第13話「あれが始まり、今が終わり」

「美幸は・・・・・・もう意識が」

「え?」


 病室に着いた時、眼鏡をかけた小柄な二十代後半くらいの女性、みっちゃんのお姉さんが僕を出迎えてくれた後でそう言った。


 病室に入るとご両親もそこにいた。

 お母さんは泣き崩れ、お父さんが肩を抱き寄せていた。


 みっちゃんは個室のベッドの上で寝ていた。

 側にある心電図モニターが小さく音を刻んでいる。


 母さんの時と同じように・・・・・・




 僕はみっちゃんの側に立った。

「みっちゃん・・・・・・」

 頭に包帯が巻かれているが、顔は傷一つなかった。


「・・・・・・今回わかったんですが、美幸は心臓にも病気が・・・・・・もし震災が無かったとしてもいずれは発作が起こっていたと先生が」

 そんなのないよ・・・・・・



「篠田さん、どうか美幸の手を」

 お姉さんに促され、僕はみっちゃんの手を握った。

「ごめん・・・・・・」

「篠田さん、今の状況では仕方ないですよ」

 お姉さんは僕が遅くなった事を謝ってると思ったようだけど、みっちゃんと出逢ってから忘れていた。

 僕と親しくしたらこうなるんだって事を・・・・・・だから


 そう思った時


「・・・・・・け、ん」

 みっちゃんの目が開いた。


「え、み、美幸!?」

「もう意識が戻らないはずだったのに!?」

 僕の後ろでお姉さんやご両親が驚き叫んでいた。


「あ・・・・・・け、健ちゃん?」

 みっちゃんは僕の方を向いた。

「・・・・・・うん、そうだよ」

「見える・・・・・・はっきりと健ちゃんの顔が」

 え!?

「こんな・・・・・・顔だったんだ」

 みっちゃんはじっと僕の目を見ていた。

 本当に見えてるんだ・・・・・・


「最後に・・・・・・叶ったんだ」

 みっちゃんは精一杯の笑顔を向けてくれた。

「最後って・・・・・・まだ何も始まってないよ」

 僕は涙も拭わずにみっちゃんの手を強く握った。

「ううん・・・・・・私にとってあれが始まり、そして、今が・・・・・・終わり」


「終わりじゃないよ、これからだよ」


「・・・・・・健ちゃん、ありがと・・・・・・大好き」

 みっちゃんはそう言った後、ゆっくりと目を瞑り、笑顔のまま眠った。




 気がつくと僕は待合室の長椅子に座っていた。


 時計を見ると日付が変わって少し経った頃だった。

 あの後のどうしたか、どうやってここに来たか全然記憶に無かった。

 

 そう思っているとお姉さんがこっちに歩いてきた。

「あの・・・・・・」

「篠田さん、来て頂いてありがとうございました」

 お姉さんは暗い表情でそう言った。

 泣きたいはずなのにそれを堪えてるのは誰の目にも明らかだろう。

「いえ、僕は」

「・・・・・・美幸は僅かな間でもあなたという人との思い出ができました。そして最後にあなたの顔が見れて、そして看取られたのが・・・・・・せめてもの」

 僕は何も言えずにいた。


 

「篠田さん、これを」

 お姉さんが差し出したのは一輪の胡蝶蘭、の造花だった。

 ピンク色で綺麗な出来ばえだった。

「今度篠田さんに会った時にこれをプレゼントするんだって、美幸が自分で作ってたんです」

「え、これを美幸さんが一人で?」

「ええ、手元が見えにくいはずなのに。美幸に何でこれなの? って聞いたら『花言葉で選んだの。でも健ちゃん、これの花言葉知ってるるかなあ?』って」

「知ってますよ」

 馬鹿の一つ覚えだけど。

「そうですか。あの、ご迷惑でなければ受け取ってもらえますか?」

「・・・・・・はい」

 僕はお姉さんから渡された造花をじっと見つめた。


 ピンクの胡蝶蘭の花言葉は「あなたを愛してます」


 みっちゃん・・・・・・




 そして

「あの、僕はこれで失礼します」

「はい・・・・・・ありがとうございました」

 僕が席を立って待合室を後にすると、お姉さんの泣き声が聞こえてきた。

あきらだけじゃなく美幸まで・・・・・・うう」

 ずっと堪えてたんだろな・・・・・・


 弟さん、章くんはともかくみっちゃんは・・・・・・


 あの時僕と出会わなければ・・・・・・僕が告白しようって思わなければ。



 ーーー


 

「またあの時のように、今度は美咲さんが。僕は・・・・・・」

 夜遅く車も少なくなった国道沿いを歩きながらあの時の事を思い出していた。



 僕はこの時気づかなかった。

 僕の呟きを聞いていた人が後ろにいた事を。

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