12-4


 かくして、決戦の準備は整った。


「はい、統斗すみとさま。あ~ん、です」

「あ~ん……、うん、甘~い」


 ……わけだけれど、今の俺ときたら、特になにをするでもなく、ただただ、呑気のんきにのんびりと、ヴァイスインペリアル中央本部ビルの最上階、もはやすっかり居心地もよくなった邸宅のリビングにて、最近の定位置である、暖かなこたつに、竜姫たつきさんと二人で並んで入りながら、彼女がいてくれたみかんを、食べさせてもらっていた。


 う~ん、リラックス……。




 マインドリーダーに指示を出してから時はち、本日はもうすでに、作戦決行日。


 つまり、悪と正義の戦いに、歴史的な決着をむかえる運命の日ということになるわけだけど、その張本人……、もしくは、恥ずかしながら中心人物と言ってもいい、悪の組織を代表する俺という総統は、こんなところで、ボンヤリしている。


 しかし、それはなにも、全てを投げ出してしまっただとか、そんなわけじゃない。いやむしろ、その逆で、これこそが、過酷な戦いに望む前の精神統一であり、英気を養うためのベストな行動であると考え、自負し、むしろ厳格なまでの意思を持って、実践しているわけでありおりはべり、いまそかり……。


「おい、ちょっと気を抜きすぎじゃないのか?」

「ああ、すいません、朱天しゅてんさん。なんか、思ったよりひまになっちゃって……」


 なんて、加速度的に意味のないことを考えて、時間を浪費していた俺を、向こうのキッチンから、三人分をお茶を持って出てきたあきれ顔の朱天さんが、注意してくれたので、俺は幾分いくぶんか頭をすっきりとさせつつ、こたつの中をごそごそと動いて、彼女のためのスペースをける。


 まあ、人数が少ないので、どこに座ってもいいのだけれども、それでもやっぱり、同じ場所に集まった方が、より暖かい気がするし。


「こういう時、総統って意外とやることないんですよねぇ……。まだ時間あるのに、待機になっちゃって。まあ、それもこれも、みんなが優秀だからなんですけど」


 もちろんのことながら、もうすでに、決戦に向けての準備は終えている。


 後はもう、俺の指定した、夕暮れになる少し前くらいの時間になる頃に、選ばれた少数精鋭で、これまた俺の指定した、いつもの採石場に向かうだけだ。


 とはいえ、今の時間は、お昼を食べ終えて、食休みには丁度いい時分であり、まだ急いで現場へと、汗水流して走る必要もない。


 なので、俺はこうして、ぽっかりできたエアーポケットのような時間を、有意義に過ごすために、無駄にダラダラしている、というわけだった。

 

「あっ、分かります、統斗さま! 皆が支えてくれるおかげで、私も時間ができて、ちょっぴり早く、ここに来れましたから。ふふっ、本当にありがとう、朱天!」

「も、もう、おやめください、姫様。なんだか、恥ずかしくなってしまいます」


 ニコニコしている竜姫さんに手放しで褒められ、照れたように頬を赤くしながら、朱天さんは、俺たちのすぐそばに腰を下ろした。


 こたつの中が、また少し狭くなり、人のぬくもりが強くなる。


「そういえば、他の皆さまは、どうされたのですか?」

「ああ、それがですね……」


 そうして、少し落ち着いたところで、再びみかんを剥いている竜姫さんから、切り出された当然の疑問に対し、俺はお茶を一口すすってから、答えを返す。


 確かに、この部屋にいるのが三人だけというのは、非常に珍しいことだった。


「時間ができたから、色々と最後の確認をするって、みんな出て行っちゃいまして。それで、自分も手伝うって言ったんですけど、作戦のかなめである総統は、しっかりと休んでいてくださいって、置いてかれちゃたんですよ」


 というわけで、俺が寂しく、独りで膝を抱えていたら、早めに来てくれた竜姫さんたちが合流してくれて、とっても助かったというわけである。


 いや、もちろん俺だってサボってるわけではなく、みんなに指示を出したりはしていたわけだけど、前述の通り、優秀すぎる仲間たちは、本当に、頼りになりすぎて、総統である俺の仕事は、もうほとんど残ってない。


 なので、みんなに感謝しつつも、ちょっぴり手持ち無沙汰ぶさたな俺なのだった。


「それでですね、みんなとは、現地で合流ってことになってまして。大黒だいこくさんたちも向こうに直接行くって言ってましたし、丁度いいかなと」

「まあ、そうなのですね。それでは、あちらで会えるのを、楽しみにしています!」


 みかんのすじを綺麗に取り終え、満足そうに口に運びながら、無邪気な笑顔を見せてくれた竜姫さんに、俺も同感だ。早くみんなと会いたい。


 まあ、それはつまり、すぐにでも、正義の味方と戦うってことだけど、それは別に構わないというか、むしろ望むところだ。


 そのために、ここまで準備に準備を、かさねてきたのだから。


「そういえば、八咫竜やたりゅうの本部……、龍剣山りゅうけんざんの方は、どうですか?」

「ええ、あちらは白奉びゃくほうに任せてあるので、大丈夫です!」


 だけれども、今はまだ、その準備の成果を発揮する時ではないので、俺はもう少しだけと自分に言い訳して、竜姫さんと世話話にきょうじることにする。


 まあ、今回の戦いには、ここにいる二人も参加する予定だし、やっぱり、あちらの様子も気になるから、そういう話を切り出した……、というのもあるんだけど。


「総本山には、師匠が構えているし、それに、とりあえず牙戟がげきの奴もいるから、なにが起きても、問題はないだろう」


 しかし、こちらの話に乗ってきてくれた朱天さんが言うように、あの老兵ながら、いまだに豪傑ごうけつどころか、化物クラスに頼りになる白奉さんがいることだし、こちらが心配する必要もないか。一応は、その弟子である牙戟も戦えることだし。


