12-6
思っていたよりも早く、正義の味方がやって来る。
とはいえ、それは別に、予想外の事態というわけでもなかった。相手だって、ただ考えなしに、言われた通りに動くだけの、人形ではないのだ。向こうには、向こうの思惑があって、それを
だがしかし、それでも、少し意外だったのは……。
「なあ、見たところ、あんたたちしかいないようだけど、時間でも間違えたのか?」
正義の味方が、その思惑はどうあれ、こちらの挑発に乗り、本日ここに
とはいえ、その予定が早まったとか、いきなり奇襲作戦に切り替えたとかならば、ここに来るのがマーブルファイブだけというのは、ずいぶんとおかしい。というか、まったく意味不明だと、言わざるをえない。
残念ながら、彼らだけでは、絶対に俺たちを倒すことはできないと、むしろ向こうの方が、それこそ嫌というほどに、分かっているはずなのだ。
あれがもし、なんらかの
しかし、そんな彼ら以外の気配は、本当にさっぱり、そしてまったくというほど、見つけることができない。
やっぱり、どう考えても、あの六人だけで、ここに来ているようだ。
そして、さらに。
「…………」
マーブルファイブは、こちらからの問いかけに、答える様子すら見せない。
それどころか、いつもみたいに、ド派手な名乗りを上げることすらせず、これまで幾度となく、俺たちと拳を
そう、こちらを睨みつけている様子が、ハッキリと見えている。当然だ。なぜなら彼らは、お決まりのバトルスーツを着ておらず、いまだ生身を
その様子は、どこか寒気すら感じる異様さだった。
「ふはははははーっ! 貴様らを倒すなど、俺たちだけで十分ということだ!」
……いや、訂正。他の五人は、あきらかに様子がおかしいのだけれども、平常運転なのが、一人だけいた。マーブルファイブの新参者、
まあ、その様子は、別の意味で、異様は異様なのだけど。
「おいおい、本気でそう思ってるなら、もうちょっと現実を見た方がいいぞ」
「な、なにを!」
というわけで、驚くべきことに、あの中で一番話しかけやすい稲光に対して、俺はアプローチをすることで、なんとか会話の突破口を開こうと試みる。
まったく、こんな日が来るなんて、想像すらしていなかったわけだけど……。
しかし、俺が言ってることは、ただのハッタリでも、挑発でもない。
ただの、事実である。
「……俺たち全員を相手に、お前たちだけで、なんとかなると、なんとかできると、本当に心の底から、そう思うのか?」
「ぐ、ぐぬぬっ……!」
少しだけ、威圧するように声を低くした俺に対し、稲光は反発するような目をするものの、反論まではしてこない。
当然だ。
俺の後ろに、ズラリと揃った仲間たちを見て、それでも自分たち六人だけで勝てるなんて言い切れるのは、もはや自信家を通り越して、ただの愚か者である。
マーブルファイブだけでは、俺たちに敵わない。
それは、これまでの戦闘で、明確に分かってしまっている現実なのだから。
「……お前たちを倒すのは、俺たちの役目だ」
しかし、やっと口を開いた彼らのリーダーであるマーブルファイアが、奥歯を噛み締めるようにして
その様子は、雰囲気は、やはりあきらかに、どこかおかしい。
なんというか、彼ららしく……、マーブルファイブらしくない気がする。
「役目だと言われてもね。こっちとしては、とてもじゃないけど、役不足どころか、力不足だろうと、老婆心ながら、言ってあげてるわけだけど」
とりあえず、相手の思惑を探ってみようと、こちらから話を振って、会話を続けてみることにする。多少の挑発をすることで、怒ってくれれば、本音も出やすくなると思ったわけだけど、どうだろうか。
これで、なにか引き出せれば、儲けものなんだけど……。
「……ずいぶんと、余裕みたいだな。変身もしないで」
「ああ、そういえば、こうして、直接顔を会わるのは、初めてだったっけ?」
しかし、マーブルファイアの反応はイマイチだ。いつもの
やっぱり、どこか様子がおかしいな。
「……まだ子供じゃないか」
「それはもう、分かってたことだろう?」
俺の正体は、すでに
だから、俺の年齢だって、事前に情報として知っていたはずなのに、こちらを見るマーブルレゥドの瞳は、動揺で揺れているように見えた。
それは、ただ情報として知っているだけなのと、こうして直接、その目で確認するのでは、やはり印象が違うということなのか。
それとも、なにか別の理由で、彼らの心が揺れてるせいなのか。外から見るだけの俺では、判断がつかない。
