10-6


 とはいえ、状況はやはり、きびしかった。


「みんな、大丈夫か?」

「う、うん! よいしょ……、今のところは、問題ないよ!」


 どうにかこうにか、先頭を歩く俺の後ろで、他の仲間たちに気を配ってくれている桃花ももかこと、エビルピンクの声からは、まだまだ余裕が感じられる。


 しかし、安心はできない。


 龍脈の力を操る竜姫たつきさんの張ってくれた結界のおかげで、激しい吹雪が身体を襲うことこそないけれど、どうしたって視界は悪くて、これまでもりにもった豪雪のせいで、足元だって不安定だ。


 そんな状況では、ただでさえ山登りにうとい俺たちに、正しい道筋なんて分かるはずもなく、しかも、国家守護庁こっかしゅごちょうの手の者が、この富士山に侵攻を開始していから、もうすでに数時間が経過している以上、少しでも急がなくてはならない。


 とりあえず、こうして魔方陣を幾つも重ね合わせ、まるで除雪列車のような障壁を展開した俺が先陣を切り、強引に雪の壁を切り裂きながら、ただひたすら一直線に、山頂を目指すという強行策は、はたして俺たち悪の組織の人間が持つ、超人的な身体能力を駆使しても、簡単なことでないのは、明白だった。


「みなさん、頑張ってください! 決して、この結界からは出ないように……!」

「隊列を乱すな! こんな状況で遭難したら、命の保証はないぞ!」


 過酷な環境の中を、黙々と進む仲間たちを鼓舞する竜姫さんの側では、厳しい顔をした朱天しゅてんさんが、後方にいる戦闘員たちにげきを飛ばしている。


 俺もなるべく、大きな道を作ろうと頑張っているのだけれど、山の構造上、そうは思い通りにならず、どうしても難所は生まれてしまう。


 俺は目の前の割れ目に、魔方陣で足場を作り、慎重にを進める。


「うひゃ~。落ちたら奈落ならくに真っ逆さま……、って感じ? 危ないな~」

「立ち止まるより、進んだ方が安全ですね。急ぎましょう」


 後ろから、どうにか場の雰囲気を盛り上げようとするエビルレッドと、いつも通り冷静なブルーの声がするけれど、残念ながら、振り返ってる余裕はない。


 これだけの魔方陣を維持し続けるというのも、かなり集中力をけずる作業だった。


「こうなると、雪崩なだも恐いわね。傾斜もかなりあるし……」

「うわわっ! こ、恐いこと言わないでくださいよ、先輩~!」


 とはいえ、エビルグリーンの言う通り、下手なことをすれば、致命的な事態も起きかねないので、おびえた声を出しているイエローに負けないくらい、俺は細心の注意を払って、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの力を解放し、視界を確保しながら、目の前に立ち塞がる巨大な雪の壁を、慎重に、し、慎重に、崩して、崩し、て……。


 ぐっ!


「……っ!」

「おい、どうした?」


 その瞬間、脳裏に走った痛みをおさむために、わずかに動きを止めてしまった俺に向けて、朱天さんの声が飛ぶ。


 正直に言えば、この山を登り始めてから……、おそらく正確には、八咫鏡やたのかがみに近づき始めてから、俺の中で暴れる神器の力は、ますます大きくなり、そのせいだろうか、痛みの方も、どんどんと激しくなっている。


 とはいえ、まだ許容範囲内であり、命気プラーナを使って症状を緩和かんわするまで、一瞬すらもかからなかったと思うだけれど、なぜか朱天さんが、よく見ていたようだ。


 こうして、カイザースーツだって着ているのだから、普通に見ていたくらいじゃ、早々そうそう分からないだろうと、思うんだけれど……。


「いえ、なんでもありま……」


 なんにせよ、不審に思われるといけないと、俺は気持ちを奮い立たせて、まったく普段通りの感じで、軽く答えようとした……、その瞬間だった。


 横殴りにすさぶ白い雪の中で、あきらかな意思を持って動く複数の物体が、この八尺瓊勾玉の力を使った俺の目に、ハッキリと、映った。


 これは……、まずい!


「くっ! 敵襲! 周囲の警戒を!」

「――っ!」


 俺が号令を発すると同時に、結界を維持している竜姫さんを守るように、みんなが素早く陣形を変えて、警戒を強くした途端、夜の闇と、嵐のように舞う雪の隙間から放たれたのは、サイレインサーでも使っているのか、音のない銃弾だった。


「マジカル! フォーリッジ・シールド!」


 エビルグリーンの展開した防壁のおかげで、こちらに被害はないが、姿を見せない襲撃者は、この最悪すぎる天候と足場を物ともせずに、まるで地をう虫のように、異様に素早く動き回り、同じ場所にとどまらない。


「マジカル! メデゥーズ・シューター!」

「マジカル! バミューダ・アロー!」


 エビルピンクと、ブルーが、それぞれの得物えものを使って、即座に反撃に踏み切るが、もうすでに、その場所から敵は移動してしまっている。


 竜姫さんの結界内では、吹雪による影響がないけれど、一歩でもそこから外に出てしまえば、そこは一寸先すら見ることが困難で、ただでさえ相手の姿を確認するのは難しいというのに、この雪山用の装備でも用意しているのか、あれだけ自在に移動を繰り返されてしまうと、目標が補足できず、それを正確に狙撃し、撃ち抜くなんて、どれだけ腕が良かろうと、至難の技なんてレベルではない。


 でも、だったら、神器の力で、どんな相手でも見ることができる俺が……!


