13-5


 そもそも、神宮司じんぐうじ権現ごんげんとは、いったい何者なのか?


 年齢は、俺の親父よりも少し上くらいで、妻も子供もいない。特に苦労することもなく、防衛大学を首席で卒業し、難しい国家試験も次々にパスすると、まさに完璧なエリートとして、その階級を上げに上げ続けていたが、ある時からフツリと、歴史の表舞台からは、姿を消してしまう。


 おそらく、そのタイミングから、国家守護庁こっかしゅごちょうの統括者として動き出したのだろう。表向きには存在しない機関にて、その手腕を発揮し、この国にひそむ悪の組織たちと、決して圧倒的とはいえない戦力で、互角以上に渡り合ってきた。



 はるかな昔から、国の防衛に関わってきたという名家……、神宮司家の当主として。



 ……ここまでが、俺たちが総力上げて調べ上げた奴の過去というわけだけど、誠に遺憾ながら、これ以上の情報は、まったくつかめなかったということでもある。


 つまり、神宮司権現が、なにを考え、どんな思惑おもわくで動き、いかなる手段をもちいて、その野望を果たそうとしているのか、まったくの不明というわけだ。


 そう、正直なところ、俺たちはなにも、分かっていない。


 奴がまだ、なんの動きも見せないのは、正義の味方を倒されたことで、もう全てをあきらめてしまったからなのか、それとも、なにか裏があるのか。


 それすらも、分からない。


「うーん、それにしても、大きな屋敷だなぁ……」


 というわけで、分からないことは、直接調べてしまえばいいだろうと、俺たちは、こうして連れ立って、神宮司家へとやって来た……、というわけである。


 いやはや、それにしても、さすがは名家というべきか。ちょっぴり調べるだけで、さくっと住所が分かったのはいいのだけが、ここまで立派な日本家屋を前にすると、なんとなく思うところもあって、俺は思わず、ため息をこぼしてしまう。


 なんとなく、懐かしいような気がするのは、俺にとっては幼少期から馴染なじみのある祖父ロボの家も、ここと同じようなつくりをしているからだろうか。


 とりあえず、まるで江戸時代の代官屋敷のような、しっかりと木製の扉が閉まった巨大な門を前にして、俺が思うのは、そのくらいのことである。


「なんだか、まわりのお家とは、おもむきが違いますね。家主の趣味でしょうか?」

「一応、それなりに歴史がある家らしいので、そのせいでしょう。古いだけです」


 そして、小首をかしげる竜姫たつきさんと、かなり酷いことを言っている朱天しゅてんさんにも、この門構もんがまえを前に緊張したり、気圧けおされたりしている様子は、まったくない。


 やっぱり、古くから続いているという意味では、神宮司家よりも、さらに昔からの歴史がある八咫竜やたりゅうとしては、このくらいで物怖ものおじはしないのだろう。


 うんうん、実に頼もしい。


「さてと、とりあえず、お仕事お仕事っと……」


 とはいえ、いつまでも他人の家の前でたむろしていると、不審に思われても仕方がない。ここは閑静かんせいな住宅街なので、下手なことをすれば、すぐ目立ってしまう。


 情報収集をするのなら、隠密行動が基本というわけで、俺は手早く、先ほどと同じように、黒いバッグから小さなつつを取り出し、さっさと開ける。


 この中身は当然、さっきの国会議事堂でも使ったナノサイズの偵察マシンであり、これを使えば、屋敷の内部情報をつかんだも同然で……。


「……あれ?」


 しかし、なんだか思っていたのとは、違う結果になってしまったような気がして、俺は首をかしげながら、目の前にある大きな門の向こう側を見透みすかそうと、この目を細めて、じっと注視してみる。


 なんだろう……、ナノマシンが屋敷の敷地内へと侵入しようとした途端、一瞬だけ閃光が走ったかと思えば、全ての反応が消え失せてしまった。


 どうやら、なんらかの防衛装置が働いて、こちらの用意した偵察マシンが、見事に破壊されてしまったようだ。


 うーん、しまった、しまった。


「どうやら、龍脈を使った結界が、張られているようですね……」

「おお、なるほど」


 とりあえず、この目を使って、失敗した原因を探ってはみたけれど、どうにもよく分からなかった俺に、竜姫さんが教えてくれる。


 なんだか、モヤモヤとしたものが、この屋敷を包んでいる気はしたけれど、これがどうやら、龍脈の結界のようだ。


 やっぱり、こういうことは、ちゃんと知識と経験をそなえた人間でないと、その正体に気が付くことは、難しい……、という風に、俺は心の中で、自分を慰める。


 うんうん、ありがとう、竜姫さん!


