13-3


 そうして、しっかり準備を整えた俺たちは、敵の本拠地へと乗り込んだ……。


 というわけなんだけど、まあ、それは別に決死の行軍こうぐんだとか、絶対秘密の隠密行動だとか、物々ものものしい突入だとか、そんな物騒な話ではない。


 ごく普通に、電車に乗って三十分くらいで、のんびり到着しただけである。


 いやだって、目立ちたくないなら、普通に行くのが、一番だし。


「えっと、そこの角を曲がって、それから……」


 俺は手元の携帯に移っている地図を慎重に確認しながら、見慣れぬ道を歩く。


 とはいえ、それは見慣れていないというだけで、なにも変わったところなどない。ここは首都ということもあり、建物は多いし、高層ビルがニョキニョキ生えてるし、人は多すぎるほどに多いけど、それだって、都会というだけで、普通の街だ。


 そう、ここは正義の味方にとって、最後のとりでともいえる本拠地ではあるけれど、なにも完全武装された要塞都市というわけではない。なにも知らない普通の人々が、普通に暮らす、平和な街なのである。


 だから、俺としては、その平和を無駄に乱すような真似は、したくない。


 なぜならば、この平和な街を、そっくりそのまま俺たちの物にしてしまった方が、どう考えたって、実入りも大きく、なにより楽なのだから。


「あっ、統斗すみとさま! あの立派な建物が、そうなのではないでしょうか!」

「ああ、姫様! いきなり駆け出すと、危ないですよ!」


 そして、綺麗に舗装された道路を進み、いくつもの角を曲がって、繁華街や住宅地から少し離れ、辺りがどこか、静かな雰囲気へと変わった頃、ようやく見えてきた、象徴的な建造物を発見して、嬉しそうにそうとした竜姫たつきさんを、慌てた様子の朱天しゅてんさんが、そのつないだ手を使ってめる。


 というわけで、実は俺たちは、駅から出てきたときのまま、ここまで全員横並びで手を繋いで来たわけだけど、どうかその事実には、目をつぶっていただきたい。


 いやはや、ここに到着するまで、道行く人から好奇の視線を、集めて集めて……。


「うん、間違いない。その通りですよ、竜姫さん」


 まあ、なんにせよ、無事に目的地に到着したことだし、苦労はむくわれたと言ってもいいだろうと、俺は携帯をしまいながら、その建物を確認する。


 とはいえ、それは形があまりに特徴的で、ひと目見ただけで、すぐ分かった。


「あれが、国会議事堂ですね」


 あそここそ、この国の中枢ちゅうすうといっても、過言ではない場所だということが。




「しかし、こうして見ると、やっぱり古い建物なんだなぁ……」


 さっきより、もう少しだけ歩みを進めて、誰からも不審には思われない距離にまで近づいて、その建造物を確認した俺は、妙な感慨かんがいと共に、その歩みを止める。


 なんというか、テレビや教科書なんかで見たことはあったけれど、こうして、直接この目で見ると、なんだか非現実的というか、不思議な気分だった。


「なるほど……、これが政治の中心なのですね! なんだか変な形です!」

「そうですね。もっと姫鮫に相応ふさわしい様式に、造りかえるべきでしょう」


 とはいえ、八咫竜やたりゅうの二人には、そんな思い入れは特にないらしく……、というか、そもそも竜姫さんは、国会議事堂がギリシャの神殿をモチーフにしたような建物だということを、初めて知ったみたいだし、朱天さんは朱天さんで、なにやら楽しそうに笑いながら、物騒なことを言っている。


 でも、このくらいお気楽な方が、余裕があっていいのかもしれない。


「さてと、とりあえず、まずは仕事を片付けようかなっと……」


 とりあえず、目的地に到着したからには、その目的を果たそうと、俺はマリーさんからたくされたバッグを片手で探り、目的のブツを取り出す。


 まあ、これは別に爆弾だとか、細菌兵器だとか、そんな物騒なものではないので、どうか安心していただきたい。


「えーっと、これだけで、いいのかな?」


 俺が手元に持った、リップクリームくらいの大きさをしたつつを開けても、見た目の上では、特になにも起きたりはしなかった。


 しかし、このふたが開いた瞬間、無数のナノマシンが飛び出し、それぞれが独立した偵察カメラとして、まさしく空気に溶けるようにして、そして当然ながら、音もなく国会議事堂の中へと飛んでいく。


