11-3


 しかし、意気込んだところで、いきなり劇的に、全てが解決するはずもなく……。


「ふう……」


 結局、少し長引いたものの、特に目新しい発見はできず、おおよそ、いつも通りの結論にいたった会議を切り上げた俺は、ひと息ついて、遅めの昼ご飯を食べるために、このヴァイスインペリアル中央本部ビルに用意された食堂に、やって来ていた。


 今はもう注文を済ませ、配膳カウンターで美味しそうなカレーセットを受け取り、どこに座ろうかと、周囲を見渡している最中なわけだけど、残念ながら、この意識の半分は、いまだ神宮司じんぐうじ八百比丘尼やおびくにの案件に捕らわれていると、認めざるをえない。


 おのれ、悪の総統のランチを邪魔するなんて、なんて奴らだ……。


「あっ、統斗すみと様! ここ、空いていますよ?」


 などと、むなしいことを考えながら、適当にうろうろとしていた俺に、一人の可憐な少女が、声をかけてくれた。


竜姫たつきさん! それじゃ、ご一緒させてもらいますね?」

「はい! ふふっ、嬉しいです!」


 どうやら、八咫竜やたりゅうに戻る前に、こちらで食事をすることにしたのか、上品に微笑む竜姫さんが使っているテーブルの上には、この食堂自慢の和食御膳が置かれている。


 会議に参加していたみんなとは、ちょっと執務室に書類を持っていこうと思って、あの場で一度別れていたので、ここに来るまで知らなったわけだけど……。


 でもそこには、まるであるべきものがないような、違和感があった。


「あれ? でも、珍しいですね、竜姫さんが一人だなんて。朱天しゅてんさんは?」

「それが、また新しい情報がないか確認に行くと言って、先に戻ってしまって……」


 もうすでに腰を落ち着けている竜姫さんの正面に、俺も腰を下ろしながら、それとなく聞いてみたわけだけど、なるほど、どうやら朱天さんは、先ほどの会議で、特に進展がなかったことを、気にしてしまっているようだ。


 別に彼女の……、というか誰のせいでもないので、責任を感じる必要なんてないのだけれども、朱天さんらしいといえば、らしいのかもしれない。


 とりあえず、後でフォローはしておこう。


「でも私は、この後で桃花ももかさんたちと、一緒に遊ぶ約束をしているので残っていたのですが、ちょっとだけ時間が空いてしまって……」


 なるほど、そういう事情だったのか。


 あの朱天さんが、竜姫さんを一人にして、自分だけ先に帰るなんて、普通だったらありえないと思ったけれど、どうやら楽しい理由だったようで、なによりである。


 それは朱天さんが、俺たちを信用してくれているということでもあるし、それに、みんなが仲良くしてくれたら、俺も嬉しいし。


「それで、その、恥ずかしながら、お腹もいていたので……、勇気を出して、一人でお昼を食べてみることにしたんです」


 それに、こうしてちょっぴり顔を赤らめている竜姫さんは、物凄く可愛いし。


「ここは朱天と一緒に、何度か使わせていただいていたので、注文の仕方は分かっていたのですけれど、自分でするのは初めてで、ふふっ、緊張してしまいました」

「あっ、それ分かります。俺も最初は、どうしたらいいのか、困っちゃって」


 なんにせよ、こうして竜姫さんと合流できたのは、嬉しいサプライズだ。一人ではまた、色々と無駄に考え込んでしまいそうだし、やっぱり食事は、楽しくしたい。


 休む時には、ちゃんと休まないと、いい考えも浮かばないし。


「それじゃ、俺も、いただきま~す……」

「およ、統斗? ラッキー! おーい、統斗がいるぞー!」


 なんて、俺が呑気のんきに、スプーンを持ち上げた瞬間、背後から聞き慣れた元気な声が聞こえたと思ったら、誰かを呼んでいる。


 というか、あきらかに千尋さんの声だし、誰を呼んでるかは、すぐに分かった。


「あ~、統斗ちゃんも~、今からランチ~? 実は~、ワタシたちもなの~」


 思った通り、千尋さんに続いて、のんびりとしたマリーさんの声もしたので、俺がそちらを振り向くと、それぞれ食事の乗ったトレイを持ちながら、嬉しそうな笑顔でこちらにやってくる、我らが最高幹部たちの姿が、そこにはあった。


 どうやら、食事のタイミングが、これまた偶然、重なったらしい。


「申し訳ありません、竜姫様。ご一緒させていただいても、よろしいですか?」

「ええ、もちろんです! ふふふっ、ご飯は大勢で食べた方が、美味しいですから」


 きちんと確認して、承認を得てから、トレイを置いたけいさんに続いて、千尋さんとマリーさんも、俺たちと同じテープルに、腰を落ち着けた。


 なにやら、一気に大所帯になってしまったけれど、竜姫さんは楽しそうだし、俺としても、断る理由なんて、ある訳がないので、異論もない。


 いやむしろ、大歓迎だ。


「それじゃ、あらためまして……、いただきま~す」


 というわけで、ついさっきまでは、孤独にグルメな感じだった俺は、思いもかけず大切な仲間たちに囲まれて、にぎやかな昼食を過ごせることに感謝しながら、今度こそスプーンを手に取って、まだ温かいカレーを、口へと運ぶ。


