14-1


 そして、夜がおとずれる。


 わずかに残っていた太陽の光すら、一筋ひとすじも残さず消え失せて、何処どこからてきたのか、全てを塗り潰す闇が、この首都をおおくし、呆気あっけなく飲み込んだ。


 それは、決して逃れられない、自然の摂理だ。


「……了解。それじゃ、後は手はず通りに」


 そんな、あまりにも気が滅入めいる現実の中で、必要な確認だけを手早く終えた俺は、本部との通信を切り上げる。


 カイザースーツは装着したままなので、夜の冷たさは感じないけど、まるで全てを押し殺すような暗闇と、不安になる静寂が、この身に重くかっていた。


 竜姫たつきさんが、八百比丘尼やおびくにに連れ去られてから、わずかばかりだが時は過ぎ……。


 あせりすら感じる緊張は、ジリジリと高まっていく。


「とりあえず、準備は整った、か……」


 しかし、だからといって、闇雲に動いたところで、問題が解決するわけではない。そんなことは分かっている。分かっているからこそ、俺は激情を噛み殺し、あくまで冷静であるように、自らをりっしている。


 だが、まるでまだ大丈夫だと、自分自身を納得させるように、思わず口から言葉がれてしまうのは、俺の弱さか。


 なんにせよ、やれるだけの手は、もう打った。


「いきましょう、朱天しゅてんさん」

「……分かった」


 それならば、もういい加減、この人の気配もなくなった神宮司じんぐうじの家には用がないということで、俺は隣にいる朱天さんに、声をかける。


 先ほどまでは、突然の事態に取り乱していた様子だったけど、それでもなんとか、なんとか落ち着きを取り戻したようで、今は静かに、彼女も時を待っていた。


 その身を鬼に変えながら、その身体から、恐ろしいほどの怒気を噴き出しながら、炎のような闘気をただよわせながらも、朱天さんは、耐えている。


 時間はあまり、残されていない。


 だからこそ、無駄なことをしているような暇はないと、俺も彼女も、理解しているからこそ、今はじっと、耐えている。


 戦いの姿勢を崩さずに、その時が来るのを、ただじっと……。

 

「……うん?」


 それでも、もぬけのからとなっているここよりは、意味のある場所があるだろうと、俺たちが移動しようとした矢先に……。


 変化は起きた。


「これは……」


 まずは地面が揺れて、そのせいで、俺の声まで震えてしまう。


 初めは微弱な、細かい振動だったのに、それが徐々に大きくなっていくかと思った瞬間には、段々と揺れが激しくなり、まるで大地そのものが悲鳴を上げるかのようにきしみながら、滅茶苦茶に暴れ出す。


 普通だったら、立っていることすら困難な揺れの中でバランスを取りながら、俺は目の前の立派な日本家屋から、ガラガラと瓦が崩れ落ち、メキメキと音を立てて柱が折れると、音を立てて倒壊していく様子を、しっかりと目撃した。


 これは、尋常な揺れではない。ただの……、と言うには大きすぎるが、それ以前の問題として、地震にしては、あまりに不規則すぎる。不自然で、不気味な鳴動だ。


 そして……。


「街が、壊れていく……」


 もはや、本来の目的を果たせなくなるほど無残に壊れてしまった塀の向こうでは、朱天さんの言う通り、まるで、かんしゃくを起こした子供が、砂の城を崩すように、周囲の住宅も、遠くに見える超高層ビルも、歴史のある建造物も、最新の建築物も、その一切の区別なく、残酷に崩壊していく様子が、よく見えた。


 それは、まさしく世界に終わりが訪れたかのように……。


 だが、それは決して、この揺れのせいだけではない。


「なるほどね……」


 そのあまりの振動によって、かさぶたのように割れた大地から、俺たちにとってはもはや見慣れた、黒いドロドロがマグマのように噴出し、まるで、これまで貯まった鬱憤うっぷんを晴らし、歓喜するかのように、天に向かって喚起かんきすると、夜空を汚した。


