13-9


 状況は、それなりに混沌としていた。



 つい先ほどまで、閑静かんせいな高級住宅街の中でも、特に静かだった神宮司じんぐうじ家の庭園は、今や魑魅魍魎ちみもうりょう跋扈ばっこする、騒々しい戦場と化している。


 あきらかに人外の存在と成り果てた忍者たちが、その人間離れした身体能力と、その身をおおう黒い力を行使して、縦横無尽に跳ね回り、飛び跳ね、駆け巡る。


 とはいえ、ハットリジンゾウを筆頭とした異形の忍者集団は、そうそう簡単には、こちらに攻めようとはせず、じっと様子をうかがうように、警戒を強めていた。


 そう、奴らが警戒しているのは……。


「わあっ! なんだかとっても、足が速い方たちなのですね!」

「ご安心下さい、姫様。このような不審者の集まり、物の数ではありません」


 突如現れた、たった二人の乱入者だった。


「申し訳ありません、統斗すみとさま! 大きな音がしたので、来てしまいました!」

「急いだからな。壁をぶち抜いたわけだが、別に構わないだろう?」


 俺の側まで来てくれた竜姫たつきさんは、なんだか悪いことをしてしまった子犬のような顔をしながら、頭を下げて謝ろうとしているけれど、彼女がそんなことをする必要はまったくないので、こちらの方が、申し訳ない気分になってしまう。


 そう、悪いといえば、時間をかけすぎた俺が、一番悪いのだ。


 だから、むしろ朱天しゅてんさんのように、堂々としてもらった方が、俺としても気持ちが楽というか、嬉しかったりする……、と言ってしまうと、色々と語弊ごへいがあるか。


 これは決して、性癖の話ではないのである。


「ええ、大丈夫ですよ」


 なんにせよ、二人の行動には心からの感謝しかないので、俺は笑顔で、竜姫さんと朱天さんを迎え入れる。


 そう、竜姫さんが来てくれたことにも、朱天さんが屋敷の壁を破壊したことにも、不満なんて、あるわけがない。


 なるほど、確かに、この屋敷の壁が破壊されたとなると、外からでも、この異常な事態を見られるかもしれないし、そうなると、警察への通報だとか、様子を見に来た無関係の人が巻き込まれるだとか、面倒なことになるかもしれない。


 しかし、それならば、それなりの解決策を、取ろうじゃないか。


「こいつらを、さっさと片付けてしまえば、いいだけですから」


 俺は絶対の自信を込めて、二人にうなずく。


 見られて不味まずいならば、見られる前に、素早く終わらせてしまえばいい。それは単純ながら、絶対の解決策だ。


 人数的には、ハットリジンゾウのひきいる忍者集団の方が圧倒的に多いけど、それがどうしたというのか。


 俺たち三人なら、十分以上に可能だろう。


「しかし、潜入のはずが見付かって、戦闘になるとはな。どうした、情けないぞ?」

「いやー、それに関しては、本当に返す言葉もありません……」


 いやはや、楽しそうに笑っている朱天さんに、なんとも恥ずかしいというか、痛いところを突かれてしまったけれど、どうやら怒ってはいないみたいなので、俺も笑いながら、頭をいてみる。


 周囲では、相変わらず忍者の群れが、轟轟ごうごうと渦巻いてはいるけれど、そのくらいの軽口を叩き合う余裕は、十分にあるのだった。


「統斗さま! 強行突入でしたので、結界を破ってしまいましたし、おそらく、あのお婆さまにも、気付かれてしまったと思います!」


 とはいえ、余裕があるといっても、その余裕に胡坐あぐらをかいてはいけない。専門家である竜姫さんからの意見を、俺は真摯しんしに受け止めて、冷静は判断を心掛ける。


 八百比丘尼やおびくにを迎え撃つにしても、この騒がしい状況は、さっさと解決するべきだ。


 行方知れずの相手が、向こうから来てくれるなら、それはそれでありがたいけど、だからといって、片手間で相手ができるほど、あの老婆は、生易なまやさしい相手じゃない。


「なるほど、それじゃ、急ぎましょうか!」


 というわけで、早急に問題を解決するために、俺は気合を入れ直す。


「ああ、やってやろうじゃないか!」


 そんな俺に続いて、不敵な笑みを浮かべた朱天さんが、その手をかかげた。


「――鬼炎きえん万丈ばんじょう!」


 次の瞬間、朱天さんの全身を、真っ赤な炎を包み込んだかと思えば、彼女の全身を真紅の武者鎧が包み込み、その肌をも朱に染めると、まさしく鬼のような角を、そのひたいに生やしながら、空気を震わせる。


