13-6


「さて、準備はこれで、整ったっと」


 神宮司じんぐうじの大屋敷を目の前にして、俺は特に緊張するでもなく、新しく身につけた、自らの装備を確認する。


 とはいえ、そうは言っても、それほど重装備というわけではないので、そんなには手間もかからない。持ってきたバッグから、いくつか小さな道具を取り出し、邪魔にならないように身につけただけなので、見た目的にも、大きな変化はないのである。


 潜入任務だからといって、別に特殊部隊さながらの服装や、ぴちぴちの全身タイツみたいな格好に着替える必要なんて、まったくない。


 この程度なら、普段着でも十分だ。


「さすがに、無数の小さな機械を全て……、というわけにはいきませんが、統斗すみとさま御一人でしたら、結界に触れる瞬間、私が龍脈を操り中和することで、気付かれずに侵入することが、可能なはずです!」


 ありがたいことに、可愛らしく力こぶを作って、やる気満々な竜姫たつきさんもサポートしてくれるのだから、恐れることなど、なにもない。


 俺は俺のやるべきことを、やるだけだ。


『統斗様の様子は、こちらでモニターしていますから、ご安心ください』

『おおー! ここからでも、統斗の目線でバッチリ見えるぜー! すげー!』

『周囲の様子から~、統斗ちゃんのバイタルまで分かるから~、任せてね~』


 この耳の裏に貼った超薄型の通信機からは、ヴァイスインペリアルの本部にて待機しているみんなの声が、聞こえてくるけれど、もちろん、その音が外にれることはなく、俺の頭の中に響くだけだ。これなら、会話が敵に聞こえてしまうかもと、心配する必要もないというわけである。うん、便利。


 そして、この目に入れたコンタクトレンズ型の超高性能カメラと通して、けいさんの言う通り、こちらの様子は、逐一ちくいち向こうに送られているし、千尋ちひろさんが歓声を上げているけれど、それは俺の視界を、そのままモニターにうつした上で、さらに周辺情報をデジタルに解析して重ねているからだろう。多分。


 俺としては、別に裸眼の時と、なにも変わらないので、まったく実感はかないのだけれど、どうやら開発者のマリーさんによると、このコンタクトは装着した人間の体調まで計測するようで、これまたやはり、便利である。


 これならば、リアルタイムで、俺が見て得た情報を、共有することが可能だ。


「なにかあったら、この屋敷を吹き飛ばして助けてやるから、すぐに連絡しろ」


 さらに朱天しゅてんさんからは、なんとも物騒ではあるけれど、個人的には頼もしいということにしたい激励を受けてしまったので、これは醜態を見せられない。


 いやむしろ、彼女は心配してくれているのだと思い込むことによって、より一層の奮起ふんきを誓おうじゃないか。


 だから、そんなふたもないことは、やめてください。お願いします。


「どうか……、お気を付けて、統斗さま!」

「ええ、後は任せてください!」


 こうして、準備を整えた俺は、ここまで持ってきたバッグを、竜姫さんにたくして、彼女の笑顔に見守られながら、目の前の高い壁を見上げてみる。


 うん、確かに高いは高いけど、まったく問題はなさそうだ。


 それでは、さっさと始めましょうか!


「よっと!」


 もちろん、周囲に人の気配がないことは、確認しているけれど、一応はそれなりに気を付けながら、俺は地面を蹴って、目の前の壁を、ひらりと飛び越える。


 その瞬間、この身を竜姫さんがほどこしてくれた龍脈の力が包み、まさしくすり抜けるようにして、俺は無事、結界を通過した。


 どうやら、上手くいったようだ。


 これは後で、竜姫さんにはちゃんと、お礼を言わないと。


「…………」


 そして、俺はそのまま声も出さずに、音もなく壁の向こう側……、屋敷の敷地内へ飛び降りる。いや、正確には、この地面に足が下りる前に、小さな魔方陣を展開し、足場にしたので、最後まで飛び降りてはいない。微妙に浮いてる格好だ。


 着地をする寸前に、足元に真っ白な玉砂利たまじゃりめられているのが見えたので、咄嗟とっさに機転をかせてみたのだけれども、とりあえずは、これで正解だろう。


 さすがに、いくら気を付けていても、こんな砂利を踏んでしまえば、どうしたってわずかな音は立ってしまうし、それで気付かれるというのも、マヌケな話だ。


「…………」


 とはいえ、そのまま無言を貫き、素早く手近な生垣いけがきに身を隠しつつ、辺りの様子を探っては見たけれど、人影は確認できない。


 まあ、壁の外にいる時から、屋敷内における人の気配は調べていたし、なんなら、この目に宿やどる力を使って、じかに確認もしていたので、この庭の安全は確認していたのだけれども、しかし、これだとなんだか、侵入のマナーとして、細心の注意を払っている俺が、なんだか馬鹿みたいだ。


 だからといって、気を抜くつもりは、微塵もないけれど。


『うーん……、やっぱり、この感じだと、屋敷の主はいないかな?』


 装着した通信機から、千尋さんの声が聞こえたけれど、残念ながら、俺はそれに、答えることができない。彼女たちの声は、外に聞こえることはない。しかし、それに応答する俺の声までは消せないので、万全をすというなら、黙るしかないのだ。


