9-6


 そして、マーブルファイブによる二度目の襲撃から、数日が経過した。


「うふふ、はい、統斗すみと君」

「ありがとうございます、先輩」


 もはや御馴染おなじみとなったヴァイスインペリアル中央総本部ビルの最上階に、俺専用として用意された住居の、広すぎるリビングにて、俺は優しい笑顔の樹里じゅり先輩から、湯呑茶碗ゆのみぢゃわんそそがれた温かい日本茶を、のんびりと受け取る。


「はあ、あったかい……」


 そして、のんびりとそのお茶をすすれば、すでに暖房が十分に効いている部屋ではあるけれど、それとはまた別のぬくもりを感じて、心がほっこりしてしまう。


「それから、みかんも持ってきたのよ。よかったら、みんなで食べましょう?」

「おおっ! さすが先輩! いただきまーす!」


 すぐ隣に座ってくれた樹里先輩が、だいだい色した魅惑みわく果実かじつをおおんんで、そっと座卓ざたくに置いてくれたので、俺は早速、手を伸ばすことにする。


 うーん、いやされるなぁ。



 なんて、悪の総統である俺が、こんな素晴らしい日常を謳歌おうかすることができているのには、もちろんだけど、それなりの理由が存在する……。


 いや、まあ単純に言ってしまえば、それなりにひまだから、というだけなんだけど。


 もちろん、まだなにが終わっというわけではなく、正義の味方との戦いは、継続中なのだけど、前回の攻撃から今まで、国家守護庁こっかしゅごちょうの方に、目立った動きが見られないために、いわゆる小康しょうこう状態となって、少しだけ落ち着いた状況に停滞ていたいしている。


 というわけで、これ幸いにと、俺たちヴァイスインペリアルは、同盟を組んでいる他の悪の組織との連携をみつにし、より安定した収入を確保して、あらゆる面での復興作業を加速させながら、新たな局面へのそなえを万全にするべく、奮闘ふんとうしていた。


 なので、けいさんは全体的な資金の流れを統括とうかつし、千尋ちひろさんは敵対勢力に対してにらみをかせ、マリーさんは技術の復旧と開発に尽力しており、祖父ロボや俺の両親は、国家守護庁に関する情報分析と対策考案を繰り広げ、怪人組を筆頭とした戦闘員たちも総員、それぞれの仕事で、忙しくしている。


 しかし、総統である俺は、意外とやることがないのだった。


 もちろん、簡単な机仕事くらいはあるけれど、基本的には、優秀すぎる仲間たちが考えてくれた、文句のつけようのない計画書に目を通し、判を押すだけでいいので、ある程度、多くのプロジェクトが同時に動き出すと、人手の問題もあって、それらが落着らくちゃくするか、問題がきるまで、仕事の量が、ぐっと減ってしまうのだ。


 もちろん、他の人の仕事を手伝おうとはしたのだけれど、自身の未熟さのせいで

あんまり難しいことは、まだ役に立てないので邪魔になるだけな上に、祖父ロボのほうから、総統なら総統らしく、ドンとかまえとらんか! と怒られてしまったので、今はこうして、大人しく待機している……、というわけである。情けないけど。


 そして、総統の俺が暇になってしまうと、必然的に、総統の親衛隊をしてもらっているエビルセイヴァーのみんなも、当然暇になるわけで……。


「うーん、甘くて美味しいー! ほら、火凜かりんあおいちゃんも、食べようよ!」

「サンキュー、桃花ももか! うーん、やっぱりこの季節は、みかんだねぇ」

「ありがとうございます。あっ、おせんべいもありますから、どうぞ」


 台所の方から、色々と持ってきてくれた三人が、樹里先輩に続いて、だらけている俺のことを囲むようにして、この円形の座卓ざたくに、足を入れる。


「…………」


 そして、実はとっくの前から、もうすでに、俺の横で不機嫌そうに仏頂面ぶっちょうづらをしていた小さな少女……、ひかりも、彼女にしては珍しく、黙ってみかんに手を伸ばす。



