11-8


 それはまさしく、圧巻あっかんだった。


「な、なんだ、あれは……!」


 恥ずかしながら、驚いた声を出してしまった俺の眼前で、今まさに繰り広げられている光景は、しかし、その驚きにあたいするものだった。




 この目が覚めるような轟音と共に、大気を震わせ、空を切り裂き、大地を揺らし、土煙を上げながら……。


 複数の巨大なメカが、俺たちのいる採石場へ、凄まじい勢いで、突っ込んでくる。


「いくぞ、みんな!」

「ラジャー!」


 つい先ほど、それを呼び出したマーブルファイアを筆頭に、俺たちとは別の崖上にいたマーブルファイブたちが、凄まじい跳躍力を見せて、次々と飛び上がったかと、思った次の瞬間には、まるで吸い込まれるように、それぞれのメカへと、まさしく、電光石火のごとく、あっという間に乗り込んでいく。


 俺はそれを、ただ茫然ぼうぜんと、ながめることしかできなかった。


『さあ、覚悟しろ、ヴァイスインペリアル!』


 あきらかに一般的なものとは仕様が違う、ゴテゴテとカスタムされた赤い戦闘機に乗り込んだマーブルファイアの声が、スピーカーを通して、この採石場に響き渡る。


『へっ! しくじるなよ、メタル!』


 こちらは、どう見ても潜水艦なのに、空を自由に飛び回る青い機体を、自在に操るマーブルウォータが、仲間に声をかけていた。


『ふっ……、誰に言っている!』


 それに応えて、この突如現れたメカの中では、もっとも巨大な黒いダンプカーから聞こえてきたのは、不敵なマーブルメタルの声である。


『みんな、気を付けて……!』


 さらに、ゴロゴロと巨石が転がっている、この荒い地面を、まさに風のように駆け抜ける桃色の救急車からは、マーブルウインドの声がした。


『へへへっ! ここまできたら、しくじれないね!』


 そしてこちらは、あらゆる障害物を跳ね飛ばして、怒涛どとうのように爆走している黄色い大型トレーラーを操縦しているのは、マーブルアースだ。


『わーっはっはっはっ! これが俺様の! 正義の力だー!』


 最後の一機は、他のものと比べると、かなり異質だった。どこか生物的で、まるで鳥のような……、あえて表現するならば、雷鳥のようなメカからは、あの稲光いなみつこと、マーブルパープルの声が、うるさいくらいに聞こえてくる。


 まあ、それはいい。そこまでは、飲み込んだ。


 ああ、しかし、だが、しかし……。



 さらなる変化は、すぐに起こった。



『ゴー! マーブル・フォーメーション!』

『ラジャー!』


 いや、それはむしろ、変形と言うべきか。


 マーブルファイアの号令に合わせて、まずはメタルの乗っている巨大なダンプが、アースの操縦している大型トレーラーの後方に連結したかと思えば、一体どんな力が働いているのか不明だが、そのトレーラーが真っ二つに分割すると同時に、運転席の部分が足首のように折れ曲がり、持ち上がっていく。


 さらに、複雑な変形をしつつ、まるで人間の胴体のようになったダンプへと、空を飛ぶウォータの潜水艦が右腕のように、崖の高低差を利用し大きく跳ねたウインドの救急車が左腕のように、見事にドッキングしてみせる。


 その上で、トドメとばかりに、あきらかに航空力学を無視した形状になりながら、それでも安定した動きで、ファイアの戦闘機が、まるで人間の頭部のようなパーツに変形しつつ、直情からダンプへと接続されてから後、その背面には、割とそのままの格好で、翼を広げたパープルの雷鳥が張り付いた。


「おいおいおい! 本当かよ!」


 その驚くべき光景に、なんだか興奮してしまった俺は、この眼前で繰り広げられる変形を邪魔することなく、最後まで見届けてしまう。


 いや、でも、だって……!


『完成! 輝石きせき合体……、マーブルロボ!』


 見事な合体変形を遂げた巨大マシンの集合体が、これこそまさに人型の特権だと、まるで誇示こじするかのように、ド派手なポーズを決めてみせるんだか、たまらない。


 そう、あれは、まさしく……!


「巨大ロボだー!」


 その姿を見た瞬間、俺は思わず、大声で叫び出していた。


 そう、ロボだ。まさしくロボだ。ロボ以外の何物でもない。だって、自らマーブルロボって名乗ってるんだし、あれがロボじゃなかったら、一体なにがロボだといわんばかりのフォルムじゃないか。だから、間違いなくロボだ。ロボなんだ!


 いかん、興奮がおさえられない!


