13-2


「やっぱり、絶対おかしいな……」


 俺の意見に、重苦しい静寂が支配する会議室から、反論の声は上がらなかった。



 正義の味方を打倒した祝勝会が、まったく何事もなく無事に終わってから、さらに丸一日、しっかりと情勢を見守ったにも関わらず、成果はなにもなし。


 いや、成果なしというのは、少し違うか。より正確にいうならば、全力で注視していたにも関わらず、情勢の変化を、微塵みじんも観測できなかった、ということになる。


 そう、この国は、なにも変わっていない。


 正義の味方が、悪の組織に敗れ、今すぐにでも、その魔の手が好き放題にするかもしれないというのに、まったく、なにも。


「自衛隊どころか、警察にも動きなし。政治の方も、通常運転そのもの、か……」


 言ってること自体は、まさに平和そのものなのだけど、祖父ロボはうなるように声をしぼしながら、難しい顔をして腕を組んでいる。


 とはいえ、その気持ちは、よく分かる。というか、まったく同感だ。


 あれだけの大事件が起きたというのに、ここまでまったくなにもなしというのは、不気味以外の何物でもなかった。


「……国家守護庁こっかしゅごちょうの方にも、上からの指示どころか、連絡すらなし、か」

「それはちょっと、異常事態よねぇ……」


 そして、祖父ロボと似たような表情を浮かべながら、親父は厳しい顔をしてるし、その横では母さんが、頬に手を当てて困っている。


 正義の味方の本拠地である国家守護庁の本部にて、俺たちのスパイとして活動してもらっている夜見子よみこさんからの情報によると、どうやらあちらでも、本当になんにも起きていないらしく、途方に暮れているらしい。


 悪の組織に負けたというのに、新たな指示が出るどころか、上から叱責しっせきされることもなく、そもそも通信機が鳴ることすらないのだから、正義の味方の中では、もはや焦燥しょうそうどころか、困惑や戸惑とまどいが広がっているようだ。


 確かに、こんなにも緊急事態だというに、まるで上役から無視でもされているかのように音沙汰なしでは、さもありなんである。


 本当に、国家守護庁の統括者とうかつしゃの意図が、まったく分からない……。


「経済活動にも、変化はありませんね。まったくの平常運転です」

「攻めてくる気配は全然ないし、もう、つまんないぜー!」

「でも~、守りを固めてるってわけでもないのよね~。なに考えてるのかしら~?」


 手元の資料を確認しているけいさんの見解に、間違いはないだろうし、警備部として全力で仕事している千尋ちひろさんと、技術部して様々な最新の装置を使い、監視を続けるマリーさんが言うのなら、敵がまったく動いていないのは、確かということになる。


 つまり、相手の……、神宮司じんぐうじ権現ごんげんの動きは、なにも分からないということだ。


「あの八百比丘尼やおびくにと名乗るお婆さまも、まだ見つけられませんし……」

「富士山で見失ってから、その足跡そくせきすらつかめん……、あれは本当に人間か?」


 どこか落ち込んだような竜姫たつきさんを、誰も責めることはできない。あの正体不明な老婆を見つけられないのは、俺たちも同じだ。


 そして、朱天しゅてんさんの疑問も、もっともだといえるだろう。というか、俺も彼女と、まったく同じ意見だ。少なくとも、その正体がなんであれ、尋常な相手ではない。


 だからこそ、その尻尾を少しでも掴むため、こちらから仕掛けてみたという一面もあるのだが、どうやら、すっかり肩透かしを食らってしまったようだ。


 とはいえ、なげいてばかりも、いられない。


「さて、それで、どう動く……?」

「ああ、それはもう、決めている」


 祖父ロボからの当然すぎる問いかけに、俺は答える。


 はっきりと、堂々と。


 悪の総統として、みんなを導く者として、勝利のための、次なる一手を。


「今度は、こっちから攻め込もう」


 こうなってしまったら、四の五の言っていられない。実体を掴めない相手に対し、少しでもリスクを回避するために、まず向こうの動きを確認することで情報を集め、対策を立てたかったのだけれども、これ以上は、待っていられない。


