10-1


は、濁流だくりゅうのように押し寄せた」


 まるで、悠久の時間をきほぐす語り部のように、荘厳そうごんな空気すら感じる雰囲気をまといながら、朗々ろうろうと言葉をつむ竜姫たつきさんは、ただひたすらに、美しい。




 ここは、ヴァイスインペリアル中央本部ビルの地下にある作戦会議室。落ち着いた内装をしたこの部屋に、わざわざ八咫竜やたりゅうからやって来てくれた竜姫さんからの報告を聞くために、こうして俺たちは集まっていた。


 気が遠くなるような歴史を持つ彼女の組織に、文字通りはるかな昔から、封印されていた資料から読み解かれた、いにしえから浮き上がった新たな情報を、神々こうごうしさすら感じる立ち姿の竜姫さんが、粛々しゅくしゅくと聞かせてくれている。


禍々まがまがしく荒れ狂う暴風のように、あらゆるものを沈める大波のように、万物を包む夜の闇のように、形のないソレは、またたに国を飲み込み、飲み干した」


 静かに語る竜姫さんに、口をはさむ者はいない。そんな無粋ぶすいをするくらいなら、ただこうして見惚みとれていたいと思わせるだけのなにかが、そこにある。


 耳に優しいすずやかな声で、彼女は続けた。


「空は腐り、大地は汚れ 海は煮え立ち、人々は無残むざんにも、その命を散らす。全ての輝きは消え失せて、漆黒に染まり、命あるもの全てが、当然のように息絶える」


 語られる内容は、なんだか恐ろしいものだったけど、竜姫さんのおかげで、非常に聞きやすいので、ありがたい。


「そんな未曽有みぞう凶事きょうじを収めたのは、一柱ひとはしらの神であり、英雄だった」


 なんて、お気楽なことを考えていた俺が気を抜いているうちにも、どうやら話は、核心へとせまるようだ。


「英雄は、形のないソレを、形あるものへと落とし込み、打倒するため、自らの力を分け、与え、縛りつけることにする」


 それは、なんとも抽象的な話だが、実に神話らしいとも言えるだろう。


 そう、神話だ。


 膨大な歴史を、延々と、果てしなく積み重ねてきた八咫竜の物語は、もはや、そう呼んでも、なんらつかえはない。


「あまねく全てを見通す心眼を、自縄自縛じじょうじばくまなことし、北端へ」


 そんな夢みたいな物語を、竜姫さんは語る。


「永遠の命をつかさどる魂を、限りある心臓として、中央へ」


 俺なんかには想像もできない、遥かな過去の話を。


「そして、全てをはらかいなを、動きを封じる尾として、南端へ」


 まさしく、真実の物語として。


「こうして、形のないソレを、一匹の龍へとおとしめた英雄は、自らも、ただの人の身へと落ちながら、全てをおおいつくさんとしていた厄災やくさいを封じ込め、荒れ果て尽くしたこの国を、再び蘇らせる王となった……」


 そんな竜姫さんの姿は、本当に、息を呑むほど、美しい。


「……というのが、ここまでの調査によって分かった、私たち八咫竜に、口伝くでんとして受け継がれてきた伝承に関する詳細を、できる限り分かりやすくしながら、現代風の言葉に置き換えた上での、おおよそのあらましになります!」


 そして、ひと仕事を終えて、嬉しそうにしている竜姫さんは、本当に可愛らしい。うーん、癒されるなぁ……。


「本当なら、もっと膨大な詳細もあるんだが、かなりの量だからな。後で資料としてまとめて、正式に提出する予定だ」


 なんて、気を抜いて不埒ふらちなことを考えていた俺を見透みすかすように、真面目な表情の朱天しゅてんさんが、その大きな眼帯に隠されていない方の目で、じっとりとこちらをにらんでいるので、慌てて背筋を伸ばす。いけない、いけない、もっとちゃんとしないと。



