11-10


「それじゃ、作戦終了っと!」


 夕日が差し込む採石場にて、正義の味方を撃退した俺は、残念ながら、お役御免というわけで、巨大人型ロボットとして創造したギガン・シュバルカイザーを解除し、他のみんなの分も、足元に魔方陣を展開して、それを使って地面へと降り立つ。


 なんというか、先ほどまで猛威を振るった巨大ロボが、一瞬にして光の粒のようになって、消え失せてしまうというのは、はかないというか、かなり寂しい。


 ああ、残念だなぁ……。


「みなさん、お疲れ様です! とってもすごい戦いでしたね!」

「ああ、竜姫たつきさん! 見ていてくれました?」


 とはいえ、こうして俺たちの元まで駆け寄ってきてくれた竜姫さんが、楽しそうな笑顔を見せてくれたので、俺も気持ちを持ち直す。


 そうだな。


 いつまでも、もっとこうすればよかったと、後悔していても仕方ないか。


「いやあ、本当だったら、竜姫さんと朱天しゅてんさん用のロボットも用意して、三号ロボとして活躍してもらった上で、全機でアルティメット合体まで考えてたんですけれど、そこまでやれませんでした。すいません」

「そんな変なものに、姫様を巻き込もうとするな……」


 しかし、どうやら朱天さんには、イマイチ受け入れてもらえなかったようで、渋い顔をされてしまった。なんだか無念である。


 うーむ、こうなったら、巨大ロボの魅力を、分かってもらうためにも、もう一度、いやむしろ、二度三度と実物をつくして……。


「さあ、統斗すみと様。そろそろ帰りましょうか」

「あっ、はい、そうですね。了解です」


 なんて、俺がどうしようもないことを考えていたら、もはや戦闘は終わったということで、その変身を解いたけいさんの冷静な声によって、現実に戻されてしまった。


 いや、別に契さんには、そんな意図はなかったと思うんだけれど、でも、確かに、そろそろ俺たちの街に戻るには、丁度いい時間である。


「そろそろ夕飯だよなー。うーん、なに食べようかなーっと!」

「あっ! ひかりも、おなか空いたー! 別になにもしてないけどー!」


 あちらでは、大きく伸びをしている千尋ちひろさんの隣で、なぜかひかりが、その真似をするみたいに、同じようなポーズを取っていた。


 でも、二人の言いたいことは、よく分かる。そろそろ、夕飯の準備をするのには、いい頃合いというやつだろう。


「そうそう~! やっぱり人型ロボットっていうのは~、バランスが~……」

「ですよね! 合体した時のプロポーションをたもつために、多少の無理は……」

「……お二人が、なにを言っているのか、さっぱり分かりません」


 もうすっかりと、のんびりとした空気の中で、なにやらマリーさんと、楽しそうな話をしている桃花ももかを見ながら、あおいさんが肩をすくめている。


 とはいえ、すでに正義の味方との戦いは、終わっているのだ。だったら、どれだけ世話話せわばなしをしていても、問題なんてありはしない。


「そうだ。今日の夕食は、みんなでお鍋とかにしましょうか?」

「いいですねー! それじゃ、帰りにスーパー行きましょう!」


 樹里じゅり先輩からの嬉しい提案に、火凜かりんが早速飛びついて、今後の予定を立てている。でも俺だって、そんな楽しそうな計画に、異議を唱える理由はない。


 それでは、戦いを終えて、大切な日常へと、戻ることにしましょうか。




 そう、日常。


 ここまでのことは、俺たちにしてみれば、全て日常の一コマにすぎない。


 悪の組織として、会議を積み重ねて、書類をまとめ、視察を行い、対策をって、正義の味方を相手に、激しい戦闘を繰り広げる。


 普通だったら、考えられないような異常な生活も、俺たちにとっては、もうただの日常であって、驚きはない。


 それが果たして、いいことなのか、悪いことなのか、人によっては意見が分かれるところだろうけど、少なくとも俺にとっては、大切な、大切な、日常だ。