 うん、美味しい。


「むむむっ! 竜姫はほそいし、ちっちゃいんだから、もっと食べなきゃダメだぞ! ほらほら、おかずを分けてあげるから、食べて食べて!」

「わわっ! そ、そんなにたくさん、食べられません~!」


 なんて、俺が気を抜いてるうちに、なにやら騒がしくなったと思ったら、まったく悪気のない笑みを浮かべている千尋さんが、その手に持った大盛のカツ丼から、箸を器用に使って、とろとろな卵と絡んだカツを、せっせと竜姫さんの御膳に移してる。


 いやまあ、千尋さんからすれば、その大盛カツ丼は二人前ある上に、他にも湯気の立つラーメンや、野菜炒め、それから焼き魚まであるのだから、それくらい渡しても平気なのもしれないけれど、竜姫さんからすれば、まったく平気じゃなさそうだ。


 というか、そんなに食べて大丈夫なんですか、千尋さん。


「ほら、千尋、あんまり竜姫様にご迷惑をおかけしては、いけませんよ」

「ちぇー、もっと肉をつけた方が、絶対に可愛いのにー」

「あ、ありがとうございます……。で、でも、これくらいは、食べてみせます!」


 カルボナーラパスタを巻く手を止めた契さんに、優しい口調で注意され、その口をとがらせながらも素直に箸を止めた千尋さんに渡されたカツを、しかし竜姫さんは返すことなく、健気な決意を見せている。


 その様子はまるで、母親にたしなめられる仲の良い姉妹のようで、誤解を恐れずにいうならば、とってもなごやかで、いい雰囲気というやつだろう。


 そう、実のところ、竜姫さんと、契さんたち最高幹部の皆さんの関係は、それほど悪くないというか、むしろ良好だった。朱天さんとの仲を考えれば、まさしく雲泥うんでいであると、言わざるをえない。


 これはやっぱり、年が離れているということも、あるのかもしれないけれど、それよりは、竜姫さんという人間が持つ、人徳というやつのおかげだろうか。


 打たれれば打ち返す朱天さんとは違って、竜姫さんが誰かと衝突したり、怒ったりするなんて、想像もできないし。


「そうそう、竜姫ちゃん~。この前は~、協力してくれて~、ありがとね~」

「あっ、いいえ、私の力がお役に立てるなら、なによりですから」


 そういうわけで、このように、なんだかどろどろの、緑色したスムージーを片手に微笑んでいるマリーさんと竜姫さんの関係も、悪くないわけで……。


 ……って、うん?


「あれ? 協力?」

「そうよ~、この前ちょっと~、龍脈の力を科学的に~、分析させてもらったの~」


 思わず首をかしげた俺に、マリーさんが説明してくれたけど、そういう調査をしているというのは初耳だったので、少し驚いてしまった。


 まあ、マリーさんが報告を上げずに個人的な調査というか、実験を繰り広げているのはいつものことだし、自由にしていた方が大きな成果を出してくれるので、それはいいのだけれども、それに竜姫さんが協力していたなんて、ちょっぴり意外だ。


 どうやら、俺が思ってる以上に、彼女たちには付き合いがあるらしい。


「あの八百比丘尼が操る黒い力と、龍脈の力が似ているのではないかという統斗様の御意見を参考に、なにか対策をと思いまして。無理を聞いていただき、竜姫様には、本当に感謝しております」

「そんな、私はただ、皆さまのお役に立てれば思っただけですから……。これからもどうか、遠慮なく、なんでも言ってください」


 相手に敬意を示す契さんも、それを受けて、謙虚に微笑む竜姫さんも、その表情は柔らかい。なんというか、穏やかな空気である。


 まあ、みんなが仲良くしてくれるなら、俺にとっても嬉しいことだ。


「このままだと、いざ本格的に戦うってなった時に、滅茶苦茶困るからなぁ~。オレたちはともかく、怪人や戦闘員じゃ、あのドロドロを防いだり、回避したりするのは難しいと思うし、早く対応しないと、厳しいぜ!」


