14-5


 ここからは、一刻いっこく猶予ゆうよもない。


 今まさに、この瞬間にも、首都をい、破壊を繰り広げ、荒れ狂う黒い力が、少しづつ大きくなっていくのを感じる。


 このまま放置を続ければ、遠からず、展開している疑次元ぎじげんの許容量を超過し、この無慈悲な大破壊は、現実のものとなってしまう。もちろん、そうなってしまったら、セーフティスフィア改も解除され、今はまだ安全に隔離されている人々も、抵抗することすらできず、地獄の災禍さいかに投げ出され、命を落とすことになる。


 俺たちは、余裕があるように見えても、実は追い込まれたままなのだ。


 さらに、時間がてばつほど、周囲から完全に隔離されている首都という問題が大きくなり、おさえられなくなっていく。


 今はまだ、俺たちの頼れる仲間であるローズさんやサブさん、そしてバディさんを筆頭にした怪人たちや、戦闘員のみんなが、装置によって展開したフィールドにより隔絶し、外からは入ることすらできなくなっている首都の周辺を飛び回り、フォローしてくれているので、そこまでの騒ぎにはなっていないはずだけど、本当だったら、この街は夜すらも眠らない大都市なのだ。


 さすがに、これ以上時間をかけると、いくらなんでも隠蔽いんぺいは不可能となるだろう。


 だからこそ、今の俺たちには、問題の素早い解決が求められる。


 なによりも……、一秒でも早く、竜姫たつきさんを救い出すために。



 俺はただ、全力を尽くすだけだ。



「――ふっ!」


 俺は意識を集中し、命気プラーナを高め、それを燃料に脳ミソをフル回転させて、ひたすら思考を加速させる。


 極限まで高まり、まるで時が止まったかのような感覚の中で、さらに命気を使って強引に身体能力を底上げし、思考に合わせた行動を可能にすることで、物理法則すら無視して、まさに光の速さでの移動を行う。


 物理的な距離は、些細ささいな問題に過ぎない。だからこそ、竜姫さんの居場所が確実に分かるまで、我慢に我慢を重ねたのだ。


 まさか、神宮司じんぐうじによって集められていた政治家を確保した場所の、さらにその奥が本命だったとは、二度手間になってしまったけれど、関係ない。


 そう、例え、その場所に八百比丘尼やおびくにが戻り、こちらを待ち受けているということが分かっていても、そんなことは、関係ないのだ。


 さあ、行こう。竜姫さんが待っている……。


 国会議事堂、その地下に。


「って、なんだと……!」


 しかし、大地を踏み締めて、アスファルトを砕き、今まさに駆け出そうとした俺の進路をふさぐように、周囲に漂っていた黒い力がむらがり、こちらへとせまる。


 俺の悲鳴にも似た動揺は、静止した時の中で、誰にも聞かれることなく消え失せたけれど、目の前の現実は、消えてくれない。


 俺とまったく同じ速さで、黒い力はうごめき、こちらへと攻撃を仕掛けてきた。


「――ちっ!」


 俺は即座に、躊躇ちゅうちょなく神器の力で、迫りくる黒い力を破壊するが、切りがない。壊した瞬間は、確かに消滅したように見えるけど、それと同じか、より多くの力が、即座に地面から噴き出し、こちらへと襲い掛かってくる。


 そう、。俺の思考は、周囲が止まって見えるほどに加速しているというのに、その動きだけは、いつもとなにも、変わらない……!