「それじゃ、行きましょうか」


 そんな日常の中で、俺はいつものように、みんなに声をかけて、大切な仲間たちと一緒に、俺たちの街の、俺たちの家へと帰るため、歩き出す。


 そこには、なんの不思議も、少しの違和感も、わずかな特別感も、ありはしない。まったく、いつもの日常で、その日常こそが、幸せだった。


「あら? もしかして、あなたも一緒に夕飯を食べるつもりですか? あつかましい」

「はあ? 貴様こそ、そんなに嫌なら、どこかで独り寂しく食べてろ。あさましい」

「もう、喧嘩しないで! こうなったら、一緒に料理、手伝ってもらいますよ!」


 いつものように、冷たい目をした契さんと、それをにらかえす朱天さんが、喧嘩腰で互いに牽制けんせいし合っているけれど、そんな二人にはさまれながらも、今度は力強く、全然折れる様子を見せない桃花に取り直されて、それでも一緒に歩いている。


 悪の組織ヴァイスインペリアルの最高幹部と、それとは別の組織、八咫竜やたりゅうの人間、そして元・正義の味方が、こうして並んで、同じ場所に帰るなんて、少し前だったら考えられない、驚きの光景だろう。


 だけど、それが今は、日常だ。


「鍋かー! いいねー! それじゃ、オレも腕を振るっちゃおうかなー!」

「むむっ! それは嬉しいけど、負けてられませんな! アタシたちもやるよー!」

「まあ、手料理を統斗さんに食べていただきたいですし、構いませんよ」


 かつては、激しい戦闘を繰り広げたこともある千尋さんと火凜、そして葵さんが、楽しそうに笑い合いながら、今夜の献立を話し合っている。


 それはなんだか、もう当り前みたいな光景だけど、本当なら、起きるはずもない、奇跡みたいな出来事が積み重なった、ありえないような現実だ。


 でも、それが今の、俺たちの日常なんだということが、なにより嬉しい。


「やっぱり~、ああいうの見ちゃうと~、実物がつくりたくなっちゃうわね~」

「でもやっぱり、予算の問題とか、色々とあるんじゃないですか?」

「あんなデカブツ、本当に作っちゃったら、置き場がなくて邪魔なだけじゃ……」


 さっきは、あんなにあやうい空気だったというのに、今ではすっかり、まるで何事もなかったみたいに、とっても夢のあることを口にするマリーさんの話に、樹里先輩とひかりが、呆れたような顔をしながらも、付き合っている。


 そこには、なんのわだかまりもありはしない、まさしく、いつもの日常だった。


 例えば、マリーさんが本当に、巨大なロボットを造ってくれたなら、それを始めて見た時、俺は大きな衝撃と、驚きを感じるはずだ。


 けれど、もし巨大ロボットを所有していることが、普通になってしまったら、その最初に感じた衝撃は、驚きは、段々と小さく、薄れていってしまうだろう。


 そう、どんな驚愕も、いつかは日常に変わる。


 でも、そんな驚きで積み上げられた日常が、俺にとっては、なによりもいとおしい。


「ふふふっ、今日もまだまだ、楽しくなりそうですね、統斗さま!」

「そうですね! みんなで鍋パーティかぁ……。また騒がしくなりそうだ!」


 この夕日にも負けないくらい、まずしい笑顔の竜姫さんに、俺も負けないくらいの、心からの笑顔を返す。


 まだまだ、夜は長い。これからまた、あの購入したばかりのこたつが待っている、本部ビルの最上階にある邸宅で、みんなと一緒に過ごせるなんて、まったく、本当に夢のような日常だ。


 そして、夜が終わっても、また新しい朝が来る。

 その新しい、おだやかな朝がぎたら、にぎやかな昼になり、またさわがしい夜になる。


 そうやって、俺たちの驚きに満ちた日常は、続いていく。


「よーし! それでは、みんなで我が家に、帰りましょうか!」


 だから、この大切な日常を守るため、俺はこれからも、前に進み続けると、そっと心に、誓うのだった。


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