10-4


「タイミングが良すぎるな……」


 思わず飛び出た俺のつぶやきに、この地下会議室いる全員が、うなずいた。


 祖父ロボからの連絡を受け、急いで本部ビルの地下へと向かった俺と、竜姫たつきさんに朱天しゅてんさんは、そこで待っていた俺の親父と母さん……、そしてもちろん、祖父ロボと合流して、早速、対策会議を開いている。


 しかし、本当だったら、昨日受けた八咫竜やたりゅうからの報告に関して、資料をもとに詳細を確認するくらいの予定だったのに、なんだか、妙なことになりそうだ。




「私たちから、情報が漏れていたのでしょうか……?」

「いや、それは考えにくいんじゃないかな」


 会議室の椅子に座る竜姫さんが、申し訳なさそうに身体を小さくしてしまっているけれど、俺としては、そうとは思えない。


 そう、これはやっぱり、色んな意味で、タイミングが良すぎるのだ。


「もちろん、こちらが気付かないうちに、情報を盗まれてる可能性は、残念ながら、否定できないですけど、そんな、とんでもない超常能力を使える人材が国家守護庁こっかしゅごちょうにいるのなら、もっと効果的で、致命的な工作を仕掛けてくるはずだし」


 確かに、超常能力なんてものが存在する以上、どんな可能性だって否定はできないけれど、俺たちヴァイスインペリアルと、八咫竜の目をかいくぐって、自在に情報を引き出せるような奴がいるならば、どんな馬鹿でも、もっと上手く使うだろう。


 そんな切り札にもなりる存在を、俺たちに疑わせる危険をおかしてまでの行動だと考えると、今回の一件は、正直なところ微妙すぎる。


「それに、少なくとも八咫竜の誰かが、意図的に情報を流したとも思えませんし」

「当然だ! 今さら我々に、裏切り者などいるものか!」


 うん、いやだから、俺もそう思ってるので、同意しながらも、そんなに怒らないでくださいよ、朱天さん。


 しかし、それはもちろん、俺が八咫竜を……、竜姫さんたちを信じているからだけではなく、ちゃんと悪の総統らしく、客観的に考えた上での目算でもあるのだ。


 単純に言ってしまえば、まだ鎮圧ちんあつしたばかりの反乱のせいで、ただでさえ自浄的な動きが活発になっている今の八咫竜で、舌の根も乾かぬ内に裏切ろうとするなんて、普通に考えたら、リスクが高すぎてありえない。


 さらに言ってしまえば、最後の神器が富士山にあることは新情報すぎて、八咫竜の中ですら、知っている人間が限られているのだから、もし裏切り者がいたとしても、簡単に特定できてしまう。


 そんな間抜けなことをする人間が、はるかなる大昔から、その歴史を積み重ねてきた巨大な悪の組織である八咫竜にいるとは、到底思えない。


 悪の組織稼業というのは、そんなに甘いものではないのである。


「うむ、その辺りは、ワシも同感じゃな。さりとて問題は……」


 というわけで、祖父ロボも特に誰か責めるような真似はせず、さっさと次の議題に向けて、話を切り出す。


 そう、そちらの方が、俺たちにとっては、余程よほど重要な問題だった。


「これからどうするのか、なわけじゃが」


 なによりも、それを早く決めないと、話にならない。


「とりあえず、相手の目的も分からないからなぁ……」


 しかし、敵が富士山への侵攻を開始したという情報しかない現状では、ハッキリとした指針を決めるのは難しく、俺は頭を悩ませる。


 そう、正直に言ってしまえば、あまりにタイミングが良すぎるために、そう思ってしまいそうだが、国家守護庁の目的が、最後の神器の確保なのかどうかさえ、よくは分かっていないというのが、現状なのだ。


「俺たちが、富士山周辺を調査しているのを知って、とりあえず動いた……、なんて考えるのは、楽観的すぎるか」


 だけれども、そういう大きな目的がないのに、わざわざ正義の味方が戦力をいてまで、微妙な情勢で均衡きんこうしている富士山に侵攻するというのも、考えづらい。


 あくまでも、俺たちがしたことは現地調査であって、侵略行為ではないのだから、それを受けての反撃だとしたら、過剰反応がすぎる。


 確かにあの山は、この国の象徴といってもいい存在だけど、神器が眠っていることを知らなければ、そこまでして奪取しなければならないほどに、重要な施設や拠点があるわけでもないし、悪と正義が均衡しているといっても、それは裏を返せば、ある意味では安定していたとも言えるはずだ。


 少なくとも、その均衡を崩すだけのなにかがあるから、奴らは動いたのだろう。


「なあ、親父。国家守護庁が、八咫鏡やたのかがみが富士山にあるって、もう知ってた可能性は、どのくらいあると思う?」


 やっぱり、少しでも判断の材料が欲しい。俺はわらにもすがる思いで、向こうの内情に詳しいお父上を、素直に頼ることにする。


 どんな些細ささいなことでも、もしかしたら、役に立つかもしれないのだから。


「……ふむ、そうだな。なくはないかもしれないが、とりあえず、現場レベルでは、そんな情報は、見たことも聞いたこともない」

「国家守護庁が組織として知っていたか、となると、可能性は低いわね。ただ……」


 しかし、残念なことに、せっかく質問に答えてくれた親父からは、それほど参考になりそうな話は、どうやら聞けそうにない。


 でも、それをフォローするように、親父の隣にいる母さんが、口を開いた。


「国家守護庁の上層部……、というより、それを統括とうかつしている神宮司じんぐうじなら、あるいは知っていても、おかしくはないかもしれないわ」


 神宮司……、という名前は、前にも聞いたことがある。


 確か、平安時代だか、それ以前から、この国の防衛に関わり、現在も絶大な権力を握っている由緒ある家系で、そこの当主が、今は国家守護庁を統括する立場にある、実質的なトップという話だった。