 単純に、あの黒いドロドロが、それだけ素早いのか思ったのだが、どうやら違う。この目を使って観察した結果は、もう少し観念的なものだった。


 あの黒い泥のような力の流れは、意思を持って、動いているわけではない。あえて言葉にするなら、こちらの感情に反応し、自動で群がってくるとでも言うべきか。


 つまり、あの黒い力は、そういう概念なのだ。


 物理的な法則には、縛られない。あくまでも、こちらの認識に合わせて、こちらの認識の中で、襲い掛かってくる。


 まるで、対象に恐怖を与えることを目的としたかのような、悪意のかたまりだ。


「――っ!」


 だとすれば、光速で強引に突っ切るのは、あまり意味がないか。思考の加速には、かなりの負担がともなう。命気で回復はできるが、精神的な疲弊は避けられない。


 この後のことを考えるなら、ここでの消耗は、可能な限り避けるべきだ。


 竜姫さんを救いたいのならば、あの八百比丘尼とは、どうしたって、決着を付ける必要があるのだから。


「だったら……!」


 俺は即座に、文字通り光の速さで決断を下し、思考の加速を元に戻す。急がば回れではないけれど、絶対に失敗が許されない以上、少しでも確実に行くべきだ。


 そう、俺は決して、一人で戦っているわけでは、ないのだから。


「くっ! みんな、気を付けろ! 取り込まれたら、それで終わりだぞ!」

「ええーい! 気味の悪い動きをしやがって!」


 辺りを見渡すと、意識を失った神宮司をかついだマーブルファイアを、無駄に大きな声で騒いでいるマーブルパープルを始めとしたメンバーたちが、その手に持った拳銃からレーザー光線を発射しながら、必死にかばっている。


 どうやら、今回の件の首謀者を確保しようとして、悪戦苦闘しているようだけど、だからといって、抵抗もできず黒い力に飲み込まれるわけではない。


 なるほど、八百比丘尼が直接、意思を持って操っているものでなければ、俺と同じような目を持たずとも、黒い力を認識することは、不可能ではないということだ。


 そうなると、この場から、あの老婆が去ったのは、僥倖ぎょうこうですらある。


「ににに、兄さん! 右から来るよ~! それから左、下、また右~!」

「ええい、面倒くさい! というか、逃げるしかできんのか!」


 そして向こうでは、黒い力にひそんでいる悪意を、敏感に読み取っているのだろう、心の声を読み取れる夜見子よみこさんが、おびえてふるえながらも、頼りにならない兄に向け、必死に指示を出すことで、ギリギリの回避を続けていた。


 もちろん、他の正義の味方たちも、同様だ。それぞれが、それぞれの力を使って、この難局を乗り切るために、黒い力の猛攻を、かわし続けている。


 よし、これなら、なんとかなるはずだ……!


「どりゃーっ!」

「うおっ!」


 そうこうしているうちに、上空の飛行船から、大きな人影が飛び下り、その落下の速度と巨大な質量で、着地と同時に地面を吹き飛ばし、黒い力を霧散させる。


 その衝撃と轟音に、すぐ近くにいた津凪つなぎが、驚いた声を上げた。


「よっしゃ! ワシもやったるで!」

「あ、危ないだろうが、おっさん!」


 まるで隕石のように、豪快に空から降って来た大黒だいこくさんに、あせった様子の津凪が、食って掛かっているけれど、そこはむしろ、感謝するべきだろう。


 パワードスーツを装着していない奴では、さすがにそろそろ危なかったところを、大黒さんの登場によって、救われたわけなのだから。


「よいしょっと!」

統斗すみとくん! これから、どうするの?」

「くっ! 姫様の元に、向かわねばならないというのに!」


 とりあえず、状況を確認した俺は、素早く意識を伸ばして、周囲の黒い力を破壊し尽くしながら、エビルセイヴァーと朱天しゅてんさんのそばへと駆け寄る。


 みんなも、暴れ狂う黒い力をしのぐことはできても、打開するにはいたらず、その場で足止めのような状態になってしまい、焦りがにじしている。作戦中にも関わらず、エビルピンクが俺のことを名前で呼んだのもそうだが、それは金棒を振り回している朱天さんの様子を見れば、一目瞭然だ。


