12-5


 これこそ、まさに、嵐の前の静けさか。


「うーん……! いい天気で、よかった、よかった」


 俺が背筋を伸ばしながら、ぐるりと見渡した採石場は、そろそろ傾き始めた太陽に照らされて、思ったよりも牧歌的というか、ほのぼのとした雰囲気だった。いまだに変身していない俺の頬を、身を引き締めるような冷たい風が、静かにでていく。


 とりあえず、豪雨や雷が吹き荒れてたりすれば、もっと決戦らしい空気が出ていたのかもしれないけれど、それは正直、ただただ戦い辛いだけなので、こういう天気は大歓迎というか、望むところである。


 嵐なのは、戦闘だけで十分だ。


「それじゃ、みんな、準備はいいかな?」


 というわけで、国家守護庁こっかしゅごちょうに対して、自ら指定した時間よりも少しだけ早い時間に現場へとやって来た俺たちは、これからの戦いにそなえて、最後の確認に入る。


 なんとなく、特に理由はないけれど、もはや指定席のようになっている、採石場の崖上で、俺の後ろにひかえるように、もうすでに変身を済ませて、ズラリと並んでいる仲間たちの方を振り返れば、それは壮観な光景で、なんとも頼もしい。


 そして、こういう小さな積み重ねが、我らの勝利を、より確実にするのである。


 ふっふっふっ、油断をしない悪の組織というやつは、恐ろしかろう……。


 なんて、悪の総統っぽく振る舞おうにも、まだ正義の味方は、誰も到着していないので、意味はないんだけど、これはまあ、予行練習みたいなものだ。


 本番は、もうすぐそにまで、せまっている。


「お任せください。いかなる敵が来ようとも、即座にほふって見せましょう」


 すでに悪魔元帥デモニカの姿になっているけいさんが、そのつやめかしい青肌を包む、漆黒のボンテージによく似合う、凶悪な造形をした鞭を打ち鳴らしながら、熱っぽく微笑み、俺の瞳を見つめてくれる。


 なんとも情熱的だけど、とりあえず、事前に打ち合わせした通り、ちゃんと加減はしてくれるだろうかと、ちょっぴり不安になってしまったのは、ここだけの秘密だ。


 とはいえ、契さんだったら、心配はいらないけれど。


「ご飯も食べたし、元気一杯! エネルギー充填! やってやるぜー!」


 こちらも、すでに破壊王獣レオリアとして、その見事に鍛え抜かれた肉体を金色の獣毛で輝かせ、まるで美しいライオンのような様相ようそうでありながら、純真無垢な子供のように飛び跳ねて、千尋ちひろさんが気合を入れた。


 無邪気な行動ながらも、その全身からあふれる気迫が、あまりにも凄すぎて、これはむしろ、敵の無事を祈ることになりかねないと思ったけれど、まあ、大丈夫。


 やっぱり、千尋さんならば、信じて任せられるから。


「武装の整備は完璧だし~、ちゃんと睡眠もとったから~、バッチリよ~」


 さらに、もうすでに巨大な蜘蛛のような姿をした、シルバーのメカに組み込まれ、無限博士ジーニアとしての威容いようを誇っているマリーさんが、いつのように悪戯っぽく笑いながら、その全身に装着された凶悪な兵器を、出し入れしている。


 その楽しそうな様子を見ていると、どうしたって色々と、恐ろしい想像が頭の中をよぎってしまうけど、そんな地獄絵図にはならないでと、思わずにいられない。


 とはいえ、それでもマリーさんなら、最高の結果を出してくれるだろう。



 さてさて、我らが最高幹部の三人は、どうやら絶好調らしい。



「こっちも大丈夫だよ! ここまで来たら、絶対に勝とうね!」


 さらに、もうすでにエビルセイヴァーとしての衣装を身にまとっている桃花ももかは、そのピンクと漆黒の戦闘用ドレスをひるがえしながら、高々と右手をかがげる。


 その様子は、本当に頼もしいの一言だ。


「それじゃ、ここらでドカンと、ケリを付けてあげますか!」

「私たちの輝かしい未来のために、いしずえになってもらいましょう」


 こちらは、それぞれ黒を基調としながらも、大胆な赤の差し色がまぶしい、活動的なコスチュームの火凜かりんと、深い青で描かれた模様が、落ち着いた印象の和装アレンジを着こなすあおいさんが、並んで闘志を見せている。


