9-5


「どうも! お疲れ様でした、マリーさん!」

「あ~、統斗すみとちゃん、来てくれたの~?」


 大幅な改修が行われた地下本部に、新たにもうけられた彼女専用の実験室へと、足を踏み入れた俺を、もうすでに戻ってきていた部屋のあるじが、笑顔で出迎えてくれる。


 ここに来るのは初めてで、近くにいた戦闘員たちに、場所だとか、行き方だとか、色々と聞き回ってしまったけれど、あまり時間をかけずに到着できたので、そこは、まあ、よかったと思う。


 ついでに、まだ完成したばかりの、この部屋は、ピカピカと綺麗な上に、どこにも足の踏み場がないみたいな状況におちいっていないのも、本当によかったと思う。


 まあそれも、マリーさんが本気で開発を始めるまでの話だろうけど。


「それで、どうでしたか、今回の戦闘は?」

「う~ん、そうね~……」


 なんて、どうでもいいことを考えていても仕方ないと、俺は早速、本題に入る。


 色々と、もる話もあるけれど、まずは仕事が優先だ。


汎用はんよう追加装甲ついかそうこう、インスタントアーマーちゃんは~、ありあわせの材料で作った~、急ごしらえにしては~、ちゃんと効果あったから~、もう少し改良して~、量産してもいいかもね~。簡易雷撃発生棒かんいでんげきはっせいぼう、ビリビリデンキ君は~、まともに当たらなかったから~、威力検証が不十分だし~、もうちょっと~、調整してみるわ~」


 まずは、自らの発明について報告してくれるマリーさんは、のんびりとした口調でこそあるけれど、その表情はキラキラと、楽しそうに輝いている。


 やっぱり人間、仕事といえど、好きなことを、好きなようにやるというのが、大切なのかもしれないなぁ……。


「でもこれで~、戦闘員たちの装備も~、パワーアップできるかも~」


 それに、なんだか良い報告が聞けて、俺も嬉しいし。


「あっ、やっぱり、あの二つって、怪人専用ってわけじゃないんですね」

「そうよ~。あれはあくまでも~。みんなが使える新武装の~、プロトタイプ~」


 うんうん、マリーさんは上機嫌だけど、あれだけ切迫せっぱくしていた俺たちの台所事情を考えると、新しい装備の開発に着手できるなんて、俺も感動してしまう。


 今までは、そんな余裕なかったもんなぁ……。


「前回の戦闘データもあるし~、あのまま怪人組を戦わせても~、新しくるものがなさそうだったから~、とりあえず~、試験運用してみたの~」


 確かに、せっかく正義の味方が攻め込んできてくれたのだから、しっかり有効活用しないと、もったいない。


 やっぱり、ただの性能テストでは気付けない、実戦の中でしか分からないことは、あらゆる分野で、存在するのだ。


「今の怪人組は~、かなり奇跡的なバランスで~、あの状態をキープしてるから~、下手に中身をいじくるよりは~、外的要因で強化した方が~、色々とリスクも少ないんだけど~、専用武器とか作るにしても~、今までだと~、まともな設備が~、全然足りなくて~、大変だったのよね~……」


