11-2


「う~ん……」


 そして、会議はいきなり、息詰まるような空気の中で、行き詰っていたりした。




「戦況としては、決して悪くないんじゃがな」


 会議室の最奥に、どっしりと構えている祖父ロボの表情は、その言葉とは裏腹に、決して浮ついたものではなく、深い思慮しりょに沈んでいる。


 しかし、それは俺も、同じ気持ちだ。


「……国家守護庁こっかしゅごちょうの方に、大きな動きの変化はなし、か」

「そうねえ。言ったら悪いけど、いつも通り、変わり映えしない攻め方をしてるわ」


 重苦しい表情で椅子に座り、テーブルに肘をついて考え事をしている俺の親父と、その隣にいる母さんの言う通り、そういう意味では、問題はないともいえる。


 現状だけを見れば、順調とすら言ってもいい。


「確かに、戦線は拡大しとるけど、押し込まれるどころから、押し返せる勢いやな」

「全体の連携も上手く取れてるし、他の悪の組織との同盟関係も、問題ないわね」


 西の方を統括とうかつしてもらっている大黒だいこくさんと、その妻である摩妃まきさんからは、すでに頼もしい報告を受けているし、そちらの方面では、まったく心配していない。


 素晴らしい仲間たちは、もう十分以上、俺の期待にこたえてくれている。


『海の方は、静かなもんさ。まったく、少しくらいは、暴れさせて欲しいってのに』


 相も変わらず、映画の中の海賊みたいな格好の渦村かむらという男……、トライコーンの海賊団を率いているキャプンテンは、やっぱり陸に上がるのを嫌がって、自分の船の上から映像通信での参加となっているけれど、その様子は余裕の一言だ。


 とりあえず、俺たちが憂慮ゆうりょするべきは、別のところにあるのは、分かっている。


「こちらも、特に問題はないのですけれど……」

「奴の正体に繋がるような情報となると……」


 八咫竜やたりゅうの立て直し自体は順調だというのに、申し訳なさそうな竜姫たつきさんと、彼女の後ろにひかえている朱天しゅてんさんの姿を見ていると、こちらの方がつらくなってしまう。


 本当に、どうしたものか……。


『本部の中でも、手掛かりすら掴めないぞ! 言っとくけど、嘘じゃないからな!』

『に、兄さん、自分で言うと、余計に怪しくなるから、やめてえ……』


 この会議室の中空に映し出されているモニターの中で、俺たち悪の組織のスパイとして働いている正義の味方、マインドリーダーの兄である津凪つなぎを、妹の夜見子よみこさんがおさえているけど、とりあえず、有益な情報がないのは分かった。


 つまり、やっぱりなにも、進展がないというわけである。


「ふう、困りましたね……。このままで、手詰まりです」

「なんかこう、ガツーン! と全部分かっちゃう作戦とあればなー!」

「話に進展がないと~、眠くなっちゃうわね~。……すぅ~」


 俺の側にいるけいさんも、頬に手を当て頭を悩ませているし、千尋ちひろさんは考えるのを放棄し始めているし、マリーさんにいたっては、眠そうというか、半分寝ている。


 状況はまさに、膠着こうちゃくしているといっても、過言ではない。


神宮司じんぐうじ権現ごんげんと、八百比丘尼やおびくにの目的か……」


 俺のつぶやきに、明確な答えを出せる者は、少なくともここには、誰もいなかった。




 悪の組織といえど、報告、連絡、相談という、ぞくにいうところの、ほうれんそうは大切というわけで、普段から、かなり気軽に意見交換はしているのだけれど、それの集大成ともいえるのが、この月終わりに開かれる首脳会議だ。


 俺たちヴァイスインペリアルを中心とした悪の組織同盟の中でも、主要な人間のみ集まって、それぞれ持ち寄った情報を使い、今後の方針を立てる。つまり、この場で決まったことこそ、俺たちの指針となる……、はずなのだが。


 俺たちは、まだなにも、決めることができずにいた。


「目下の問題は、やっぱりこれだよなぁ……」


 というわけで、俺は情けなくも、ため息をくしかない。


 現状を考えれば、俺たちにとって最大の懸念けねんは、動きが分かりやすい国家守護庁や正義の味方というよりも、真意が見えず、不気味な暗躍をしている神宮司と、幾度も俺たちの目の前に現れながら、その正体すら掴めない謎の老婆ということになる。


