10-10



 しかし、それでも、時は流れる。



「ふう、これでよしっと……」


 ヴァイスインペリアル中央本部ビルにある総統専用の執務室……、という名前の、立派すぎる一室にて、俺は机の上の書類に、書き心地抜群な万年筆で、自分の名前をサインしてから、ざっとその内容を見直す。



 うん、とりあえず、これで問題はないだろう。



 富士山の一件から、すでに一週間が経過していたけれど、俺はいまだに、その事後処理に追われていた。


 単純な戦果という意味で考えれば、あの作戦でものは大きい。


 まずは、最後の神器である八咫鏡やたのかがみを、こうして手に入れることができた。これで、天叢雲剣あまのむらくものつるぎ八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを合わせて、三つの神器が、全て揃ったことになる。


 とはいえ、それはあくまでも、神器に宿やどっていた超常的な力を、俺が手に入れたという話であって、歴史的な価値も、途方もなくあっただろう神器そのものは、残念なことに分解してしまったので、完全に、この世から失われてしまった。


 そのせいで、あの神器が、一体どんな物質で作られ、その形状や装飾には、どんな意味が込められ、それがたして、どんな効果を発揮し、そして、もちろん、どんな意図を持って、それぞれの場所に安置されていたのかを調査することが、残念ながら非常に困難になったと、言わざるをえない。


「えーっと、次の書類は……」


 続いて、これまで、まったくの正体不明だった不気味な老婆……、八百比丘尼やおびくにが、国家守護庁こっかしゅごちょうと、というよりは、おそらく国家守護庁を統括とうかつしている神宮司じんぐうじ権現ごんげんという人物と、少なからず関係があると判明したことも、大事なことだ。


 富士山の頂上で、神宮司の子飼いだという忍者たちが使用したのは、あの龍剣山りゅうけんざんの決戦で、八咫竜やたりゅう黒縄こくじょうを飲み込み、巨大な八つ首の蛇へと変化させた、黒い液体と同じものだということは、この目で見て、ハッキリと分かっている。


 なによりも、あの場に出てきたタイミングの良さと、わざわざ倒れ伏したハットリジンゾウたちを回収していったことからも、その繋がりは、想像にかたくない。


 しかし、そうなると、八百比丘尼の行動の裏には、神宮司という男の思惑もあるのではないかと、考えることもできるわけだけど、その真意は、さっぱり分からないというか、理解不能だ。


 国を守る機関として、貴重な神器を回収しようとしていた? もしもそうならば、俺たちは知らず知らずのうちに、奴らの思惑を阻止していたことになるが、しかし、あの老婆は、神器のことなんて、心底どうでもよさそうだった。


 どちらかといえば、神器が埋まっていた巨大な黒い岩を、破壊することが目的にも見えたけど、それが一体どういう意味を持つのかは、まだ確信が持てない。


 そもそも、神宮司と八百比丘尼が協力関係にあるとして、それは主従関係なのか、あくまでもビジネスライクな付き合いなのか、はたまた、どちらかが、相手のことを利用しているのか、どちらも利用し合っているのか、それすらも不明だ。


 結局、新しい事実が判明しても、分からないことは、増える一方だった。


「これが、みんなへの指示書で……」


 とはいえ、だからといって、なにもしないというわけにもいかない。


 物的な証拠は失われてしまったけれど、八咫竜に眠っていた資料の数々を解読することで、分かることもあるはずと、調査は続行してもらっている。


 そして、八百比丘尼の残した不気味な言動と、八咫竜の資料に描かれていた厄災やくさいが封印されているという伝説を加味かみし、それぞれの神器が安置されていた場所として、龍剣山と富士山の火口には、両方とも監視と観測を目的とした部隊を編成し、二十四時間体制で、見張りをしてもらっている。


 今のところは、そのどちらからも、特に着目するべき変化は見つけられない……、どころか、まったく平和そのものなわけだけど、油断は禁物というわけで、みんなで一致団結いっちだんけつして、頑張っている最中さいちゅうだ。


 本当だったら、北にあるという八尺瓊勾玉があった場所も確認したいのだけれど、その辺りは現在、正義の味方の支配領域というわけで、今回は無理をせず、見送りということになっていたりする。残念。


 というわけで、まだまだ分からないことは多いけど、俺たちは俺たちで、やるべきことを、全力でやっておこうと、にして働いているわけだ。


 ……まあ、だから仕事が増えて、俺もこうして、忙しくしてるんだけど。


「うーん、今日も、いい天気だなぁ……」


 とはいえ、三種の神器が揃ったおかげか、今はもうすっかりと体調も戻って、こうして元気に仕事ができるのは、ちょっとした幸せでもあるので、問題ない。


 ちゃんとマリーさんからも、お墨付きをもらったし、体感としても、以前までとは全然違うというか、あれ以来、頭痛が治ったどころか、むしろ、これまで生きてきた中でも、最高潮に絶好調なくらいだった。


