10-8
「ここが、頂上か……」
夜の闇を切り裂いて、ただひたすらに走り抜け、ようやく目的の場所へと到着した俺の
俺たちを取り巻く状況に、好転の
「うーん……、みんなより、早く着いちゃったみたいですね」
「どうやら、急ぎすぎたようだな……」
俺の隣にいてくれる
これはやっぱり、一緒に行動している人数の違いだろうか。
俺たち二人は、
それと比べて、みんなの方は、
というわけで、そんなみんなを、どうもどこかで、追い抜いてしまったようだ。
「ううっ、姫様は、心細くなられていないだろうか……」
「いや、大丈夫でしょう。みんなもいますし」
しかし、こんな状況であっても、朱天さんが心配しているのは、竜姫さんの心情であって、彼女の安否については、まったく焦っていない。
でも、それは俺も同じだ。龍脈を自在に操る竜姫さんの元に、エビルセイヴァーが全員揃っている上に、頼りになる戦闘員たちもいるのだから、それを心配する方が、むしろ失礼ともいえる。多少の時間はかかっても、みんななら、絶対にここまで来てくれるはずだ。
それに、俺の超感覚でも、それほどの脅威は、特に感じないし。
「……まあ、いいだろう。さて、とりあえず、どうする?」
「えーっと、そうですね……」
とりあえず、現状に納得したらしい朱天さんが、気持ちを切り替えたのか、俺からの指示を求めている。
「とりあえず、みんなが来る前に、面倒事を片付けましょうか」
「ああ、賛成だ。姫様を
俺の提案に、朱天さんがニヤリと笑う。どうやら彼女も、同じようなことを考えていたようで、俺としても非常に嬉しい。
「それで、お目当ての
「あの火口の……、真ん中ですね。間違いありません」
目的のブツの場所ならば、もはや特別な力を使う必要すらなく、この場所に立った瞬間から、俺の中に潜む二つの神器が、あそこにあるから、早く手に入れてくれと、これでもかと主張している。
あの火口の中心……、実に分かりやすい場所に、八咫鏡はあるようだ。
「分かった。それじゃ、さっさと行くか」
「ええ、そうですね」
それ以外の根拠がない俺の言葉を、あっさりと信じてくれた朱天さんが歩き出したので、俺もしっかりと、後に続く。
そう、ここまで来たら、やることなんて、決まっているのだ。
「足元、気を付けてくださいね」
「はっ、お前の方こそ、滑って転ぶなよ」
ゴツゴツとした岩肌の上で雪が凍り、その上に新雪が積もっているという、かなり劣悪な条件の足場を、俺と朱天さんは苦労もなく、ひょいひょいと飛び降りる。
今の俺でも、このくらいなら、お手の物だ。
「それでは、最後の神器とやらを、拝みにいきますか、朱天さん!」
「そうだな。面倒なことは、さっさと終わらせることにしよう」
わざと大袈裟に振る舞って、派手な動きを見せた俺に笑いかけながら、鬼のような
うん、やっぱり朱天さんは、頼もしいなぁ。
「この後の夕飯って、なに食べます? そういえば朱天さんって、好きな食べ物ってなんですか? それとは逆に、嫌いな食べ物とか、あります?」
「まったく、質問ばかりするな。別に好き嫌いはない。……だが、あえて言うなら、温かい汁物が好みだが……」
すり
さて、それでは……。
そろそろか。
「――っ!」
「よっと」
近くの雪が揺れたと思った瞬間、いきなり接近してきた人影から放たれた斬撃を、俺はあっさりと