 そいつの名前が、神宮司権現ごんげんとかいう、御大層な名前だったはずだ。


「……神宮司一族は、この国の歴史の影で、延々と暗躍していた血筋らしいからな。そういう情報も収集していただろうし、どこかでに、教えられたのかもしれん」

「誰かに……」


 今度は、さっきとは逆に、母さんの話を引き継いだ格好になる親父の意見に、俺は頷くしかない。


 この国の防衛をしていたと一口に言っても、超常的な能力を持つ人間や、それこそ神器のように、とんでもない力を持った道具が実際に存在する以上、それに対応するために、長い長い時間をかけて、情報を収集していたとしても不思議はないだろう。


 それこそ、手段を選ばずに……、なんて考えたところで、俺の脳裏に、ふと、ある人物が思い浮かび、なんとなくだが、背筋が冷える。



 伝説の案内役を自称し、伝説の道具にも詳しい、あの老婆の、不気味な笑い声が、聞こえた気がして……。



「ふむ、そちらの線は、かなり濃いかもしれんな」


 そんな、思わず固まってしまった俺を、再び動かしたのは、生まれた時から聞いている、祖父ロボの落ち着いた声だった。


 うん、今は気になることがあっても、立ち止まってる場合じゃないな。


「先ほど上がってきた報告では、富士山で確認された敵部隊は、この前、不遜ふそんにも、この街へと侵入し、暗殺ごっこをしとった忍者モドキ共だったそうじゃ」


 忍者モドキ……、というと、俺の命を狙っていたハットリジンゾウが所属しているらしい、自称公儀隠密こうぎおんみつとかいう奴らのことか。


 だったら、状況はずいぶんと、分かりやすくなる。


「そして、マインドリーダーからの情報によれば、国家守護庁の本部では、やっぱりなんの動きも見られんそうじゃし、今回もあの時と同じ、その神宮司とやらが、影でこそこそやってるもんじゃと考えて、ええじゃろう」


 祖父ロボの意見には、俺も全面的に賛成だ。


 つまり、やっぱり裏があることを考えれば、非常にキナ臭くなってはきたけれど、これから俺たちがやるべきことは、もう決まっているというわけである。


「なるほどね……。そうなると、いわゆる正義の味方は、いつも通りの体制で、特に戦力を減らすこともなく、こちらをにらんでるってわけか」


 ここまで考えて、とりあえず、俺の腹は決まった。


「よし、それじゃあ、とりあえず敵が八咫鏡の確保に動いたと仮定して、それを阻止するために、俺たちも動こう。なんにせよ、放置はできないし」

「異議なしじゃ。それで、誰を向かわせる?」


 相手の思惑が分からない以上、最悪を想定し、素早く目の前の問題を解決することを最優先した俺に、祖父ロボも賛同してくれる。


 こういう時、同じような考え方をしていると、話が早くて助かる。


八咫鏡やたのかがみが神器だということを考えて、なにがあっても対応できる可能性が高い俺が行く。エビルセイヴァーのみんなと向かって、現地にいる戦闘員たちと合流するよ。マーブルファイブが攻めてくるかもしれないし、陽動の可能性も考えて、けいさんたち最高幹部には、この街で待機してもらって……」


 まず最後の神器が、どういう形で富士山に眠っているのかは、分からないけれど、天叢雲剣あまのむらくものつるぎのように、手に取る者を選ぶのならば、すでに二つの神器を実際に手にした俺が向かうのが、もっともベターな方法のはずだ。


 しかし、かといって、過去に八尺瓊勾玉やさかにのまがたが、本来あるべき場所から移されたという事実がある以上、俺以外の人間では動かせないと、慢心することもできない。


 状況が変わってしまった以上、ここからは迅速な対応が求められる。問題の解決のためにも、俺は手早く、指示を出す。


「私も行きます! こんな事態、神器に関わる者として、見過ごせません!」

「ああっ、なんという高潔な意思! この朱天、姫様がお決めになったのでしたら、どこへなりとも、お供いたします!」

「おおっ、助かります! ありがとう、竜姫さん、朱天さん!」


 さらに、八咫竜のおさである竜姫さんと、その護衛にして最高幹部である朱天さんも協力してくれるというのなら、俺に断る理由はない。


 彼女たちの実力は、疑いようもなく本物だ。それにあちらには、八咫竜の調査員もいるので、そちらと連携するためにも、二人がいてくれれば、非常にありがたい。


 これぞまさしく、鬼に金棒というわけだ。


「それじゃ、さっさと終わらせて、今日はみんなで、美味しい夕飯を食べますか!」

「はい! 頑張りましょう、統斗すみとさま!」


 さあ、やるべきことは決まった。会議室の椅子から、勢いよく立ち上がり、わざと軽口を叩きながら、戦場へと向かう俺にうように、竜姫さんも笑顔を見せる。


 それでは、ここからは、ヴァイスインペリアルと八咫竜をたばね者たちの実力というやつを、国家守護庁の神宮司とやらに、存分に見せつけてやることにしよう。



 そう、ここからは、悪の組織の時間だ。


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