「それで、話を戻すけど、あんたたちだけで、一体どうしようっていうんだ?」
それならばと、俺は話を続けるために、さらに会話を切りかえし、少しでも時間を稼いで、戦闘にはならないようにする。
それは、あきらかに様子のおかしい相手に対して、探りを入れたかったというのもあるけれど、どちかといえば、演出の都合という側面も大きい。
正義の味方との決戦を前にして、他の仲間は臨戦態勢、もうすでに戦うための姿に変身しているというのに、俺だけが生身なのは、一応の理由がある。
今回の戦いでは、ここに来た正義の味方に対して、俺という総統の存在を、強烈に刻み付けるのが、大事な目的だ。
そのためには、シュバルカイザーという悪の総統が、少しでも目立つ必要がある。例えば、見るからに悪の組織
そして、全員で同時に変身をしてしまうと、どうしても印象が薄れてしまうけど、俺だけが前に出て、俺だけが口上を
つまり、そのために、わざわざこうして、非効率的な真似をしているのに、それを見せる相手が、マーブルファイブだけでは、あまりにも効果が薄い。
できれば、正義の味方の皆さんが全員揃うまで、俺の変身は、避けたいのである。
「……お前たちに、ここまで好きにされてしまったのは、俺たちが、
なんて、こちらの思惑は知る
まるで、誰かに許しを
「だから……! お前たちを倒すのは、俺たちじゃなくちゃ、いけないんだ!」
そして、まさしく血を吐くように、鬼気迫る表情で、振り絞るように叫びながら、そう宣言したマーブルファイアと、そんな彼の後ろに黙って
あそこにあるのは、勇壮な決意ではなく、ただの悲壮感だった。
「ふーん、まあ、なんでもいいんだけどさ」
「……なんだと!」
だから、俺はあえて突き放すように、興味なさそうな態度を装いながらも、さらに時間を稼ぐために、どうすればいいのか、考えを
とりあえず、わざとぞんざいな扱いをすることで、相手が無謀な行動に出る前に、こちらに噛みつかせることには、成功したようだ。
そう、このままじゃ、よくないというのは、悪の総統にだって分かっている。
「それじゃ、そもそもの話として……」
だから、もう少し、あと少しだけ、話を続けるために、俺は頭を絞って、ひたすら相手を揺さぶるための、話題を提供し続ける。
「どうして、あんたたちは、俺たちを倒したいんだ?」
マーブルファイブが持っていたはずの、彼らの正義を、思い出してもらうために。
「だから、それはさっきから……!」
「ああ、これは別に、上から言われた命令を、遂行できなかった責任が
よしよし、狙い通り、怒りを強めたマーブルファイアが、思い切り食いついてきてくれた。まずは成功と、自画自賛しておこう。
しかし、問題は、ここからだ。
「もう少し、根本的な話でさ」
「……さっきから、なにを言いたいんだ!」
意図的にゆっくりと、まるで世話話みたいに切り出しす俺に、イライラが抑えられない様子のマーブルファイアが、さらに噛みつく。なるほど、いい傾向だ。
それでは、始めよう。
「だから、俺たちが、正義の味方に倒されなきゃいけないような、なにか悪いことをしてるのかって話だよ」
俺は芝居ががった仕草で、この両手を広げて見せながら、尊大な態度を隠そうともせずに、崖の下にいる正義の味方を、まさしく
さて、ここからが、根本的な話というやつだ。
「……お前たちは、悪の組織だろうが!」
「ああ、その通り。まったく、その通りだよ」
そう、マーブルファイアの言っているとは、まったく正しく、反論の余地がない。
正義の味方が、悪の組織を打ち倒す。そこに一体、どんな問題があるというのか。それは世界の真理の
だがしかし、それはあくまでも、概念的な正義と悪の話でしかない。
「でも、そんな俺たちは、実際のところ、一体どんな悪いことをしてるのかな?」
「そ、それは……!」
余裕たっぷりな俺からの問いかけに、マーブルファイアは口ごもるしかない。
当然だ。
現実というやつは、残酷なのである。
「少なくとも、俺たちヴァイスインペリアルに属している悪の組織は、なにも知らず生きている人たちには、あんたたち、正義の味方が守るべき
「いや、それどころか、俺たちヴァイスインペリアルの表の顔である巨大複合企業、インペリアルジャパンは、多くの慈善事業に、多額の資金を出資している。この前も新聞やテレビで特集されてたけど、知らないかな? 巨大地震によって、自分たちも危機に