ついでに、攻撃した反動で動きが固まり、隙が生まれた襲撃者……、というより、雪原使用のギリースーツのせいで、どちらかといえば、雪山に潜む怪人、イエティのような姿のそいつを蹴飛ばし、吹き飛ばしておく。
「まったく、どうせやることは変わらないんだから、さっさと出てきてくれよ」
「……はっ!」
こちらの軽口に反応したのか、続けて出てきた別の襲撃者による攻撃を、余裕を持って紙一重で避けつつ、俺はちらりを、後方を確認する。
「ふんっ! この程度か!」
「……っ!」
そこでは、どこからか巨大な金棒を取り出した朱天さんが、俺に向かってきているのと同じ格好をした複数の不審者に対して、その凶悪な鉄塊を存分に振るっている。
地形的な不利なんて、関係ない。それは一方的な
うーん、強い。
「おっと、危ない、危ない」
「ちっ!」
絶対的な安心感がある背中から意識を戻し、前を向いた俺は、この降り注ぐ豪雪に隠れるように
その軌道に、こちらを
「よう、久しぶりじゃないか、ハットリジンゾウ。あれだけの醜態をさらておいて、飼い主には、捨てられなかったのかい?」
「……黙れ!」
予想通りの相手が出てきたことで、どこか安心した俺は、とりあえず適当に
こちらも万全とは言い難いので、やれることは、なんでもやるべきだろう。
「まったく、おたくらも
「――黙れと言っている!」
この前の暗殺失敗があるせいか、こちらからの簡単な挑発に対して、忍者を名乗るハットリジンゾウからは怒気が
なんにせよ、こいつらがいることは、最初から分かっていたので、俺と朱天さんのバレバレな誘いに乗ってくれたのは、非常にありがたかった。
こちらの方が、話が早い。
「……
「はっ! やってみろよ!」
膨れ上がる殺気を研ぎ澄まし、短刀を構えたハットリジンゾウに同調するように、奴と同じような格好をした襲撃者が出てきたかと思えば、見事な連携を見せながら、俺の喉元を、心臓を、的確に狙ってくる。
なるほど、死に損ないとは、言ってくれるじゃないか。俺が雪崩に巻き込まれて、深刻なダメージを負っているとでも考えたのか、それとも、なにか知っているのか、そこまでは分からないが、どうでもいい。
そんなことは、なんの問題でも、ないのだから。
「――ふっ!」
「くっ……、がっ!」
俺は全身の力を抜いて、こちらを攻めている二人の内で、微妙に動きが悪い方を、冷静に見極めながら、ゆるりと身体を揺らし、その
そして、そのまま
「ちっ、やれ!」
「はいはい、ご苦労さん」
やはり、残ったのはジンゾウの方だったか。倒れ込む仲間を受け止めるでもなく、あっさりと見捨てて
俺が創り出したカイザースーツが、その全てを、無慈悲に
「はっ、見え見えなんだ……、よっ!」
「……う、うわあっ!」
そして、その狙撃の発射地点を瞬時に見極め、朱天さんが豪快に金棒を振るうと、周囲の岸壁や地面が、凄まじい勢いで
確かに、俺はまだ、満足に魔方陣を展開できないけど、この背中には、こんなにも頼りになる仲間がいる。
だから俺は、なにがあっても、前に進めるんだ。
「なら、こいつで……!」
「だから、そういうのは、効かないって」
こういうのって、スタングレネードとか、フラッシュバンっていうんだっけ、とか考えながら、俺は特に
悪いけど、俺は伊達や酔狂で、カイザースーツを装着してるわけじゃない。既存の兵器くらいの威力なら、力任せに突破できてしまう。
しかし、奴は俺に対して、前にも、似たような道具を使っている上に、その時は、こちらも生身だったのに、まったく効果がなかったことを、忘れたのだろうか?