 少なくとも、戦力としても、指揮官としても、あの人がいれば、十分すぎる。


「とはいえ、黒縄こくじょうはまだまだ、目覚める気配はないし、阿香あか華吽かうんも相変わらず。蒼琉そうりゅうは引きこもったままで、空孤くうこもそれに付きっ切り。戦力不足は、いなめないな」


 だからだろうか、八咫竜もまだまだ、万全とは言い難い状況ではあるけど、それを語る朱天さんの口調は、それほど重くない。


「でも、神器が封じられていた私たちの龍剣山にも、そして富士山の方にも、いまだ大きな変化は見られませんし、今のところは、突発的な事態が起きなければ、十分に対応可能かと。もちろん、なにかあれば、すぐに戻ることもできますし」


 それに、竜姫さんの言う通り、確かに今の状況は、悪と正義の真っ向勝負直前ではあるけれど、それ以外の問題は、特に起きていないし、もしもの時は、どこでなにがあろうと、こちらの支配がおよんでいる範囲ならば、即座にワープで対応できる。


 というわけで、とりあえず今回は、それほど神経質になって、後ろばかり気にする必要はなく、全力で正面からぶつかれる……、と考えていいだろう。


 ただ、あの怪しい老婆が暗躍しているにも関わらず、まだなにかが起きる兆候すら観測できないというのは、それはそれで、不気味ではあった。


「そうだ! 実は統斗さまに、八百比丘尼やおびくにさんに関して、ちょっとだけ良い報告が、できるかもしれません!」


 なんて、俺の懸念けねんさっしてくれたのか、そもそも、そういう話の流れだったのか、なにかを思い出した様子の竜姫さんが、にこやかに微笑むと……。


「実は、あの黒い力と、龍脈の関係が、分かるかもしれないんです!」

「おおっ! 本当ですか!」


 なんとも嬉しい報告をしてくれて、俺は思わず、驚きの声を上げてしまう。


 八咫竜が調査を続けてくれているのは知っていたけど、まさかこのタイミングで、そういう話が聞けるなんて、まさしく僥倖ぎょうこうだ。


 うん、なんだかモチベーションが、上がってきたぞ。


「ああ、実は例の封印されていた部屋の奥から、さらに資料が見つかってな。どうもそこには、これまで我らもつかめていなかった、龍脈に関する情報が、克明こくめいしるされているらしく、まだ詳細は不明だが、解読の結果、あの老婆が使う黒い力と、よく似た現象の記述が見つかったそうだ」


 さらに詳しく補足してくれる朱天さんの話に、俺は耳をそばだてながら、心の中で頑張ってくれた八咫竜の皆さんに、拍手と喝采かっさいを送る。


 少なくとも、あの厄介極まりない老婆が操る謎の力の正体にせまれるのなら、それは朗報以外の、何物でもないからだ。


「ですから、もう少しすれば、さらに詳しい情報も、分かるはずです!」

「うーん、期待しちゃうなぁ!」


 そういうわけで、可愛らしく興奮している竜姫さんと同じく、俺のテンションも、どんどんと上がってしまう。


 よーし、この調子なら、あの不気味な老婆にだって、負けはしない!


「とはいえ、今はまず、こっちの問題を片付けるのが、先決だがな」

「ええ、もちろん!」


 なんて、盛り上がってしまったけれど、今はまったく、朱天さんが正しい。


 俺たちがしているのは、あくまでも、この後すぐに巻き起こる、国家守護庁こっかしゅごちょうとの、正義の味方との最終決戦を、見事に勝利で飾ってからの話だ。


 もちろん、負けるつもりはない。

 でも、だからといって、舐めてかかってはいけない。


 その先の未来を掴むためには、万全を尽くさねばならないのだから。


「そうそう、そういえば、白奉が統斗さまに、お会いしたがっていましたよ!」

「本当ですか? だったら、今度向こうに行ったときに、俺の方から訪ねてみます。色々と、聞きたい話もありますし!」


 とはいえ、今から緊迫していても、無駄に疲れるだけなので、俺はリラックスするという意味でも、再び竜姫さんたちと、なんてことはない世話話に花を咲かせる。



 そして、楽しいおしゃべりは、しばらく続き。



「おや、もうこんな時間か。姫様、そろそろ御支度を……」

「ええ、分かったわ。統斗さま、手荷物は、ここに置いておいて、構いませんか?」

「大丈夫ですよ。じゃあ、俺もコートくらいは用意してっと……」


 そろそろ、いい頃合いになったところで、俺たちは、まったく普段の様子で、この暖かいこたつから立ち上がり、まるで近所に買い物でも行くみたいな空気で、戦いの場へとおもむくための、最後の準備を整える。


 なんだか、気が抜けているように見えるかもしれないけれど、でも、これでいい。


 これから起るのは、なにも特別なことじゃない。悪と正義が戦い、勝負が決まる。ただそれだけの、本当に単純な出来事だ。


 だったら、変に気負う必要はない。

 しかし、気を抜くわけでもない。


 普通のことを、普通にやる。


 勝つための準備なら、もうすでに、整っているのだから。


 だから、このくらいが、丁度いい。


「それでは、行きますか!」


 こうして、俺の掛け声と共に、決戦の舞台の幕は、劇的にではなく、ごく普通に、上がったのだった。


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