12-7


 その光景は、まさに圧巻あっかんだった。


「あ、あなたたちは……!」


 今まさにギリギリのところで、なんとか自滅の道を回避したマーブルファイアが、いやさ、六人のマーブルファイブ全員が、自分たちを助けてくれた者たちに、驚愕の表情を浮かべながら、目を向ける。


 そう、その視線の先では……。


「どうやら、危ないところだったようだな……」


 暮れる夕日に照らされて、真っ赤に染まった採石場の崖上に、それぞれ思い思いの格好をした正義の味方たちが、ズラリと整列している。


 その姿に、統一感はまったくない。それは、変身したマーブルファイブとよく似たバトルスーツの集団だったり、キラキラと輝くメタルアーマーだったり、あるいは、まるで改造人間のような異形の姿だったりと、その種類は、まさしく千差万別だ。


 しかし、そんなバラバラの格好をした正義の味方が、一糸いっし乱れぬ闘志をしにしながら、同じ場所に集まっているというのは、それだけで、なんだか特別な光景に思えてしまい、俺はなんだか、嬉しくなってしまう。


 そして、そんな正義の味方たちの中央で、黒いバッタがモチーフだと思われる改造人間が、崖下にいるマーブルファイブに向けて、よく通る低い声で、話しかけた。


「君たちが、なにをしようとしていたのかは知らないが、あの小瓶の中身が、しきモノだということは、その禍々まがまがしい気配で、すぐに分かった。しかし、そんな怪しい液体を、自ら飲み込もうとするなんて、一体、どうしたというんだ!」


 なるほど。どうやら彼ら……、俺が呼び出していた正義の味方の皆さんも、ここに到着した途端、不穏な空気を察して、一瞬でその元凶を見抜き、即座に、躊躇ためらうことなく対応してくれたようだ。


 さすがは、歴戦の正義の味方だと、俺は胸中で賛辞さんじを贈る。


 それにしても、間に合ってよかった。俺がマーブルファイブと問答をして、時間を稼いでいるうちに、どうやら約束の時間になっていたようで、一安心だ。


 ここからは、正義の味方に任せた方が、いいだろう。


「あ、あれを使えば、強くなれるんです! 誰にも負けないくらい、強く……!」

「だからといって、あんな外法げほうに頼ってどうする! 自ら外道げどうちて、どうするというんだ! いいか、俺たちは、正義の味方なんだ! 勝利を優先するあまり、その正義をゆがめてしまっては、悪の組織の連中と、なにが違う!」


 中身ごと消え失せた小瓶を、再び掴もうとするように、その手を強く握り締めるマーブルファイアを、黒いバッタ男が一喝いっかつする。


 やはり、あの黒い液体を飲み込むことが、人としてのことわりはんする行いであると、見抜いているようで、その直感は見事という他ない。


「正義の味方には、正義の味方の矜持きょうじが……、決して、ゆずってはいけない、絶対に、えてはならない一線がある! それを忘れるな!」


 それにしても、あの黒い改造人間さんは、いいこと言うなぁ……。見た目は少し、怪人っぽく見えないこともないけど、堂々と啖呵たんかを切るその姿は、文句のつけようがないほどに、格好良い。


