11-7


「さてさて、それでは、マーブルファイブの皆さんは、どこかなっと……」


 しかし、みんなを引き連れて、手早く目的地までやって来たというのに、ぐるりと周囲を見渡してみても、俺たち以外の人影は発見できない。



 いつもの採石場は、まったく静かなものだった。



 今回の戦闘は珍しく、というか初めて、マーブルファイブの方から、分かりやすい挑戦状というか、果たし状というか、決闘の申し込みのようなものが、こちらに対し届いたので、それに応じたという形になっている。


 もちろん、これが陽動であるという可能性も考慮して、街の方は、ローズさんたち怪人組を筆頭にした戦闘員のみんなに、しっかり任せてあるので、心配はいらない。


 なにかあれば、即座に連絡が入るし、ここからならば、ワープを使うまでもなく、全力を出せば、即座に舞い戻ることが可能だ。


 というわけで、こちらはもう、準備万端整えて、全員変身も済ませているという、やる気満々な状態のわけだけど……。


「うーん……、私たちが、早く来すぎてしまったのでしょうか?」

「どうでしょう? 果たし状の内容が、割と曖昧あいまいだったからなぁ……」


 純白の巫女服に身を包んだ竜姫たつきさんが、困ったようにマーブルファイブたちの姿を探しているけれど、俺も適当なことしか言えなくて、なんだか申し訳ない。


 でも、祖父ロボからの情報だと、向こうからの指定は、大雑把な時間と、この場所くらいで、それ以外は特にないらしいから、なんともしがたい。


 まだまだ高い位置にある太陽が、なんだかのどかに、俺たちを照らしている。


「このまま、なにもなしってことは……、ないよね?」

「さすがに、そんな嫌がらせみたいなことは、しないと思うけど……」


 もうすでに、エビルセイヴァーの格好になっている桃花ももかが、なんだか、心配そうにしているけれど、俺としても、マーブルファイブの動きに確信は持てず、彼女を安心させてあげることはできないのが、歯痒はがゆい。


 やっぱり、こちらとしても、ここまで気合を入れてしまった以上、ちゃんと向こうにも頑張ってもらわないと、なんだか恥ずかしくなってしまう。


 でも、本当に、このままここで、延々えんえんと待ちぼうけ……、なんてことになったら、どうしよう? さすがに、次に戦う時には、俺の怒りも有頂天に……。


「おや、どうやら、のこのことやって来たようですよ」

「あっ、本当だ。いやー、よかった、よかった」


 なんて、益体やくたいもないことを考えているうちに、こちらも悪魔元帥デモニカとなっているけいさんが、指差した方向……、俺たちがいるのとは、反対側の崖上に、これこそまさに、正義の味方と言わんばかりの勢いで、複数の影が、飛び出してきた。


 ふう、どうやら、無益むえきな殺生はせずにすみそうで、やれやれ一安心である。


「ついに来たな、ヴァイスインペリアル! お前たちの悪行も、ここまでだ!」


 いや、あきらかに俺たちの方が、先に来てたと思うんだけど、そんなことには一切いっさいかまわず、向こうの崖の上に現れた集団の中央で、赤いジャケットが妙に似合っている精悍せいかんな顔つきの青年が、こちらを指差しながら、大見得おおみえを切っている。