 美しい鬼と化した朱天さんの気迫に、異形の忍者たちが、たじろいだ。


「はい! お任せください!」


 そして竜姫さんも、輝くような笑顔を浮かべて、その力を解き放つ。


「――我龍がりょう天成てんせい!」


 彼女の透き通るような声と共に、眩い閃光が辺りを包み込み、大地から噴き出した龍脈の力によって、竜姫さんの髪は銀色に輝き、その瞳が赤く煌めいたかと思えば、清楚な着物は、壮麗な巫女服へと変化する。


 どこか神々しさすら感じる竜姫さんのたたずまいは、感動的ですらあった。


 さあ、それでは、始めよう。


「あらよっと!」


 俺は巨大な魔方陣を展開し、音もない閃光と衝撃を、周囲にいる忍者たちに向けて叩きつける。当然ながら、大きな効果は得られないが、一瞬の足止めにはなる。


 そして、その一瞬で、十分だった。


「参ります!」

「吹き飛べ!」


 わずかな隙を逃さず、竜姫さんが戦場を舞い、朱天さんが地面から金棒を引き抜き、動きを止めた忍者たちへと、突進していく。


 この時点で、勝負は決したと言ってもいいだろう。


「――はっ!」


 短い舞いを終えた竜姫さんの掛け声と共に、地面から光り輝く龍のような姿をした力の奔流ほんりゅうあふし、彼女の意思に従い、動きを止めていた忍者の群れに向かって突っ込み、飲み込み、はらう。


 やはり、龍脈の力ならば、黒い力に対しても効果が抜群なようで、あれだけ元気に動き回っていた忍者たちが、あの輝きに触れた途端、あきらかにダメージを負ってる様子で、その場でジタバタと転げだした。


 どうやら、向こうに対抗策はないようで、忍者たちは、強大な龍から、ただ闇雲に逃げ回るしかない。


「そらそら、お前たちの相手は、もう慣れたぞ!」


 そして、天敵の来襲によって、統率を失った忍者たちを、凄まじい勢い地を駆ける朱天さんが、その金棒を振り回し、叩き伏せていく。


 いやはや、まったく見事な追撃すぎて、俺としてはもう、やることがないくらいで安心なわけだけど、それはそれとして、俺にはどうも、気になることがあった。


 もちろん、朱天さんの活躍は、嬉しいことなんだけど……。


「うーん……」

「あら? どうされたのですか、統斗さま?」


 というわけで、思わず疑問が口から飛び出てしまった俺の隣で、その手をひらひら振りながら、輝く龍を操っている竜姫さんが、普通に声をかけてくれた。


 そうだな……、ちょっとした疑問だけど、まだ余裕があるうちに聞いておいた方がいいかもしれないと、俺は素直に、彼女の好意に甘える気にする。


 竜姫さんなら、多分、分かることだろうし。


「いえ、そんなに大したことじゃないんですけど、あの忍者というか、奴らの表面を覆ってる黒いドロドロに触れたら、普通の物質なら侵食されて、ボロボロにされると思うんですけど、朱天さんの金棒は、全然綺麗なままなので、どうしてかなって」


 そう、これが俺の疑問というか、不思議に思ったことである。


 先ほどまで、俺も色々と試してきたけれど、そのどれもが、あの黒い泥のような、不気味な力に対しては、まったく効果を上げられなかったのに、ああして元気に黒い忍者をぶっ飛ばして回っている朱天さんの金棒は、まったく傷ついていない。