 暗闇の中で、水を得た魚のように、無秩序に暴れ狂う黒い力は、僅かに残った月の明かりや、星の光すら消し飛ばすように、傍若無人ぼうじゃくぶじんに触手を伸ばす。


 まるで、圧倒的に巨大な蛇のように、あるいは、龍のように、無軌道に跳ね回り、しなり、蠢く、黒いドロドロの様子は、不気味の一言だ。


 しかも、そんな一つでもゾッとする黒い柱が、大小を問わず、この地面のあらゆる場所から生えるようにして立ち昇り、周囲の物体を巻き込みながら、なんとも気色の悪い動きで、のたうち回るように侵食と破壊を繰り広げているのだから、その光景はまさしく、地獄の釜の蓋が開いたようとでも言えばいいのだろうか。


 数えきれないほどに大勢の人が暮らしていた住宅街が、抵抗することもできずに、映画の中で怪獣に踏み潰されるミニチュアのように、蹂躙じゅうりんされる。


 昼間どころか、本来だったら夜ですら眠らず、美しい色とりどりのネオンで輝いているはずの歓楽街が、息をするように破壊されていく。

 

 この街のシンボルともいえる巨大な鉄塔が、タワーが、黒い力に巻き付かれ、見る影もなくボロボロにされて、無残に曲がり、倒れ伏す。



 そう、世界に誇る大都市は、一瞬にして、見る影もなく崩壊した。



 この悪夢が、いったい誰の仕業かなんて、まったく一目瞭然だった。


 しかし、そんな些細ささいなことに、かまっている暇はない。


『おい、統斗すみと


 こちらを明確に狙うでもなく、ただひたすらに無差別な破壊を繰り返す黒い力を、その動向を、つぶさに観察していた俺に、祖父ロボから通信が入る。


 俺たちがいる首都の様子は、向こうでも観測しているけれど、その声に驚きだとか焦りのような、慌ただしい感情は込められていない。


 当然だ。今さら、こんなことで揺らぐほど、軟弱な精神をしていたら、悪の組織をたばねるなんて真似は、できるはずがない。


 どんな想定外の事態が起ころうと、どっしりと構え、即座に対応してみせる。


 それが、悪の総統を名乗る者として、最低限の矜持きょうじだ。


『神宮司権現ごんげんを、見つけたぞい』

「……了解」


 祖父ロボと俺は、簡潔なやりとりだけわして、通信を終える。


 必要な情報は得られた。だったら、それで十分だ。


 竜姫さんはさらわれ、八百比丘尼を思わせる黒い力があふし、大地は引き裂かれ、まるで積み木を崩すように、この国の首都が、破壊の限りを尽くされている。


 状況は、まさに最悪と言ってもいいだろう。


 あらゆる意味で滅茶苦茶で、混沌としていて、光明は見えず、夜よりも暗い暗闇にからめとられてしまったような、悪夢のような惨状だ。


 先は見えず、希望は見えず、明日も見えない。


 重苦しい夜は、明ける気配すら見せてはくれない。


 それでも、俺たちのやることは、決まっている。


 ああ、決まり切っている。


「それじゃ、始めますか!」

「ああ、やってやろうじゃないか……!」


 わざと意図的に明るくした俺の声に、朱天さんもこたえてくれる。


 そう、こんなところで立ち止まり、暗くなっていたって、問題はなにも、解決してくれたりはしない。自らが動かなければ、状況は加速度的に悪化して、気が付いた時には、もはや取り返しのつかない絶望に、押し込められてしまうだけだ。


 そんなことはさせない。させるわけにはいかない。


 このままでは、俺の望む未来は訪れない。

 このままでは、俺の望む全ては手に入らない。


 このままでは、俺の望む明日が、奪われてしまう。


 そんなこと、認めない。認めるわけにはいかない。


 だったら、悪の組織らしく、悪の総統らしく、全てを奪い返してやろう。


「これが、最後の勝負だ……!」 


 俺は、揺るぎない決意を言葉に込めて、誓いのように声に出す。


 そう、こうなったら、不埒ふらちな奴らに、教えてやろうじゃないか。


 俺たちヴァイスインペリアルに手を出したら、どんな末路が待っているのか。



 骨のずいまで、叩き込んでやる……!


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