「しかし、龍脈の結果ってことは……」

「ああ、姫様以外に、こんな真似ができるのは、一人しかいないだろうな」


 なんて、ふざけている場合ではない。あの結界が龍脈に関係するものである以上、必然的に導き出される答えは、決して見過ごすことはできず、どうやら、同じ結論にいたったらしい俺と朱天さんは、顔を見合わせる。


 そう、状況を考えれば、答えは簡単だ。


 この屋敷に、結界を張ったのは……。


八百比丘尼やおびくに、か……」

「はい。まず間違いないかと」


 俺のつぶやきに、真剣な顔した竜姫さんも、大きくうなずいた。


 それだけ、俺たちはお互いに、この答えに確信を持っている。


 少なくとも、この国で龍脈に関する力を操れるのは、ここにいる竜姫さんと……、あの謎すぎる老婆だけなのだから。


「どうしましょうか? 私の力で、結界を破ることもできますけれど」

「そうですね……」


 さてさて、竜姫さんからの申し出に、俺はまず、考えを巡らせる。


 別に特別なことなどなにもない、まったく普通な様子の竜姫さんを見る限りでは、特に無理をしているわけでもなさそうだし、彼女なら、この結界を打ち破ることが、それほど難しくないということは、疑う余地もなく分かっている。


 しかし、だからといって、安易に決断を下すのは、危険かもしれない。


「結界って、やっぱり破ったら、結界を貼った本人には、分かるものなんですか?」

「おそらく……、いえ、あのお婆さまならば、まず確実に、気付くかと」


 ふむ、竜姫さんが言うのなら、やっぱりそれを前提に動いた方が、いいだろう。


 少なくとも、相手を無駄に舐めて、油断するようなことは、するべきではない。


「だったら、もうちょっと別の方法で、アプローチしたいところかな……」


 もちろん、近いうちに八百比丘尼とは決着を付けるつもりだし、所在不明の相手をおびす手段として、わざと気付かせるという手は、逆に使えるかもしれない。


 しかし、今のところは、まだ情報を集めることを優先したいというのも、俺の本音だったりする。下手なことをして、こちらの動きに気付かれてしまうと、重要な情報を隠すため、処分されてしまう可能性が出てくるし、それは避けたい。


 敵を倒すにも、それなりの準備が必要で、丁寧な下調べが、リスクを軽減することにもなるのだから、悩ましいところだ。


 とりあえず、神宮司家の屋敷に、八百比丘尼の結界が張られているということは、あの二人のつながりを示すものであることに、まず間違いない。


 これまで、状況証拠を積み重ねてきたけれど、これで奴らは協力し合っていると、はっきり確認できたことだし、それはそれで、大きな情報ではある。


 さて、それでは、その情報を元に、次はどう動くべきか……。


「っと、本部から連絡か。もしもし?」

『あ~、統斗すみとちゃん~。どう~? 上手くいってる~?』


 なんて、俺が優柔不断に考え込んでいたら、いきなり携帯電話が鳴り出したので、速攻で出てみたら、聞こえてきたのは、のんびりとしたマリーさんの声だった。


『ここまで予定通りでしたが、不可解な反応を検知しましたので、ご連絡をと』

『国会議事堂の方は、上手く稼働してるのに、なにかあったのかー?』


 どうやら、こちらの様子がおかしいことに気が付いて、向こうから連絡してくれたらしく、さらにけいさんに続いて、千尋ちひろさんの声まで聞こえてきたので、俺はあわてて、携帯のスピーカーをオンにして、竜姫さんと朱天さんにも聞こえるようにする。