 そう、青年だ。ハッキリと顔が見えている。しかし、声が同じなので、その正体は明白だった。一目瞭然いつもくりょうぜんならぬ、一耳瞭然とでも言うべきか。


 マーブルファイブのリーダー、マーブルファイアだ、間違いない。


 どんな決意か知らないけれど、こちらに対して、隠すことなく素顔を、その正体をさらしながら、正義の味方は、さらに続ける。


 でも、それはいいんだけど、あの集団には、なにか違和感があるような……。


「ふっ、貴様らとの因縁も、どうやらここまでのようだな!」


 あっちのキザっぽく髪をかき上げている青いジャケットの男は、マーブルウォータだろう。リーダーの隣で、張り合うようにポーズを取っている。


「決着は、ここでつけてやる……!」


 その後ろで、クールにこちらをにらむ、黒いジャケットの男性は、マーブルメタルと考えていいだろう。その動作もそうだが、あの気配には覚えがある。


「みんな、ここが正念場よ!」


 さらに、とりあえず、あの中で紅一点こういってんの、桃色のジャケットを着た長髪の女性は、確実にマーブルウインドであると、断言しても問題ない。


「よーし! それじゃ、やりますかー!」


 そして、他のメンバーと比べると、少し幼い感じがする、あちらの青年か少年か、微妙な年頃の男子は、マーブルアースということになるはずだ。


 はてさて、当然ながら、ここまでは、まったく問題ないんだけど……。


「はーっはっはっは! この俺が来たからには、貴様らはおしまいだー!」


 最後に残った、あの目に痛い紫のタキシードスーツを見せびらかすように、大声を上げているせいで、完全に、あの中で浮いている男には、とんと覚えがない。


「ふっ! ここで会ったが百年目! 貴様の命もここまでだ、シュバルカイザー!」


 だがしかし、こちらには覚えがないというのに、なぜか、その不審者から名指しで挑発されてしまった。


 なんだろう、ちょっと怖い……。


「なんだ、あの怪しい男と、知り合いなのか?」

「えっ? あの、うーん……」


 炎のような紅色の甲冑を着込み、巨大な金棒を軽々と肩にかついでいる朱天しゅてんさんに、世話話のように聞かれてしまったけれど、俺の記憶には、残念ながら特に引っかかるようなところはない。


 まったく、不思議なこともあるものだ。


「……えーっと」

「ふはははっ! どうした! 恐怖のあまり、声も出ないか!」


 なんとなく気持ち悪くて、頭をひねる俺に向かって、さらに調子に乗ったかのように奇声を発する、そのムカつくほど不遜ふそんな態度には、どこか見覚えが……。


 うん、駄目だ。お手上げ。


 というわけで、無駄なことに頭は使いたくないし、速攻であきらめた俺は、答えを直接、さっさと本人から聞いてしまうことにした。うん、それがいい。そうしよう。


「……誰?」

「はーっはっはっはっ……、はっ? な、なんだと!」


 しかし、俺からの素直な質問を聞いて、謎の高笑いを上げていた紫の男は、失礼なことに、一瞬で固まったかと思うと、驚いたように絶叫している。


 なんでもいいから、さっさと答えて欲しい。


「き、貴様っ! 忘れたとは、言わせんぞ!」


 いやごめん、忘れました。


 とは、言わないでおいてやろう。なんだか、めんどくさそうだし。


「俺の名前は、稲光いなみつだ! 雷電らいでん、稲光! 悪の組織、ブラックライトニングのボスとして、貴様の前にふさがった、あの! 因縁の!」


 そして、なんかもう、どうでもよくなって、ぼんやりとしていた俺に、謎の男は、おそらく奴の中では、驚愕の事実というやつを、地団駄じたんだを踏みながら、げてきた。


 告げてきた……、のだけれども。


「……?」

「だーっ! どうしてそんな、素朴そぼくな疑問みたいに首をかしげる! ほら、そっちの、メガネの女と一緒に、我らが居城に、攻め込んで来ただろうが!」


 なんだか、ピンとこないリアクションを取った俺に対して、稲光と名乗った男は、悲鳴のような絶叫を上げながら、さらなるヒントを寄越よこしてくれた。


 まあ、それはもう、どうでもいいんだけど。


「そんなこと、ありましたっけ?」

「総統との作戦内容は~、全部覚えてるけど~、敵の顔なんて~、記憶にないし~」


 すっとぼけた態度をとってみた俺に向けて、そのメガネをキラリと輝かせながら、マリーさんこと、無限博士ジーニアは、面白そうにニヤリと笑う。


 どうやら、こちらの意図をさっしてくれたようで、俺も嬉しい。


「というわけで、まあここは、お互いに初対面ということにして……」

「どうしてそうなる! しっかりと、思い出さんか! 俺様だぞ! なぜ忘れる!」


 完全に、初めて会った人間に対する態度を取る俺に向けて、顔を真っ赤にしながら大声で怒鳴り散らす稲光の姿は、既視感を通り越して、期待通りではあった。


 ああ、そうそう、こんな奴だったわ。


「あー、うん、分かった分かった。おお、お前だったのか、驚いたなー」

「ふはははっ! そうだろう、そうだろう! それでいいのだ!」


 それでいいのか。


 と思ったけれど、まあ、どうでもいいのか。というか、なんでもいいな。


 あの男の言動に、まともに付き合っても、こちらが疲れるだけである。


「それで、その雷電稲光が、どうしてマーブルファイブと一緒にいるんだ? お前、確か国家守護庁こっかしゅごちょうに、捕まってただろ。逃げ出そうとして、また捕まったのか?」

