11-6


 そして、いそがしく会議と視察を終えてから、翌日。


「はい、統斗すみとくん。お茶が入ったよ」

「おっ、ありがとう、桃花ももか。あー、あったかい……」


 俺は、ヴァイスインペリアル中央本部ビルの最上階の、総統専用ということには、まあ、一応なっているものの、もうすっかり、俺たちのたまり場に落ち着いた豪邸のリビングにて、まだ日も高い内から、こうして暖かいこたつに入って、のんびりと、くつろいでいた。


 そう、それはもう、のんびりと。


 誰がどう見たって、だらだらと。



 ……いや別に、さぼってるわけじゃ、ないんだよ?



 悪の総統にだって、休憩時間くらいはある。


 いやむしろ、悪の総統だからこそ、自分の好き勝手に休むことが可能だと、むしろ胸を張って言い切ってもいいくらいの強権を発揮することも、十分に可能だろう。


 とはいえ、本日のこれは、別に仕事が嫌になって、俺が突然、全てを投げ出して、自堕落じだらくに生きると決めて、責任から逃げ出したとか、そういうわけではない。


 これはただの、シフトに乗っ取った、正規の休憩時間である。


「ほいほい! もちろん、みかんもあるよー!」

「こたつにみかんは、定番ですからね」

「おおっ! いいですね、これで最強タッグだ!」


 おぼんんだみかんを持ってきてくれた火凜かりんあおいさんが、ごそごそとこたつのすそをめくり、人数分のお茶を運び終え、もうすでに俺の隣に座っている桃花の側へと、腰を落ち着けた。


「はい、りんごも切れたわよ」

「ふっふーん! ひかりにかかれば、このくらい簡単ね!」

「へえ、やるじゃないか。先輩も、お疲れ様です!」


 さらに、先ほどまで、向こうのキッチンで、仲良く剥いていた真っ赤なりんごを、大きなガラスの器に盛りつけて、こちらに運び終えた樹里じゅり先輩とひかりが、ようやく合流したことで、この場にいる全員が、こたつに入ることになったけど、まだ決してせまくはないどころか、もう少し余裕がある。


 いやー、色々考えたけど、大き目のこたつを買って、よかった。よかった……。


 ちょっぴり高い買い物だったけど、こうして昼下がりに、みんなと一緒になって、同じこたつを囲んでいると、なんともいえず幸せで……。


 ……だから、本当に、さぼってるわけじゃないんだよ?


「それにしたって、暇よねー……。ひまひまー、ひまひまー」

「もう、ひかり。いくらなんでも、気を抜きすぎだよ?」

 

 まるで溶けたチーズのように、こたつにしているひかりを、桃花が注意するけれど、そう言う本人が、みかんの皮を、ゆっくりと剥いているのだから、緊張感というやつは、ほとんどない。


 でもまあ、だからといって、なにか問題があるというわけでもない。

 いや、さすがに、ひかりレベルは、やりすぎだけど。


「でもさ、もうちょっと、張り合いは欲しいよねー」

「あら、駄目よ、そんなこと言ったら。こうして暇なくらいが、丁度いいんだから」

「そうですよ、火凜。先輩の言う通り、余裕があるのは、いいことです」


 背中を丸くして、ずずっとお茶をすすっている火凜に、りんごを差し出しながら、樹里先輩は笑っているし、葵さんも真顔ではあるけれど、リラックスした様子だ。


 そう、ここ最近、エビルセイヴァーのみんなには、正義の味方が攻めてきたときの対応を主な仕事としてもらっているのだけれども、それは裏を返せば、向こうが攻撃してこない時は、基本的に待機していなければならないということでもある。


 とはいえ、俺たちヴァイスインペリアル側の戦力は十分で、彼女たちだけに、全て任せているわけでもない上に、これまで、マーブルファイブが定期的に攻めてはくるものの、それ以外の正義の味方が増員されることもなかったので、結局、このように時間的な余裕が生まれるというわけだ。