『くらえ! 正義の鉄拳を!』

「うおおおおおお!」


 全長は、おおよそ二十五メートルくらいだろうか。俺は崖の上にいるというのに、まだ見上げるほどの大きさを誇るマーブルロボが、実に人間らしい動作で、後ろへとしぼり、めた拳を突き出してきたので、思わず歓声を上げながら、崖下へと飛び降りて、その巨大ロボの足元へと着地する。


 巨大ロボのパンチによって、ガラガラと崩れた崖から、大きな音を立てて、多数の岩石が落ちてくるけれど、そんなことに、構っている場合じゃない。


 俺と同じように、当然ながら全員無事で、この採石場に着地した仲間たちと共に、見上げたロボの大きさといったら、とんでもない威圧感を放っていた。


「なんだなんだなんだ! あんな凄いの、実在したのかよ!」

「わわっ、わたしも初めて見るよー! すごいね、すごいね!」


 思わず子供のように、歓声を上げてしまった俺に、興奮した様子のエビルピンクも同意してくれる。うんうん、やっぱり桃花ももかは、こういうのが好きだと思った。


『まだまだ、こんなもんじゃないぞ!』

「うわっと! 危ない、危ない、気を抜いたら、踏み潰されちゃうかもね!」

「まるで、アリにでもなった気分ですね。なんだか新鮮です」


 足元にいる俺たちに向けて、見事なバランスで、その巨大な足を上げ下げしつつ、的確に狙ってくるマーブルロボの攻撃を、かろやかにかわし続けながら、エビルレッドとブルーの二人が、軽口を叩いている。


 よしよし、まだまだ余裕はありそうだ。


「こう大きいと、狙わなくても攻撃は当たるんだけど……」

「わーん! なんだか硬くて、めんどくさーい!」


 ひらり、ひらりと、あざやかに飛び跳ねながらも、困ったような顔をしているエビルグリーンの前では、エビルイエローが石を投げつけたり、なんとか殴ってみたりしているようだけど、効果は薄い、というか、ほとんどない。


 どうやら、見た目だけでなく、あの巨大ロボの装甲は、かなり分厚いようである。


「わあっ! こんな大きなお人形、初めて見ました!」

竜姫たつきさん! あれは人形じゃなくて、ロボットですよ! 人型ロボット!」


 なんだか物珍しそうに、まさしく、空にそびえる鋼鉄の城といった風情のマーブルロボを見上げる竜姫さんに、俺はなんとか、この気持ちを伝えたいのだけど、上手く言葉が出てこなくて、もどかしい。


 いや、俺だって別に、ロボットマニアというわけではないし、ああいうのが三度の飯より好きなんて、言うつもりもないけれど、こうして実物を前にすると、やっぱりどうしても、気持ちがたかぶり、高揚こうようしてしてしまう。


 そう、実物。

 まさに、実物だ。


 今は悪の総統なんてしている俺も、子供の頃は、それはもう、普通の子供となにも変わらない、テレビの中のヒーローの活躍に一喜一憂いっきいちゆうし、その真似をして喜んでいるような、ごく一般的な、可愛らしい少年だったのである。


 そんな、幼少の頃に憧れた、ヒーローたちが操る巨大ロボットが、こうして実際に存在しているというだけでも驚きなのに、それが本当に動いているというのだから、さすがにもう、卒業したかと思っていた俺の少年ハートに火がついても、まったく、なにもおかしいことなんて、ないのである。そう、ないのである!


 ああいう巨大な人型ロボットを見て、興奮するというのは、もはや、この国で情操教育を受けた男の子なら、遺伝子レベルでまれた本能なのだ。


 だって、すごいじゃん! 巨大ロボットだぜ! すげー!


『……あいつら、あんなデカブツを持ち出したのか』

「おおっ! 親父っ! なにか知ってるのか!」


 なんて、まさしく子供のような思考回路になっていたら、本部の方から、こちらの様子をモニターしていたのだろう、この耳に装着した小型の通信機から聞こえてきた親父の声が、なにか知っている風のこと言い出したので、全力で喰いついてしまう。


 なるほど、元は国家守護庁こっかしゅごちょうのお偉いさんだった親父なら、あのロボットについて、詳しい情報を持っていても、おかしくないか。


『……あれは、この国に一体だけ存在する、合体変形巨大ロボだ』

『防衛を目的に建造されてて、国家守護庁が所有と管理を任されてるんだけど……、まさか、実戦で使うなんて、ちょっとびっくりね』


 相変わらず、言葉少なな親父に続いて、通信に割り込んできた母さんの声色には、驚愕の秘密兵器が出てきたという緊張より、あんなもの、よくもまあ引っ張り出してきたな、みたいなあきれが、含まれている気がする。