 そうそう、やっぱり正義の味方っていうのは、ああじゃないとね。


「俺たちの勝利は、俺たちが守るべき人たちに、そして、未来の子供たちに対して、真っ直ぐに、心の底から、誇れるものでなければ、ならないんだ!」


 素晴らしい。


 揺れる仲間に向けて、自らの理想をかがげてみせた黒い改造人間を、まごうことなき正義の味方を、いったい誰が否定できるというのだろうか。


 俺の心は、感動に打ち震えていると言っても、過言ではなかった。


「で、でも! あれを使わないと、俺たちだけじゃ、奴らに勝てない……!」


 だがしかし、そんな熱い説得を受けても、マーブルファイアは、まだ分かってくれないようで、見てるこちらが、ハラハラとしてしまう。


 ああ、だけど……。


「あきらめるな!」

「――っ!」


 そんな、いまだに覚悟が決まらない様子のマーブルファイアに、彼の仲間たちに、あの黒いバッタ男は、正面からぶつかっていく。


 その光景に、俺はなんだか、ワクワクしてきた。


「自分たちだけでは勝てない? だからどうした! なんのために、俺たちがいると思っているんだ!」


 そして、あの黒い改造人間は、ここに来た正義の味方たちの中心で、この採石場を照らす、燃えるような夕日に負けないほどの熱量で、拳を突き上げる。


「お前たちは決して、孤独なんかじゃない! だから、君たちだけが、責任を感じる必要なんてない……、苦しみは、俺たちみんなで、分かち合えばいい!」


 そう言って、崖下のマーブルファイブに手を差し伸べる姿は、黒いバッタという、ともすれば不気味に見える外見にも関わらず、まるで救世主のようだった。


「俺たちは、決してあきらめない! そして、どんな悪にも屈しない! 守るために戦い、守るために勝利する! それが、正義の味方だ!」


 苦しみ迷う仲間へと、力強く道を示す……。例え、その姿が黒くても、輝くような正義の味方が、そこにいた。 


 うーん、格好良い。


「来い! マーブルファイブ! お前たちの正義を、つらぬくために!」

「――はいっ!」


 そんな黒い改造人間の熱意に、ようやく、目が覚めた様子のマーブルファイアが、その瞳に再び、燃えるような意思を宿らせた。


 どうやら、覚悟を決めたらしい。


「すまない、みんな……、どうやら俺は、どうかしてたみたいだ……」

「はっ、言うなって、それは俺たち、みんな一緒さ」

「……そうだな。勝利にあせるあまり、大事なことを、忘れていたようだ」


 リーダーであるマーブルファイアの謝罪を受けて、どこか恥ずかしそうな顔をしたマーブルウォータが、彼の肩を抱くと、マーブルメタルは、真摯しんしな顔で頷いた。


「みんな、今度こそ、やりましょう! 正面から、堂々と!」

「そうだね! そっちの方が、僕たちらしいや!」

「だから、最初から言ってるだろう! この俺様がいれば、問題ないと!」


 まるで憑き物が落ちたみたいに、吹っ切れた様子のマーブルウインドが気高く声をあげると、マーブルアースは元気を出して飛び上がり、稲光いなみつは……、いやさ、もはや彼らの仲間であるマーブルパープルは、相も変わらず、大言壮語を言い放つ。


 そう、それでいい。


「いくぞ……、みんな!」

「ラジャー!」


 そして、すっかり調子を取り戻した様子のマーブルファイブが、復活を果たしたリーダーの、力強い掛け声と共に、その身を変える。


「奇跡を起こせ! ミラクル……、ブースト!」

「奇跡をつかめ! ミラクル……、バースト!」


 彼ら本来の、戦うための姿へと。


あらぶるほのお戦士せんし! マーブルファイア!」

逆巻さかまみず戦士せんし! マーブルウォータ!」

たけはがね戦士せんし! マーブルメタル!」

きらめく大地だいち戦士せんし! マーブルアース!」

けるかぜ戦士せんし! マーブルウインド!」

とどろいかづちの戦士! マーブルパープル!」


 それぞれ同じように見えて、しっかりと個性がある専用のバトルスーツを装着し、六人の戦士たちは大地を踏み締め、見事な跳躍を見せると、彼らと同じ、正義の味方たちが待つ崖上へと、飛び降りた。


かがやいのち奇跡きせきあかし! 輝石きせき戦隊せんたいマーブルファイブ!」


 そうして、ド派手なポーズと共に、素晴らしい名乗りを上げた彼らこそ、まさしく本当の意味で、正義の味方だ。


 そう、俺が戦い、俺が倒すべき、宿命の相手だ。


「……おかえり、マーブルファイブ!」

「ご迷惑をおかけしました……、先輩!」


 見て分かるほど嬉しそうに駆け寄った黒いバッタの改造人間と、本来の自分たちに戻ったマーブルファイアが、熱い熱い、握手を交わす。


 その光景は、まったく感動的だった。いやはや、別に皮肉でもなんでもなく、この夕焼けというロケーションも相まって、本当に感動的だ。


 だからこそ、やりがいがある。


「さて、それじゃあ、そろそろいいかな?」

「――くっ!」


 ここまで、すっかりと蚊帳かやそとになってしまった俺は、タイミングを見計らって、自らの存在をアピールするために、こちらとは反対側の崖に勢揃いした正義の味方に向けて、たっぷりの殺気と共に、あえて普通の調子で話しかける。