 まあ、そのおかげで、こうして俺の休憩時間に合わせて、五人揃ってここに集まるなんて時間の調整も、簡単なんだけど。


「けど、もうそろそろ、向こうも総力をげてくるんじゃないかなぁ……」

「そうだな。あちらさんも、かなり追い込まれてるだろうし……」


 でも、桃花の意見には、俺も賛成だ。余裕は持っても、油断してはいけない。


 これまでは、マーブルファイブに対して、俺たちが圧倒的な勝利をおさめてきたが、それは同時に、相手を全力で追い込んでいるということでもある。


 さすがに、そんな状況を、いつまでも続ける気は、国家守護庁こっかしゅごちょうにもないだろうし、なにか手を打ってくる可能性は、十分以上にあるはずだ。


 つまり、奴らにも、なにか切り札があるのなら、そろそろ切ってきても、おかしくないという話なんだけど……。


「……あー、あったかい」


 今はそれよりも、みんなで囲むこたつの暖かさの方が重要で、感動的なんだから、まったくもって、仕方がないね。


 まあ、もちろん、しっかりと警戒もしているけれど、それはそれとして、こうして休憩するのが、今の俺にとっては、正しい行動であると、自負している。


 だって、休憩時間だし。


「おっと、待ち人きたる、かな?」


 なんて、どうでもいいことを考えていたら、玄関のチャイムが鳴って、ドアが開く音がしたと思ったら、二人分の足音が、こちらへとやって来る。


 とはいえ、驚きはない。


「あっ、統斗さま! 本日は、おまねきいただき、ありがとうございます!」

「ほら、手土産も、持ってきてやったぞ」


 このリビングに貼ってきた途端、まぶしい笑顔を見せてくれた竜姫たつきさんと、こちらも少し微笑んでくれている朱天しゅてんさんは、俺が自分で呼んだのだから。


「わっ、ありがとうございます、朱天さん! 今、お茶を入れてきますね!」

「それじゃ、お皿も持ってこなくちゃね。桃花ちゃん、手伝うわ」

「ああ、そんなに、気にしないでいいぞ。これは羊羹ようかんで、こっちは……」


 いそいそと、こたつから立ち上がった桃花と樹里先輩が、手早くコートを脱いで、持ってきた荷物を運ぶ朱天さんと一緒に、キッチンへと戻っていく。


 手伝うべきかと思ったけれど、俺が行っても、邪魔になるだけだろう。


「竜姫ちゃん、こっち来なよ! こっちこっちー!」

「あっ、ひかりさん! それでは、お邪魔させていただきますね」

「さあ、外は寒かったでしょう。ゆっくりと温まってください」

「ほらほら、みかんもあるよ~、美味しいよ~」


 もそもそと移動して、スペースを空けたひかりの隣に、丁寧に羽織はおりたたんでから、ちょこんと腰を下ろした竜姫さんを、まず葵さんがねぎらって、火凜も続く。


 なんというか、まるで親戚が集まったみたいな空気で、ほっこりしてしまう。


 いやしかし、ちょっとみんなで集まるから、一緒にのんびりしませんかと、気軽に誘ってしまっても、遠く西の彼方から、この国の中心に近い俺たちの街まで、まるで隣の家に遊びに行くよりも手軽に来れるのだから、ありがたい。


 本当に、ワープ様様さまさまである。


「はい、竜姫ちゃん! 熱いから、気を付けてね?」

「わあ、ありがとうございます、桃花さん。ああ、いい香り……」


 なんて、俺がぼんやりしていたら、戻って来た桃花が差し出すお茶を、竜姫さんが嬉しそうに受け取っていた。


「ほら、朱天さんから、いただいた御菓子よ」

「わーい! ありがとうございまーす!」


 そしてこちらでは、樹里先輩がお盆に乗せて運んでくれた美しい和菓子の数々に、ひかりが無邪気に歓声を上げている。


「いやー、いつもいつも、すいません! それでは、いただきまーす!」

「こら、火凜。そんな自分だけ食べようとしないで、私の分も取ってください」

「はははっ、たくさんあるから、落ち着いて食べな」


 早速、喜びいやんで、それに手を伸ばす火凜に、普段は冷静な葵さんまで続く様子を見ながら、穏やかな笑みを浮かべた朱天さんも、こたつに参加した。


 うんうん、やっぱり大きなのを選んで正解だ。リビングが広いおかげで冒険できたというか、無理をしてよかった。


 まるで大家族のような、このまったりとした空気は、何物にも代えがたい。


「それじゃ、みんな集まったことだし、トランプでも……」


 というわけで、なんとなく、この雰囲気が愛しくなってしまい、気の抜けた提案をしてしまった俺という、わけなんだけど……。


「……あれ?」


 またもや鳴ったチャイムの音と、こちらにやって来る足音に、首を傾げる。


 いや、気配というか、もはや感覚的に、誰が来たかは、もう分かってるんだけど、とはいえ、意外といえば意外な展開に、思わず驚いてしまった。


 みんな、この時間は忙しいと思ったんだけどな。


「やっほー、統斗! 時間ができたから、遊びにきたぜー!」

「ちょうど~、統斗ちゃんも休憩中なんて~、ラッキーよね~」

「ええ、こうして統斗様のお顔を拝見できるだけで、午後の仕事の活力に……」


 そして、思った通り、先ほど閉められたリビングの扉を、勢いよく開け放ち、まず千尋ちひろさんが飛び込んで来たと思ったら、ニコニコしているマリーさんが続いて、その後ろから、優しい微笑みを浮かべたけいさんが……。


 その表情を、一瞬で凍らせた。


「……なるはずが、どうやら、いらない顔もあるようですね」

「あん? なんだ、言いたいことがあるなら、ハッキリ言え」

「だ、大門だいもんさんも、朱天さんも、喧嘩はダメですよ! ほ、ほら、落ち着いて!」


 その場に立ったまま、冷たい目をした契さんと、こたつに入ったまま、燃える瞳の朱天さんが、バチバチとにらいを始めてしまったので、それを見て、慌てた様子の桃花が、なんとかしようと、パタパタと腕を振っている。