 彼女たちのコンビネーションにも、もちろん期待しよう。


「みんな、怪我しないように、気を付けてね? 私も全力で守るから」

「よーっし! 全員揃って、気合十分なんだからー! 負けないわよー!」


 そして、清楚せいそながらも、どこか妖艶な、漆黒と深緑のドレスが目に毒な樹里じゅり先輩の隣では、黒地に明るい黄色がえる、はなやかなデザインの衣装が、よく似合っているひかりが、ぶんぶんと両手を振り回している。


 先輩の静かな決意も、ひかりの心意気も、この決戦にいどむには、十分だ。



 それぞれが、それぞれの意匠いしょうを刻まれた、悪の仮面を被ったエビルセイヴァーも、どうや準備万端、整っているらしい。



「おい、うず。大丈夫かいな? 無理せんで、座ってたらどうや?」

「い、いや、座ったら、それこそ二度と立てなく……、うえっぷ!」


 そして、あちらにいるのは、その山のような巨躯きょくを黒く染め、額には燃えるような第三の瞳を開いている大黒だいこくさんと、そんな凶悪な見た目と化している巨漢に、優しく介抱されながら、自分で持ってきた大きなタルに寄りかかって、お決まりの海賊服を着こみながら、死にそうな顔をしている渦村かむらである。


 ……いや、大黒さんはともかく、渦村の方は無理に来なくてもいいと言っておいたのに、こんなお祭り騒ぎに参加しない手はないぜ! とか言い張って、自分から陸に上がって来たのだから、もう少しでもちゃんとして欲しいというのが、正直なところだったりするのだけれど……、まあいいか。


 あれでも渦村は、大海賊団を率いるキャプテンなのだから、いざ本番となったら、意地を見せてくれると期待しよう。それに、色々と頼りになる大黒さんが付いていてくれれば、それほど問題はないだろう。


 うん、大黒さんには、後で謝ってから、なにかおびの品でも、送らないと……。


「さあ、朱天しゅてん! ここは八咫竜やたりゅうとして、統斗すみとさまの、お役に立ってみせましょう!」

「ええ、姫様。あいつを驚かせるほどに、思い切り暴れる所存しょぞんです」


 そして、これこそ極め付き、神々こうごうしさすら感じる楚々そそとした巫女服の竜姫たつきさんと、猛々たけだけしい武者鎧と、炎のような赤い肌に、額の角が凛々りりしい朱天さんまでいる。



 これだけの面子めんつを揃えて、負けるなんてありえない。



 とはいえ、ここにいる戦力は、これで全てだということも、間違いのない事実だ。誰も彼もが一騎当千の精鋭揃いではあるけれど、俺も含めて、総勢十三人という数は変わりようがないのだから、油断は決して、するべきではない。


 まあ、正義の味方との決戦だというのに、こんな少人数で挑もうとしているのは、別に相手を舐めているからではなく、もちろん、それなりの理由がある。


 まず単純に、こういう乱戦になりやすい状況では、どうしたって、他の仲間を援護することが難しく、個人個人で、ある程度の余裕を持って戦えるだけの実力と余力がないと、ただ闇雲に危険なだけだという点。


 そしてもう一つは、これが正義の味方と雌雄しゆうけっする大勝負だとしても、あまりに過剰な戦力を、この場に集めすぎることは、他の場所にいる戦力を減らし、防衛線に穴を空けるということである点。


 確かに、相手は正義の味方ではあるけれど、だからといって、彼らが真正面から、全ての戦力をぶつけてくれるとは、限らない。もしかしたら、この隙を狙って、他の地域を奪還しようと動くという可能性もあるだろう。


 それらの問題をクリアするために、ここで戦う人間と、防衛ラインを守り、不測ふそくの事態に備える人員を、どういうバランスにするかが、なかなか難しいところではあるのだけれど、俺の独断と偏見で、今回はこういう編成になっている。


 とりあえず後方は、祖父ロボを中心とした支援チームに任せ、その上でローズさんたちには各地との連絡役を、実働戦力として俺たちと同盟を結んでいる悪の組織が、各々の総力をげて、防衛ラインを築いてくれているし、これから、なにが起きてもいいように、白奉びゃくほうを筆頭とした確かな実力者たちにも、ひかえてもらっていた。


 これならば、後ろを気にせず、存分に戦える。


 そして、ここにいる仲間たちが力を合わせれば、どれだけ多くの、どんな相手が、俺たちを倒そうと襲い掛かってきても、打ち倒せるだろう。


 俺はそう、信じている。


 まあ、いざとなったら、ワープを使って、どんな事態にも即座に対応できるので、そこまで神経質に精神をすり減らして決断したわけでも、ないのだけれど。


 いやはやまったく、やっぱり、こちらだけがワープ技術を握っているというのは、反則技もいいところだ。


 実にありがたい。


「それにしても、これから正義の味方が、俺を倒そうと、この採石場に大挙たいきょして押し寄せてくるって考えると、やっぱり、色々と思い出しちゃうよなぁ……」


 とにもかくにも、状況の確認を終えて、眼下の採石場に、再び目を向けていると、俺の頭の中に、ふと、過去の出来事が浮かんできた。


 ここで戦うのは、もう何度目になるか分からないほどだけど、こういう、大規模な決戦というシチュエーションならば、どうしたって、あの時のことを……、悪魔との戦いを終えてから、目覚めてすぐのことを連想してしまうのは、俺にとっては、まあ仕方ないことなのかもしれない。