 そう、ここからが、本題である。



「とても難解な古代文字の上に、複雑な表現をかさねられているようで、翻訳の方も、難航しているのですけれど、少しづつですが作業も進み、全貌ぜんぼうはまだ明らかになっていませんが、それでも本日はさきんじて、御報告させていただきますね!」


 まだ全ての仕事が終わったわけではないからか、少しだけ恥ずかしそうにしている竜姫さんだけど、その微笑みは、キラキラと輝いて見える。


 というか、あの資料は、俺もチラリと見たけれど、正直な話、あれが意味をした文字かどうかすら判別できなかったので、それを解読して、ちゃんと分かる言葉へと置き換えるだなんて、想像しただけで頭が痛い。


 そんな気の遠くなるような作業を、八咫竜の皆さんは、こんな短期間で、ちゃんと形にしてくれたのだから、こちらとしても、本当に感謝である。


 うんうん、やっぱり持つべきものは、頼れる仲間だ。


「歴史を紐解ひもとき、三種の神器についての記述を調べていた結果、その所在についての詳細が、分かりました!」

「おーっ! ぱちぱちぱちぱち!」


 なので、俺は八咫竜への感謝を込めて、竜姫さんの報告に対して、無邪気に歓声を上げることにする。


 元々は、あの八百比丘尼やおびくにを名乗る老婆の正体を探るために始めた調査であり、まだそちらについては、大きな進展はないけれど、それはそれとして、貴重な情報が手に入るということは、それだけで僥倖ぎょうこうだ。


 なにが役に立つのかなんて、誰にも分からないのだから。


「ということは、つまり、さっきの話に出てきた、全てを薙ぎ払う腕っていうのが、天叢雲剣あまのむらくものつるぎのことで、南端は、八咫竜の総本部……、龍剣山りゅうけんざんのことですね」

「はい、その通りです。もちろん、それらの資料は、太古に書かれたものですので、現代の地名が、そのまましるされていたわけではありませんけれど、解読できた情報を精査せいさしました結果、間違いありません」


 俺からの確認に、竜姫さんが嬉しそうに頷いてくれたけど、これは、まあ、簡単な答え合わせのようなものだろう。


 先ほどは、あくまでも分かりやすい概要がいようの説明として、その伝承に関する大まかなあらすじのようなものを、竜姫さんが聞かせてくれたわけだけど、どうやら、それを元に、かなり詳細な情報も掴んでいるようだ。