 こうして、全員揃った俺たちは、三時のティータイムを、優雅に楽しむのだった。



「それにしても、ここまできたら、こたつも欲しいところですね」

「わっ、葵ちゃん、ナイスアイデア! いいよね~、暖かいおこた~」


 皮を剥いたみかんのすじを、黙々もくもくと取っていた葵さんの意見に、強く賛同した様子の桃花が、夢見るように目を閉じる。


 いや確かに、その気持ちは分かるけども。


「いいじゃん、それ! ほら統斗ー、今度からここに、こたつ用意してよー! ねえねえ、こたつ、こたつー! こたつを所望しょもうじゃー!」

「いや、うるさいよ。そんなわがままばっかり、言うんじゃありません」


 ああほら、ニヤリと笑った火凜の奴が 悪ノリを始めてしまった。


「というか、お前はもう少し、私物を持ち込むのを、自重しろ。こたつを購入したとしても、置くスペースがなくなるだろうが」

「えー、いいじゃん別に! ここにあると、楽なんだし」


 楽なんだし、じゃねえよ。お前の持ち込んだゲームとか漫画とか、ドライヤーとか歯ブラシとかで、すっかり生活感出てきたよ。


 とはハッキリ言えない、チキンな俺なのであった。


「そうですよ、火凜。私なんて、必要な分の下着しか置いてません」

「うーん、お洋服とパジャマくらいは、用意した方がいいと思うよ、葵ちゃん……」


 そして、真顔すぎる葵さんの爆弾発言には、あえて反応しないことにする。そっちは任せたぞ、桃花……! なんかアドバイスが、ズレてるけど!


「でも、こたつは私も、興味あるかな。うちには置いてないし」

「もう、先輩まで……」


 確かに、樹里先輩の豪邸は、堂々たる洋館なので、こたつのような和風かつ、庶民的なものは、置いていないだろうし、触れる機会もなかったのだろう。


 だったら、そんな先輩のために、こたつを置くのも悪い選択じゃないのかも……、とは思うんだけど。


「大丈夫よ、いざとなったら、購入は私がしておくわ」

「いえ、それは悪いので、大丈夫です。必要なら、俺が買いますから……」


 とりあえず、樹里先輩からのありがたい申し出は、保留ほりゅうにさせてもらおう。


 さすがに、そう簡単に家具を購入するのは、色々と抵抗があるというか、ちゃんと自分のふところ事情や、この家のインテリアなんかと、相談していきたい。


 というわけで……。 

 

「な、なあ、ひかりはどう思う? この家に、こたつって、いるかな?」

「…………」


 さっきから、黙りこくっているひかりに、無理矢理話を振ってみたけれど、じろりとにらまれただけで、返答はなかった。


 うーん、どうしよう……。



 ごらんとおり、この豪華すぎる家は、もうすっかり、俺たちのたまり場になっているわけどけど、これにもやっぱり、それなりの理由がある。


 いや、単純に言ってしまえば、それなりに使いやすいからってだけなんだけど。


 全体的に造りが大きいから、大人数で集まっても余裕があるし、立地的にも、中央本部ビルの最上階なので、突然の事態にも、素早く対応できるという安心感がある。まあ、ワープがあるから、あくまでも気分の問題なんだけど。


 もちろん、このビルの他の階には、エビルセイヴァーのための住宅も、一応は用意されているけれど、別にそれを休むために使うだけなら、実家でいいというわけで、結局のところ、まともに使っているのは、ここだけになっている。


 そうして、俺たちは時間を見つけては、ここに集まって、わいわいと大騒ぎをするようになった……、わけだけれども。



「…………」


 これまでなら、俺たちが集まれば、もっともにぎやかだった少女……、黄村きむらひかりがけわしい表情で沈黙を続けているという状況は、まったく居心地が悪かった。

 

