14-6


 さあ、反撃の狼煙のろしを上げよう。


 ここからは、悪と正義の……、俺たちの時間だ。


「それで、自分たちは、なにをすればいい!」

「安心しろ! そんなに難しいことじゃない……!」


 鋭い声で、こちらの指示をあおぐマーブルファイアに、俺も素早く返事をしながら、意識を集中して、身体をめぐ命気プラーナを燃やす。


 準備はすでに、整った。


「ただ、思うがままに、目の前の敵を倒してくれれば、それでいい!」


 そう、それだけで、十分だ。


 確かに、この首都を、一瞬で崩壊させてしまうほどの黒い力は、莫大ばくだいな量であると言わざるを得ないが、この目で確認した限りでは、まだ無尽蔵というわけではない。


 おそらく、竜姫さんのおかげだろう。先ほどから、じわじわと総量こそ増え続けているのを感じるが、劇的というほどではなく、まだ十分に、対処はできる。


 しかも、あの黒い力には、操る者がいなければ、明確な意思はなく、ただ自動的に反応して、周囲を破壊するだけというのも、好材料だ。


 つまり、大人数で、ところかまわず攻撃すれば、黒い力は各地に分散し、本丸へと向かう俺の歩みを邪魔するものが、結果的に減ることになるだろう。


 そうなれば、より確実に、そして素早く、目的地へと辿り着ける。


 いや、必ず辿り着かなければならない。


 ここからでは、黒い力にはばまれてしまい、神器の力を使っても、国会議事堂の中がどうなっているのか、まったく見ることができないのだ。


 だから、絶対に、俺はそこに、行かなければならない……!


「マインドリーダー!」

「な、なんだよ! いきなり!」

「は、はい~! ご命令とあらば、なんでも聞きますぅ!」


 だったら、善は急げとばかりに、俺は近くにいた二人に向けて手を伸ばし、意識を集中させて、頭の中に描いた設計図に、魔素エーテルと命気を走らせる。


 成果は、すぐに形となった。


「こいつを使え!」


 俺の想像通りに、様々な兵器が搭載された二人乗り用の漆黒のパワードスーツが、質量を持った実体として、創造される。


 後は二人を、展開した魔方陣を使って包み込み、津凪つなぎの方を操縦席に放り込んで、その後ろの座席へと、夜見子よみこさんを優しくエスコートすれば、万全だ。


「お、おおおっ! なんてパワーだ! しかも、動きが軽い!」

「し、しかも、あの気持ち悪いのに触れても、なんだか大丈夫みたいですぅ!」


 突然の事態に、戸惑とまどった津凪のすきをつかれ、俺のつくしたパワードスーツに黒いドロドロが触れてしまうが、あわてた兄が暴れるだけで、その全てを即座に振り解き、無傷で脱出することに成功する。


 操縦方法は、これまでマインドリーダーが使っていたスーツと同じにしているし、問題はないだろう。むしろ、より性能は上がっているはずだ。


 なによりも、先ほどハットリジンゾウと戦った時に得たノウハウをかして、あの黒い力に対して、ある程度の抵抗力を付与してあるのが、大きい。


 とはいえ、油断は禁物だ。


「あんまり調子に乗るなよ! 接触し続けると、さすがに侵食されるぞ!」

「わ、分かった! ちゃんと距離を取ればいいんだろ!」

「わわわ、私もサポートするから、落ち、落ち着いて、兄さん!」


 最大限の対策はしているが、それでも完璧に防げるわけではない。俺の強い口調に姿勢を正した津凪が、背中にいる夜見子さんに叱咤激励しったげきれいされながら、黒い力と慎重に距離を取って、その動きを見極めようとしている。


 そうだ、それでいい。


「よーしっ! やれる、やれるぞ……!」

「おおっ……!」


 漆黒のパワードスーツが、その巨体に似合わぬ俊敏さで動き回り、その巨大な拳をうならせながら、各部に装着されたレーザーを一斉に放ち、群がる黒い汚泥おでいを、粉微塵にする勢いで吹き飛ばし、すぐさまいて出る後続こうぞくにも、互角以上に渡り合う。