 これまでの苦労を振り返ってしまったのか、普段はおっとりしているマリーさんでさえも、遠い目をしているけれど、俺もやっぱり、同じ気持ちだったりする。


 本当に、あの悪魔との決戦で失ったものは、多すぎた。


「でもでも~、じゃじゃ~ん! こうして~、ワタシ専用のラボまで完成したし~、他の開発施設も稼働し始めたから~、もう大丈夫~」

「おおっ! 素晴らしい!」


 だからこそ、ここまで地下本部が復旧したことが、奇跡のように感動的だし、そのために尽力じんりょくしてくれたみんなには、感謝の言葉しか出てこない。


 ああ、自分も頑張らないとなと、全力で気がまる思いである。


「今はとりあえず~、ワープの安定拡大化と~、疑次元ぎじげんスペース発生装置に加え~、それらを利用した強制セーフティスフィアの再開発を~、優先してるわ~」

「なるほど、なるほど」


 とりあえず、この調子なら、これまで保有していた超技術の数々を取り戻すまで、それほど時間はかからないだろうし、なんだったら、それ以上の成果も望める。


 マリーさんから、直接その話を聞けただけでも、ずいぶんと安心できた。


「あと~、ついでに~、こっそりと回収してた~、マジカルセイヴァーが使用してた飛行船の残骸も~、少しづつ改修中ね~。色々と~、使い道もありそうだし~」

「へえ~、なんだか面白そうですね!」


 それに加えて、別のプロジェクトまで進行中と聞けば、もう期待しかない。


 そういえば、あの悪魔に落された飛行船は、無駄にスペースを取るし、どうしようなんて話にもなっていたので、上手く使えるなら、なによりである。


 個人的には、一度はああいうのに、乗ってみたかったし。


「えへへ~、それから~、それから~、どどーん!」

「おおっ、なんですか、これ?」


 さらに、さらに、楽しそうなマリーさんが、不意にその場で手を振ると、それまでなにもなかった中空ちゅうくうに、いきなり複雑な図面のようなものが、映し出された。


 どうやら、この新しい開発室の機能みたいだけど、凄いな……。


 なんて、感心している場合じゃない。


「ふっふっふっ~、これこそ禁断の~、悪の組織型巨大きょだい人型ひとがた決戦兵器~! 殲滅せんめつ破壊はかい制圧せいあつ無敵むてきロボット……、でもまだ名称未定めいしょうみていくん~! ……の~、設計図よ~」


 満面の笑みを浮かべながら、マリーさんが提示してくれたのは、まったく恐るべき計画の、第一歩だったのだから。


「まだ今は~、資材とかも全然足りないし~、人手もけないから~、簡単な試作機すら作れないんだけどね~。でも~、いつかはこういう~、でっかいロボとかも~、思いっきり~、つくりたいわね~」

「わあ、いいですね、それ! 巨大ロボット、見てみたいなぁ~」


 いや、ちゃんとマリーさんの話を聞けば、まだ第一歩どころか、なにも踏み出していないような状況だというのは、俺にだって分かる。


 分かるけど、そんなことは、関係ないのだ。


 やっぱり、見上げるほどに大きな人型ロボットというのは、男のロマンというか、憧れというか、夢のなのである。こうして、まだ形にすらなっていない、複雑怪奇ふくざつかいきな設計図を見ているだけでも、思い切りテンションが上がってしまう。


 ああ、いつかは俺も、こういう巨大なメカに乗って、八面六臂の大暴れを……。


「っと、そういえば、肝心の、マーブルファイブについては、どう思います?」

「ああ~、そっち~?」


 なんて、思い切り脱線してしまいそうだったので、俺は断腸の思いで、軌道修正をはかることにする。


 マリーさんも残念そうだけど、とりあえず、楽しい話は、また今度だ。


「そうね~、悪くはないけど~、よくもない~、普通って感じかしら~? マジカルセイヴァーだった頃の~、エビルセイヴァーちゃんたちよりは~、ちゃんと強いとは思うんだけど~、まだまだ全然~、ワタシたちの敵ではないわね~」


 というわけで、仕事の話に戻ったわけだけど、どうやらマーブルファイブに対する評価は、マリーさんも俺と大体だいたい同じらしい。


 正義の味方には悪いけど、これが現実というやつである。


 しかし……。


「でも~、やる気は十分みたいだから~、そこは期待かな~。上手くやれば~、開発した兵器のトライアルを~、延々とやってくれそうだし~」


 それはつまり、マリーさんの言う通り、俺たちにとって、彼らは安全かつ、便利な存在というわけなので、こちらにとっては、好都合という話になる。


 やっぱり、しばらくはマーブルファイブの皆さんに、頑張ってもらいたい。


「まあ、またいつ他の正義の味方が~、追加されるか分からないから~、今のうちに色々と~、こっちも足元を~、固めておかないとね~」

「そうですね。余裕のあるうちに、やれることは、やっておかないと」


 気合を入れ直すようなマリーさんの意見を聞いて、俺は深く同意する。


 今のところは、俺たちヴァイスインペリアルにとって、かなり理想的な状況を維持することができているけど、それだって、いつまで続けられるかは、分からない。


 正義の味方が、国家守護庁が、もっと本腰を入れてくる前に、こちらもしっかりと体勢を立て直し、さらには、奴らに勝利した後の筋道を、きっちりと考えておくのが重要というか、急務になる。