だとすれば、ずいぶんと
「舐めるなよ。死に損ないだろうと、お前たち程度には、負ける道理がない」
「ぐうっ!」
さて、とりあえず、勝負はついた。俺の一撃を受けて、ジンゾウは苦しそうに膝を落とし、動けずにいる。
「さて、どうする? 俺としては、全面降伏をオススメするけど」
とはいえ、こちらとしても、負ける気がしないとはいえ、いまだ絶不調なことには変わりない。というか、火口の中心に……、八咫鏡に近づくごとに、ここまで強引に
正直にいって、かなり気分が悪いので、俺としては、さっさと降参して、ここから逃げ出すなり、なんなり、して欲しいんだけど……。
「こう、なれば……!」
ここまで圧倒的な力の差を見せつけたというのに、ジンゾウの目からは、いまだに殺気が溢れ出ている。
それは主への
そう、それ自体は、ただの小瓶だ。
手の平サイズの、なにが詰まっているのか中身が見える、透明の小瓶……。
しかし、そこに
あれは、間違いなく、あの
「おい、それは……!」
「ぐっ、ぐぐ、ぐううっ……!」
しかし、慌てた俺の問いかけに答える前に、ジンゾウは……、いや、よく見れば、奴だけではない。周囲にいる襲撃者全員が、同じ形の、同じ物が入っている不気味な小瓶の中身を、
あれは、自決用の毒物? まさか、そんなわけはない。
変化は、すぐに訪れた。
「グオオオオオ!」
「ちっ!」
メキメキと、ミシミシと、不快な音を立てながら、不気味に膨張したソレは、雪山仕様なギリースーツの外見と相まって、まさに雪男のような
その声からは、もうすでに、なんの理性も、感じられない。
「ガアアアッ!」
「――くっ!」
速い!
考える前に、
身体能力の向上……、なんてレベルではない。
これでは、まるで……。
まったく別の生き物に、生まれ変わったみたいじゃないか。
「このっ!」
「グウウウッ!」
しかし、驚いている余裕はない。雪男と化したジンゾウは、腕を振り切ったことで
脇腹が空いている。俺は即座に、そこへ向けて拳を打ち込んだ……、のだけれども。
「……なっ!」
「ガアアアアアア!」
ズブズブとと、抵抗もなく沈んでいく俺の拳に、痛みを感じた様子もなく、雪男は雄叫びを上げると、その身をよじって、即座に攻勢に移ろうとする。
それと同時に、奴の内部へと突っ込んだ右腕から、猛烈に嫌な予感が走り、即座に手を引き抜きながら、俺は奴から距離を取るために、後ろに下がろうとした。
「くそっ!」
そして、俺は見た。
怪物となったジンゾウの体内から引き抜いたカイザースーツの右腕が、ドロドロに溶かされている様子を。
いや、それは
「これはまた、面倒な……!」
「グルルルッ!」
俺はカイザースーツの右腕を一瞬だけ解除し、再構築しながら、
さあ、どうする……、どう動く……。
いくら考えても、答えはでない。あの小さな瓶に込められた、あんな少量の漆黒の液体によって、状況はまさに、
「なんだ、こいつらっ! 殴っても、殴っても!」
「朱天さん!」
俺の後ろでは、ジンゾウと同じように、その姿を雪男のような怪物へと変化させた襲撃者たちを、朱天さんが迎撃しているが、どうやら、全力で金棒を打ちつけでも、敵に有効打を与えることが、できないようだ。
唯一の救いは、俺のカイザースーツとは違い、朱天さんの
しかし、それだって、打開策と呼ぶには足りない。どれだけ殴っても、少しも消耗する様子を見せず、恐ろしい速度で襲い掛かる複数の相手を、いつまでも
だけど、このままではジリ貧で、先がないのは、目に見えている。
「こうなったら……!」
ならばと、俺は覚悟を決め、
「……つう!」
集中、できない……!
あまりにも強烈な痛みが脳内を走り、俺は思わず、その場に膝をついてしまった。
「――っ!」
「グオオオオオ!」
その隙を、見逃してくれるような相手じゃない。
動きを止めてしまった俺に向かって、ジンゾウが先陣を切って、この雪山を自在に駆ける怪物の群れが、一気に雪崩れこんでくる。
これは、まずいか……!