 正義の味方を倒してしまった以上、悪の組織としては、もう進むしかないのだ。


 とはいえ……。


「まずは、向こうの様子を見たいから、俺が直接行こう。みんなは引き続き、周囲を警戒しながら、不測の事態に備えてくれ」


 状況が不透明すぎるので、このまま無計画に、いきなり総力を挙げて、我が物顔で首都に乗り込めるかと言われると、それも難しい。


 だから、まずは俺自身が斥候せっこうとして働き、情報収集から始めるべきだろう。なにも総統自らという意見もあるかもしれないが、ワープも起動していることだし、ここは単純に、なにが起きても単独で切り抜けられる程度の実力があるならば、誰でもいいわけで、だったら、自分の目で確認するのが、一番早い。


 とりあえず、ささっと様子見するだけなので、特に問題はないはずである。


「あっ! それならば、私も御一緒させていただいて、よろしいですか?」

「竜姫さん? ええ、もちろんですけど、どうしたんですか?」


 というわけで、俺からの提案に、特に反対の声は上がらなかったのだけれど、その代わりのように、竜姫さんが同行を申し出てきた。


 いや、もちろん俺としては嬉しいというか、あくまでも偵察任務なので、あんまり大人数で行動して、目立つわけにはいかないけれど、二、三人くらいで動く分には、むしろ効率的かもしれないので問題ないんだけど、彼女が自分から、こういう作戦に参加したがるというのは、ちょっとだけ不思議な感じがする。


 それは、彼女が八咫竜やたりゅうという大きな組織のおさであるために、普通なら皆に守られ、後方で待機する立場だから、なのかもしれない。


 いや、総統なのに、自ら偵察に出ると言い出している俺が言うことではないのかもしれないけれど、それはそれとして、普通ならありえないことではある。


 だって、いつもだったら、そんな下の者がやるような仕事を、姫様がなさることはありません! とか言い出しそうな朱天さんが、主を止めるでもなく、黙ってるし。


「はい! 実はですね、この前、少しだけお話しましたけれど、あのお婆さまが操る黒い力の正体に、ある程度の目途めどが立ちましたので、私の力が、きっと統斗すみとさまの、お役に立てると思います! いいえ、お役に立ってみせます!」

「おおっ、そうなんですか! それは本当に、助かります!」


 なるほど。確かに、正義の味方との決戦にのぞむ前に、そういう話をしていたことを思い出し、可愛らしく胸を張る竜姫さんに対して、俺は思わず、膝を打つ。


 あの八百比丘尼が操る不気味な力に関しては、まったく正体が掴めず、しかも対応することすら難しいという危険すぎる状況なので、なんらかの対抗策があるのなら、なによりも大歓迎だ。


 これからは、あの謎の老婆との対決も、決して避けられないのだから。


「でも、竜姫さんの力がっていうことは、やっぱり、あの黒いドロドロって、龍脈に関係するものだったんですか?」


 というわけで、見通しが少し明るくなった気がして、嬉しくなってしまった俺は、その待ち望んた一手いっての詳細を、竜姫さんにたずねてみる。


 こういう情報は共有した方が、今後も動きやすくなるだろう。


「そうなのです。古い文献を丹念に調べていった結果、どうやらあれは、遥かな昔に封印されたはずの、龍脈を巡り回る、もう一つの力らしいのです」


 なので、俺の要望に応えるために、一生懸命に説明してくれる竜姫さんの言葉を、聞き逃すわけにはいかない。


 しかし、封印されたと聞けば、どうしても、八咫竜に伝わるという太古の伝説を、思い出さずにはいられないわけだけど、やっぱり、なにか関係あるのだろうか?


 確か、その伝説によると、その力のせいで、この国が滅びかけたらしいけど。


「私が使う龍脈を表とするなら、あの黒い力の方は裏と申しますか……、純粋な星の生命力に潜む、決して触れてはならない、絶対の禁忌きんき……」


 とはいえ、龍脈という特殊すぎる力について、あまりに知識がとぼしすぎる俺では、竜姫さんの話を完璧に理解することは、やはり難しい。


 ここは、それでもなんとなくのニュアンスを掴んで、その危険性だけでも、改めてきもめいじておくべきだろう。


 絶対の禁忌なんて、あまりにも物騒すぎるし。


「申し訳ありません、まだ詳細までは、分からないのですが、少なくとも龍脈という流れの中で、その根源を同じとすることは、確かなようです」


 竜姫さんは、そう言って頭を下げてしまったけれど、俺としては、ここまで情報を掴めたというだけでも、十分だ。


 少なくとも、あれだけ危険な力の正体に、一歩でも近づけたのは大きい。敵の正体さえ分かれば、対策を立てることもできるだろう。


「ですので、これまでは、あのお婆さまの手腕によって、その痕跡を見つけることはできませんでしたけど、これからは意識を集中して、注意深く観察すれば、あの黒い力が発現しているならば、龍脈の動きを探り、認識することもできるはずです!」