 こういうときは、素早く情報を共有できるようにした方が、手間がかからない。


「いえ、そんなに大きな問題じゃないんですけど、どうにも龍脈の結界が張られてるみたいで、ナノマシンの耐久力じゃ、侵入できないみたいなんですよ」


 そして、準備が整ったところで、俺は素直に、今自分が、なにを悩んでいるのか、仲間たちへと打ち明けてしまう。


「とはいえ、竜姫さんなら解除できるんですけど、敵に感づかれるかもしれないし、どうしようかなって、対応に困ってまして」


 こういう時には、自分だけで考え込んでいても、いい考えなんて、そうそう浮かばないし、時間の無駄になることだってある。


 俺には、こんなにも頼りになる仲間たちがいるのだから、みんなには、どんどんと意見を求めるべきだろう。


 なにも悪の総統だからといって、全てを一人でかかむ必要は、ないのである。


『う~ん、なるほどね~……、なるほど~、これはね~……』


 そんな俺の期待にこたえてくれるように、どうやら、さっそくマリーさんが動いて、なにやら調べ始めてくれたようだ。


『なにか分からないかなって~、その屋敷のコンピュータネットワークを~、ざっと調べてみたけど~、かなり不自然というか~、なんだか~、秘密があるみたい~』


 そして、結果はすぐに、おとずれる。


 さすがマリーさんと言うべきか、時間にするとわずか数秒の間に、どうやら、俺にはなにをどうしたのか、さっぱり分からないけれど、この辺りをハッキングとかして、色んな情報を引き出したようだ。うん、すごいや!


『統斗様。どうやら、その屋敷には、ネットに繋がっていない、完全に独立した情報サーバーがあるようです。わずかな痕跡こんせきは見つかりますが、それ以上進めません』


 とはいえ、契さんの言うように、それで分かるのは、あくまでも、電子の海の中に存在する情報だけなので、違和感を見つけても、その正体までは掴めないようだ。


『おっと、そこの屋敷の見取り図が、いま届いたけど、どうやら家の地下に、奇妙なスペースがあるみたいだな。かなり大きいぜ!』


 しかし、直接は確認できないことも、千尋さんのように、別の側面から考えれば、その手がかりを見つけることは可能だ。


 うん、状況証拠は、十分か。


『じゃあ~、そこに~、なにか秘密の~、専用サーバーがあるのかもね~』


 マリーさんの意見に、俺も全力で同感である。


『でも~、これだと~、屋敷の中に入って~、その独立しちゃってるサーバーに~、直接~、端末をセットして~、ハッキングしないと~、中身は引き出せないわね~』


 とはいえ、話はそれほど、簡単ではない。


 マリーさんの言うように、その怪しいサーバーが、周囲と物理的に断絶しているのならば、電子的な手段での解決は、まず不可能と言い切ってもいいだろう。


 つまり、物理的な問題は、物理的に解決する必要があるというわけだ。


「なるほど……、それはちょっと、気になりますね」


 だけれども、それだけ厳重に隠されている情報とはなんなのか、非常に気になるというか、興味がく。大事なものほど、人は隠したがるものなのだから、そこには、きっと、なにか重要な秘密があるに違いない。それなら……。


 よし、俺の腹は、決まった。


「だったら、そっちを調べましょうか」


 まずは、目の前にある問題を解決し、当初の目的通り、情報収集を優先させよう。八百比丘尼と接触するにしても、その後で十分だ。


 そう、俺はゲームでも、ダンジョンの宝箱をしっかり取り切ってから、ボスに挑むタイプの人間なのである。


「しかし、調べると言っても、どうするつもりだ?」

「あっ! 分かりました! ふふっ、統斗さまったら、本当に悪い御人おひと……」


 とはいえ、これはゲームではなく、現実なのだから、問題の解決には、それなりの手段というやつが必要になる。


 だから、朱天さんの疑問はもっともというか、大事なことではあるけれど、しかし今の状況と目的なら、やることは一つだ。


 俺がこれから、なにをするつもりなのか、どうやら気が付いた様子の竜姫さんが、悪戯っぽく、微笑んでくれる。


「ええ、そうなんです。実は俺って、悪い男なんですよ」


 だから俺も、そんな竜姫さんと同じような顔して、にっこりと笑い返す。


 そう、俺は俺らしく、やるだけなのだ。


「さてと、それでは不法侵入と、洒落しゃれみますか!」


 こうして俺は、悪の総統らしく、悪い手段に、手を染めることにしたのだった。


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