なぜならば、俺たちヴァイスインペリアルは、地域の皆々様に愛される悪の組織をスローガンに
まあ、これは俺という総統が、あんまりそういう、血生臭い行為が、好きではないというのもあるけれど、それはそれとして、ちゃんと戦略的な意味もある。
民衆は、なぜ支配を嫌がるのか。
それは単純に、強引な、あるいは自分たちにとって意に
嫌われ者の圧政や支配は、市民の反感を呼び、反感は反発となり、いずれ反発は、反乱となって吹き荒れる……、なんてことは、いくらでも歴史が証明している。
だったら、どうすればいいのか? 答えはやっぱり、単純だ。
つまりは、好かれてしまえばいい。
それだけで、様々な問題が、まるで魔法のように解決する。
要するに、相手に嫌われるよりも、好かれてしまった方が、色々と話が進めやすくなるという、まったく単純ながら、
そう、俺たちは、悪の組織なのである。
手段なんて、選ぶわけがない。
「そんなもの……、ただの偽善じゃないか!」
「その通り! 俺たちの行為は、好意という見返りを期待して行われている、ただの偽善だ! つまり偽善事業ってわけだが……」
というわけで、マーブルファイアの意見は、まったくもって正しいだから、むしろ胸を張ってくれと、言わざるをえない。
俺たちの行為は、彼ら正義の味方とは違って、あくまでも自己の利益のために行うだけの、実に悪の組織らしい、卑劣な作戦なのだから。
「だけど、それで一体、俺たちの偽善で、誰か困っているのかな?」
「……くっ!」
とはいえ、俺たちの作戦は、完璧だ。だからこそマーブルファイアも、彼の後ろにいる彼の仲間たちも、黙るしかない。
ここで未熟な組織だったら、そういう慈善事業の裏で、後ろ暗い大金の資金洗浄をしたり、そこで働く人間に過度な労働を
これこそまさに、
ふっふっふっ、これこそまさに、卑劣の極み。
正義の味方も言葉を
「世間にアンケートをとっても、インペリアルジャパンに対する印象は上々だ。まあシェアが
というわけで、俺は勝利宣言するかのように、マーブルファイブに向けて、分かりやすく勝ち誇り、鼻で笑ってみせてやる。
もちろん、しっかりと、ツッコミどころは用意しつつ。
「……それは
その通り。
悪の総統らしく笑ってみせる俺に、マーブルファイアは、なんだかヒステリックに否定の言葉を投げかけるけど、もう少し、自信を持っていただきたい。
ここまで
しかし、今のマーブルファイブには、それできない。
「貴様たちの
「そうかもな。俺たちだって、完璧じゃない。けどそれは、別に悪の組織かどうかは関係ないだろう? 人間なんだ。生きてれば、他人を傷つけることもある」
マーブルファイアの
まだ見つかっていないからといって、必ずいないとは言い切れない。それはまさに悪魔の証明とでもいうべき、難題だ。
とはいえ、それでも俺は、俺の信じた道を進むだけで、立ち止まったりはしない。
なぜなら俺は、悪の総統なのだから。
「……少なくとも、お前たちは、複数の法を犯している!」
「知ってるさ。ああ、つまり、お前たちの正義は、あくまでも法に乗っ取ったものであって、別に市民感情とかは、どうでもいいってわけか。別にそれでも構わないとは思うけど、正義の味方にしては、ずいぶんとクレバーなんだな」
だから俺は、自分のことは棚に上げ、ただひたすら、卑怯なまでに、正義の味方を
とはいえ、俺は別に、法に従った正義を、否定したいわけじゃない。そういう形の正義も、確かに存在するし、それで守れるものだって、多いだろう。
しかし、ここで問題なのは、これまで俺が見てきたマーブルファイブという正義の味方は、あくまでも、自分の中の正義を貫き、自分が許せぬ悪と戦う、そういう戦隊だったはずということだ。
少なくとも、
彼らには、彼らの信念が、あったはずなのである。
「……黙れ!」
しかし、今の彼らからは、マーブルファイブからは、そういった信念が、まったく見えてこない。悪は倒すと、言い張ってはいるけれど、それはまるで、現実から目を背けた子供が、
それは、マーブルファイアの、悲鳴にも似た絶叫で、よく分かる。
「それでも、俺たちは……! お前たちを、倒してみせる!」
「――っ!」
そんな彼らに、少しでも自分というものを思い出してもらおうと、色々
完全に追い込まれた顔をしたマーブルファイアが、その
そして、次の瞬間、俺は思わず、言葉を失う。
そう、あの小さく、透明な瓶に入った、ドロドロの黒い液体は……!