「ふふん! まあ、貴様ごときの貧弱な想像力では、まあ、それくらい思いつくのが、せきやまだろうな! まったく、あわれな奴よ!」


 もはや懐かしい感じで、俺のことを罵倒する稲光だが、ここは反論しないで、放置した方が、勝手に調子に乗って、色々と話してくれるはずと、我慢する。


 俺だって、成長するのだ。いつまでも、こんな幼稚な悪口に、カチンとしてしまうほど子供ではない。どんな相手にだって、冷静に対応できるのである。


「確かに、俺は過去のあやまちによって、あの冷たい牢獄に、閉じ込められた……」


 とはいえ、ああやって、悦に入った感じで、好き勝手にされると、普通にムカつくわけで。というか、あの顔が、なんか腹立つ。ぶん殴ってやろうか。


「おい、なんか唐突に、自分語りが始まったぞ」

「いるんだよねぇ、ああいう、すぐに自分の世界に入っちゃうのって」

「まったく、はた迷惑ですね。もうこちらから、攻撃してしまいましょうか」


 これから一体、なにを見せられるんだと、思わず漏れ出てしまった俺のうめき声に、エビルレッドの格好をした火凜かりんが、俺と同じような、うんざりした顔で同意すると、こちらもエビルブルーとなったあおいさんが、真顔で物騒なことを言い出す。


 でも、気持ち的には、完全に同意です、ブルー。


「しかし、この俺の、そう! この俺の有能さに! 目をつけてくれた国家守護庁の皆さんのおかげで、俺様は、正義に目覚め、生まれ変わったのだ!」


 そんな、しらけた空気の俺たちなど、目にも入らないのか、どんどんと盛り上がった稲光が、なにやら天に向かって両手を広げながら、感極まったような声を出す。


 というか、普通にきもい。


「そう! 今の俺は、マーブルファイブ、第六の戦士! マーブルパープルだ!」


 そしていきなり、意味の分からないことを、言い出した。


 まあ、とりあえず、マーブルなのに、第六の戦士ってなんだ。


「…………」


 しかも、その第六の戦士とやらの側にいる、元祖というか、本家マーブルファイブの皆さんは、微妙な沈黙と共に、新たな仲間のはずな稲光には、誰一人として、目も合わせようとしないという、気まずい雰囲気である。


 もうちょっと、戦いに挑む前に、絆を深めた方が、いいと思うぞ、おい。


「あいつ、あれでも悪の組織のボスだったんですけど、それが正義の味方になんて、そんなこと、本当にあるんですか?」

「えっと、収監された悪の組織の人間でも、その更生を認められた者は、正義の味方としてスカウトすることがあるって、聞いたことは、あった気がするけど……」

「あれって、本当だったんだー。都市伝説だと思ってた」


 まあ、とりあえず、向こうの空気が悪いのは、こちらのせいではないので、放っておくとして、俺の中で、ふと浮かんだ疑問に対し、エビルグリーンこと樹里じゅり先輩が、口元に手を当てて、思い出すように答えてくれたというのに、その隣にいるひかりときたら、エビルイエローのマスクを、興味なさげにいじくっている。


 でも、まあ、要するに、悪の組織の人間といっても、超常能力を持った貴重な人材というわけで、正義の味方も、可能な限り再利用したいのだろう。多分。


 しかし、悪の組織の人間が改心して、正義の味方になるというのは、なんとなく、理解はできる気がするのだけれども、問題は、あの調子に乗った稲光が、ちっとも、これっぽっちも、まったく、改心してるようには、見えないことだろうか。


「なんか、洗脳とかされてるんじゃないか? 言動も不自然だしさ!」

「いえ、あいつは元々、あんな感じの奴です」


 そう、残念ながら、破壊王獣レオリアとして、風格たっぷりに腕を組む千尋ちひろさんの推測は、間違っていると、言わざるをえない。


 いや、推察というより、その根拠が間違っていると、言うべきか。向こうの事情は詳しく分からないので、洗脳の可能性は、否定できないし。


 でも、それはそれとして、雷電稲光は、最初から、ああいう男なのである。


「まあ、なんでもいいや。それで、話を戻すけど、その稲光が……」

「ふははははっ! もはや問答無用!」


 そう、こんな風に、自分で話を振っておきながら、自ら打ち切るような……。


 というか、緩急がよく分からなくて、恐いわ、普通に。


「言ったはずだ! 貴様の命も、ここまでだと!」

「……まあ、だから、なんでもいいけどさ」


 というか、俺の記憶が確かならば、死にかけていたあの男に、命気プラーナを分け与えて、なんとか助けようとしてやったのは、この俺だったはずなんだけど……。


 そのことに関して、なにか言うことはないのか。


 確かに、あの時の稲光は、完全に暴走状態だったし、もしかしたら、なにも覚えてないのかもしれないけれど、それにしたって、失礼の極みである。


 まあ、それすらも、なんだっていいというか、どうだっていいのだけれど。


「……やるぞ、みんな!」

「ラジャー!」


 どうやら、ひたすらに無駄口を叩いて、浮いていた稲光が、やっと話を切り上げた好機を逃すまいとしたのか、リーダーであるマーブルファイアが、これまでの流れを完全に無視して、いつもの調子で号令をかけると、残りの四人も、それに応じた。


