10-5


「ああ、まさか、吹雪だなんて……」


 なんて、なげいてみたところで、厳しい現実は変わらない。変わってくれない。いやむしろ、変われ。変わってくれ。変わってください、お願いします……。


 しかし、やっぱり現実は無情なわけで、この轟轟ごうごうと音を立て、真っ白すぎて一寸先すら見えなくなりそうな猛吹雪は、当然のことながら、止んではくれない。


 うーん、目的地には、無事到着したわけだけど、早速困った……。



 これはまったく、頭の痛い問題だ。



 対策会議を終えた俺たちは、素早く連絡を取り合い、いさんでヴァイスインペリアル中央本部ビルから飛び出したはいいものの、残念ながら、優先順位の問題もあって、富士山はワープ装置の転送先として整備されていなかったことと、さすがに公共交通機関を使うのは危険と考え、社用車を使って移動したので時間がかかり、現地に到着した時には、もうすっかり日は暮れて、あたりは冬の暗さに沈んでしまっていた。


 そんな状況で、さらにこんなにも激しく吹雪ふぶいているのだから、目も当てられない状況とは、まさにこのことだろう。


 本当に、目も当てられないというか、目の前も見えない勢いだ。


「だ、大丈夫? しっかりして、イエロー、レッド!」

「う~、寒くないのに、寒い気がします~……」

「分かる……。分かるよ、イエロー……。この光景は、もはや狂気だよ……」


 というわけで、俺たちの周囲を取り巻く過酷な環境に圧倒されたのか、目に見えてやる気を失っているイエローと、寒さに弱いせいか完全に目が死んでいるレッドを、エビルセイヴァーのリーダーであるピンクが、必死にはげましている。


 そう、こんな状況で生身でいれるはずもなく、俺たちはもう全員、悪の組織の人間として相応ふさわしい姿へと、変身を完了している。


 もちろん、マリーさん印であるエビルセイヴァーの衣装には、しっかり防寒機能も搭載されているので、けっこう露出が多く見えても、見た目ほど寒さは感じないはずなのだけど、それでもやっぱり、視覚的な効果は大きいようだ。


 まあ、俺もこうしてカイザースーツを着てる上に、その内側に魔方陣を展開して、丁度いい熱を発生させることでだんを取っているというのに、なんとなく寒気を感じてしまうのだから、その気持ちは、痛いほど分かる。


「申し訳ありません……、私の力がいたらぬばかりに……」

「いやいや、違いますって。竜姫たつきさんのおかげで、寒さは全然感じませんし、本当に助かってるんです。ただちょっと、それに甘えちゃってるだけで」


 俺たちの醜態を見て、なんだか心配そうにしている竜姫さんに、俺は慌てて弁明を繰り広げ、誤解を解くために尽力する。本当に、彼女にそんな顔をされてしまうと、こちらの方が、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。


 竜姫さんは、その力をすでに解放し、龍脈を操って、俺たちの周囲にかなり大きなドーム状の結界を張り、吹雪という猛威から守ってくれている。そのおかげで、少し先の視界は確保できているし、雪のかたまりが、直接身体に当たることもない。


 しかも、そのドーム内の気温まで上昇させて、かなり活動しやすり環境を、見事に整えてくれているのだから、これで文句を言う方が、どうかしているというものだ。


「とりあえず、この悪天候で、どのように行軍こうぐんするかが問題ですね」

「そうね。私たちは、ただでさえ山登りに、慣れてないわけだし……」


 あちらでは、真剣な顔をして目の前の難問と向き合っているブルーに、グリーンが同意しながら、困ったように頬に手を当てている。


 そうそう、やっぱり本当ならば、そういうことを心配するのが正しい……、なんて言っている場合ではない。


 例えばこれが、陽気な季節の、まだ日も高い内に、まぶしいくらい太陽が輝く快晴の中を、ちゃんと正規のルートを歩む登山だというのなら、どれだけいいだろう。


 だが現実は、まだまだ厳しい冬の寒さの只中ただなかで、もう辺りも真っ暗な夜の中、暴力的なまでに吹き荒れる雪に包まれながら、右も左も分からない素人集団が、この立派すぎる巨大な山を攻略しようというのだから、普通に考えて、自殺行為だ。


 俺たちが悪の組織の人間であっても、非常に厳しいと、言わざるをえない。


「そうだな……。このまま闇雲やみくもに進むのは、危険すぎるか。せめて、八咫鏡やたのかがみがどこにあるのか、正確な場所が分かればいいのだが、そこまではまだ……」


 そして、炎のような甲冑に身を包み、その肌を赤く染めた朱天しゅてんさんが、近くにいるブルーやグリーンと一緒に、頭を悩ませているようだけど、その心配は、もっともというか、当然だった。