 なんだろう、それはそれで、なんだか残念な感じだ。


「びっくりって、どうして?」

『……単純に、使いづらいからだ』 


 というわけで、あのロボットの良いところを、なんとか探そうと食い下がってみた俺に、しかし親父の言葉は、残酷なくらいに、シンプルだった。


『やっぱり、大きすぎるのよね~。あれを使うと、どうしたって目立っちゃうから』

「まあ、それはそうか」


 でも、少し冷静になってみれば、母さんの言うことが、もっともだと分かる。


 少なくとも、悪の組織や正義の味方のことを隠しておきたくて、普段から隠蔽工作ばかりしている国家守護庁からしてみれば、街中どころか、どこか山奥で使っても、誰かに見つかってしまいそうなロボットは、確かに使いづらいだろう。


 そういう意味では、国家守護庁の組織としてのコンセプトに、あの巨大ロボットは致命的なまでにミスマッチともいえる。


『……それに、街中で使うと、甚大じんだいな被害を出すリスクが高い』

『それもやっぱり、大きすぎるゆえ弊害へおがいね。あの巨体じゃ、人や建物を避けながら、器用に戦闘を行うなんて、曲芸より難しいし』


 さらに、親父と母さんの言う通り、やはりあれだけ大きいと、どうしたって周囲に被害が出てしまうのは、もはや自明の理といえるだろう。


 でもそうなると、もしかしたら、今回の戦いの場所を、マーブルファイブの方から指定してきたのは、こういう採石場なら、街中と比べると被害が最小限に抑えられるからと、気を使ってくれたからなのかもしれない。


 だとしたら、ありがたい話だ。


『……それから、動力源の問題も、あったはずだ』

『そうそう。やっぱり、自国の領地で使うものだから、万が一にでも、不測の事態が起きてはならないって、クリーンなエンジンを使ってるから、それほど出力も上がらないし、外部バッテリーを使っても、使用時間は限られてたはずよ』


 そして、親父と母さんの口からは、まだまだ問題点が出てくるわけで、なんだか、もう勘弁してくれって感じだったりする。


 まあ、兵器としての威力よりも、安全面を優先するというのは、それなりに正義の味方らしいと思うので、別に否定する気はないけれど、やっぱり寂しい。


 なるほど、巨大ロボットにも、エコが求められる時代なのか。


『吹っ飛べ! マーブル・カノン!』


 しかし、そんな話題が出た矢先に、先ほどから、大暴れしているマーブルロボは、その両肩から巨大な砲門を伸ばし、膨大な量のエネルギーを砲弾のように、まったく途切れることなく、ガンガンと撃ち出し始めた、


 その様子には、少しも息切れする気配がない。


「へえー、でも、なんか結構、元気に動いてるぞ、あのロボ」

『……ふむ、俺たちが知ってた頃より、なにか改良が加わってるようだな』


 激しく降り注ぐ砲弾と、それによる爆発を避けながら、俺はなんだか、聞いていた情報と少し違う気がして、確認してみたのだけれども、どうやら、事情に詳しい親父にも、よく分からないようで、もしかしたら正義の味方の巨大ロボ事情には、なにか改善があったのかもしれない。


 だとすれば、それはまさしく、朗報だ。


「どれどれ、ほうほう……」


 というわけで、興味を持った俺は、早速、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの力を使って、この目でじかに確かめてみることにする。


 前回、最後の神器である八咫鏡やたのかがみの力を手に入れてから、すこぶる調子のいい俺は、もはや自由に、そして自在に、全ての神器の力を使えるといっても、過言ではない。


 つまり、こうして外からながめただけでも、あの巨大ロボットの構造を、完璧に把握するくらいなら、お茶の子さいさいというわけである。


「ああ、なるほど」


 というわけで、結果はすぐに出た。


 あのマーブルロボのコックピットは、胴体であるダンプ部分にあり、基本的には、そこに全員が集まるようになっているのが、今はそこに、五人しかいない。


 そして、その完全にハブられているのは、あきらかに、他のメカから浮いているというか、どう見ても、後付けで背面に取りつけれられた鳥型のロボのコックピットにいる人間だ。というか、追加戦士ということらしい、マーブルパープルだ。


 そして、その後付けな鳥型ロボットから、莫大な量の電力が発生して、本体であるマーブルロボを動かすためのエンジンに流れ込み、さらなるパワーを生み出している様子が、手に取るように分かる。


