10-9
「これなら……!」
身体が、軽い。いやそれよりも、これまで、散々苦しめられた頭痛が、すっかりと消え失せたという事実が、俺の思考を軽くする。
それは本当に、世界中が晴れ渡ったような、解放感だった。
「――はっ!」
シュバルカイザー・アマテラス。
最後の神器である
こうして、気合を入れるだけで、俺の身体から力が
さあ、急がないと……!
「はあ、はあ……!」
「
もうすでに、かなり消耗してしまった様子の朱天さんに向けて、俺は即座に、この手の
その
「な、なんだ、これは……?」
「ちょっとだけ、我慢してください……!」
朱天さんの首に装着された光の輪からは、俺の右手へと続く光の
よし、これで……!
「な、なにか,、熱いものが、流れ込んで……! ああっ!」
俺から
そう、朱天さんの、あの力が危険なのは、爆発的な力を手にする代わりに、自らの命という代償を、恐ろしい速度で消費してしまうからに、
だけど、それならば、解決策は決まってる。
要するに、今の朱天さんは、とんでもないパワーが出せるけど、あまりにも燃費が悪すぎるエンジンに、限りあるガソリンを、ありったけ注ぎ続けている状態だ。
ならば、どうすればいいのか? 答えは簡単。
代わりとなるガソリンを、生命力を、外から注ぎ足せばいい。それも、朱天さんが瞬時に燃やし尽くしてしまう量よりも多く、そして、素早く。
そのための方法なら、俺は持っている。
「それは、俺の
「……っ! ははっ! そうか! そういうことか!」
俺からの簡単な説明を受けた朱天さんが、自分の身に、なにが起きているのか理解してくれたようで、再び全身から激しく炎を
「――吹き飛べ!」
「グギャアアア!」
そして、まるで、その
どうやら、効果は抜群だったようだ。
「お見事、朱天さん!」
「はっ! このくらい、どうってことない!」
俺はその隙に、ひらりと
うん、本当に、身体が軽い。
「……それより、そっちは大丈夫なのか?」
「ええ、もちろん! むしろ絶好調ですよ!」
その身を燃やしがらも、特に熱くはないのだろうか。変わらぬ様子の朱天さんが、気づかうように尋ねてくれたので、俺は胸を張って、自らの好調をアピールする。
とはいえ、これは別に、無理をしているわけでも、
ただ単に、俺自身が驚くほどに、今の俺が、本当に絶好調なだけなのだった。
どうやら、八咫鏡の力を使っているおかげなのか、この身体の内側から、まさしく無限にも思えるほどの命気が、恐ろしいほどの勢いで、湧き出しているのが分かる。
さらには、三つの神器を、全て手に入れたことで、このそれぞれ規格外な力たちのバランスを保つことが、非常に簡単になったようだ。
長い棒の端っこに、二つの
もしくは、
まあ、その辺りは、個人的には、どうでもいい。
「そうか、そいつは、よかった……」
「いえいえ、ご心配を、おかけしました!」
こうして、これまで心配をかけてしまった朱天さんを、安心させてあげることが、今の俺にとっては、一番大切なのだから。
「……でもな」
「はい?」
というわけで、ようやく
なんだろう? なにか、ダメなとこでも、あったかな?
「こいつのおかげで、助かってるっていうのは分かるんだが、その、なんだ……」
いやはや、まったく、その通り。この縄を通して、俺の命気を送り、あの輪っかを
でも、それがどうか、したのかな?
「首輪はないんじゃないか! 首輪は! これじゃ、まるで……!」
「ま、まあまあ、落ち着いてくださいよ!」
なんて、
でも、いや、うん、ごめんない。
正直、
はい、本当です。
「命気の流れを考えると、首が一番効率的なんですって! 頭と身体を繋ぐ場所で、全身を
「むう……、そうなのか? 本当に、そうなのか?」
というわけで、俺の
まあ、俺の言っていることも、完全な嘘というわけじゃないので、そこはどうか、許していただきたい。ご
でも、真実は、ただなんとなく、そこに付けると似合うかな、なんて、ちょっぴり思っただけなんですとは、今の俺の勇気では、言えそうになかった。
「ええ、もちろん! ちなみに、第二候補は
「う、ううん……、それはそれで、ちょっとというか、かなり嫌だな……」
なので、卑劣な俺は、より微妙な案を提示することで、現状は少しでもマシだと、錯覚させるための
ふっふっふっ、これぞまさしく、悪の総統らしい所業といえよう。
「というわけで、これが最適なので、どうか、ご容赦くださいね?」
「ふん、まあ、いいだろう。許してやるさ」
よかった。最終的には、全力で土下座までする覚悟だった俺に、朱天さんは
本当に、ありがとう! そして、ごめんなさい!