 そう、俺にはこんなにも頼もしい、竜姫さんという協力者がいるのだから。


「それじゃ、八百比丘尼に関しては、お任せしちゃおうかな」

「はい、お任せください!」


 やはり、餅は餅屋ということで、俺は素直に専門家を頼り、竜姫さんも気持ちいい笑顔で、その胸を叩いて太鼓判を押してくれる。


 だったら、後は信じるだけでいい。それは決して、難しいことじゃないのだから。


「当然だが、姫様が行かれるのなら、私も行くぞ」

「分かってますって! 朱天さんも、頼りにしてますよ!」


 そしてさらに、やはりというか、思った通りというか、必然というか、竜姫さんの行くところに彼女ありというか、忠臣として朱天さんも同行を申し出てくれたので、これこそまさに、鬼に金棒というやつだろう。


 この布陣ならば、なんの心配もありはしない。


「うん、じゃあ、とりあえず、この三人で行くってことで」

「ふむ、了解したぞい」


 どうやら俺の決定に、みんな納得してくれたようで、誰からも異議は出てこない。祖父ロボの承認も得たことだし、後は早速、動くだけだろう。


 そう、兵は神速をたっとぶというし、作戦を実行するなら、早い方が良い。


「それじゃ~、統斗ちゃんには~、これを預けちゃうわね~」

「あれ? なんですか、これ?」


 というわけで、早速準備に取り掛かろうとした俺に、マリーさんがいきなり、その白衣のポケットから、小さな万歩計のようなものを取り出すと、こちらへ差し出してきたので、とりあえず受け取ってみた……。


 まではいいんだけど、これが一体、なんに使う物なのか、さっぱり分からず、俺の頭の上では、盛大に疑問符が踊ってしまう。


「それは~、竜姫ちゃんの協力で完成した~、龍脈の力を感知するための機械ね~。あの黒い力が出てきたら~、それを感知して~、警報を鳴らすくらいなら~、できるはずよ~。とはいえ~、竜姫ちゃん本人の感覚には~、遠く及ばないけど~」


 そんな俺の、あまりにも分かりやすいリアクションを見たからか、ニコニコ笑顔のマリーさんが、親切丁寧に説明をしてくれた。なるほど、こいつは有用だ。


 そういえば、竜姫さんが協力して、色々と実験をしていたそうなので、この小さな機械は、きっとその成果ということなのだろう。


 本当に、ありがたい。


「それに~、諜報活動だから~、色々と役に立つ秘密道具も~、サービス~」

「おおっ、ありがとうございます! 大事に使いますね!」


 さらにさらに、マリーさんからは、なにやら色々と面白そうな道具が詰め込まれた大き目のバッグまで渡されてしまったので、これは頑張らないといけないな。


 実は、ちょっとスパイの秘密道具みたいで、テンションが上がってしまってのは、ここだけの内緒である。


「こちらのことは、私たちにお任せ下さい。しっかりと、守ってみせます」

「なにかあったら、すぐにオレたちを呼べよ~? 暴れてやるぜ!」

「色々と~、懐かしい装置も~、改良して準備してるから~、安心してね~」


 後のことは、こちらを安心させるように、おだやかな笑みを浮かべている契さんと、力強く腕を振り上げた千尋さん、そして、なんだか期待しちゃうようなことを言ってくれたマリーさんを筆頭とした仲間たちに任せれば、まず間違いはないだろう。


 そう、俺には頼りになる、みんながいるのだ。


 だったら、躊躇ためらうことはない。


「それじゃ、なにかあったら、即座にプラン変更ってことで、ここからは臨機応変に動いて、一気に勝負を決めちゃいましょう!」


 ここからは大胆に、繊細に、やりたいことをやるために、望む結果を掴むために、行動を起こすだけというわけで、俺は拳を突き上げ、気勢きせいげる。


 さあ、始めよう。


「よーしっ! それではいっちょ、やりますか!」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺の気合に、みんなが続く。


 こうして、今後の方針を固めた俺たちは、作戦をりにり上げて、大事な大事な大勝負へと、打って出たのだった……。


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