 さて、これで内部の状況は、あのナノマシンの群れを通して、俺たちの本部へと、リアルタイムで送られる。つまり、これで向こうの情報は、筒抜けというわけだ。


 あれだけ小さいサイズなら、当然ながら気付かれるリスクは、限りなく低くなる。しかし、目には見えないほど極小なゆえに、どうしても耐久性は低くなり、長い期間の連続使用に耐えられず、速度も出ないし、それほど遠くまで飛ばすこともできない。


 例えば、マリーさんが直接操れば、その周囲数キロならば、自在に動かすことも、十分に可能ではあるけれど、さすがにヴァイスインペリアルの本部から、ここまでの距離を正確に移動させるとなると、技術的にも難しいのだった。


 というわけで、その距離の問題を解決するために、ナノマシンを敵の中枢へと直に送り込んで、まずは情報戦で優位に立つというのが、俺の最初の目的というわけだ。


 こうすれば、少なくともマシンの活動限界までは、問題ない。


 そう、いくら俺たちが悪の組織だといっても、この場でいきなり、無法者のように国会議事堂へ突入して制圧……、なんて真似はできない。


 というか、する意味がない。


 例えば、俺たちがいきなり、暴れながら国会を制圧して、その光景がテレビなどで流され、今日からこの国は、俺たちのものだー! なんて、宣言したとして、そんなアホなことをする奴に、いったい誰が、素直に従おうと思うだろうか?


 どう考えたって、反発されるというか、馬鹿にされるのがオチだろう。世界という巨大なシステムは、そんな短絡的な暴力で掌握できるほど、単純ではないのだ。


 だったら、世界征服を願う悪の組織としては、どうすればいいのか。


 やはり、この建物の中身を、そっくりそのまま、全部丸ごと、俺たちのものにしてしまうのが、理想的というやつだろう。


 それならば、色々な手間も、はぶけるし。


「……にしても、議事堂って、普段からこんなに、人がいるものなのか?」


 というわけで、我らが理想を叶えるために、ひと仕事終えたのはいいのだけれど、送り込んだ偵察マシンの成果を確認する前に、まず自分の目で見た情報から、なにか違和感のようなものが頭をよぎり、俺は少しだけ、首をかしげる。


 いや、目で見たというよりも、感覚の話なのだけど、なんというか、思ったよりも多くの人の気配を、目の前の建物の中から感じて、素朴な疑問が浮かんだのだ。


 とはいえ、残念ながら俺は、この国会議事堂という場所に、果たして、政治家や、その関係者、警備の人間などもいるのだろうけど、正確にはどれだけの人間が集まるものなのか、さっぱり知らないし、分からない。


 まったく、自らの不勉強をやむばかりだが、ただなんとなく、俺の感覚として、なんだか思っていたよりも、多くの人間が集まっている気がする……、というだけの話ではあるので、なんとも言えないというのが、正直なところか。


 うーむ、どうなんだろう?


「まあ、詳細は向こうのみんなに、分析してもらえばいいか」


 しかし、いくら自問自答したところで、知らないことから、正しい答えを導き出すなんてことは不可能なのだから、ここは素直に、俺は仲間に任せることにする。


 なにか不自然なところがあれば、向こうから連絡があるだろう。


「さてと、それじゃ、移動しますけど、竜姫さん、どうですか?」

「うーんと……、そうですね……」


 とりあえず、ここでの用事は済んだので、隣にいる竜姫さんに確認してみる。


 もちろんだけど、ここまでわざわざ、歩いてきたことにも意味はある。ただ単に、みんなで手を繋いでいたかったわけではないのである。本当である。


 竜姫さんには、彼女にしかできない仕事を、お願いしてるのだ。


「少なくとも、今のところは、あの黒い力の流れは、まったく感じません!」


 というわけで、笑顔の竜姫さんからもたらされた報告に、俺は胸を撫で下ろす。


 そう、彼女に頼んでいたのは、この街を歩き、その目でじっくりと、龍脈の巡りを確認して、そこに異常がないか、確認してもらうことだ。


 これは、龍脈を操ることができる、竜姫さんにしかできないことである。


「でも……」

「で、でも?」


 なので、異常がないと言われて、少し気を抜いてしまったのだけれども、その後に続いた、ちょこんと首を傾げる竜姫さんのつぶやきを、俺は思わず繰り返してしまう。


 なにも知らない無知の身としては、専門家の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに、どうしても動揺してしまうものなのだ。いや、それはただの小心者ともいうけれど。