 歓喜の声を上げる津凪の雄姿ゆうしに、正義の味方たちから、驚愕の声が上がった。


 これなら、俺の作戦が有効であると、十分に証明できたと言えるだろう。


「さらに……!」


 ならば、一気にたたみかけるべく、俺は思考を加速させながら、さらに周囲の魔素を掻き集め、自らの内からほとばしる命気と混ぜ合わせ、創造に創造を重ねる。


 全て終わるまでに、一瞬すらもかからない。


「そらよっと!」


 俺の意思に応えて、剣が、銃が、斧が、槍が、弓が、武器が、鎧が、盾が、兜が、防具が、戦うための、あらゆる装備が、それぞれ正義の味方の前に、現れた。


 もちろん、その全てが、黒い力に対抗できるだけのスペックを、秘めている。


「さあ、そいつを使って、思う存分、暴れてやれ!」


 俺の指示を聞いて、おずおずとだが、正義の味方たちが、各々おのおのの目の前に出てきた武装に手を伸ばし、そして力強く、握り締めてくれた。


 それを信頼のあかしと取るのは、あまりにも早計そうけいだろう。


 だけど、今はそれでいい。


 それだけで、十分だ。


「街への被害は、気にしなくていい! 全てが終わったら、元に戻せる!」


 俺の言葉を、正義の味方たちが、どれだけ信じてくれるのかは、分からない。


 それでも、今は信じて、前へと進むしかないのだ。


 俺も、そして、彼らも。


「だから、全力で……、眼前の悪意を、打ち払え!」

「うおおおおっ!」


 俺の号令で、悪の総統が用意した武具を装着した正義の味方が、いさましい雄叫おたけびを上げながら、総攻撃を仕掛ける。


 効果は、抜群だった。これまでは、逃げることしかできなかった正義の味方たちが縦横無尽に駆け巡り、辺り一面の黒い力を、刹那せつなの時間で消し飛ばす。


 やっぱり、攻撃さえ通じれば、歴戦の勇士である彼らなら、このくらいの活躍は、まったく難しいことではないのだ。


 とはいえ、安心はできない。消し飛んだはずの黒い力は、早々そうそうに再び地面から飛び出してくると、先ほど以上に暴れ出してしまう。


 しかし、それでも、ある程度の防具が揃っていれば、正義の味方の皆さんならば、十分以上に渡り合えると、俺は信じている。


 そう、信じ切っている。


 だからこそ、たくすのだ。


「それなら、俺たちも……!」


 そして、正義の味方の中で誰よりも速く覚悟を決めてくれたマーブルファイアが、他のメンバーたちに力強く目配めくばせをすると、彼の仲間たちも、その思いにこたえるかのように、力強くうなずいて、リーダーを後押しする。


 どうやら、正義の味方マーブルファイブの心は、一つのようだった。


「来い! 緊急発進スクランブル! マーブルマシン!」


 仲間たちの思いを受け止めて、その手を高々とかかげたマーブルファイアが、声高にそう呼びかけた瞬間、どこからか……、というか、一応、正確に言っておくならば、セーフティスフィア改の範囲内に収まっている正義の味方の総本部から、驚嘆すべき速度で、六つのマシンが飛来してきた。


 そのかんわずか数秒である。


「とうっ!」


 そして、勢いそのままに、この場へと突っ込んで来た各々のマシンへと、マーブルファイブは飛び上がり、即座に搭乗を完了する。


『ゴー! マーブル・フォーメーション!』

『ラジャー!』


 そして次の瞬間、リーダーの掛け声と共に、六機のマシンは見事な合体を決めて、巨大な一体の人型ロボへと姿を変える。


 そう、あれこそが!


『完成! 輝石きせき合体……、マーブルロボ!』


 彼らの切り札にして、この国に実在する唯一の巨大人型ロボットである!