「……おいおい、それが一体、どういう
「お前こそ、知ってるとでも言うつもりか!」
なんとか平静を
なぜなら、あれは……!
「ああ、知ってるとも。どうせ、そいつの中身を飲み込めば、強大な力が手に入るとでも言われたんだろうが、やめておけとしか、言えないな。確かに、そいつを使えば強くはなるだろう。それこそ、飛躍的に」
あれは、間違いなく、
何度も、何度も見てきた俺が、見間違うはずがない。
「だが、その黒い液体を、ひとたび身体に取り込めば、お前たちは、ただの化物に、理性の欠片すらない化物に、成り下がるだけだぞ」
あれを服用すれば、どんなことになるのか、この前、富士山で起きた戦闘で、直接確認している俺としては、警告せざるをえない。
「そいつは、人を怪物に
あの黒い液体が、どれだけ邪悪で、恐ろしい代物なのかを。
「そ、そんなわけあるか! これは、これは……! 国家守護庁の統括者から、直接託された秘密兵器なんだ! これを使って、お前らを倒せと……!」
なるほど、そういうことか……。
今のマーブルファイブだけで、どうやって俺たちを倒すつもりなのかと思ったら、どうやら、あれが切り札だったようだ。
しかし、これで、国家守護庁の統括者、すなわち、
なんて、喜ぶような気分には、どうにもなれない。
「お、おい、いまさらだけど、俺もこいつを飲み込むのは、かなりヤバいって予感がビンビンしてるぞ……!」
「くっ……!」
あの中で、唯一騒がしいマーブルパープルこと、稲光の奴が、土壇場で震え出したけれど、それが正しい反応だ。マーブルファイアを含め、他のメンバーだって、不安そうな顔色を、隠せないでいる。
どうやら、彼らの正義の味方としての勘が、その手に握っているのものが、非常に不吉なものであると、警告を発しているようで、俺の言葉を、そのまま信じたわけでなくても、その黒い液体の正体に、うすうす気付いてはいるようだ。
だが、しかし……!
「それでも、それでも、俺たちは……!」
「お、おい! もうちょっと、よく考えて……!」
もはや、俺が止める間もない。
くそっ、こうなったら……!
と、俺が
その時だった。
「う、うわあっ!」
突然、複数の光線が飛んで来たかと思えば、その一本一本が、マーブルファイブの手元にあった小瓶を、正確に撃ち抜く。
いきなりの事態に悲鳴を上げたマーブルファイアにも、そして他のメンバーにも、触れることなく吹き飛んだ黒い液体は、ずぶずぶと不気味に、そして名残惜しそうに
そう、マーブルファイブは、ギリギリの瀬戸際で、助かったのだ。
しかし、あれをやったのは、俺ではない。
断じて、違う。
闇に堕ちそうになった正義の味方を救ったのは、悪の総統なんかじゃなく……。
「――やめるんだ、マーブルファイブ!」
俺たち悪の組織とは、対岸の崖上に、ズラリと勢揃いして現れた、
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