でも、その細い首を
なんて、おふざけは、このくらいにしましょうか。
「なんにせ、これで……」
「ええ、これで……」
さあ、もうすっかりと、いつもの調子なのは、確認できた。
それでは、ここからは……。
ちゃんと身体が動くのか、試してみよう。
「こいつらを、ぶっ飛ばせる!」
「グオオオオオッ!」
俺と朱天さんが、声を揃えて、気合を入れると、先ほどから、俺たちの周囲を再び囲み、グルグルと回っていた雪男のような怪物たちが、
だが、その程度、今の俺と朱天さんなら、なんの問題にも、なりはしない。
「――燃え尽きろ!」
「ギエエエエ!」
それでは俺も、始めましょうか!
「さーて、どいつがハットリジンゾウなんだか、もうすっかり分からないけど……」
俺は自らの身体から噴き出す命気を、朱天さんを見習って、炎へと変換しながら、その推力を使って空中に浮きつつ、すっきりした頭で、好きなだけ魔方陣を構成し、ありったけ展開してみせる。
うん、まったくもって、どこにも不調は感じない。いやむしろ、感動的なまでに、
本当に、こんな気分は
「とりあえず、全員まとめて、退治してやる!」
そして、俺の展開した無数の魔方陣から、レーザーのように収束した
「グアアアアッ!」
「ほらほら、こんなもんじゃないぞ!」
これだけの魔術を使っても、俺に負担があるどころか、むしろ余力が有り余って、困ってしまうくらいだが、ちゃんと気は抜かずに、きちんと標的のみを薙ぎ払う。
やっぱり、俺の調子は、悪くない。
「それじゃ、さっさと片付けましょうか、朱天さん!」
「ふっ、お前の方こそ、遅れをとるなよ!」
「グギャアアアアア……!」
それならばと、
怪しい忍者モドキから、ただの化物へと成り果てたハットリジンゾウたちの絶叫を背景に、まるで、この火口が噴火したかのような、炎の
「ふう、こんなもんかな」
「ああ、そうだな。戦果としては、
そして、全てが終わった静寂の中で、地面に降り立った俺の
それだけで、俺の気分は、さっきまでよりもずっと、晴れやかになれる。
とにもかくにも、勝負はついたのだ。
ハットリジンゾウを筆頭とした
なので、こうして制圧したわけであり、これはもう、完勝と言ってもいいだろう。
うーん、俺たち、頑張った……。
「さてと……」
「あれ? その右目、やっぱり隠しちゃうんですか?」
なんて、俺が感傷に
「当然だろう。確かに、お前がいれば、もう大丈夫なんだろうが、だからといって、四六時中くっ付いてるわけにもいくまい」
やっぱりこれまでは、あの眼帯を使って、爆発的だけど危険な力を封印というか、制御してきたのだろう。朱天さんの行動には、迷いがない。
でも、俺の方としては、ずっと彼女と
「うーん、なんだか、もったいないなぁ。そんなに綺麗な瞳なのに……」
「よ、よせっ!
とりあえず、次はもう、いつ見られるのか分からないし、朱天さんの、美しく輝く真紅の右目を、記憶に焼き付けておこうと顔を近づけたら、なんだか慌てた様子で、あっという間に、いつもの眼帯で隠されてしまった。
その瞬間、朱天さんの全身を
どうやら、その眼帯の機能は、きちんと果たされたようで、しかも朱天さんには、疲労感のようなものは、まったく残っていないようだったので、俺は彼女に装着していた首輪と縄を、解除する。
このままでは、命気の過剰投与に、なりかねない。
「さてと、それじゃあ、俺も……」
というわけで、もう八咫鏡の力を発現している必要もなくなったことだし、新たなカイザースーツの形であるアマテラスを、俺が解除しようとした、その時だった。
「
「……っ! 姫様! おおっ、姫様だ! 姫様! こちらですよ! 姫様ー!」
この火口の
でも、その気持ちは、よく分かる。
なぜなら、俺だって、こんなにも、嬉しいのだから。
「みんな!」
「ごめんね、統斗くん! 頂上で戦闘が起きてたのは、分かったんだけど、なかなか雪道が厳しくて、間に合わなかったよ……」
こちらとあちら、お互いに駆け寄って、合流した途端、エビルピンクの格好をした
同行していた戦闘員たちも含めて、みんな怪我もないようだし、こうして無事に、大切な仲間たちと再会できたことこそが、なによりの幸せだ。
「大丈夫、大丈夫。別に問題なんて、なかったからさ」
「本当に、ごめんなさいね、統斗君……」
「この失態は、身体で
だから、
でも、真面目な顔をしながら、とんでもないことを言い出す
「およ? 統斗ってば、なんだか、新しい力を得たって感じじゃん?」
「へえ、あんたにしては、やるじゃない!」
俺のカイザースーツが、新しい形に変化したことに気付いた
それはなんだか、とっても落ち着く空気だった。
「まあ、統斗さま、八咫鏡を、手に入れられたのですね! 素晴らしいです!」
「ええ、姫様。こいつにしては、目覚ましい活躍でしたよ」
そして、その瞳をキラキラとさせながら、
なんだか、むず
「いやあ、別に俺は、そんな……」
そして、みんなに囲まれて、幸せに埋もれて、俺が口を開こうとした……。
その時だった。
「ひょひょひょっ! なるほど、ほんに、見事なもんじゃのう!」
仲間たちの輪に混じって、少しの違和感すら感じさせるともなく、俺のすぐ隣で、見覚えのある老婆が、べたべたと、このカイザースーツを撫で回しながら、まるで、怪鳥のように甲高く、不気味に笑っていることに……。
まったく、少しも、誰一人として……。
気付けなかった。
「――っ!」
「おやおや、お
その瞬間、弾かれたように距離を取った俺たちに、ぐるりと囲まれる格好となった老婆は……、
その姿に、俺の全身が、一瞬で
「いつの……!」
「いつの間に、なんて、間が抜けた質問はするでないぞ? この
思わず、俺の超感覚が最大限で鳴らす警告に……、簡潔に言ってしまえば、恐怖に突き動かされて、考えもなしに口を開こうとしたら、その枯れ枝のような指を振り、天を地を、そしてこちらの足元を、というか、辺りを適当に指し示しながら、意味の分からないことを言い出した老婆に、思い切り笑われてしまう。
しかし、でも、だけれども……!