 とはいえ、その雄姿は残念ながら、ボロボロと言わざるを得なかった。俺たちとの戦いで負った損傷もあるのだろうが、それよりも、おそらく、ここに到着するまで、強引に振り払って来たのであろう黒い力によって受けた侵食の傷跡が、大きい。


 しかし、その程度ならば、問題ない。


 問題なんて、あるはずがない。


「――こいつを、受け取れ!」


 俺は手早く、マーブルロボに残っている黒い力を全て破壊し、壊れている部分には魔素と命気を送り込んで、物質化させることで修復しつつ、さらなる強化をほどこす。


 装甲を追加し、武装を強化し、エンジンに手を入れて、さらなるパワーを引き出すことで、見た目と同じように、その性能を一回りも二回りも大きくしてしまう。


 これなら十分……、いや十分以上に、戦い抜けるはずだ。


「よし、後は任せたぞ!」

『お前こそ、しくじるなよ!』


 やるべきこと終えて、この場を離れようとした俺に向けて、マーブルファイアが、叱咤のような、激励のような、強い言葉を送りながら、巨大なロボを操って、近くのビルや建物を吹き飛ばして、マーブルロボに対抗するためだろう、同程度の巨体へと肥大化し、化物染みた姿へと変化した黒い力の奔流ほんりゅうと、激闘を繰り広げている。


 これは、ますます負けられないな……! 


「これから敵の動きは、夜見子さんが感知して、みんなをサポートしてください! おい、津凪! お前は兄貴なんだから、妹はちゃんと守れよ!」

「うるさい! お前に言われんでも、分かってるわ!」

「わわわ、分かりましたぁ! がが、頑張りますう……!」


 とりあえず、ここまでの戦闘を見た感じだと、後のことは、あの黒い力が内包ないほうしている悪意のようなものを、事前に感知することができるらしい夜見子さんが、対象の動きを察知して、周囲に指示を飛ばせば、かなり優位に戦えるはずだと踏んで、俺は彼女たちに全てを託し、この地面を踏み締める。


 さあ、ここまできたら、やることは、一つだ。


「それじゃ、俺たちも、こうか……!」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺は正義の味方に背中を預け、エビルセイヴァーと大黒だいこくさん……、そしてもちろん朱天しゅてんさんと一緒に、目的の場所へと向かって、走り出す。


 竜姫たつきさんを、助け出すために……!


「そらそらそらっ! 道を切り開くんは、任せとき!」


 その巨体に、漆黒の全身鎧をまとった大黒さんが、山のような肉体を、猛牛のように突進させて、眼前に積み上がった大量の瓦礫がれきを、黒いドロドロごと吹き飛ばしつつ、俺たちの先頭に立って、文字通り、最短距離を切り開く。


 当然ながら、俺が創り出した装備は、正義の味方たちのものだけではない。ここにいる全ての人間が、最大限の活躍ができるようにするのが、総統の役目だ。


「気張れや、統斗すみと! 大事なもんは、ちゃんと守り通すんやで!」

「ええ、もちろん!」


 まさに八面六臂はちめんろっぴの大暴れを見せた大黒さんに、より多くの黒い力がむらがる。さらに増え続ける黒い濁流をとどめるために、その場で迎え撃つ選択をした彼に、力強く後押しされて、俺はただ、前へと進む。


 大黒さんなら、絶対に大丈夫だと、信じながら。


『甘い! 甘いわ! ワシの操縦技術を、舐めんじゃないぞい!』

『……むっ、敵性反応が増大……、この方向は……』

『統斗! このままだと、あふた分が、海に流れ込むわ!』


 地面からる黒い力は、まるで、触手のように天へと伸びて、上空の飛行船を捕まえようと暴れているが、高らかに笑ってみせた祖父ロボの言う通り、自由自在に空を駆ける船は、その魔の手を逃れ続けている。