 それは、これまで苦労してきた身からすると、かなりの驚きだった。


「ああ、それでしたら、おそらくですが、朱天の金棒には、龍脈の力が宿っていますから、そのせいではないでしょうか?」

「おお、なるほど……」


 だけど、そんな疑問は、笑顔の竜姫さんがもたらしてくれた、明快な解答によって氷解していく。そうか、そういうことだったのか……。


 先ほどから見ていた様子だと、確かに龍脈の力は、黒い力に対して効果があるようだし、あの金棒にも、その加護があるというのなら、あのドロドロに触れても、ある程度は大丈夫というのも、納得だ。


 とはいえ、この目を使って、さらに観察してみると、あの金棒といえど、どうやら長い時間、闇雲に触れっぱなしというのは、さすがに厳しそうだけど、その問題は、朱天さんのスイングスピードの早さが解決しているように見える。


 つまり、耐性がある上に、触れるのも一瞬だから、大丈夫、というわけか。


「うん? だとすると……」


 しかして、その瞬間、俺の脳ミソが点灯して、良さげな考えが浮かんできた。


 確か、龍脈というのは星の生命エネルギーのようなものだから、本質的には命気プラーナに近いわけで、この目で見て得た情報を使って、上手く作り変えれば……。


「よしっ! ちょっと試してきますね!」

「はい! お気を付けて!」


 こうなれば、善は急げと、俺は竜姫さんに見送られながら、とりあえず、一番近いところにいる忍者へと、突っ込んでいく。


 思い付いたが吉日というし、試すにしても、早い方がいいだろう。


「よいしょっと!」

「ぐああああああっ!」


 適当な相手の間合いに入った俺は、この両手にさらなる命気を送り込み、疑似的な龍脈として機能するように練り直しながら、とりあえず目の前の敵を、全力で殴ってみたわけだけど、効果はバッチリだ。カイザースーツには、損傷がほとんどない。


「おおっ! こいつはいいや! それそれ!」

「ごああああああっ!」


 とはいえ、完璧に防げているわけではなく、多少の傷は付いてしまうので、過信は禁物だけれども、それでも、十分な成果と言えるだろう。


 こうして、相手に長く触れないことを心掛け、短い時間で連打すれば、このように目に見える成果として、黒い異形と化した忍者が相手でも、ダメージを与えることができるのだから、さっきまでの状況と比べたら、雲泥うんでいである。


 こちらの攻撃が、相手に通じる。それは大きな収穫だった。


 だから、この結果に興奮しまくって、今まさに殴りまくっている相手が、ハットリジンゾウだということに、今さら気が付いたけど、それは誤差の範囲内ということで気にしないことにしようじゃないか。


 だって、これが誰にせよ、もうおしまいなのだから。


「うんうん、それじゃ、次のステップだな!」


 とりあえずは、一定の成果が上がったことだし、これなら仲間たちにも、黒い力に対して、有効な対抗策を与えることができるというわけで、もういいだろうと、俺は事態を収拾するべく、根本的な解決策に打って出る。


 そう、黒い力に飲み込まれた人間の倒し方なら、俺はもう知っているのだ。


「――はっ!」

「ぐ、ぐぐっ……、うおおおおおっ!」


 まずは、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの力を使って、対象の内側にひそむ、黒い力の根源を特定し、続けて、八咫鏡やたのかがみの力で増大した命気を送り込み、その根源を包囲、圧縮した上で、最後に天叢雲剣あまのむらくものつるぎの力を使って、その根源だけを、綺麗に破壊する。


 黒縄こくじょうの時は二つだった神器の力が、三つ揃ったことにより、問題は、より簡単に解決するようになったと言えるだろう。


 異形の姿となっていた原因を取り除かれたハットリジンゾウが、見る見るうちに、人間の姿に戻っていく。


「ふーむ、とりあえず成功……、ってところかな?」


 とはいえ、俺はそれだけでは、満足しない。もちろん、結果そのものは、狙い通りではあるので、文句はないのだけれども。


 問題は、その結果を出すまでの速度というか、さっきは、使う神器の力を切り替えようとするときに、ちょっぴり時間がかかってしまった気がする。


 それは多分、一秒にも満たない誤差であるけれど、俺としては不満だ。そのコンマ何秒かが、生死を分けることだって、あるのだから。


「まあ、いいか」


 でも、俺は落ち込んだりしない。


 だって、そうだろ?