 うう、どうやって、話を切り出そうか……。


「……あっ、統斗くん! お口のはしが、汚れてるよ! 取ってあげるね!」

「あ、うん、ありがとう、桃花」


 なんて、俺が色々と考えて、モジモジしているうちに、なにかを思い付いたらしい桃花が、少し離れた位置のこっちに向けて、手を伸ばす。


「えへへっ。あむっ」


 そして、その細い指で、さっと俺の唇をなぞると、それをそのまま、自らの口に、躊躇ためらうことなく入れてしまった。


「……っ!」


 その様子を、目を見開いて確認したひかりから、恐ろしい怒気どきが立ち上る。


「おやおや~? 統斗ったら、ずいぶん甘えん坊だなぁ~。それじゃ、あ~ん」

「あ~ん。ん、んむっ?」


 なにを考えているのか、今度は火凜が、自分のみかんをまんで、こちらへと差し出してきたので、反射的に食べようとしたら、俺の口に、その指を押し込んできた。


「やんっ、統斗のすけべ~」


 まさか噛むわけにもいかず、結果的に舐める結果になってしまっただけなのだが、なんだか嬉しそうな火凜が、わざとらしい悲鳴を上げる。


「……う~!」


 その瞬間、俺の隣にいるひかりから、ついにうなごえまで聞こえてきた。


「これは、負けてはいられません。さあ、統斗さん、お手を拝借はいしゃく……、はむっ」

「う、ひゃっ! な、なにするんですか、葵さん!」


 なんて、息をつく暇もない、気が付いた時には、俺の手を取った葵さんが、見事なまでの早業というべきか、あっというまに、この指に口付けしている。


「いえ、なんだか対抗心が燃えてしまいまして」


 そのリアルな感触に、思わず悲鳴を上げながら、手を引いてしまった俺に向けて、まったく冷静な葵さんは、照れることなく真顔のままだ。


「……むう~っ!」


 そして、ひかりの方からあふる、さらに深刻化した怒りの気配が、俺をめる。


「あら、みんなズルイわ。それじゃ、私も……、ふ~っ」

「お、おうふっ! じゅ、樹里先輩! いきなり耳は、あっ!」


 ついには、ひかりとは反対側にいた先輩まで、いきなり俺にしなだれかかってきたかと思えば、そのまま密着してくると同時に、こちらの耳元に、優しく息を……。


 いや、それどころか彼女は、その舌を伸ばして……!


「うふふ、気持ちいい? だったらもっと……」


 くうっ! 情けないけど、至近距離で鼓膜を揺らす先輩のつやっぽい吐息といきとか、おもに半身から伝わる体温とか、柔らかさのせいで、動けない! と、止められない!


「ううううう~っ!」


 そんな、無様ぶざまな俺の痴態ちたいを、すぐそばでガン見していたようで、ひかりから聞こえる唸り声が、うめごえを通り越して、地獄の番犬がえてるくらいになってきた。


 あっ、これは、まずい……!


「あああああっ! なんなのよ!」


 そして、思った通り、次の瞬間、ひかりは大声を上げながら、思い切り食卓を叩きながら、勢いよく立ち上がってしまう。


 その迫力に、思わず震えあがってしまったのは、内緒にしておきたい。


「お、おい、ひかり……!」

「うるさい! この変態! スケコマシ! 最低男! バカ、アホ、マヌケ!」


 なんとか話をしようと、声をかけた俺に向けて、ありったけの罵倒ばとうびせかけ、地団駄じたんだみながら、彼女は叫ぶ。


「もう、知らない!」


 そして、それだけ吐き捨てると、ひかりは怒りもあらわに、そのまま駆け出して、この家から飛び出して行ってしまったのを、俺は扉がけたたましく閉まる音で知る。


 あまりに激しい展開に、俺の身体は動くこともできず、その場で固まったままだ。


「わあ、ひかり、すごく怒ってたね。大丈夫かな?」

「あーらら、こいつは大変だぞ~」

「そうですね、ねた彼女が相手では、一筋縄ひとすじなわではいきません」


 そして、桃花も、火凜も、葵さんも、出ていったひかりを追うようなことはせず、どこか生暖なまあたたかい目で、俺のことを見ている。


「うふふ、これから頑張ってね、統斗君?」


 まだ俺に抱きついたままの樹里先輩からは、激励の言葉までもらってしまった。


 つまるところ、全ての原因は、俺にある……、というわけだ。


「はあ、どうしよう……」


 なんて、悩んだフリをしてみても、俺がどうすればいいのかなんて、俺自身が一番よく分かってる。自覚している。覚悟している。


 でも、だけど、しかし、だけれども……。


「ふう……」


 これは本当に、頭が痛い問題だ。


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