 どうやら、あちらはまだ余裕がありそうだが、あの船の中で、周囲の反応を探っていた親父と母さんからの報告は、なかなかに危機的な状況だった。


 海に流れ込んだ黒い力が、そのまま侵食を続け、セーフティスフィア改の効果圏外けんがいまで、流出してしまうかもしれない。


 でも、大丈夫。


 海ならば、あの男の領域だ。


『はっはっはっー! どうやら、ド派手なことになってるじゃないか!』


 通信機から聞こえた、余裕たっぷりな海賊の船長……、渦村かむらの声に、俺は頼もしさすら感じながら、さらに加速して、ただひたすらに目的地を目指す。


『ほらよっと! この海賊王の許可なしに、海に出れると思うなよ!』


 もはや、渦村の声を聞けば、見なくても分かる。


 おどけた調子で、ステップなんて踏みながら、その手に伝説の海賊刀を握り締め、自在に海を操り、流れ込もうとする黒い力を、津波で押し返すキャプテンの姿が。


 やっぱり、海の上なら、彼に託しておいて、正解だった。


『こっちは任せて、さっさと格好良く決めちまえよ、総統さん!』


 自らの海賊団を引き連れて、海を武器に、黒い力に対抗してくれる渦村に感謝し、その信頼に応えるために、俺は全力で、駆け抜ける。


 目指す場所までの距離は、確実に縮まっていた。


「ここは、私たちがおさえるよ!」

「頼んだぞ、みんな!」


 しかし、この異変の中心へと近づくほどに、黒い力の密度は上がり、その量も見る見るうちに増えていく。


 このままでは、全員が足止めされてしまう可能性すらある中で、躊躇ためらうことなく、即座に決断を下したエビルピンクに、俺も頷き、足の回転を、さらに早める。


 どれだけの障害がふさがろうと、俺たちの思いは、一つだ。


「最後まで行けなくて、くやしいけど、竜姫ちゃんのことは、任せたからね、統斗!」

「統斗さんの邪魔をするというのなら、ちりも残さず消滅させてやりましょう……!」


 エビルセイヴァーとしてのコスチュームの上に、俺の創り出した装具を身に着け、その手には真紅の手甲を装着したエビルレッドが、せまりくる壁のような黒い力へと、地獄の業火ごうかとでもいうべき凄まじい炎を放ちながら、血路を開く。


 そして、レッドの豪炎によって、二つに割れた黒いドロドロを、エビルブルーが、その手構えた氷の結晶のような弓から放った冷気の矢にて、慈悲もなく凍結させた。


 そう、今の彼女たちならば、あの黒い力が相手でも、後れを取ることはない。


「私たちの仲間を、傷付けるなんて、絶対、絶対……、許さない……!」

「竜姫ちゃんは、ひかりたちの、大事な大事な、仲間なんだからー!」


 魔素と命気で編み込まれた荘厳そうごん外套がいとう羽織はおり、まるで深き森に潜む女王のようなエビルグリーンが、吹き荒ぶ竜巻のような烈風を操り、凍り付いた黒いドロドロを、見るも無残に粉砕していく。


 さらに、それぞれ両手に、光り輝く鞭を持ったエビルイエローが、その感情をしにしながら、自分の正体を隠すことすら忘れ、その獲物を滅茶苦茶に振り回し、グリーンがバラバラにした黒い塊を、さらに細かく、微塵に砕いた。


 そうだ。もう実力がどうこうとか、そういう問題ではない。


 友を奪われた怒りに、敵う者など、いるわけがないのだ。


「だから、お願い! 竜姫ちゃんを助けて! 絶対に、絶対だよ!」

「ああ、絶対だ! 約束する!」


 影も形も残さないレベルで破壊されても、即座に湧き出ようとする黒い力を、その手に握った二丁のロケットランチャーから、魔素の砲弾を無限に乱射し、相手が形になる前に消し飛ばすエビルピンクと、固い約束を交わしながら、俺は、一瞬の静寂を逃さず、みんなが開いてくれた道を、ひた走る。


 そう、約束だ。


 この約束は、破るわけにはいかない。


 おとりとして、黒い力の相手を引き受けてくれた、エビルセイヴァーのためにも。


『それでは、私たちも行きますよ……!』

『おーっし! 大暴れしてやるぜー!』

『手加減しなくていいなんて~、素敵よね~』


 そして、まんして、上空を飛ぶ飛行船から、デモニカ、レオリア、ジーニアの、ヴァイスインペリアル最高幹部たちが、飛び降りる。


契約けいやく覚醒かくせい!」

原初げんしょ覚醒かくせい!」

英知えいち覚醒かくせい~!」


 そして、それぞれが、それぞれの全力を出すために、その姿を変えると、各地へと散らばるように、降下した。


「さあ、リリー! 我らが総統の敵を、焼き払ってしまいましょう!」


 その蠱惑こわく的な肉体に、悪魔の放つ蒼白あおじろい炎のドレスを纏い、燃えるような魔方陣を足場にして、空中に静止したデモニカが、妖艶ようえんに微笑むと同時に、規格外な規模の、あまりにも巨大すぎる魔方陣が、誰もいない首都の一部をおおくすと、その瞬間に発生したさおな爆炎によって、そこに存在していた黒い力ごと、灰燼かいじんした。