「おっ、みかんあるじゃん! お菓子もたくさん! いっただきー!」

「わわわっ! いきなり来て、全部食べないでよー! 葵! 手伝って!」

「了解です。物資の確保を優先しますので、火凜は右側から……」


 そんな空気には、おかまいなしで、目ざとく獲物を見つけた千尋さんが、あっという間に接近して、素早く手を伸ばし始めたので、火凜と葵さんが防衛に乗り出した。


「なになに~? みんな集まって~、どんなインモラルなことしてるの~?」

「あらあら、あなたじゃないんだから、そんなことしてるわけないでしょう?」

「うう~、なんだか恐いよ~……。ちょっと、なんとかしなさいよ、統斗!」


 なにやら、いやらしい笑みのマリーさんに対して、恐ろしい笑顔を貼りつけた樹里先輩が、丁寧な口調で威嚇いかくを始めたようで、ひかりが無茶を言っている。



 こうして、一瞬前まで、なんとも穏やかだった雰囲気は、あまりにも一瞬の内に、がらりと変わって、大騒ぎの様相ようそうだ。



「ふふふっ、皆さん、楽しそうですね」

「ええ、そうですね……、っと、ちょっと、すいません」


 とはいえ、それもまた、俺たちらしいかなと、特にあせるでもなく、俺は楽しそうに笑っている竜姫さんに、のんびりと頷いた……、のだけれども、その途端に、携帯が突然、いきなり、突拍子もなく鳴り出してしまったので、対応に追われてしまう。


 まあ、休憩はあくまで、休憩というわけだ。


「はい、もしもし?」


 休んでいるときに、急な呼び出しを受けるのは、しょっちゅうなので、俺は慌てることもなく、落ち着いて電話に出る。


「えっ、ああ、はいはい、なるほど、分かったよ。うん、こっちに任せて」


 そして予想通り……、というか、携帯の画面に名前が出ていたので、分かっていたことだけど、電話の向こうにいる、いつもの調子の祖父ロボと、いつもの調子で言葉を交わし、いつもの調子で報告を受ける。


 それはもう、いつもの調子すぎて、これこそまさに、予想通りか。


「うん、うん、それじゃあ、また後で。はーい、了解でーす」


 というわけで、俺はいつもの調子で電話を切って、いつもの調子で座り直す。


 そこにはなにも、驚くべきことは、存在しない。


「統斗さま? なにかあったのですか?」

「ああ、いや別に、いつものことですよ」


 だから、こちらを見ながら、可愛らしく首をかしげている竜姫さんに、俺はさらりと本題を告げてしまう。


 それはもう、あっさりと。


「マーブルファイブが、攻めてきたそうです」

「まあ、それでは、いかがいたしますか?」


 そして、こちらもあっさりと、いつもの調子な竜姫さんに、はてさて俺は、答えを返さなくてはならない。


 さすがに、お休みモードは、もうおしまいだ。


「うーん、そうですね……」


 さて、それではと、俺はぐるりと、辺りを見渡してみたのだが……。


「やれやれ、仕方ありませんから、滅却めっきゃくして差し上げましょう……」

「まったく、しょうがないから、叩き潰してやるか……」

「だから! 魔術も金棒も、やめてください~!」


 なにやら、危険な構成の魔方陣を展開し始めている契さんと、どこから持ち出したのか、凶悪な金棒を引っ掴みながら、立ち上がろうとしている朱天さんにはさまれて、可哀想に、桃花が悲鳴を上げている。


「へへっ、甘いぜ! うん、こっちも甘くて、うま~い!」

「またやられた! ううっ、なんて動きなのよ! ああ、もうみかんが!」

「あきらめてはいけません。勝負は最後まで捨てては……、あっ」


 目にも止まらなぬ早業で、こたつの上にある食べ物を、恐るべき速度で食べ尽くす勢いの千尋さんに、防戦一方どころか、完全に押されている火凜と桃花が、勝ち目のない戦いの中で、絶望に叩き落とされている。


「うふふ~、ずいぶんと~、言うじゃないの~。可愛らしくて~、解剖したいわ~」

「ふふふっ、むしろ御自分の、その色ボケた頭を、お調べになったらどうです?」

「ひ、ひいい~! た、たす、助けて、統斗~! お願いだからー!」


 ジリジリと、互いに笑顔のはずなのに、おどろおどろしい空気をにじませ始めているマイーさんと樹里先輩を見ながら、ひかりがあわれにも懇願こんがんしている。


 それはもう、笑ってしまうほど。いつも通りの俺たちだった。


「うん、決めた」


 なんというか、このまま誰かを残して、誰かを送り込む、なんてしたら、なんだか面倒を押し付けるようで、悪い気がするし、それに、そんなことしてしまうと、妙な軋轢あつれきとかが、残念な感じで、今度も残ってしまうかもしれない。


 それに、追い込まれたマーブルファイブのことは、警戒するって決めてるし。


 だったら、答えは一つしかない。


「みんなで一緒に、行きましょうか」

「わあ、それは楽しそうですね!」


 俺の提案に、満面の笑顔の竜姫さんが、嬉しそうに賛同してくれたので、なんだか喜びと、やる気がこみ上げてくるのを感じる。


 それでは、気持ちを切り替えて……。



 ひと仕事、しましょうか!


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