 それが非常に窮屈きゅうくつというか、みんなには申し訳ないけれど、ここは我慢である。


「…………」


 だから、その分も、しっかり千尋さんの意見に耳を貸しながら、俺は素早く、次の安全な移動場所を探し、走り、身をひそめる。


 そう、俺は千尋さんの意見に、まったく同感だ。さすがに屋敷の中には、幾人かの人の気配がするけれど、その数は、決して厳重と呼べるレベルではない。少なくとも要人がいるのなら、もう少し気合が入った警備がかれているはずだろう。


 これはやっぱり、警備の専門家である千尋さんらしい、実にナイスな目の付け所といえる。神宮司本人を確保できないのは残念だけど、いないと分かっているのなら、それなりの対応が可能になるのだから。


 つまり、それはそれで、動きやすいというわけだ。


『無事、屋敷の中に入れましたね。地下への入り口は、その廊下を曲がって……』


 美しく整えられた広大な日本庭園を走り抜け、誰にも見咎みとがめらえることなく本丸に侵入した俺は、契さんのナビゲートに従いながら、これもまた広すぎる日本家屋を、初見ではあっても、迷うことなく進んでいく。


 当然ながら、いまだに細かく魔方陣を展開し、足場にしているので、例えば、この廊下がうぐいす張りでも、音が鳴ることはないし、靴を脱がずとも、足跡は残らない。


 こうなったら、俺も最後まで、全力を尽くす所存である。


『おっと! どうやら、そこみたいぜ!』

『しかし……、それらしい扉などは、ないようですね』


 自らの気配を殺し、大きな屋敷の中に点在する人の気配は上手く避けつつ、まるで流れる水のように、するすると目的の場所までは到着できたので、千尋さんが歓声を上げてくれたけど、契さんの言う通り、そこにはないもない……、というか、廊下のドン詰まりだった。目の前どころか、左右にも動けない、まさしく袋小路だ。


 しかし、そんな不自然な構造が、家の中にあること自体が、非常に怪しい。


『う~んとね~、統斗ちゃん~、ちょっと~、そこの柱を~、調べてみて~?』


 どうやらマリーさんも、俺と同じようなことを考えていたらしく、周囲を調べて、気になる場所を見つけてくれたので、素直に従う。


 そして、彼女に言われた通り、廊下の端っこに立っている、目立たない柱を調べてみたら、目線よりも少し下くらいの位置に、巧妙に隠された継ぎ目を発見したので、爪を引っかけて開けてみると、この日本家屋には不似合いな、数字を打ち込むためのパネルと、カードリーダーが搭載された金属製の小型コンソールが出てきた。


 うん、なるほど。


『これはまた、なんとも古典的な……』

『おおっ! まるでスパイ屋敷だな!』


 なんとも分かりやすい装置に、契さんはあきれ、千尋さんは大喜びしているけれど、俺としては、こういう仕掛けは大歓迎である。


 だって、分かりにくいより、分かりやすい方が、いいに決まってるからね。


『それじゃ~、そこに~、例のアレをセットして~』


 そして、さらに分かりやすいことに、こちらには、こういう機械関係に対しては、必殺の切り札があるのだから、もはや歓迎しない理由がない。


 俺はマリーさんの指示に従い、ポケットから小さな……、よく冷蔵庫に貼ってあるマグネットのようなメカを取り出すと、そのまま磁石のように、目の前のコンソールへと貼りつける。これだけで、全ては解決だ。


 ちなみに、この小型メカの背面には、デフォルメされたマリーさんが、キラリンとウインクしている絵が描かれていたりする。


 いやはや、とっても可愛らしい。


『ちょちょいの~、ちょいと~……、は~い、オープンセサミ~!』


 なんて、俺が気の抜けたことを考えていたら、マリーさんの掛け声と共に、廊下の壁が静かに開いて、下へと続く階段が現れた。


 この間、わずか数秒。


 俺には、さっぱり分からないのだけれども、あの小さなマグネットみたいな機械を使って遠隔操作して、マリーさんがあれやこれしただけで、全ては解決したようだ。


 うん、なにがどうなってるんだか、技術的なことは、まったく分からないけれど、本当に助かった! サンキュー、マリーさん!


 というわけで、道は開けた。


『ついでに~、警報装置も解除したから~、安心よ~』

『よーし! 思いっきり突撃だ、統斗-!』

『まだなにがあるか分かりませんので、慎重に……』


 そうして俺は、マリーさんから頼もしい支援を受け、千尋さんから元気にはげましてもらい、契さんに優しく支えてもらいながら、目の前に広がる、明かりすら見えない真っ暗な階段へと、恐れることなく一歩を踏み出す。


 そう、恐がる必要なんて、あるわけがない。


 俺には、みんながいるのだから。


「…………」


 しかし、まだなにも、終わってはいないのだから、気は抜けない。


 俺は仲間たちへの感謝を、この胸の中に押し込めながら、沈黙と共に、神宮司家の深淵へと、用心深く、この足を踏み入れるのだった……。


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