 なるほど、つまり……。


「おい、稲光。お前、完全に電池扱いされてるぞ」

『誰が電池か! 失礼なことを言うな! それに今の俺は、マーブルパープルだ!』


 なんということだ。俺が親切に、真実を教えてやったというのに、当事者のはずのマーブルパープルこと、雷電らいでん稲光に怒鳴られてしまった。


 まあ、別に本人が満足なら、どうでもいいけど、つまりは、そういうことだろう。


 要するに、電気を生み出す超常能力者である稲光は、その上で、特殊な改造手術を受けたことによって、体内で発生されることのできる電気の総量が、尋常ではなく、または、とんでもなく、増えている。


 おそらく、その貴重な能力に目を付けられて、あの巨大ロボットを、まともに戦うことができるレベルで動かすためのエネルギー源として、採用されたのだろう。


 そう考えると、色々と辻褄つじつまう気がして、なんだか不憫ふびんなのかもしれない。


 ただ個人的には不憫と思うよりも、マーブルパープルって、なんか言いづらいし、なんとかしろとしか思えないので、やっぱりどうでもいいかもしれない。


『……しかし、あれを動かすと、修理費や整備費ががるんだがな』

『すいぶんと、奮発ふんぱつしたみたいね~。今年の予算、どうするのかしら?』


 そして、親父と母さんが、今度はなんだか、別の角度から、あのロボットが動いたことに関する心配をしているので、俺としては、そっちの方が悲しく、不憫だ。


 というか、ここまでくると、むしろ、どうして作ったんだとか言われても、決して反論できないと思うけど、しかし現実として、あのロボットは存在している。


 なんだろう、もしかしたら、ああいう巨大な人型ロボットを作ることに心血しんけつそそぎ続けるような、ロマンあふれる開発者でも、国家守護庁にはいるのだろうか。


 だとしたら、いい趣味している。


『全砲門、開放……! これでも、くらえ、フルファイア!』


 しかし、そういうロマンを抜きにしても、こうして、その各部に装備された無数の武装を使い、全力全開で総攻撃できるようになった巨大ロボというのは、十分以上に脅威であると、俺の贔屓目ひいきめを抜きにしても、言わざるをえない。


 しかも、その驚異的な巨体にも関わらず、まさに人間のように動くことができると言うのだから、決して舐めてはかかれない。単純に、質量はパワーなのだ。


 大きくて、素早いのなら、それはすなわち、強いということである。


「よっこいせっと!」


 というわけで、俺は気合を入れて魔方陣の障壁を展開し、マーブルロボの攻撃を、しっかりと全て防いでから、本腰を入れて対策を考える。


 よし、ここからが、本当の勝負だ!


「さてと、それじゃあ……」


 とりあえず、俺がぐるりと周囲に目を向けると、まったく余裕の様子で、こちらを見下ろす巨大ロボを観察していた皆さんと、目が合ってしまった。


「消し炭にしましょうか?」


 なるほど、確かに悪魔元帥デモニカならば、その驚異的な魔術によって、あれほど巨大なロボットであろうとも、一瞬で灰にすることが可能だろう。


「ぶっ飛ばそうか?」


 なるほど、確かに破壊王獣レオリアならば、その圧倒的な命気によって、どんなに巨大なロボットであろうとも、空の彼方かなたに殴り飛ばすことが可能だろう。


「バラバラにしちゃう~?」


 なるほど、確かに無限博士ジーニアならば、その規格外の技術によって、どれだけ巨大なロボットであろうとも、ナノレベルにまで分解することが可能だろう。


「叩き潰してやろうか?」


 なるほど、確かに鬼と化した朱天しゅてんさんならば、その破壊的な剛力によって、こんな巨大なロボットであろうとも、その金棒でせることが可能だろう。



 しかし、俺の選んだ答えは、そのどれでもなかった。



「大丈夫です! 俺に任せてください!」


 とはいえ、これは別に、俺が神器の力を使って、あの巨大なロボットを問答無用でスクラップに変えてやるとか、そんな野暮なことを言っているわけじゃない。確かに天叢雲剣あまのむらくものつるぎの力を使えば、相手のサイズは関係ないけど、そんな問題ではない。


 それではあまりに、勿体もったいないし、味気あじけない。


「いい考えが、あるんですよ!」


 こんな機会は、もう二度とないかもしれないのだ。それならば、こちらとしても、後悔のないように、全力を尽くそう。


 そう、悪の総統らしく、圧倒的な勝利を、収めるために……。


「やっぱり、巨大ロボには、巨大ロボでしょ!」


 真正面から、相手と同じ土俵で、戦ってやろうじゃないか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る