 ただでさえ厳しすぎる状況なのに、これで目的地すら判然としないというのなら、それはもはや苦行というか、その行為に意味を見出すことすら難しい。


 だがしかし、俺の中には、確信が合った。


「ああ、それなら多分、大丈夫だと思います」


 俺は意識的に、なんてことないと装いながら、さらりと、さらりと本題を……。


「八咫鏡がある場所は……っ!」


 その刹那、俺の脳ミソを、切り裂くような痛みが走るが、俺は瞬時に命気プラーナめぐらせ強引におさむ。抑え込むことが、まだできる。


 大丈夫、言葉が詰まったのは、一瞬だ。


「……おそらく、富士山の火口の中ですから」

「まあ、どうして分かるのですか、統斗すみとさま?」


 よかった。どうやら気付かれなかったようで、竜姫さんが、その目を無邪気に丸くしながら、説明を求めてくれる。


 もしかしたら、カイザースーツのおかげで、俺の表情が隠れているのが、幸いしたのかもしれない。


「ああ、うん。八尺瓊勾玉やさかにのまがたの力で、ハッキリ見えたので、間違いないと思います」

「わあっ! すごいよ、統斗くん! それなら、なんとかなりそうだよ!」

「そうですね! 統斗さまのおかげで、私たちの行くべき道が、示されました!」


 笑顔で喜んでくれた桃花ももかと、その瞳をキラキラと輝かせてくれる竜姫さんに、俺は嘘をついていない。確かに、この目で、この力で、確認はした。


 だけど、本当のことを言えば、八尺瓊勾玉の力を使う前から、ここに目的の物が、八咫鏡があると、俺は確信していた。


 なぜならば、この場所に、この富士の山に到着した時から、俺の中にひそむ、二つの神器の力が、まるで、最後の一つを手に入れろと駄々だだをこねるように暴れ出し、今も刻一刻と、その力を強めていたからだ。


 これまでは、なんとか命気で誤魔化してた頭痛も、どうやら、遂に防波堤を超えてしまったようで、まるで無数の針を詰め込んだ脳ミソを、万力で締め付けられているような痛みが走り、こうして無理やりにでも思考を繋げていないと、今にも叫び声を上げて、のたうち回ってしまいそうだが、しかし、まだ大丈夫。


 いやむしろ、ここでヘタレるわけにはいかない。


 進むも地獄という予感はあるが、ここで退しりぞけば、そこで待つのは、破滅的な死であると、俺の本能が、超感覚がげている。


 だから、ここは、やるしかないのだ。


「ほら、レッド。いつまでも遊んでないで、仕事の時間ですよ」

「わ、分かってるって! ……よっし! やるぞー!」


 いつものように冷静なあおいさんにうながされ、どうやら火凜かりんも、覚悟を決めたようだ。


「ほら、イエローも、早く終わらせて、みんなでお風呂に入りましょう?」

「あい、頑張りましゅ……。くちゅん!」


 樹里じゅり先輩に優しくさとされ、背筋を伸ばしたひかりは、可愛いくしゃみをしながら、再びやる気を出している。


 彼女たちを、不安にさせるわけにはいかない。

 ここで進むと決めたのは、俺のわがままでもあるのだから。


 だからせめて、悪の総統として、今の俺ができるのは、こうしていつものように、余裕綽々よゆうしゃくしゃくの態度で、胸を張っていることだけだ。


「…………」


 そんな俺を、鋭い目で、朱天さんがジッと見ているのを感じる。


 ならここで、ボロを出す訳にはいかない。


「というわけで、とりあえず山頂に向かうのを、目的にしましょう。まさか強引に、この山の横っ腹に穴を空けて一直線……、なんてわけには、いきませんから」


 俺は意識を集中して、いつもの調子を、つとめて振る舞い、ここからどうするのか、冗談交じりに提案する。


 とりあえず、こんなところで、精一杯か。


「まあ、お前がそう決めたなら、反対はしないでやるさ」


 よかった。どうやら朱天さんにも、気付かれなかったようだ。まだこちらのことを見ているようだけど、見咎みとがめられている様子はない。


 これなら、大丈夫だ。


「よし! それじゃ、行きますか!」

「ジーク・ヴァイス!」


 俺の号令に、みんなが応えてくれている。


 さあ、行こう。 



 こうして、地獄の強行軍が、始まろうとしていたのだった……。


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