 よしよし、ちゃんと全員反応して、こちらに注目してくれたようで、なによりだ。


「まったく、素晴らしい出し物だったけどさ、主賓しゅひんを差し置いて盛り上がるなんて、ずいぶんと失礼じゃないか。危うく退屈するところだったよ」


 悪の側に立つ人間として、それっぽく振る舞いながら、俺はこの場の空気を変えるために、主導権を握りにかかる。


 まったく、決戦を前にして、苦難を乗り越え、正義の味方たちが結束するなんて、はたから見ているだけなら、素晴らしい光景だけれども、実際に相対あいたいする者としては、たまったもんじゃない。


 これではまるで、絶望的な状況にいる正義の味方が、絶対的に有利な悪の組織に、逆転勝利するための布石みたいな流れじゃないか。


 悪の総統としては、そんな典型的なお約束、許すわけにはいかないのである。


「お涙頂戴もいいけれど、そちらはもう少し、状況を理解した方が、いいかもな」

「な、なんだとっ!」


 だから俺は、正義の味方に、この力を誇示こじし、見せつけなくてはならない。


 ちょっとヒロイックなことをしたくらいで、あっさりと引っくり返るほと、現実は決して、甘くはないということを。


「追い込まれてるのは、果たしてどちらなのか、ちゃんと分かっているのかな?」

「くうっ!」


 俺は宣戦布告として、敵対者である正義の味方を取り囲むように、巨大な魔方陣を幾重に幾重にも、誰の目にも見えるようにハッキリと、展開してみせる。


 どうやら、その一つ一つが、彼らにとって脅威的な威力を持つということを、肌で感じてくれてるようで、正義の味方一同からの警戒が、どんどんと強まっていく。


 よしよし、いい傾向だ


「そんなに気を抜いてたら、地獄の底まで真っ逆さまだって、自覚した方がいい」

「――っ!」


 分かりやすい示威行為として、意図的にグルグルと回転させた大量の魔方陣から、バチバチと不吉な閃光が瞬き、正義の味方の緊張感が、より一層高まる。


 さて、自己紹介も十分だろうし、そろそろいいか。


「シュバルカイザー! 俺たちは、負けない! 絶対にお前を、倒してみせる!」

「はははっ! 絶対なんて、そう簡単に言わない方がいいって、教えてやろう!」


 それでも、闘志を絶やさぬマーブルファイアと、彼と共にいる正義の味方たちに、俺は余裕たっぷりの態度で返しながら、展開した魔方陣を解除する。


 確かに、あれは十分な威力を秘めた魔方陣だけど、それだけで決着が付くなんて、最初から思っていない。いやむしろ、中途半端な結果を招いて、相手の怒りを煽り、こちらの状況を悪くするようなことだって、十分にあり得る。


 当然だ。


 なぜなら相手は、使命に燃えた、正義の味方なのだから。


「そう、お前たちでは、絶対に、俺たちには敵わないってことを!」


 だから俺も、俺たちも、全力で立ち向かうのだ。


「――王統おうとう創造そうぞう!」


 悪の組織として、堂々と。


「さあ、それでは、始めようか……」

「……っ!」


 悪の総統シュバルカイザーとしての鎧を身にまとい、戦闘準備を整えた俺と、決意に満ちた正義の味方たちが向かい合い、緊迫した空気は、臨界点を迎える。


 ここまで、色々とあったけど、ついにに、時は満ちたのだ。


「我が臣下しんかたちよ! 眼前の敵を……」


 俺は万感ばんかんの思いを込めて、信じる仲間たちに、悪の総統として、命令を下す。


「――せろ!」

「ジーク・ヴァイス!」


 この手に勝利を、未来を、掴むため……。



 俺たち悪の組織と、正義の味方は、真正面から、ぶつかり合った。


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