 轟轟ごうごうと燃え上る悪魔の炎によって、夜の闇が焼かれていく。


「オラオラオラッ! 遅い、もろい、弱い! あんまりオレを、舐めるなよ!」


 純白に光り輝く命気を全身から放って、背中には猛禽類の持つ大きな翼を生やしたレオリアの姿が、掻き消えたと思った次の瞬間、彼女のけた軌跡をえがいて、空間に無数の光が走ると、その拳圧によって、辺り一面の高層ビルを巻き込み、そこに根をっていた黒い力が、跡形もなく消し飛んだ。


 まるで太陽のような、獣の王の強大な命気に照らされて、黒き泥は蒸発していく。


「えいえ~い! うふふ~、やっぱり~、質量は~、パワーよね~」


 ジーニアの放った無数のナノマシンが、周囲の瓦礫を分解、再構成して、見る見るうちに集合したかと思えば、気が付いた時には、比喩ではなく、そのまま山のように巨大な、巨大な、銀色の巨人となって、その長大な手を振り回すと、街ごと黒い力を薙ぎ払い、踏み潰す。その胸の中央に、悪戯っぽく笑う彼女を、埋め込みながら。


 その巨人の、あまりの大きさに、黒い力の侵食スピードも追いつかず、さらには、損傷した箇所からパージして、周囲の瓦礫を使い、即座に復元してしまうのだから、これこそまさに、無敵の行進だった。


 我らが最高幹部たちは、遺憾いかんなく、その実力を発揮している。


「さあ、全ては、統斗様がお望みのままに……!」

「頑張れよ、統斗! 後ろのことは、オレたちに任せな!」

「統斗ちゃんは~、好きなように~、やればいいのよ~!」


 絶大な力を誇示した三人に向けて、ひび割れた地面から、さらに膨大ばくだいな黒い力が、マグマのように襲い掛かったおかげで、相対的に、こちらに群がる量が減った。


 デモニカに、レオリアに、ジーニアに、愛する者たちに支えられながら、俺は悪の総統として、ただ全力で、自分のやりたいことを、やり遂げるために、駆け抜ける。


 目的地の……、国会議事堂までは、あと一息……!


「――くっ!」


 しかし、みんなのおかげで、時間をかけずに、ようやくここまで来たというのに、さすがにと言うべきか、最後の壁が、異様に厚い。


 文字通り、天までそそり立つ黒い壁が、俺たちの行く手をはばみながら、ドロドロとうごめいている壁面へきめんから、触手のように力を無数に伸ばし、こちらへとせまる。


 どうする、足を止めて、迎撃するか? だが、ここにいたっても、あの黒い力の根源どころか、あの老婆や竜姫さんの居場所すら、少しも見えない。結果として、対象が認識できないのだから、破壊もできず、根本的な解決は不可能だ。


 ここで下手に反撃すれば、俺の敵意に反応して、黒い力が群がり、無意味に時間を潰すことになりかねない。そうなってしまえば、結局はジリ貧になってしまう。


 さあ、どうする、どうする、どうする、どうする……!


「ふんっ!」

「どりゃー!」


 そんな、俺が僅かな逡巡しゅんじゅんおちいった瞬間、いきなり飛び出してきた二つの影が、俺たちの目の前まで迫っていた触手を、はらった。


白奉びゃくほう! 牙戟がげき!」


 完全武装した、見覚えのある二人の乱入に、俺は思わず、声を上げてしまう。


「姫様を救うため、この老兵も、微力ながら壁となろうぞ!」

八咫竜やたりゅうの結束! 師匠と一緒に、見せてやるぜ!」


 どうやら、飛行船組が、俺たちのところに来る前に、準備していたワープ装置が、間に合ったらしく、ギリギリで割り込むように到着した援軍に、俺は胸を撫で下ろしながら、真っ直ぐに前へと進む。


