第3話「あの笑顔のように」

 その後、五十嵐さんが「よければお茶でも」と言ってくれたので、お言葉に甘えてご馳走になることにした。


 店の奥に台所があるようで、そこから花模様のカップとボット、お茶うけのクッキーをトレーに乗せて持ってきてくれた。


 そしてレジが置かれているテーブルにカップを置いてお茶を注ぐと優しい香りがした。

 これ、ハーブティーだな。


 そして僕達は丸椅子に座り、それを飲みながらしばらくいろいろと話した。


「実は『リーフ』って店の名前、私の父がつけたんですよ」

 五十嵐さんはお茶を飲みながら言った。

「へえ、お父さんが? そういや何でリーフなんですか?」

 それもいい名前だと思うが、何で葉っぱにちなんだ名前なんだろ?


「それは店を再開する前に父が教えてくれました。リーフってとある神話の太陽神の名前でもあるって」

 五十嵐さんはそう答えた。

「あ。そういやなんかの本でそんなの読んだな。それで?」

「はい、葉が生い茂る木のように優しく、太陽のように暖かく。お店に来てくれた人達がそんな気持ちになってくれたらいいな、と思ってそうしたんですって。でも祖母にはその事を言ってなかったので、言いそびれてしまったって悔やんでました」


 そしてお店の商品のいくつかはお父さんのアイデアを元にして作ったものだとか、開業資金も諸々の手続きもお父さんがやってくれた、とか・・・・・・


「あの、こうして聞いていると何でお父さん自身がお店を継がなかったのだろ? と思ってしまうのですが。やはり今の仕事があって無理だったとか?」


「ふふ。それもありますけど、父ってかなり不器用で『自分じゃアイデアは出せても商品になるようなものは作れない』って。だから私が店を継いだのが嬉しかった、と言ってました。私手先にはちょっと自信ありますし」


 いや、ちょっとどころか本当に器用ですよ。

 ここにある造花やアクセサリーってどれもこれもいい出来だもん。


 そして

「あ、もう閉店時間」

 五十嵐さんが壁に掛かっている時計を見て言った。しかし結構長い間話していたな。

「じゃあ五十嵐さん、僕はこれで」

「あの」

「はい?」

 僕が帰ろうとするのを五十嵐さんが呼び止めてこう言った。


「私ね、お客さんから『美咲さん』か『みっちゃん』って呼ばれてるんです。だからこのどっちかで呼んでもらいたいな~って」


「みっちゃん」か。

 それは僕にとっては。だから

「じゃあ美咲さん、で」

「はい。じゃあ健一さん、また来てくださいね」

 って僕も名前で呼ばれるんかい。いいけどね。

 

 僕は店を後にした。

 ふと振り返ると美咲さんが笑顔で手を振ってくれたので僕も手を振って答えた。

 

 店から少し歩き、古い家が並ぶ路地を通ったところにある三階建ての木造アパート。

 そこの三階の角部屋。僕は十年前に母さんとここに引っ越してきた。


 その母さんは五年前に亡くなった。


 中は六畳二間で台所と風呂トイレベランダ付き。

 家賃は相場よりかなり安い。

 古いってのもあるが大家さんは「ほとんど道楽でやってるようなものだから、家賃はどうでもいいんだよ」と言ってた。

 

 いや、たぶん気を使ってくれてるんだろな。

 僕安月給だし奨学金も返済しなきゃだし。


 大家さんはもう六十近くで髪に白いものが目立ってきたおじさんで、本当にいろいろお世話になってばかりだ。

 就職の際には保証人になってくれたし、他にも・・・・・・いつか恩返ししなきゃな。


 ドアを開けて電気をつけ、部屋の隅にある仏壇を見た。そこには父さんと母さんの写真を置いている。そして手を合わせて「ただいま」と言ってからさっき買ってきた造花をその前に置いた。

 

 それはとてもよく出来ていた。

 そして美咲さんの心がそのまま現れているかのようだった。

 綺麗で暖かい、あの笑顔のように。


 僕はずっとその花を眺めていた。




 あれ、なんだろ?


 目の前が真っ白に?


 あ、誰かいる?


 あれは?



 気づいたら朝だった。どうやら寝落ちしてたようだ。

 あれは夢だったのか?


「って、もうこんな時間!?」

 壁にかけてある時計を見ると、いつも家を出る時間だった。

 僕は慌てて服を着替え、ドタバタしながら家を出て駅へと走っていった。

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