ。


「いいから。それより早くおばあさんのところに行かないといけないんでしょ?」

「あ! す、すみません、ありがとうございます!」

 彼女は一礼した後に車を降り、猛スピードで走っていった。


「お兄さん、あの女の子知り合いじゃないみたいだが、連絡先聞かなくてよかったのかい?」

 タクシーの運転手さんが話しかけてきた。

 今頃気づいたが眼鏡をかけていて髭を生やし、頬が痩せた感じの六十歳位の男性だった。


「あ、いえいいですよ。こんな時だし助け合わないと」

 それも本音である。


「そうかい。じゃあそろそろ出発するよ。なるべく早く着くようにするから」

「は、はい」


 それからまた渋滞をくぐり抜け、一時間位でやっと目的地、お姉さんから聞いていた病院の前に着いた。


「あ、ありがとうございます。えと、あれ?」

 メーターを見ると一万二千円ちょっとだった。


 途中でふと見た時は一万円くらいだった。

 あそこからここまでの距離からすると、もっと多いはず?


「『こんな時だから助け合わないと』っていう言葉に打たれたよ。だからワシもそうする事にしたよ。いや、ホントならタダでいいよって言えばいいんだろけどなあ」

 運転手さんは頬を掻いて苦笑いしながらそう言った。


 そうか、いつの間にかメーターを止めてくれてたんだ。


「いえそんな! あ、ありがとうございます!」

 僕は代金を払い、お礼を言ってから病院に駆け込んだ。

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