「――させるか!」
だがしかし、そんな俺の
そして、そのまま、俺を
「朱天、さん……!」
「だから、無理をするなと、言っただろうが!」
自業自得な失態を犯した俺を怒鳴りながらも、彼女は、まるで盾のように、いまだ健在な敵と正面から向き合い、気を吐いている。
しかし……。
「グルルルル……」
「くっ!」
そう、朱天さんによる、あれだけの一撃を受けながら、ジンゾウには……、そして他の化物たちにも、まったくダメージが見られない。まるで、獲物を物色する猛獣のように、今も俺たちの周囲を、グルグルと回っている。
奴らを決定的に倒す手段を、俺はまだ、見つけることができない……!
「大丈夫だ……」
だけど、そんな俺の不安を
「お前には、何人たりとも、指一本だって、触れさせない……!」
それは、覚悟の証にも聞こえる、宣誓だった。
「――
そして、どこか
全てを焼き尽くすような炎が、彼女の身体から立ち昇る。
「うおおおおおお!」
天に向かって咆哮する朱天さんの右目から、その真紅に染まった瞳から、まるで、翼のように炎が噴き出し、それに引きずられるように、彼女の全身を守る甲冑の隙間からも、圧倒的なまでの炎が、凄まじい勢いで立ち昇る。
まるで、その身ごと焼き尽くすかの
「――
「グオオオオオオオ!」
その刹那、朱天さんの生み出した、まるで噴火のような炎の大爆発に飲み込まれ、雪山の怪物と成り果てたジンゾウたちが、その身を焼かれ、悲鳴を上げる。
確かに、この圧倒的な熱量なら、今の朱天さんなら、あいつらを燃やし尽くすことだって、十分に可能かもしれない。
だけど、だけど、あの力は……!
「ぐうっ……! うらあっ!」
地獄のような業火に、その身を
ああ、だけど、その様子を見れば、分かってしまう。
これまでもにも何度か、その右目の眼帯に、朱天さんが手を伸ばしたことはあったけど、その度に、近くにいる竜姫さんが、止めてきた。
その理由は、これだったのだ。確かに、今の朱天さんは、圧倒的なまでに、強い。だけど、その強さは、自らの命まで燃やし尽くす、儚い強さだ。
それは、物理的に、あの炎に焼かれてしまうという意味ではない。
あの炎を、この夜の闇すら消し飛ばし、降り続く雪すら溶かし尽くす炎を生み出すために、彼女が犠牲にしているのは、その身に宿る、命そのものだ。
自らの命を、生命力を燃料として、
その代償は、あまりに重く、こうしている間にも、彼女が生きていくために必要な命の
なのに、それなのに……!
「走れ、統斗!」
「――っ!」
その命を、死に向けて燃やしながらも、いまだ力強い朱天さんの声に押され、俺は立ち上がり、前に向かって、足を動かす。
時間がない。
ならば、急がなければならない……!
「グオオオオオ!」
「させるかあああ!」
なりふり構わず、隙だらけで駆ける俺に向けて、獣のように
それを信じて、ただ信じて、俺は走る。走り続ける。
逃げるためではない。敵を倒すためでもない。
ただ彼女を……、俺のために、命を賭してくれた朱天さんを、助けるために……!
「――見つけた!」
そして、俺の感じた通り、もはや
その瞬間、俺の脳髄を焼き切るように、鋭い痛みが走ったが、今はそんなことに、構ってなぞいられない。
こうして、一歩、また一歩と、あの鏡に近づくごとに、その痛みは
だけど、それがなんだというのか。
「
この最後の神器を。この場から引き離せば、この世から消し去れば、遥かな昔に、この国を滅ぼしかけたという不吉な代物の封印が解かれ、復活するかもしれない。
だけど、それがどうしたというのか。
そんなことは、関係ない。
まったくもって、関係なかった。
「
俺はただ、俺のために、その命まで捨てようとしている一人の女性を、朱天さんを助けたい。救いたい。その命を、
そのためだった、俺はなんだってしてみせる。
自分の命が危険にさらされようが、世界が滅ぼうが、知ったことではない
俺はただ、自分のやりたいことを、やるだけだ……!
「シュバルカイザー・アマテラス!」
そして俺は、自らの意思で、絶望の死地へと、飛び込んだ。
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