 というわけで、こうして日の光が差し込む窓から、外をまがめれば、太陽のまぶしさに感謝して、空の青さに感動できるくらいには、気分も晴れやかである。


 やっぱり、体調が良いと、世界の見え方も違うなぁ……。


「さて、そろそろ、休憩しようなかっと……」


 なんて格好つけていても、そして命気プラーナを使っても、長時間の机仕事をしていれば、やっぱり疲れてしまう。まあ、体力的なものというより、気疲れだけど。


 でも、こういう時は、素直に休んだ方がいい。


 それに、丁度もうじき、おやつ時だ。


「よしっと、コーヒーでも、入れるかな」


 まあ、自分で用意できるのは、インスタントくらいなんだけど、俺には十分だ。


 なんだか、内線でコールしたら、本格的に抽出したものだとか、当り前みたいに、それ以外の飲み物や、さらには軽食なんかも、迅速にお届けしますとは言われているけれど、やっぱり、そこまでしてもらうのは、気が引けてしまう。


 それに今日は、最高のお菓子を、手に入れていることだし。


「まずはー、お湯を沸かしてー」


 この執務室の近くには、給湯室があるので、俺は鼻歌なんて歌いながら、ここから颯爽さっそうと飛び出して、手早くコーヒーの準備を済ませて、また執務室へと戻る。


 悪いけど、本日の主役は、この大人な飲み物ではなく……。


「なんだか。ドキドキするな……」


 この執務室の机の上に、大切に置かれた、たくさんのチョコレートなのだから。



 そう、あの富士山の作戦から、もう一週間が経ったということは、なんと本日は、バレンタインデーということになる。


 というわけで、今日は朝から、色んな人からチョコを受け取って、なんだかとても幸せな気分ということもあり、仕事の方にも、せいた。


 まずは、このあわい紫のきっちりとした包装ほうそうは、けいさんからだし、意外と落ち着いた柄の梱包用紙こんぽうようし丁寧ていねいにラッピングしてあるのが千尋ちひろさんから、そして、イメージ通りド派手な箱に入っているのが、マリーさんからのものだ。


 これらは、仕事が増えたということで、この本部ビルの最上階に連日泊まっている俺のもとに、朝から三人揃って来てくれた最高幹部たちが、いの一番に渡してくれた。


 もちろん、その後は、色々と精の出る……、って、それはいいか。


 さて、さらにこちらの、ピンクのリボンが可愛い包装は、桃花ももかから、目に鮮やかな赤が使われているのが、火凜かりんから、シンプルだけど美しい青色の包み紙が、あおいさんからで、落ち着いた緑が基調のデザインペーパーで包まれたものが、樹里じゅり先輩から、可愛らしいキャラクターが描かれた黄色いケースに入っているのが、ひかりから。


 そして、このひときわ大きな紙袋に入っているのが、竜姫たつきさんからのものだ。


 これらは、この前話していた通り、どうやら、みんなで一緒に作ったものらしく、その時の面白い話なんかを、先ほど全員でランチを食べた時に、教えてもらった。


 ちなみに、全部のチョコにはメッセージカードが付いてるけど、恥ずかしいから、後で読んでねと言われているので、実はちょっぴり、楽しみだったりする。


「さてと、それじゃあ、どれから……」


 そして、その他にも、廊下で会った女性戦闘員たちや、ローズさんから頂いたり、マインドリーダーの夜見子よみこさんから郵送で届いたものだったり、それから、まあ一応だけど、母さんからもらったものもあるので、正直、どれから手を付ければ……。


 なんて、幸せな悩み事をしていたら。


「……うん?」


 竜姫さんから手渡してもらった、大きな紙袋の中を見てみたら、なんだか、意外なものを見つけた気がして、思わずそれを、手に取ってみる。


 この見事な模様がえがかれた和紙に、丁重に包まれた立派な入れ物は、間違いなく、竜姫さんからのものだろう。というか、あざやかなリボンでめられているメッセージカードに、ちゃんと名前が書いてあるので、間違いようがない。


 でも、だったらこっちの、その大きな竜姫さんのチョコの脇で、ひかえるようにしている、小さいけれど、ちゃんと綺麗にラッピングされているものは、一体……?


「えーっと……」


 なんだか興味を引かれた俺は、その小さな包みを手に取ってみる。そして、中身をひっくり返さないように、慎重に確認したら、その裏側にメッセージカードが一枚、隠れるように貼られていて……。


 そこには、たった一言……。


 義理だ!


 とだけ、書かれていた。


「あはっ」


 そのシンプルすぎる言葉に、俺はなんだか、嬉しくなってしまう。


 メッセージカードに書かれているのは、本当にそれだけで、このチョコを用意してくれた張本人の名前すら書いてなかったけれど、ハッキリ言って、バレバレだ。


 だから、本当に、嬉しかった。


「それでは、それでは……」


 その喜びをおさえきれず、俺はまず、この手に取った小さな包みを、破かないように注意しながらいて、その中にあったチョコケースを開く。


 すると、そこには、一目で手作りだと分かる、少し不格好だけど、それがなんだか可愛らしいトリュフチョコが、一生懸命に並んでいた。


 なるほど、どうやら、流石のあの人も、自らの主君しゅくんと、桃花たちに誘われて、断り切れなかったとみえる。でも、さっきのお昼では、そんな話は出てこなかったので、みんなで隠していたのかと思うと、それもなんだか、微笑ましい。


 これは今度、ちょんと本人に、お礼を言わないといけないな。


「いただきま~す!」


 ああ、もう待ちきれないと、俺はその中の一つを指でつまんで、口へと運ぶ。


 それは、ちょっぴり苦いけど……。


「うん、美味しい」


 なんだか、とっても、甘かった。


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