 残念ながら、現状に甘えている暇は、まだまだないのだから。


「本当に~、しばらくは~、あのマーブルファイブだけでいいのにね~」

「ですよね、週一しゅういちペースくらいで来てくれたら、楽なんだけどなー」


 というわけで、なげいてばかりいても、仕方がないということは、もちろん分かっているけれど、マリーさんの意見には、俺もうなずかざるをえない。


 こういう風に、お互いの愚痴ぐちを聞くというのも、大事なことだと、思っておこう。


「ところで~、統斗ちゃん、旅行に行ったんでしょ~? ちゃんと休めた~?」

「え、ええ、休めましたけど……、どうしたんですか、いきなり?」


 なんて、ぼんやりと考えていたら、突然マリーさんが、俺の頬に触ってきたので、思わず驚いてしまった。


 しかも、彼女にしては珍しく、真剣な眼差しを向けられてしまったら、なんとも、背筋を伸ばさずにはいられない。


「だって~、最近の統斗ちゃん、ちょっと具合が悪そうだったんだもん~」

「うっ、そ、そんなこと、ありませんって!」


 そして、本当にいきなり、踏み込んだことを言われて、ドキマギしてしまう。


「うそよ~。だって~、ナノマシンで検査したら~、体内の数値が~、不自然な変動を繰り返してたし~、絶対に~、体調不良よ~」

「いや、俺が知らないうちに、なにしてるんですか、マリーさん……」


 しかもどうやら、もう下手に誤魔化ごまかすのは無理そうで、困ってしまう。


「うおっほん!」


 さて、とりあえず、大きな咳払せきばらいで、仕切り直しをはかってみたけど、どうしよう?


「大丈夫ですよ。ずっと命気プラーナめぐらせていれば、体調も、すぐに戻りますから」

「いつも命気を使ってないとダメっていうのが~、そもそも大丈夫じゃないって~、思うんだけど~……」


 うっ、あまりに正論すぎて、否定することができない。


 確かに今の俺は、絶好調とはがたい。慢性的まんせいてきな頭痛は、まつたく治る気配を見せないどころか、段々とひどくなってる気がするし、そのせいか、身体もだるい。


 どうやら、天叢雲剣あまのむらくものつるぎ八尺瓊勾玉やさかにのまがたまから取り出した神器じんきの力が、いまだに俺の中で暴れ続けているというか、落ち着いてくれないようで、こうして肉体の方に負荷をかけ続けてしまっているようなのだ。


 それでも、これまでより命気を多めに使うことで、症状は緩和かんわされるので、実生活には影響がないし、戦闘だって問題はない。せいぜいが、ちょっと頭が痛いくらいでんでいるので、今のところは、不備ふびもない。


 なので、別にもう無理だとか、動くのもしんどいだとか、そういうレベルの話ではないし、原因だって分かってる。


 だから、弱音を吐く必要なんて、ないのである。


「本当に、大丈夫ですって。ほら、元気、元気!」

「むう~……」


 というわけで、俺は自らの健康を、ほっぺたを膨らませて、納得していない様子のマリーさんに、精一杯アピールする。


 しかし、かなり気を付けていたのに、他の人に気付かれていたなんて、誤算だったというか、もしかしたら、祖父ロボが突然、俺に休めなんて言い出したのは、これが原因だったのだろうか?


 だとしたら、これからはもっと、しっかりしないとな。


「……だったら~、元気なことを~、証明してみせて~」

「あっ、マリーさん……」


 そんな俺のことを、まだ厳しい目で見ているマリーさんが、突然こちらのことを、抱き締めてくれながら、優しく、優しく、俺の耳元で、ささやいた。


 それだけで、彼女がなにを望んでいるのか、どうすればいいのか、俺には一瞬で、分かってしまう。それこそ刹那せつなで、理解してしまう。


 それだけの関係を、俺たちはかさねてきたのだ。


「もちろん~、無理はしないでね~?」

「無理なんて、しませんよ!」


 そう、これは決して、無理なんかじゃない。当然だ。むしろ日常といってもいい。それくらい当たり前に繰り返してきた行為で、もはや息をするように……。


 なんて言い訳は、必要ない。


「むしろ、ちょっと、元気になっちゃうかも?」

「ふふふ~、それなら~、いいわね~……、あむっ……」


 俺は微笑むマリーさんの唇を、強引に奪いながら、今度はこちらの方から、彼女の華奢きゃしゃ肢体したいを、かき抱くように、強く求める。


 男と女の、れた呼吸と、つややかな水音が、真新しい部屋に、みだらにひびく……。


 こうして俺は、誠心誠意、一生懸命、力一杯の元気を、これでもかというほどに、マリーさんに向けて、とことん証明してみせたのだった。


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