13-4


 腹が減っては戦はできぬというわけで、俺からの提案は、竜姫たつきさんに大いに喜んでもらえたし、朱天しゅてんさんからも、特に反対はされなかった。


 そう、例え敵地であっても、余裕で昼食をとるくらいの豪胆ごうたんさは、必要なのだ!


 という風に、自分で自分を納得させながら、とりあえず、怪しまれないためにも、あまり長居するわけにはいかない国会議事堂から、手早く離れた俺たちは、まだ全然馴染めない街並みを歩いて、にぎやかな駅の方まで、店を探して戻っていた。


 ……まではよかったのだけど、そこはやはり、慣れない街と言うべきか、あまりに都会すぎて、煩雑はんざつというか、目に入る情報量が多すぎるために、なかなか店を決めることができず、少し時間がかかってしまって、ちょっぴり恥ずかしい。


 とはいえ、ようやくというか、滑り込みというか、なんとか勇気を出して、軽食も出してくれるという、えらくお洒落なカフェへと、決死の覚悟で突入した俺たちは、もうすでに、昼食を食べ終えている。


 まあ、味は良かったのだけど、これがいわゆる、土地代というやつなのか、値段の割には、微妙に量が少なくて、やっぱり食べ盛りな男子高校生としては、財布的にも胃袋的にも、二つの意味でふところが痛かったのは、ここだけの秘密だ。


「うーん! とっても美味しかったですね、統斗すみとさま!」

「ふふふっ、姫様、口元にソースが……、お拭きしますね?」


 とりあえず、竜姫さんと朱天さんは、満足しているようなので、俺としては、もうそれだけで、十分である。




「ふう、それにしても……」


 そして、のんびりと食後のコーヒーを楽しみながら、俺はなんとなく、周囲の様子というか、これまで見てきた街の雰囲気を思い返し、思わず言葉がれてしまう。


 つまり、これこそが俺の感じた、率直な感想というわけだけど……。


「なんだか、とっても平和ですね」

「そうですねぇ、なんだか、とってものんびりします……」


 この見逃せない現実に、ほんわかと紅茶を飲んでいる竜姫さんも、こくこくと首を縦に振って同意してくれたのは、本当に心強い。


 やっぱり、俺の思い違いじゃ、なかったんだね!


「あっ、統斗さま、このケーキ、食べてみますか?」

「おっ、それじゃ、ちょっといただきますね」


 というわけで、まったく安心した俺は、笑顔の竜姫さんが差し出してくれた食後のデザートを、少しだけ分けてもらう。


 うん、生クリームとスポンジに、苺のソースが絡んで、絶品である。


 なんて呑気のんきなことを、敵地でやってる余裕があることを喜ぶべきなのか、それともなげくべきなのか、微妙といえば、微妙なところか。


 いや、こうしてなにも知らない人々の日常が、乱されることなく平和に続いているというのは、俺たちの狙い通りでもあるので、それはいい。いいのだが……。


 それはそれとして、正義の味方を倒したことにより、神宮司じんぐうじ権現ごんげんと、八百比丘尼やおびくにの二人を追い込んで、なんらかのリアクションをさそうという、もう一つの狙いの方は、完全に空振りということになるので、なかなか難しい。


 やはり、こうなったら、さらに俺たちの方から、動くしかないか。


「しかし、先ほどから店員たちからは、見張られているような視線を感じるが……、もしかして、ここは奴らとつながっていて、こちらの素性すじょうがバレたのか?」

「いえ、それは違うと思いますよ」


 なので、周囲の視線を気にしている様子の朱天さんが、そう思いたくなる気持ちも分かるけど、残念ながら、それはハズレと言わざるをえない。


 少なくとも、俺の超感覚はまったく危険を感じていないし。というか、この背中を走るむずがゆさと居心地の悪さには、色々と覚えがある。


「普通の人たちは、まだ学校に行ってる時間ですから、俺と竜姫さんを見て、そこが少し、気になったんじゃないですかね」


 そう、本日はあくまで平日であり、時間的にも、学校が終わるまで、もうちょっと時間があるので、第三者から見れば、俺たち三人は、かなり不思議な集まりに見えることだろう。というか、実際聞かれでもしたら、まずまともに説明ができない関係であることには、間違いないんだけど、それはまあ、言わないお約束である。


 とりあえず今は、これが土地柄というべきか、俺たちみたいな年齢の人間が、平日昼間からふらふらしていても、それほど目立たないからなのか、店員さんたちから、積極的に素性を尋ねられたりしないことに、感謝するべきだろう。


 ここはどうか、世の中には色んな人間がいるのだと、それぞれの心の中で、そっと納得していただきたい。


「学校、ですか……」

「あれ? どうしたんですか、竜姫さん」


 なんて、俺がしみじみと考え込んでいたら、目の前にいる竜姫さんが、ちょつぴりさみしそうな顔をして、うつむいてしまった。


 彼女には、ずっと笑顔でいて欲しい俺としては、竜姫さんにそんな顔をさせている原因は、全力で排除はいじょする所存しょぞんなので、俺はそれとなく、探りを入れる。


 そう、俺は自分の大切な者のためならば、なんでもする悪の総統なのである。


「いえ、私も学校というものに、行ってみたいなと思いまして……」


 ああ、なるほど、そうか、そうだったのか……。


 そういえば、前にもそんな話をしていたけれど、八咫竜やたりゅうという悪の組織で、まさに完璧な箱入り娘として育てられた竜姫さんは、生まれた時からずっと、八咫竜の中で育ったために、そういう色々な人間が集まるまなには、通ったことがないらしい。