 なので、まずはその不安を、払拭ふっしょくしたいところなのだけれども……。


「もうこうなったら、マインドリーダーがどうにかして、神宮司権現とコンタクトを取って、その心の中を覗くのが、一番手っ取り早いんだけどなぁ……」


 今の状況では、こういうふたもない、あまりにも直情的な手段しか、俺の頭では思いつかないのが、もどかしいといえば、もどかしい。


 そう、確かに、相手の心を問答無用で読めてしまう夜見子さんの超常能力を上手く使えば、相手の思惑なんて、コンビニで立ち読みするより簡単に分かってしまう。


 しかし、それはあくまでも、それができればというのが、前提の話だ。


『おいおいおい! 無茶をいうなよ!』


 というわけで、俺からのあまりに無責任な提案に対して、一応は当事者ともいえる津凪の方から、大声でブーイングされてしまった。


 とはいえ、俺の作戦で必要なのは、あくまで心を読める夜見子さんだけであって、こいつはあまり関係ないわけだけれども、しかし、その気持ちも分かる。


「……そいつは、残念ながら、難しいだろうな」

「そうねえ、ちょっぴり厳しそうねえ……」


 そしてさらに、相手の内情に詳しい俺の両親も、この提案に難色を示した。


「神宮寺の人間には、国家守護庁の司令に就任した時などに、会ったことはあるが、その当主の権現は、話を聞いたことがあるだけで、見たこともない」

「本当に、滅多に表に出てこないのよね。そのせいで、本当はそんな人間、この世に存在しないんじゃないか、なんて噂もあったけど、現場じゃなくて、政治の方には、よく顔を出してるって話は聞くし、実在するのは確かなんだけどねえ……」


 親父が難しい顔をしているのは、いつものことだけど、あの母さんまで困った風にしているとなると、どうやら神宮司には、正義の味方の司令官になっても、会うことすら困難なようだ。


 要人なのでセキリティが厳重……、と考えてもいいけど、国家守護庁を、ひいては正義の味方を統率する人間としては、どうなんだろうか?


 正直、かなり胡散うさん臭い。


『そうそう! 俺たちみたいなペーペーじゃ、話すのはおろか、顔を見ることだって難しいっての! この基地の司令すら、たまに朝礼で見かけるくらいなんだぞ!』


 なんにせよ、モニターの中で騒いでいる津凪の言う通り、どうやら今の彼らでは、目標への接近は、非常に難しいと判断せざるをえないようだ。


 個人的には、正義の味方の朝礼って、どんなのだと少しだけ興味はあるけど、今はそんなことを考えてる場合ではない。


『ううううっ……、で、でも、御主人様からの命令なら、頑張りますけどお……』

「いや、大丈夫ですよ、夜見子さん。無理はしないでください」


 どう考えても一筋縄ではいかなそうなミッションを想像したのだろう。作戦決行となれば、その中核をになうことになる夜見子さんが、ガタガタと震えながらも、健気なことを言ってくれたけど、その心配はない。


 今は、その気持ちだけで十分だ。


「夜見子さんが危険な目に会ったりするのは、俺も嫌ですからね」

『あ、ありがとうございましゅう……』


 どうやら、こちらの本心が伝わったようで、全身の力を抜いた彼女は、うるうるとうるんだ瞳で俺のことを見ながら、鼻まですすっている。


 あの様子なら、独断で無茶をすることもないだろうから、とりあえずは安心か。


「せやな。国家守護庁を牛耳ぎゅうじっとるっちゅうことは、そこに所属してる正義の味方が持っとる超常能力のことも、全部把握しとると考えた方がええ」

「そんな状況で、読心能力を持つ相手が、無理矢理にでも自分に会おうとしてるって気付かれたら、それこそ色々とバレてしまう可能性が、高いわね」


 大きく頷いている大黒さんと、その意見をフォローする摩妃さんに、俺も同意だ。


 相手を舐めてかかっては、無駄なリスクに飛び込むことにもなりかねない。敵は、これまで周到に暗躍を続けてきたような奴なのだから、無暗に突っ込むのは、やはりリスクが高すぎる気がする。