「そうなると、全てを見通す心眼っていうのが、八尺瓊勾玉やさかにのまがたmか……」


 さて、ここまでは、俺の中にある神器の力を考えれば、容易よういに想像できることではあるし、そんなに難しい結び付けでもない。


 だけれども……。


「うん? でもあれって、北端とかじゃなく、海の中に沈んでましたよ? それも、やっぱり北じゃなくて、日本海の南の方に」


 ちょっとした疑問が、思わず俺の口から、れてしまった。


「封印の間で見つかった品々は、八咫竜創設当時のもので、それから誰も手を加えていなかったようだからな。時の流れと共に、変わったこともあるだろう」

「ああ、確かに……」


 そんな俺の疑問に、あきれながらも、あっさりと答えてくれた朱天さんの言うことはもっともだし、なるほど、それ以外の答えはないだろう。


「つまり、あの勾玉は、元々は北にあったというわけですね」

「はい。ちょうど、この島国を竜に見立てて、目の位置となる場所に、どうやら安置されていたようです」


 俺からの質問に、律儀に返答してくれた竜姫さんの言う通り、八咫竜に眠っていた資料には、そのように書かれていたということで、間違いないようだ。


 しかし、今は北と聞くと、どうしても、最近までそちらを攻めていた国家守護庁こっかしゅごちょうの動向が、頭をよぎってしまうな……。


「そこから、誰だか知らないけど動かしたってわけか……。勾玉の方は、剣みたいに人を選ぶとかなく、誰でも運べたのか、それともやっぱり、選ばれた人間が……」


 そして、それ以外にも、色々と気になることもあるわけだけど、だがしかし、その答えを知る術を、残念ながら今の俺は、持っていない。


 せいぜいが、こうしてグルグルと、答えのない想像を、じりじりと痛む脳ミソで、頑張って膨らませるのが、関の山というところだった。


「まっ、長い歴史の中では、なにがあっても不思議じゃないのかもしれんの。全ては過去の残滓ざんしから推察することしかできず、それが無二むにの真実であるとは、誰にも言い切ることなんて、できないわけじゃし」


 とはいえ、肩をすくめるようなポーズをとっている祖父ロボの言う通り、今を生きる俺たちに、遥かな過去に起きた出来事の正確な詳細は、確かめようがない。


 ならば、うだうだと考えてるだけというのも、非生産的すぎる話か。過去に思いをせるのは、もう少し落ち着いてからでいい。


 今を生きる俺たちは、さしあって、今と未来を、考えなければならないのだから。


「そうだな、それはそれとして、じゃあ、その永遠の命を司る魂っていうのが……」


 俺は気持ちを切り替えて、もっとも気になっていることを口にする。


 おそらく、これこそが、今の俺たちにとって、もっとも重要な情報のはずだ。


「はい、そうです! 最後の神器、八咫鏡やたのかがみが眠るのは……」


 そして、本当に嬉しそうに、その表情を綻ばせながら、これからの俺たちにとって大切なことを、竜姫さんが教えてくれる。


霊峰れいほう、富士の山です!」


 そこはまさしく、誰もが知っている大霊山だいれいざんだった。


 しかし、なるほど聞いてしまえば、最後の神器が眠る場所として、これほどまでに相応ふさわしい場所も、ないように思える。


「……富士か」

「あれ、どうしたんだよ、父さん。なにか思い当たる事でもあるのか?」


 というわけで、こうして新たな目標が、提示されたわけだけど、その場所の名前を聞いた途端に、もはや、お決まりのように、悪の組織の大事な会議に、当然みたいな顔で参加してる親父が、ボソリと呟く。


「……いや、別に神器にかんして、どうこうというわけではないんだが、あの場所は、この国の象徴として、国家守護庁も厳重な警備をしていたなと、思ってな」

「そうね。特に重要な拠点とかは置いてなかったけど、いつもなんだか、気を払っていたような気がするわ」


 そんな父に続いて、その隣にいる母さんまで、なんだか気になることを言い出してしまったので、俺は頭を悩ませる。


 どうやら、そう簡単な話でも、なさそうだ。


「とりあえず、その八咫鏡は、まだ富士山に?」

「ああ、あるはずだ。今回の情報を元に、独自に調査を深めたが、間違いない」


 元々の場所から、移動していたらしき勾玉の件もあったので、とりあえず最低限の確認だけしようと思ったのだけど、朱天さんの、その堂々たる態度を見れば、俺からしてみれば、そこに疑う余地はない。


 ならば、やはり最後の神器は、今もそこにあるのだ。


 だったら、俺は、どうするべきか?


「それで、いかがいたしますか、統斗すみとさま?」

「うーん、そうですね……」


 笑顔の竜姫さんにうながされ、俺はこのポンコツな頭を、最大限に回転させる。


 さあ、ここがまさに、思案のしどころだ。


 俺の動向を、竜姫さんが、朱天さんが、祖父ロボが、親父が、母さんが、この場にいる全員が、じっと見守ってくれている。


 当然だ。これからどうするのか、言葉にするのは簡単だけれど、その決断こそが、俺たちの未来を、大きく変えることになるかもしれないのだから。


 どれだけ重くても、その責任を、俺は果たさなければならない。


「それじゃあ……」


 なぜなら俺は、悪の総統なのだから。


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