 だからなのだろう、彼女はよく、学校に対する憧れを口にしていたし、桃花ももかたちの話を聞いて、嬉しそうにしたり、羨ましそうにしたりしていたし、できることなら、皆と一緒に、同じ学校に行きたいとも言っていた。


 それは、悪の組織に生きる人間としては、とっても素朴で、なんていうことはない願いなのかもしれないけれど、竜姫さんにとっては、大切な想いなのだ。


 だったら俺は、それを叶えるために、全力を尽くそう。


 幸いなことに、今の俺には、彼女の望みを叶えるための、とっておきの切り札が、ちゃんとこの手の中に、あるのだから!


「ふっふっふっ、それなら、俺に任せてください!」

「えっ、統斗さま?」


 いきなり自信満々に笑い出した俺のことを、竜姫さんが不思議そうに見ているが、どうか安心していただきたい。別に意味もなく、笑っているわけではない。


 俺だって、ここまでずっと、なにもしていなかったわけではないのである!


「実は、俺たちの学校の修理と改修が、もうすぐ終わりそうなんですよ。もちろん、そこで働いてくれる教職員も見つけてありますから、後はもう、時間の問題です!」


 悪魔マモンの襲撃からこれまで、延々と母校が休校しているというのは、実際問題として、もはや俺だけではなく、あの学校に通う全ての生徒と、その家族にとって、由々ゆゆしき事態であることは、疑いようがない。というか、なにも知らない人たちからすれば、まったく困った状況であることに、間違いないのだ。


 そういうこともあって、俺としては、一刻でも早く、その問題を解消するために、これまで色々な机仕事と格闘しつつ、手を回していたというわけである。


 いやはや、本当に、自分から早く学校に行きたいと思うようになるなんて、全然、これっぽっちも想像していなかった俺だけど、今となっては、自らの積み重ねてきた成果というやつに、胸が熱くなってしまう。


 振り返ってみれば、あの学校で、みんなと過ごした時間は、かけがえのない大事な思い出だったのだと、今になって、強く思う。


「だから、後は俺たちが頑張って、この国を手に入れちゃえば、なにも問題なしってわけです。ちゃんとした学校として、誰にも文句は言わせませんよ!」


 だからこそ、俺は全力を尽くした。そして、ここからが勝負だ。


 悪の組織が運営する学校なんて認めないと、誰にも言わせないために。


 俺たちの学校を、日常を、取り戻すために。


「そうしたら、竜姫さんも俺たちと一緒に、同じ学校に通いましょう!」

「ああっ……! そうなれたら、どんなに幸せなことでしょう……!」


 そして、その日常に、大切な人が加わることが、どれだけ幸せなことなのか。


 俺の願いに、竜姫さんが目に涙を浮かべて、微笑んでくれる。


 それだけで、今は十分だ。


 これから先の、さらなる幸せのために、いくらでも道理をげ、自らの望むがままに、世界を変えてやると決意するには、十分すぎる報酬だ。


 そう、俺は自らの欲望に忠実な、悪の総統なのである。


 我慢なんて、するわけがない。


「あっ、でもさすがに、朱天さんも学生でってわけには……」

「言われなくても、誰がそんなことするか!」


 俺の冗談に、朱天さんは怒るけど、雰囲気は決して、悪くはならない。


 そんな小さなことが、なによりも嬉しくて、なによりも幸せだった。


「でも、朱天がいないのは、ちょっと寂しいかも……」

「おい、お前! 教師の枠は、空いてないのか!」

「いや、そこはさすがに、教員免許とか持ってないとですね……」


 ちょっぴり悪戯っぽい笑顔の竜姫さんに言われ、朱天さんが目の色を変えて、飛びつくようにせまってくるのを、俺が適当にはぐらかす。


 そんな幸せな時間が、しばらく続けば、気力がみなぎってしまって、仕方がない。


 だったら、後はやるだけだ。


「それじゃ、さっさと目の前の問題を片付けて、みんなで学校に行きましょう!」

「はい! 私も一生懸命、命を懸けて頑張りますっ!」


 俺と竜姫さんは、素晴らしい明日を迎えるために、互いの手を取り、まるで誓いの言葉のように、それぞれの決意を分かち合う。


 とはいえ彼女には、命なんて、懸けて欲しくないというのが、俺の本音だ。


 だって、竜姫さんとは、これからもずっと、一緒に歩んでいきたいのだから。


「さてと、ではでは、そろそろ行きましょうか!」

「おー! ほら、朱天も! おー!」

「お、おー……」


 こうして、元気に拳を突き上げた竜姫さんと、主君に言われ恥ずかしそうに続いた朱天さんと共に、望む未来を掴むため、俺は向かう。


 そう、次なる目的地……。



 神宮司権現の、生家へと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る