9-2
「先輩、旅行に行きましょう」
「……えっ?」
俺からの突然すぎる提案に、いつもたおやかな樹里先輩も、その
その様子に、俺はなんだか、ドキドキしていた。
やっぱり、こういうことを、いつまでも
というわけで、
とはいえ、他のみんながいると
「えっと、あのですね、実はさっき、急な休みができちゃいまして、それで、もしも先輩の予定が
しかも、固まってしまった樹里先輩から答えを聞く前に、こんな言い訳を、
いやだって、断られたらどうしようって、どうしても思っちゃうし……。
「そ、それに、その、休みといっても、ちょっとした小旅行というか、あの、どこか近場で、一泊くらいできたらなって……」
でも、急な休みができたというのは、このための嘘ではない。いや本当に、さっき顔を合わせた祖父ロボに、たまには休めと言われて、強制的に休日を押し付けられてしまったのは、
だから、それをいい機会と考えて……、って、俺は一体、誰に言い訳してるんだ。
「え、えっと、旅行って、二人きりで?」
「は、はい、一応、そのつもりです……」
そんな風に、なんとか少しでも落ち着こうと、色々と考えていたせいか、ようやく反応してくれた樹里先輩からの問いかけに、思わず声が裏返ってしまった。
うう、恥ずかしい……。
「その、泊まるのも、二人きり……?」
「うっ、あの、先輩が、お
いきなりすぎて、しばらく固まってしまったようだけど、
でも、ここで逃げるようなことを口にするのは、やっぱり違う。もう、顔から火が出てしまいそうだけど、
「いやその! もちろん、先輩がよければの話で、無理にとは……!」
なんて、心の中で格好つけたはいいけれど、まるで、言い訳でもするかのように、早口が飛び出てしまうのは、やっぱり俺という人間の、未熟さというやつだろう。
ああ、もう少しでも余裕を持った、大人の男になりたい……。
「だ、大丈夫! 無理なんかじゃないわ! ううん、むしろ、あのっ! えっと!」
しかし、そんな俺に
そして……。
「う、嬉しい、から……」
「あっ」
恥ずかしそうに、小さな声で、それだけ
「え、ええっと、それじゃ、明日の予定は……」
「うん、もちろん大丈夫よ! ちゃんとバッチリ、空けておくから!」
こちらからの提案に、樹里先輩が、嬉しそうに
それだけで、俺の気持ちは軽くなり、心が
まあ、言ってしまえば、総統である俺が決めてしまえば、強引に、樹里先輩を明日休みにすることだって、不可能ではないのだけれど、それよりも、やっぱりこうして本人に、どうするか決めてもらうというのが、大事な気がする。
やっぱり、無理矢理というのは、よろしくないしね。
「そ、それじゃ、先輩は、どこか行きたいところとか、あります?」
「う、うん、あのね……!」
こうして、俺と樹里先輩は、まるで子供みたいにウキウキしながら、楽しい旅行の計画を、二人だけで決めたのだった。
「あっ! おはようございます、樹里先輩!」
「うふふ、おはよう、
そして、あっという間に、旅行当日。
ゆったりとしたデザインのロングワンピースに、仕立ての良いコートを合わせて、大人っぽく着こなす樹里先生の、美しい髪を止めている、以前、俺がプレゼントした四葉のクローバーが愛らしいヘアピンに、朝日が反射して、
「あっ、あれかしら?」
「うん、そうみたいですね。それじゃ、行きましょうか」
ちゃんと朝の挨拶を
まだ早朝ということもあって、俺たちの他に乗客はいなかったこともあり、仲良く並んで座れたのが、単純に嬉しかった。
「おっ、今日はまた、いい天気になりそうですよ、先輩!」
「本当、よかったわ。雨が降ったら、なんだかやっぱり、寂しいものね」
流れるように進むバスの車窓から覗く風景が、ビルの群れから少しづつ、冬らしい自然の中へと切り替わり、