 そして、千尋さんの言う通り、八百比丘尼に関する問題は、深刻ですらある。奴の操る漆黒の泥には、触れることすら危険だと、俺の超感覚も告げていた。


 相手の正体はまだしも、あれに関しては、少しでも対策を練っておかないと、危険というか、いきなり致命的な事態にも、なりかねいない。


「そこで~、竜姫ちゃんに協力してもらったってわけなのよね~。とはいえ~、まだ研究を始めたばっかりだから~、まだそれらしい成果は~、得られてないけど~」


 なんにせよ、マリーさんに任せれば、なんとかしてくれるはずだと信じて、ここは彼女に、好きにしてもらった方がいいだろう。


 少なくとも、俺なんかが考えるよりも、その方が、よっぽど確実である。


「情けない話なのですが、自分では詳しいことも、よく分からくて……。この龍脈の力は、八咫竜の中でも、限られた血筋しか使うことができず、私は生まれたときから扱えてはいたのですが、どうにも感覚的なもので、理屈はさっぱり……」


 そして、なぜか竜姫さんが、申し訳なさそうにしているけれど、そんな必要はないというか、彼女を責めることなんて、誰にもできるはずがない。


 というか、この俺も、一応は魔術とか命気プラーナとか使ってるわけだけど、それだって、決して理論にのみもとづいたものではなく、かなり感覚的なので、その気持ちは、よく分かるというか、非常にシンパシーを感じてしまう。


 いつも普通にやってることでも、いざ口に出して、他の人に説明しようとすると、意外と難しいものなのである。


「なるほど、それじゃあ、契さんと千尋さんも、協力を?」

「ええ、なんとか力になりたいとは、思っているのですが……」


 というわけで、そういうときは、周りの人間に手伝ってもらうのが一番だと思っているので、何気なく聞いてみたのだけれども、契さんの表情は、イマイチ晴れない。


 どうやら、まだ全てが順調というわけでは、ないようだ。


「魔術的なアプローチは、難しいですね。龍脈が、星の内側に潜む大地の力ならば、魔術の根幹こんかんである魔素エーテルは、空気にただよう大気の力ですから、根本的に別物です」


 うーむ、魔術のスペシャリストである契さんに、そこまで言い切られてしまうと、こちらとしては、うなずくしかない。


 確かに、以前に聞いた話だと、龍脈とは、この星の内側に走る力ということだし、どこか別の次元からにじしている魔素とは、別物というのも、納得か。


「星の命だから、もしかしたら、命気の方に近いのかもしれないけど、これもな~。オレたちはあくまでも、自らの内に流れる力……、つまり内気ないきを、いかに引き出して戦うかを極めた戦い方に特化してるから。そういうのは多分、自らの外に流れる力、外気がいきって呼ぶんだけど、そっち方面は、さっぱり分かんないだよな~」


 そしてどうやら、千尋さんの方も、龍脈に関しては、お手上げの様子だった。


 ていてもなるものというは、それはそれで厄介というか、慎重に進まないと、間違った結論へと導かれかねないので、慎重にならざるをえない。


 つまり、今すぐ判断を下すには、難しい問題というわけだ。


「龍脈の力は~、超自然的というか~、多分だけど~、陰陽五行おんみょうごぎょうとかの概念に近いと思うのよね~、ワタシは~、そういうのはあんまり詳しくないけど~」


 マリーさんの言う通り、龍脈という言葉を聞いて、俺が考えたのも、そちら方面というか、風水とか陰陽道なわけだけど、しかしそれすら、決め手にはならない。


 でも、もしかしたら、そういう解釈こそが、なにかヒントになるのかも……。


 いんよう……、光と影、か……。


「まっ、今は難しいこと考えても、仕方ないな! ごはんだ、ごはんー!」

「そうね~、あんまりこんを詰めすぎても~、いい結果は出なかったりするし~」


 なんて、またもや答えの出ない思考の海に、ズブズブと沈みそうになってた俺を、千尋さんとマリーさんの、ホッとするような明るい声が引き戻してくれる。


 そうだな。ここは一人で考え込んでも、意味なんてない。


「それに、今はせっかく、竜姫様もいらっしゃるのですから、この機会に、お互いの親睦しんぼくを深めるためにも、楽しい食事にいたしましょう」

「ふふっ、私も、皆さまとは、もっとたくさん、お話したかったんです! これから色んなことを、教えてくださいね?」


 契さんと竜姫さんの言うように、お互いの仲を深める方が、よっぽど大切だ。



 だから俺たちは、英気を養うためにも、このにぎやかなランチを楽しむことにする。



「そうだ! よろしければ統斗さま、この食事が終わったら、私と一緒に、桃花さんたちと遊びに行きませんか? みんな喜びますよ!」


 そして、楽しく会話も弾んだ食事も終盤というところで、満面の笑顔がまぶしすぎる竜姫さんが、俺に嬉しいお誘いをしてくれた。


 それは、とっても魅力的で、英気を養うという意味なら、これ以上はない機会なのかもれない。というか、本心としては、いちもなく頷いてしまいたい。


「うーん、そうしたいのは、山々なんですけど……」


 だけれども……。


「これから、ちょっと視察の予定が、ありまして」


 悪の総統として、やるべき仕事があるというのも、また事実なのだった。


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