「――つうっ!」


 しかし、魔方陣を構築しようと、意識を集中した途端、俺の脳ミソを、鋭い痛みが襲い、危うく意識が、千々ちぢに乱れるところだった。


 さすがに、もうすでに、幾重いくえにも魔方陣を展開しているうえに、カイザースーツの具現化を維持しているので、集中力が限界に近い……!


 これが万全だったなら、まだまだ余裕はあるのだけれど、こんな二つの神器の力が荒れ狂っている状態では、今以上の集中は、困難を極める。


 なら、魔術を使うのではなく、直接叩く!


「レッド! イエロー! 敵が攻め込んで来たら、迎撃頼むぞ!」

「オッケー! 任せて! やるよ、イエロー!」

「はい、先輩! 誰が来ても、ボコボコにしちゃうんだから!」


 俺は近接戦闘にけている二人に、この場を任せつつ、結界の外へと出るために、思い切り駆け出す。


統斗すみとさま!」

「みんなのこと、頼みましたよ、竜姫さん!」


 ここにいる仲間たちなら、どんな脅威にも、十分に対処は可能だ。


 俺はそう信じて、素早く事態を収拾するために、もっとも近くの気配へと、全力で

向かいながら、この拳を握り締める。


「――はっ!」


 吹き荒れる雪の嵐も、カイザースーツを装着していれば問題ない。かなりの距離はあったけど、俺は目標へと即座に接近し、そのまま殴り抜けようと……。


 したのだが。


「くっ、ちょこまかと……!」


 雪山仕様のギリースーツを着用した物体が、あきらかに人の足による動きではない軌道を描きながら、恐ろしい速度で斜面をくだり、のぼり、離れていく。


 まるでスノーモービルのような、その動きを見る限りでは、どうやらその足元に、なんらかの特殊な装備をしているらしい。


 やはり、奴らに時間的な猶予ゆうよを与え過ぎたか、どうやら相手は、もはやすっかりと準備を整え、俺たちを待ち伏せしていたようだ。


 なんて、俺の認識は、ハッキリ言って、甘すぎた。


「……なっ!」


 そんな、驚きの声を上げても、もう遅い。周囲の敵が、まるでしおでも引くように、ここから逃げるように、遠くへと去っていくと同時に、俺は山の上から響く、不吉な轟音に、いまさら気付く。


 その直前に、俺は見た。奴らのうちの一人が、逃走の直前、その手の中で、なにか小さなスイッチを、確かに押すのを。


「くっ!」


 俺は自らの迂闊うかつさを呪いながら、ギリギリと痛む役立たずの脳ミソを、無理矢理に奮い立たせ、最後の一滴を絞り出すように、魔方陣を構築する。


 もはや、みんなの元に戻っている時間もない。ひとたび始まってしまえば、それはまたたく間に、全てを飲み込んでしまう


「――間に合え!」


 なんとか、なんとか魔方陣の構築に成功した俺は、気力を振り絞り、しばらくは、周囲の魔素エーテルを使って自動的に、周囲からの脅威を防ぎ続けるように設定した障壁を、竜姫さんの結界の上へと重ねるように、展開させる。


 これならば、俺がこの場から離れても、少なくとも、この猛威が過ぎ去るまでは、あの所壁が、みんなを、仲間たちを守り、あの場へととどめてくれるはずだ。


「みんな、頂上で合流だ! 立ち止まらずに、前へと進め!」

「……っ! ……っ!」


 こちらに向けて、みんなが口々に、なにかを叫んでいるようだけど、もうここまできたら、すぐそこにまで迫っている地鳴りのせいで、なにも聞こえない。


 しかし、きっと俺からの声は聞こえたはずだと信じて、覚悟を決める。


 もはや、頭の中はぐちゃぐちゃで、粉々に砕けてしまいそうだったけど、しかし、それがどうしたというのか。俺の意識は、まだ途絶えていない。


 それはつまり、まだ終わってないということだ……!


「さて、と……!」


 そして、巨大な雪崩が、この身体を飲み込もうとした、まさに、その刹那。


「って、しゅ、朱天さん!」

「黙って耐えろ! くるぞ!」


 この場にいる誰よりも速く、結界から飛び出した、鬼の姿をした女傑じょけつが、棒立ちになっていた俺の身体を、強く、強く、抱え込む。


「――っ!」


 そのあまりにも予想外な事態に、声を上げる暇もなく、俺と、朱天さんは、圧倒的すぎる質量に飲み込まれ、押し流されるのだった……。


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