 それならば、俺は悪の総統として、しめさなければならない。


 このジリ貧な状況を打破する、必勝の策を。


「おい、正義の味方諸君しょくん!」


 だから俺は気兼きがねねなく、この場にいる全員に聞こえるだけの大声で、呼びかける。


「俺たちを、手伝え!」

「な、なに……?」


 悪の総統からの、あまりにもストレートな協力要請に、正義の味方たちが困惑しているのを感じるが、残念ながら、そんなことにかまってはいられない。


 もう遠慮なんて、している暇はないのだから。


「説明してる時間はないが、俺なら、この黒い力にも対抗できる!」

「う、うおおっ!」


 まずは、こちらに手を貸すだけのメリットがあると証明するためにも、つい先ほど破壊したばかりにも関わらず、もうすでに間欠泉のごとしてきた黒い濁流を、正義の味方が飲み込まれないように、即座に吹き飛ばし、ちりにする。


 それを見て、正義の味方たちからは、歓声にも似た驚きの声が上がった。これで、少なくとも俺の言葉に、嘘はないと信じてくれたら、幸いだ。


「そして、この異常事態の中心である国会議事堂まで、俺が行ければ、丸ごと全部、すっかりと解決してやるから……!」


 そう、俺の言葉に、嘘はない。この黒い力をどうにかするのならば、三種の神器を取り込んだ俺自身が、その根源へと向かうのが、最善のはずだ。


 しかし、悪の総統である俺の言葉を、正義の味方は、信じてくれるだろうか。


 そこに不安がないと言えば、それこそ、嘘になってしまう。だけど、そんなことを心配する必要なんてない。意味なんてないのだ。


 信じてもらいたいなら、まずは自分が、相手を信じなければならない。


 彼らなら、正義の味方ならば、正しい選択をしてくれると。


「俺たちと協力して、道を切り開け、正義の味方!」


 だから、俺はただ真っ直ぐに、俺の気持ちを、伝えるだけだ。


「くっ、しかし……!」

「ちいっ! あまり考えてる余裕は、なさそうだぞ!」


 当然ながら、色々と思うところがあるのだろう。黒いバッタの改造人間が、苦悶の声を上げながら、悩んでいるようだけど、慌てた銀色のメタルヒーローの言う通り、またもや遠慮なくてきた黒いドロドロが、激しく暴れ出している。


 時間はあまり、残されていない。


「このままじゃ、どうしようもありませんよ~!」

「そうだ、そうだ! くやしいが、俺たちだけじゃ、押し切られて、お終いだ!」


 俺たちとは、秘密裏にではあるけれど、すでに協力関係を結んでいる夜見子さんと津凪のマインドリーダー兄妹も、必死になって黒い力を避け続けながら、あきらかに戸惑とまどっている様子の、周囲にいる正義の味方たちに、声を上げる。


 こそこそ、まさに、瀬戸際というやつだった。


「……分かった! その話、乗ってやる!」


 そして、こんなギリギリの状況で、意外なことに、最初に声を上げたのは、しかも同意の声を上げのは、こちらを真っ直ぐに見据みすえた、マーブルファイアだ。


 その姿には、一切の迷いがない。


 威風堂々とした、正義の味方そのものだった。


「だが、勘違いするなよ! 俺たちは、望んで協力するわけじゃない! あくまでも巻き込まれた人たちを助けるために、最善を尽くしたいだけなんだからな!」


 そんなマーブルファイアの決意に、信念に、決断に、誰も異論は唱えない。周りにいる他の正義の味方たちも、静かに、だが確かに、うなずいた。


 ああ、だからこそ、やはり彼らは、素晴らしい。


 命の危機にある人々を救うためならば、くだらないプライドなんて、捨て去って、悪の組織とだって、手を組んで見せる。


 その思いに、俺は心の底から、敬意を示そう。


「よし! それで十分!」


 俺は、抑えられない喜びをカイザースーツで隠しつつ、この後のために、さらなる命気を引き出し、思考を巡らせる。


「それじゃ、悪と正義の総力戦といこうか!」


 さあ、彼らに、正義の味方にこたえるために、俺もまた、全力を尽くそう。



 この悪夢のような戦いを、終わらせるために。


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