 諜報活動は、あくまで隠密が基本であり、強行策は例外中の例外なのだから。


『まっ、時には嵐を突っ切る勇気も必要だが、無駄に波風を立てる必要はないわな』


 なんだか格好つけた渦村の物言いだけど、言いたいことは、俺と同じである。


 要するに、まだそういうリスクに、自ら飛び込まなければならないほど、俺たちが追い込まれていないというのが、大きい。


 あくまでも全体を見れば、事を有利に運んでいるのは、こちら側なのだ。


「ふむ、だがそうなると必要なのは……」


 そして、これまで黙っていた祖父ロボが、重苦しい口調で、もうすでに、こういう会議で何度目になるかも分からない問題を、提示する。


「なにか別のアプローチ、ということになるわけじゃが」


 そう、やはりそれこそが、問題なのだ。


 今は余裕があるといっても、いつまでも悠長にしているというわけにもいかない。


 敵もまた、自らの目的を果たすために、動き続けているのだから。


「しかし、前回、富士山にて八百比丘尼と遭遇してから今まで、様々な策をこうじてはきましたが、そのどれもが、不発に終わっていると言わざるをえません」


 とはいえ、契さんから冷静な声で告げられた事実というか現実は、かなり厳しい。


 そう、俺たちだって、毎度毎度、ただ会議を開いているだけというわけではなく、色々作戦を考えて、頑張ってはいるのだけれでも、神宮司と八百比丘尼の件に関してだけは、特に目立った成果は、挙げられていないというのが、正直なところだった。


 まったく、歯痒い。


「要するに、空振りだよなー。三球三振! 相手の球すら見えないから、打ちようがないんだけど、だからって、くやしいよなー」


 千尋さんの言う通り、相手の思惑すら掴めないのだから、対策のしようがない。


 そして、その思惑を調べようにも、神宮司には接近できず、八百比丘尼にいたっては所在どころか、正体すら分からないのだから、八方ふさがりだ。


 やはり、いくら話し合っても、問題はそこで、堂々巡りしてしまう。


「もちろん~、なにが起きてもいいように~、ちゃんと準備は進めてるけど~、それだって~、相手の情報があるかないかじゃ~、雲泥の差なのよね~」


 とはいえ、マリーさんを筆頭にした技術部門には、あらゆる事態を想定したそなえをしてもらっているし、それはもちろん、どの部署においても同じだ。


 結局のところ俺たちは、今やれることを、やるしかない。


「うーん、やっぱりそうなると……」


 だから俺は、今できることを考え、提案するしかないのだ。


「八咫竜で見つかった資料から、なんとか八百比丘尼の正体を探るのが、遠回りでも今の俺たちにとっては最善……、ってところですかね」


 相手の正体が分かれば、その目的にも、おのずと目星をつけられるかもしれない。もしそれが叶わなくても、いざ本格的に戦うとなれば、重要な情報になる。


 今はそれを信じて、どんなに小さなことでも、積み重ねていくしかない。


「お任せください! 本日も新たに翻訳した資料の数々を、お持ちしました!」


 そう、結局のところ、これまでと同じ結論である俺の意見に、元気を出して続いてくれた竜姫さんの目の前には、先ほど朱天さんが運んでいた、大量の資料がある。


 ありがたいことに、八咫竜のみんなも頑張ってくれていて、あれからずっと、常に新しい情報を届けてくれていた。


 その苦労にむくいるためにも、ここは頭をフル回転させるべきだろう。


「とりあえず、これでなにか分かるといいのだが……」

「大丈夫ですって、きっとなんとかなりますよ!」


 保証なんてないけれど、俺は自ら持ってきた資料を、じっと見つめる朱天さんに、わざと明るく声をかけて、力強く前へと進む意思を示す。


 そう、この資料から、八百比丘尼の正体が分かるかどうかは、正直なところ、まだ絶対とは言い切れない。あくまでも、あの老婆の力が、八咫竜に伝わるという龍脈を操る力に似ているという俺の印象と、相手の知っていた情報が、このはるか太古から、竜姫さんの組織に残されていた資料のものと、どうやら一致するらしいという、ただそれだけの、非常に不確かな根拠でしかない。


 もしかしたら、すべては徒労とろうなのかもしれない。


 しかし、例えどんなに、か細く見える糸でも、今は掴むしかないのだ。


「それじゃ、気を取り直して、始めましょうか!」


 俺の言葉に、この場にいる全員が頷いた。


 そう、みんなの思いは、願いは一つ……。



 俺たち、悪の組織が、勝利するために、どんな苦労だって、乗り越えてみせる!


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