 でも、それで正しいと思います。


「奇跡を起こせ! ミラクル……、ブースト!」


 なんて、ある意味で傍観者とした俺の目の前で、色とりどりだけど、デザインが同じジャケットを着た五人が、それぞれ、大きな宝石のようなものが取り付けられたベルトのバックルを掴み、外すと、高々と天にかかげる……。


 そして、次の瞬間、変化は起きた。


あらぶるほのお戦士せんし! マーブルファイア!」

逆巻さかまみず戦士せんし! マーブルウォータ!」

たけはがね戦士せんし! マーブルメタル!」

きらめく大地だいち戦士せんし! マーブルアース!」

けるかぜ戦士せんし! マーブルウインド!」


 眩い閃光と共に、その全身をバトルスーツで包み込んだ五人組が、見事に揃って、もはや見慣れたポーズを決めた。


「ふっ! 奇跡を掴め! ミラクル……、バースト!」


 さらに続いて、不敵な笑みを浮かべた稲光が、その右手に装着されていた、なんの飾り気もないブレスレットを、左手で掴んだ瞬間、爆発的な閃光が、炸裂する。


とどろいかづちの戦士! マーブルパープル!」


 その輝きが収まった後には、他のマーブルファイブとは、微妙にデザインの違う、ゴテゴテとしたスーツを全身に装着した稲光が、マスクの下で、大きくえた。


かがやいのち奇跡きせきあかし! 輝石きせき戦隊せんたいマーブルファイブ!」


 こうして、全員揃った正義の味方の皆さんが、新たに加わったパープルをまじえて、これまでとは微妙に、フォーメーションを変更した決めポーズを披露した、までは、まあ別に、いいんだけども。


 やっぱり、マーブルファイブなのに、六人いるっていうのは、えないなぁ……。


「さあ、勝負だ、ヴァイスインペリアル!」

「ああ、それはいいんだけどさ」


 なんて、こちらの気も知らずに、なにやら気合を入れたマーブルファイブに、俺は老婆心ろうばしんながら、忠告をしてやることにする。


 というか、向こうだって、分かっているはずなんだけど。


「この状況で、本当に、まともに正面から、やり合うつもりか?」


 あっさりと、それだけ告げた俺の後ろには、ヴァイスインペリアル最高幹部三人にエビルセイヴァーの五人、それに竜姫さんと朱天さんまで、勢揃いしている。


 正直言って、これだけの面子めんつを相手に、本気で勝てると思うのならば、その根拠というやつを、じっくりと問いただして、論文にでもまとめたい気分だった。


「くっ! 確かに、まさか最高幹部から総統まで、全員集合しているとは、さすがに思わなかったぜ……! しかも、見たことがない新顔までいる始末!」


 というわけで、それなりに常識はあるのか、それとも、これまでの苦い記憶があるおかげか、リーダーであるマーブルファイアは、暑苦しいポーズで頭を抱えている。


 とはいえ、そんなことを言われても、適当な時間と場所だけ指定して、それ以外はなにも言わなかった、そっちが悪いのだけれども。


 だって、独りで来いなんて、言われなかったし。


「しかし! 今日の俺たちは、ひと味違う!」

「このマーブルパープルも、いることだしな!」


 それでも、気勢きせいを上げるマーブルファイアの後ろで、なにやら、新戦士ということらしい稲光が張り切っているようだけど、ぶっちゃけ、奴一人が加わったところで、戦況にさしたる変化はない。


 確かに、あいつは、その身体から電気を生み出す超常者にして、あの悪魔マモンに手を貸していた狂気の博士……、松戸まつどごうから、その超常能力を強化する改造手術まで受けたという、微妙に貴重な存在ではあるけれど、言ってしまえば、それだけだ。


 もしも奴が、あの実にヒーローらしい全身タイツのスーツで、さらにパワーアップしていると仮定しても、まったく脅威ではないと、俺の超感覚も告げている。


 ハッキリ言って、サプライズとしては、イマイチだった。


 しかし……。


「いくぞ! 緊急発進スクランブル! マーブルマシン!」

「……マーブルマシン?」


 恐るべき気迫きはくと共に、マーブルファイアがはっした、なにやら聞き慣れない単語に、マヌケにも首をかしげてしまった俺の反応は、的外れだったと、言わざるをえない。



 驚愕きょうがくは、この後すぐに、訪れた。


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