13-7


 それは、まるで墓標ぼひょうのようだった。



 なんて、表現してしまうと、少し詩的すぎるけど、比喩というよりは、見たままの印象として、それだけ不気味なだけである。


「…………」


 薄暗い、隠された階段を折り切った先は、それなりのスペースだったわけだけど、照明器具が仕事をしていないので、なんとも暗く、そして静かだった。


 そんな暗闇の中で、うすぼんやりと浮かぶのは、整然と並んでいる俺の背丈よりも高いタワー型のサーバーが放つ、小さな赤い光だけなのだから、どこか不穏な空気を感じてしまっても、仕方がないといえるだろう。


 ズラリと並んだサーバーが、高さのある直方体なのも、どこか墓石みたいだし。


『うわー……、なんだか、殺風景な場所だなー……』

『どうやら、伏兵などはいないようですね……』


 耳元の通信機から聞こえる千尋ちひろさんの声に安心し、けいさんの声にホッとする。


 しかし、二人の言う通り、この神宮司じんぐうじ家の地下は、しっかりと整備こそされているものの、無機質なサーバー以外はなにも置かれていないし、人の気配は微塵もない。


 そのおかげで、警戒を強める必要はないのだけれど、そのせいで、なんだかひどく居心地が悪いというか、座りがよくない。


 どうやら、ここは最初から、人がいることを想定して造られた部屋ではないみたいなので、当り前といえば、当り前だけど。


『それじゃ~、お願いね~、統斗すみとちゃん~。付けるのは~、どこでもいいから~』


 というわけで、こんな面白みのない部屋は、さっさと仕事を終えて、出てしまうに限るというわけで、俺は後のことをマリーさんにお願いするために、下準備する。


 まあ、下準備といっても、やることは簡単で、さっき隠し扉を開けるために使い、回収しておいた小さなマグネット状のメカを、手近なサーバーに、適当に貼りつけるだけなんだけど。


 いやはや、相手が機械なら、それだけで自由自在なんだか、さすがはマリーさん。まさにスーパーハッカー顔負けといったところだろう。


 まあ、スーパーハッカーって、どういう人たちで、なにができるのかとかは、俺は全然、知らないんだけれど


『ふむふむ~、なるほどね~』


 なんにせよ、マリーさんの仕事は確かだ。どうやら、すでに解析を終えたらしく、このサーバーの中にたくわえられた情報を、手早く取り出し始めたようだ。


 もう後は、本部にいる仲間たちに任せるだけで、問題ない。


『……どうやら、政治家や財界の要人などが起こした、不祥事ふしょうじのデータですね』

『うへえ、どちゃどちゃあるけど、こんなにたくさん、どうやって集めたんだ?』


 俺の目からは、確認のしようがないけれど、契さんが調べてくれたのならば、その情報に間違いはないと、確信できる。そして、千尋さんの素直な感想も聞き逃せないというか、もっと深く、受け止めるべきだろう。


 そうすれば、この場所の存在意義も、おのずと見えてくるはずだ。


『量が多いのは~、ずいぶん昔のデータも~、デジタル化して~、律儀に保存してるからみたいね~。ほら~、これなんて~、明治初期の政権よ~』

『うわっ! この顔って、歴史の教科書で見たことあるぞ! おいおい、っていうか江戸時代の資料とかあるじゃん! なんだこの字! 読めない!』

『どうやら、当時の幕府が抱えていた問題や、裏事情の記された書物などを集めて、画像データとして取り込んだようですが……、今の時代に、なんの意味が……?』


 ……見えてくるとは、思うんだけど、しかし、色々と予想以上なようだ。


 マリーさんから飛び出した、明治初期だなんて単語は、俺にとってはそれだけで、遠い昔のような感覚だというのに、千尋さんが見つけた江戸時代とか、もはや想像というよりも、空想の域であり、契さんと同じく、頭の中には疑問しか浮かばない。


 いや本当に、そんな大昔の記録を残して、どう活用するっていうんだ? もちろん歴史的には価値があるのだろうけど、それを発表するでもなく、こうして隠し続けることに、どんな意味があるのだろうか。


 それはもう、明確な目的があるというよりも、はるかな過去から続く習慣を、惰性だせいで続けているような印象しか受けない、不思議な行為だった。


 しかしこれも、遠い遠い昔から、連綿と続いてきた神宮司家だからこそ、集積することができた歴史の闇というやつなのかもしれない。


 だとすれば、それはそれで、尊重するべきなのだろうか。


『とりあえず~、ここには~、そんな情報しかないわね~。残念だけど~、向こうの目的とか~、今なにをしてるのかとか~、奴らの弱点とか~、そういう役に立つ~、重要なやつとは~、全然関係ないのばっかり~』