「なにをしに来た、八百比丘尼! 八咫鏡が目的なら、それはもう……!」
「ああ、そんなもんは、どうでもええわい」
それでも、じっとしていられず、黙っていられなかった俺に対して、まるで近所の
的外れなことを言って、駄々をこねる子供を、
「ここに来たのは、ただちょっと、野暮用を、片付けるためじゃよ!」
「なっ!」
止めることも、それどころか、
俺は、俺たちは、老婆の足元から伸びた、ドロドロと蠢く黒いナニカが、もはや、真っ暗な夜だというのに、影法師のように伸びると、この火口の中心……、八咫鏡が埋まっていた黒い巨岩に振れ、破壊したのだと、全て終わってから、
これまでと、同じだ。
八百比丘尼が、なにかしようと、それを認識することができない……!
「ふう、スッキリしたのう。まるで、長年のどに引っかかってた小骨が、ようやっと外れたような心地良さじゃわい。ひひひひっ!」
しかし、そんなこちらの
「――統斗さまから、離れてください!」
その仕草が、あまりにも自然すぎて、誰にも止められなかった老婆の行動に、この場にいる誰よりも速く反応できたのは、竜姫さんだった。
彼女にしては珍しく、その顔に怒りを浮かべて、ひらりと舞った竜姫さんに
しかし……。
「ひひっ! おお、おお、
まさしく龍の如く、背筋が凍るような咆哮を上げながら、その身に迫る龍脈の力の
まるで、当り前みたいに、
「そ、そんな!」
「ふむふむ、これはまた、立派な龍じゃないか。感心したぞ?」
驚きの声を上げた竜姫さんを無視して、あまりにも正体不明な老婆は、
そして、さながら師匠が弟子を褒めるかのように、
「
よく意味が分からないことを、その狂ったような笑い声に包みながら、どこか芝居がかった仕草で、老婆は夜空を仰ぐと、くるくると回りながら、その手に掴んだ龍の首に、黒い巫女服の
その異様な光景に、この場にいる誰もが、息を
「さて、野暮用も済んだことじゃし、確認もできた。これは大収穫じゃな。さっさと帰って、酒でも飲むか。しっかし、よりにもよって、
「ま、待て……!」
そして突然、まったくの真顔に戻った老婆が、あっさりと、撤退を宣言したので、俺は慌てて、引き留める。まだ奴には、聞かなければならないことが……!
しかし、だがしかし……。
「待たんよ。もう待たん。ああ、待ってなど、やるものか」
それまでの
まったく正体不明の不安感が、俺を襲う。ゾッとする。背筋が凍る。冷たい手で、心臓を
俺の目の前にいるのは、恐ろしいほどの、
「……ひひひひっ! それではな! 神器を
眼前の老婆が、いつもの調子に戻って、適当な口上を
どう動けばいいのかすら、分からない!
「お前たちに残された時間は、思ったよりも少ないかもしれんからの? それでは、また地獄で会おうぞ! ひーっひっひっひっひっ!」
たただた、俺たちに混乱だけをもたらしながら、突然やって来た老婆は、去る時も突然に、その足元からズブズブと、大量の黒い液体を吐き出して、この火口で完全に伸びていたハットリジンゾウたちを包み込み、回収すると、そいつらと共に、まるで
しかし、俺たちが、それに気付けたのは、もう、なにもかもが過ぎ去って、いまだ真っ暗な夜の闇に包まれた、この富士山の頂上に、静寂が戻った後だった。
「……消えた」
それだけしか、今の俺には、言うことができない。
確かに、相手の狙いは、まったく分からないけれど、あの黒い液体という共通点を見る限り、どうやら
しかし、それだけだ。
分かったことは、ただ、それだけ……。
盛大な炎によって、俺たちを襲っていた吹雪は晴れたとしても……。
「……八百比丘尼、か」
漆黒の夜は、まだ明ける気配すら、見せてはいなかった。
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