 しかし、八百比丘尼やおびくにの力を知る者としては、決して油断はできないのだ。


「あの、別に危険なきざしとかでは、まったくないのですけれど、この街に来てからずっと、龍脈を見てきて思ったのは、なんだか、すごく整ってるなって……」


 そんな気合が、無駄に俺の顔に出てしまったようで、困った顔をした竜姫さんは、ちょっぴり申し訳なさそうにしている。


 うん、どうやら、せまった危険がどうこうという話ではないようで、安心はしたけれど、これもまた、専門家の意見なのだから、軽視するわけにはいかない。


 こういう印象が、なにか重要な発見に繋がるかもしれないのだから。


「龍脈というのは、あくまでも自然のものですから、その流れも、川のように曲がりくねっていることが多いんです。ただ、この街の龍脈は、まるで整備された用水路のように、きっちりとしているといいますか、なにか意図があるような……」


 なるほど、つまり竜姫さんが見たところによると、どうやら、この国の首都を巡る龍脈の流れには、誰かしらの手が加わっている可能性が高いということか。


 そうなると、やはりそれは、八百比丘尼が怪しいということになるけれど……。


「そして、どうやら、その流れの全てが、この場所に集まっているようで……」


 さらに、不思議そうな顔をしている竜姫さんからの情報は、色々と不穏というか、かなり気になるというか、やっぱり怪しいとは思う。


 しかし、確かに怪しいけれど、それが確実に、あの老婆の仕業とは断定できない。


 完全に素人知識だけど、確か江戸時代の始め、この場所を国の首都にするために、どこかの偉いお坊さんが、土地を風水的に整えたとかいう逸話いつわを、どこかのなにかで聞いたことがあるし、龍脈の流れが変わったのは、そのせいとも考えられる。


 少なくとも、その変化が、いつ起きたのか分からない以上、安易あんいに答えを決めつけてしまうのは、避けるべきか。


 いやもちろん、あの正体不明すぎる老婆のことだから、そもそも江戸時代に風水を使って、都市整備したお坊さんというのが実は……、なんてことも、もしかしたら、あるのかもしれないけれど、そこまで考えても、しかたない。というか、いくら考えたって、分かるはずがない。


 それだけ、あの不老不死となった尼僧にそうを名乗る老婆については、不気味なほどに、分からないことだらけなのだから。


「うーん、なるほど……」

「そうなんです、でも、だからどうしたというわけでも、ないのですが……」


 というわけで、今の俺と竜姫さんでは、結局のところ、こうして困った顔をして、お互いを見つめ合うことくらいしか、できることがない。


 それはやはり、決定的な情報が、少なすぎるせいなのだ。


「なら、とりあえず、みんなに国会議事堂への監視を、厳重にしてもらいますか」

「はい、なんだか気になるので、お願いできますか?」


 それだったらということで、俺は当初からの目論見通り、ここは情報収集が優先ということで、後のことは、頼りになる仲間たちにお願いすることにする。


 こちらからの提案に、竜姫さんも頷いてくれたことだし、どうやら、まだそれほど急をようするわけではないみたいだけど、俺は素早く携帯を使って、連絡を付ける。


 今のところ、俺たちがここでできるのは、このくらいだろう。

 

「さて、それじゃあ、これからどうする?」

「そうですね……」


 というわけで、ヴァイスインペリアルの本部と話をして、指示を出し終えた俺に、朱天さんからは、当然の質問が飛んでくる。


 そう、作戦はまだまだ、始まったばかりなのだ。だったら、ここで立ち止まってる暇はなく、素早く次の行動に移るべきだろう。


 ただ、今からすることは、もう決まっている。


 いやむしろ、丁度いい時間だし、それしかないと言ってもいいだろう。


 これはそれだけ、大事なことなのだ。


 だから俺は、自信満々に、胸を張って、隣にいる二人に、きっぱりと言い放つ。 


「とりあえず、どこかでお昼ご飯でも、食べましょうか」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る