 白奉が来てくれたのなら、なにも心配することはない。牙戟は牙戟で、どうやら、八咫竜の使う武具は、龍脈の加護というやつがあるのか、黒い力相手でも、しっかり通用するようなので、ちゃんと仕事はしてくれるだろうと、信じている。


 竜姫さんを奪われたことで、怒り心頭にはっしているのは、彼らも同じだ。


「それに、ここに来たのは、我らだけでは、ありませんぞ!」

「えっ?」


 そう、同じだ。


 だからこそ、俺はニヤリと笑う白奉に言われる前に、気が付いてもよかった。


「――チェストオオオ!」

五行相克ごぎょうそうこくじん!」


 俺の後ろから、一陣の風のように走り抜けた人影が、その細い身体には似合わない気迫と共に、黒い壁に向けて、大上段に構えた刀を振り下ろしたかと思えば、さらに後方から飛んできた複数の護符が、周囲の黒い力の方向をげ、霧散させた。


 その新たな援軍二人に、俺は確かに、見覚えがある。


「こんなところで足踏みだなんて、腕がにぶったのかい? あんたを倒すのは、僕なんだから、それまでは、頑張って、強くいて欲しいんだけど?」

「ああっ! 素晴らしい! あいつにも負けてませんよ、蒼琉そうりゅう!」


 油断なく日本刀を構えながら、俺に向けて微笑む着物姿の少年に、着崩きくずれた花魁おいらんのような恰好をした女性が、黄色い声援を送っている。


 なるほど、どうやら、これまで引き込まっていた蒼琉くんも、ようやく立ち直ってくれたようだし、空孤くうこもそれに、付いて来たのだろう。


 うんうん、どうやって乗り越えのかは分からないけど、本当に良かった……。


 こうして、間に合ってくれて……!


「……いけ、統斗! ここは、八岐衆やまたしゅうが引き受ける!」

「朱天さん!」


 そして、昔からの仲間が集まったことで、なにか覚悟を決めたように、これまで、ただじっと黙って、感情を押し殺していた美しい鬼が、燃えるような瞳で、俺の目を見つめながら、その口を開く。


 まるで、誓いの言葉を、つむぐように。


「姫様を……、頼んだぞ!」

「はい! 任せてください!」


 あの朱天さんが、誰よりも敬愛する竜姫さんのことを、俺に託した。


 それが、どれほどの決意かなんて、俺にだって分かる。


「絶対に、絶対に、助けてみせます!」


 だから、その決意に、想いに、応えるために、俺は拳を握り締め、前へと進む。


 俺たちの望む、明日のために。


「だから、そっちも、無茶はしないでくださいよ!」


 そのために、俺は最善を尽くそうと、自らの命気を込めに込めた首飾りを、一瞬で創造し、朱天さんへと投げ渡す。


「これは……」

「お守りです! 使ってください!」


 これが、今の俺にできる精一杯の援護だ。


「――ああ、分かった!」


 そして、俺の意図を理解してくれた朱天さんが、獰猛どうもうに笑いながら、その細い首に送った首飾りを巻きつけると……。


「――鬼炎きえん開眼かいがん!」


 右目の眼帯を外し、その身体から、夜を焼き切るような激しい炎を立ち昇らせて、まるで命を燃やし尽くすような、爆発的な力を発揮するが、俺の創った首飾りから、ありったけの命気が送られ、その消耗を相殺そうさいする。


 あれなら、俺とつながっていなくても、もうしばらくはつはずだ。


 そう、例え勝利を飾ろうと、誰か一人でも欠けるなんて、絶対に許さない。


 俺は欲張りな、悪の総統なのだから。


「全部終わったら、またみんなで、鍋でも囲みましょう!」

「ふっ! 楽しみにしててやる!」


 俺の軽口に、楽し気に答えた朱天さんが、その全身から燃え上る炎を、力を、その手に握る金棒に込めて、ただ全力で、力任せに、振り下ろす……!


「――さあ! 消し飛べええええええ!」


 天地を揺らす咆哮と共に、朱天さんが放った業火と衝撃によって、ぽかりと空いた黒い壁の穴へと、俺は全力で飛び込み、進む。


 後ろはもう、振り向かない。そんな必要はない。


「いま行きます、竜姫さん……!」


 俺はただ、みんなを信じて、前に進むだけだ……!


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