その変化に、俺はしっかりと、覚えがあった。
「でも、いまさらですけど、いいんですか? 貸し切りなんて」
「ふふっ、大丈夫よ。父からは、ちゃんと許可をもらってるから」
とはいえ、あの時は、俺は一人でバスに乗っていたので、こうしてすぐ隣で笑ってくれる樹里先輩がいるだけで、気分はかなり、
そう、今回の旅の目的地は、樹里先輩のお父さんが所有しているペンションだ。
流石に、休みといっても、状況が状況なので、あまり遠出をしてしまうと、移動に時間をとられすぎて、ゆっくりできないということで、近場でどこにしましょうか、という話になったとき、先輩から提案されたのが、そこだったのだ。
なんというか、あそこは俺にとっても、色々と、思い出深すぎる場所でもあるし、なによりも、樹里先輩の望みなら、俺に異論はない。
というわけで、俺たちはこうして、
「えーっと、ちなみに、お父様には、今回の旅行のこと、なんて説明したんです?」
「うふふ、なんて説明したと思う?」
でも、そうなると当然、どうしても気になってしまうことを、
ううっ、その
「ふふふっ、心配しなくても、大丈夫よ。今回は、
「う、うーん、それはどうかなぁ……。多分、それでも、というか、絶対に、全力で反対されるんじゃないかと思いますけど……」
樹里先輩は、楽しそうに笑っているけど、自分が彼女の父親だったら、少なくとも俺のような男と娘が、二人きりで、しかも泊りがけの旅行をするなんて、考えただけでも、到底受け入れることはできないだろうことは、想像に
ああ、ごめんなさい、まだ会ったことのないお父様……。
必ず責任を果たして、娘さんを幸せにして見せます……。
なんて、むしろ先輩のお父さんに知られたら、
「おっと、ここですね」
「あらあら、もう
先輩と二人なら、時間なんて、あっという間に過ぎてしまう。
目的のバス停で降りた俺たちは、山の
「あっ、先輩、荷物は、俺が持ちますから」
「いいの? うふふ、ありがとう、統斗君……」
それほど
「うーん、到着!」
先輩から受け取った鍵を使って、ぬくもりを感じる木製玄関ドアを開けば、とても落ち着く木の香りが、俺たちを出迎えてくれた。
しっかりと電気も通っているので、近くのスイッチで灯りを付ければ、絶妙に配置された照明のおかげで、朝からだけど、雰囲気も満点だ。
「さてと、どうします、先輩? とりあえず、まずは遅めの朝食でも……」
とりあえず、まだ風が冷たいので、玄関の扉をしっかりと閉め直してから、ソファに荷物を降ろし、さてこれから、というところで、俺の動きは止まってしまう。
いや、止まらざるをえない。
「あ、あの、樹里、先輩……?」
「…………」
なぜなら、樹里先輩に突然、後ろから、抱き締められてしまったからだ。
「ごめんね、統斗君……。もう、私、我慢、できないみたい……」
背中にいる先輩の顔を、俺は見ることができない。
でも、彼女の震える声を聞けば、俺がどうすればいいのか、どうしたいかなんて、考えるまでもない。
「……大丈夫ですよ、樹里先輩」
だから俺は、強く、強く、こちらを抱き締めている彼女の腕を優しく解き、身体の向きを入れ替えて、今度は正面から、真っ直ぐに向かい合い、自分の方から、先輩のことを、強く、強く、抱き締める。
さあ、自分の思いを、
「それは多分、俺もですから」
「あっ……」
思いを受けとめ、思いを返す。
それは信じられないほどに、幸せな体験だ。
「ああ、好きよ、大好き、統斗君……!」
「愛しています、樹里先輩……!」
こうして、まだ日も高いどころか、日が昇り切ってないうちに、俺と先輩は互いの思いをぶつけ合い、一つになったのだった……。
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