 だとしても、マリーさんからの報告は、それなりに残念ではあった。


 とはいえ、もっと有用で、大事な情報が隠されているにしては、あまりにも警備が手薄だったし、冷静に考えれば、こんなものなのかもしれない。


 うーん……、どうやら、期待しすぎてしまったか。


 でも、だからといって、気落ちしてはいられない。


『まあ~、これだって~、使い道がないわけじゃないから~、コピーはしとくね~』


 マリーさんの言う通り、国を動かす上層部の不祥事が、これでもかと詰め込まれているのならば、敵を倒すためではなく、もっと悪の組織らしい目的を果たすために、いくらでも使い道があるというものだ。


 ……もしかしたら、神宮司家も、俺たちと同じような情報の使い方を、してきたのではないだろうか? という考えは浮かんだけれど、確証はないし、今はそんなこと気にしても、仕方がないか。


 とりあえず、早急に考えるべきは、俺たちが、次にどう動くべきなのかである。


『は~い、作業完了~、お疲れさまさま~』

『それじゃ、この部屋はもう、用済みってやつだな!』

『周囲に敵性反応なし……、とはいえ、どうかご用心ください、統斗様』


 さて、あっという間にマリーさんが仕事を終えてくれたので、千尋さんの意見に、完全に同意な俺は、慎重な契さんに感謝しながら、後始末を始める。


 なんて、格好つけたところで、やることといえば、さっき貼りつけた小型の機械を回収するだけなので、時間なんて、かかるはずがない。


「…………」


 俺は手早く、静かに、自らの痕跡を消してから、足早に来た道を戻り、隠し階段を元に戻して、再び屋敷を駆け抜ける。


 みがげられた板張りの長い廊下に、よく手入れされた畳の匂いがする和室。日に焼けてすらいない真っ白な障子と、年季は感じるが、鈍く輝くような箪笥たんす。どこかの著名な作家が描いたのだろう掛け軸が飾られた、簡素なとこ


 なるほど、ここは確かに、見事な日本家屋だ。大きくはあっても、全てが簡潔かんけつに、そして質素しっそにまとめられ、静かな時の中で、清廉せいれんな空気が流れている。


 同じような造りをしながらも、様々な物であふれかえっていた祖父ロボの実家とは、まったく対照的といえるだろう。あそこは無秩序で、ちょっと煩雑はんざつですらある。


 もしかしたら、他人ひとに見せて、どちらが日本家屋として正しいかという質問を投げかければ、ほとんどの人間は、この神宮司家に、軍配を上げるのかもしれない。


 しかし、それでも俺が好きなのは、祖父ロボの家の方だ。


 やっぱり、小さなときから、慣れ親しんできたから……、というのもあるけれど、それだけではない。この神宮司の豪邸は、生活感がまったくないのだ。そういえば、奴には家族がいないという話だったけど、そのせいだろうか?


 確かに、この家は大きく、立派だけれど、それだけが全てな気がする。


 この余分なものなど許さないような、冷たい空気は、どこかさみしくすらあった。


『しかし、家にもいない、手掛かりもなしでは、さすがに困りましたね……』

『まったく、どこに隠れてるんだー! 卑怯者めー! 出てこーい!』

『こうなったら~、とりあえず~、ローラー作戦~? でも~、地味よね~』


 とはいえ、この家の事情なんて、気にしている暇はない。


 契さんが心配するように、これで奴らがどこにいるのか、知ることは難しくなったわけだし、千尋さんのように、イライラしてしまう気持ちも分かる。あのマリーさんから提案される作戦が、地道すぎるものというのも、現状の深刻さを表していた。


 とりあえず、ここから先、どう動くべきなのか。


 なんてことを考えながら、俺が再び庭に出るため、足を下ろした……。


 その時だった。


「…………っ!」


 この腰に付けている、万歩計のような道具が、いきなり震えたかと思うと、まるで悲鳴のような金属音が、ジリリリッと鳴り響く。


 その警告音が空気を震わせた瞬間、この全身を貫いた嫌な予感というやつに従い、突き動かされるようにして、俺は空中に展開した魔方陣を手でつかみ、身体を持ち上げ軌道を変えて、強引に体勢を整えつつ、予定とは別の場所に着地する。


 次の刹那せつな、さっきまで俺が足を下ろそうとしていた、真っ白な玉砂利の隙間から、真っ黒な泥のようなものを噴き出し、鋭利な刃物のように、てんく。


「……ふしゅるるる!」


 そして、その漆黒の泥があふた場所が、爆発したかと思えば、地面を吹き飛ばすようにして、黒い衣をまとった異様な男が、隙間風のような息吹いぶきを吐きつつ飛翔して、凄まじい殺気と共に、真っ直ぐに、俺の方へと向かってくる。


 そう、その殺気に、それを放つ男に、俺は確かに、覚えがあった。


「……ハットリジンゾウ!」


 どうやら、見つかってしまったらしい。


 もはや、黙っている必要もなくなった俺は、目の前に現れた敵の名を叫びながら、この拳を握り、覚悟を決める。


 なるほど、潜入という意味では、失敗してしまったようだ。


 しかし、だったら、話は早い。



 ……ここからは、実力行使に、打って出る!


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