「試す相手なら、まだまだいるしな!」


 できないなら、できるようになるまで、試せばいい。


 幸いなことに、ハツトリジンゾウは倒れたが奴の配下である他の忍者は、健在だ。それなら、まったくなにも、問題ないのである。


「さあ、やりますか、二人とも!」

「お任せください! 統斗さまのお手伝いです!」

「ふっ! この程度の相手、即座に蹴散らせてやろう!」


 こうして、光明を見出した俺に、まぶしい笑顔の竜姫さんと、不敵な笑みを浮かべた朱天さんも続いてくれる。



 その当然の結果として、全ての忍者を倒すのに、まったく時間はかからなかった。



「よしっ! 状況終了!」


 かくして、怪物と成り果てていた忍者たちを、一人残らず人間に戻してから、俺は背筋を伸ばし、空を見上げる。


 太陽は沈みかけ、夕暮れも終わり、夜がくる直前の、赤とも黒とも言い切ることができない、不思議な色合いが、そこには広がっていた。


『お疲れ様でした、統斗様』

『よっしゃー! 見事な勝利だったぜ!』

『このくらいは~、統斗ちゃんの敵じゃないわよね~』

「はっはっはっ! ありがとうございます!」


 こうして、戦闘も一段落したところで、けいさんに千尋ちひろさん、そしてマリーさんが、はずむような声で、ねぎらいの言葉をかけてくれたので、これまでの鬱憤うっぷんを晴らすため、俺も元気に笑いながら、心置きなく言葉を返す。


 多分、こちらの集中を乱さないためにと、通信は繋がっていても、無理に話かけるようなことはしないでくれた皆に、感謝を伝えたかった……、というものあるけど、正直に言ってしまえば、ここまで隠密行動のせいで、まともに返事すらできなかったからというのが、大きかったりする。


 やっぱり、みんなを無視して黙っているというのは、俺の性には合わないようだ。


「さて、後始末は、こんなものでいいだろう」

「そうですね。とりあえずは、十分だと思います」


 そういうわけで、目の前の問題を解決し、みんなとも気兼きがねねなくおしゃべりできるようになり、色々とすっきりした俺は、朱天さんと一緒に、倒した忍者たちを壁際にまで運んで、寝かせるという面倒な作業も終えて、気分は晴れやかだ。


 ハットリジンゾウを始めとした忍者たちは、全員、命に別状はないようだけれど、目を覚ます様子は、まったくない。これは、黒縄と同じで、どうやら、あの黒い泥を体内に取り込んでしまうと、色々と問題が出てしまうのかもしれない。


 そう考えると、やはり、あの黒い力への対応は、慎重に慎重を重ねるべきか。


 とりあえず、今の俺たちでは、この問題を解決できないので、残念ながら後回しになってしまうけど、そこは我慢してもらうしかない。


 悪いけど、今の俺たちには、やるべきことがあるのだから。


「やりましたね、統斗さま! それでは……」

「ええ、次は……」


 そして、そのやるべきことのために、俺と竜姫さんは、喜びを分かち合うことも、健闘をたたうことも、そこそこに、再び警戒を……。


「――統斗さま!」

「――っ!」


 警戒を、強めようとした、その瞬間、この全身を貫く悪寒と、竜姫さんからの鋭い警告、この腰に装着した万歩計型の機械から鳴り響く警戒音……、その全てに、突き動かされるようにして、俺は全力で、さきほど得た情報を元にして、命気を練り込み改良した魔方陣による障壁を展開しながら、この場を飛び退く。


 次の一瞬、悪夢のような黒い一撃が、辺りを薙ぎ払う。


 しかし、無事だ。


 俺たちはなんとか、無事だった。


「ひょっひょっひょっ! 気付いたか! なかなか成長しとるじゃないか!」


 そんな、あまりにも必死だった俺たちを、嘲笑あざわらうかのように、気色の悪い空の下、神宮司家の屋根の上から、こちらを見下す、小さな影が、一つだけ。


 ああ、その人物には、見覚えがる。


 いやむしろ、待ち望んでいたと言ってもいい。


「……八百比丘尼!」


 正体不明、目的不明、実力だけは恐怖を覚えるほどに、折り紙付き……。


 最大限に警戒すべき、厄介な相手が、そこにいた。


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