 あれはあれで、自分の中では、苦い思い出なのである。


「あの時は、もう俺が全然戦えなくて、大変だった……」


 当時は、悪魔マモンとの死闘を、なんとか生き延びたはいいけれど、命気プラーナや魔術という戦うためのすべは、ほとんど使えないような状況だった。


 というわけで、戦闘においては、ただの足手まといだっため、みんなに助けられるばかりで、必死に生き残るのが精一杯という、あまりにも情けない結果だったのは、否定のしようもないのである。


 お恥ずかしい話では、あるのだけれど。


「そういえば、そんなこともあったよね! ちょっと前の出来事なのに、なんだか、ずいぶんと昔のことみたい!」


 確かに桃花の言う通り、あの戦いから、まだほんの二カ月ほどしか、っていないわけだけど、振り返ってみると、まるで遠い昔のことのようで、不思議な気分だ。


 それだけ、今まで多くの体験をしてきたから……、ということだろうか。


「アタシたちがエビルセイヴァーとして初めて戦ったのも、あの時だったんだよね。うーん、確かにちょっと、懐かしいかも」

光陰こういんごとしとは、よく言ったものですね。統斗さんとの貴重な体験が、思い出として積み重なっていくなんて、感動です」


 昔を懐かしむように、うんうんと頷いている火凜と、その隣で同じように、真顔で同意している葵さんの様子は、なんだか楽しそうだった。


 でも、その気持ちは分かる。例え恥ずかしい思い出だろうと、思い返してみれば、どこか心に響くものが、必ずあるのだから。


「統斗ったら、逃げ回るばっかりで、ずいぶんと情けなかったわよねー! だけど、今日は助けてあげないんだから、せいぜい頑張りなさいよ!」

「もう、イエローったら、素直じゃないんだから。大丈夫、統斗君なら、どんな敵が現れたって、あっという間に、倒しちゃうんだから」


 とはいえ、ひかりには笑われてしまったし、樹里先輩にも心配されてしまったら、そんな呑気のんきなことは、言っていられないな。


 どうせなら、この戦いを、あの時のリベンジマッチにしてやろうじゃないか。


「それって、私たちが出会う前のお話ですよね? いいなぁ、羨ましいです。私も、統斗さまや、皆さまとの思い出が、もっとあればいいのに……」

「大丈夫ですよ、姫様。皆との思い出だったら、これから幾らでも、時間をかけて、作っていけばいいのですから」


 なんて、俺たちだけで懐かしい話をしていたら、竜姫さんが少しだけ、寂しそうな顔になってしまったけれど、おだやかに微笑む朱天さんが、いいことを言ってくれた。


 そう、その通りだ。思い出だったら、これから幾らでも作ればいい。


 だから、そのために、楽しい今を、美しい過去にするために……。


 この戦いに勝利して、俺たちの未来を、掴み取ろう。


「はははははっ! そうだな! 楽しい思い出は、これからたくさん作りまくって、それをみんなで、自慢し合えばいいさ……、って、およ?」

「そうねぇ~。統斗ちゃんと~、どんな愛の睦言むつごとわしたのかとか~、互いに~、教え合ったりするのも~、面白いかも~……、って~、あら~?」


 そして、気持ち良く太陽みたいに笑う千尋さんと、よく聞いたら、恐ろしいことを言い出してはいるけれど、優しく微笑むマリーさんも加わって、この場は、なごやかな空気に包まれる……、と思ったのだけれども。


 どうやら、二人はなにかに、気付いたようだ。


「……どうやら、気の早いお客様が、いらっしゃったようですね」

「うん? あれは……」


 そして、冷静な契さんの声に導かれるように、俺が視線を向けた先……、俺たちのいる崖の上からよく見える、採石場の入り口に、六つの人影が現れた。


 そう、現れた。


 こちらが指定した時間までは、まだもう少し、あるというのに、


「……マーブルファイブ?」


 そこにいたのは、俺たちがよく知る、だがしかし、これまで見たこともないほど、厳しい表情を浮かべた、正義の味方の皆さんだった。


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