8-8


「おー、派手にやってるなぁ……」

「戦況は……、あまりかんばしくないようですね」


 俺とあおいさんは、いつもの採石場を見渡せる崖上にて、二人で岩陰に隠れながら、まずは状況を見極めるために、観察にてっする。


 本部ビルから、ここまで、急いだこともあり、それほど時間はかからずに到着することができたけど、葵さんの言う通り、戦況はすでに、一目で分かるほどに、片方にかたむしていた。



 残念なことに、俺たちにとっては、あまりよろしくない方向に。



「あふん! もうっ! なかなかやるじゃない!」

「ぐへーっ! こいつら、意外とヤルっス!」

「……好敵手こうてきしゅの登場……、ふひひっ、痛い、痛い……」


 もうすでに、それぞれ異形いぎょうの怪人となったローズさん、サブさん、バディさんが、激しい爆発に巻き込まれて、派手に吹っ飛びながらも、なんとか空中で体勢を整え、着地すると同時に、油断なく目の前の相手と向かい合う。


 そんな怪人三人組と、激しい土煙の中で、真正面から向かい合う人影は、五つ。


「いくぞ、悪の怪人め! 受けろ、マーブルシュート!」


 彼らの中心にいるのは、精悍せいかんなヘルメットのようなマスクで顔を隠し、まるで全身タイツみたいな、だが一目で戦闘用と分かるスーツを装着した男だった。


 真っ赤なスーツの、その男は、両手に持った未来的なフォルムの短銃から、派手な光線を連発しつつ、ローズさんたちに向けて走り出している。


「お前だけに、いい格好はさせないぜ!」


 その真っ赤な男に続いたのは、細部の造形こそ違うが、同じような真っ青のスーツを装備した男だった。右手に持ったメカメカしい長剣を振り上げ、駆け出している。


「やれやれ……、お前ら、少し落ち着けって!」


 続いて、先行した二人を、肩をすくめながら追ったのは、黒いスーツの男だ。持っている武装を見ると、どうやらあの銃と剣は、彼らの標準装備らしい。


「まあまあ、やる気があるって、いいこと……、じゃん!」


 そして、その三人の後方から、今度は黄色いスーツの男が、軽口を叩きながらも、例の光線銃による的確な射撃で、援護を開始している。


「もう、みんな! 前に出すぎよ!」」


 さらに、最後にひかえているのが……、女性だということは、そのピンクのスーツに浮き出た柔らかいラインと、よく通る声から分かった。最後方から、他の四人を叱咤しったしつつ、周囲を警戒している。


 これで五人……。

 つまり、あれこそがマーブルファイブと考えて、間違いないだろう。


「ぐうっ! ちょっと、危ないじゃないのよん!」

「ぬぬぬっ! これは、なかなか、ピンチっス!」

「……ひひひっ、気持ち良いけど、まずいね……」


 しかし、見事な連携だ。確かに、マーブルファイブの方が、最初から人数的に有利だけど、それにおごらず、ちゃんと細かいケアをはさんで、常にローズさんたちを分断しながら、わずかな隙も生まないように立ち回っている。


 しかも、個々の実力も申し分ない。怪人と超常者の差があるといえど、あそこまでパワーアップしたヴァイスインペリアルの怪人を、一対一でも翻弄ほんろうし、そのまま押し切ってしまいそうないきおいだ。



 つまり、状況としては、非常にまずい。



「それでは、どうしますか、統斗すみとさん?」

「うーん、そうだなぁ……」


 というわけで、ざっと観察した結果、あまり時間はなさそうだった。俺は葵さんにうながされながら、現状を考えて、即座に決断を下す。


「とりあえず、ファーストコンタクトから舐められるのもアレだし、ちょっと気合を入れて、頑張ってみようかな」

「了解しました。お任せください」


 どうやら、相手はかなりの強敵のようだけど、想定内といえば、想定内だ。俺は、予定の変更までは必要なしと判断して、すぐ横にいる葵さんと、うなずう。


 そう、俺たちのやることは、変わらない。


王統おうとう創造そうぞう!」

「マジカル! エビルチェンジ!」


 俺と葵さんは、素早く戦闘準備を整えて、隠れていた大きな岩を、思い切り派手に吹き飛ばしながら、まるで今まさに到着しましたといわんばかりに、威風堂々いふうどうどうとした様子を演出しつつ、崖上で並び立つ。


 さあ、始めよう。


 こういうのは、第一印象が大切なのだ。


「なっ、なんだっ!」

「――はっ!」

「マジカル! バミューダ・アロー!」


 いきなりの爆音によって、眼下がんかにいるマーブルマーブルファイブの皆さんが驚いているすきに、俺が魔方陣を展開し、採石場の地面を炸裂させた次の瞬間には、葵さんが放った圧縮された水の矢が戦場を切り裂き、怪人と正義の味方を分断する。


 そのタイミングを逃さず、素早く後ろに引いてくれたローズさんたちをかばうようにして、俺と葵さんは、崖下へと飛び降りた。


「――っ! 何者だ!」

「人に名前を尋ねる時は、まずは自分から名乗るべきだろう? なあ、正義の味方」


 先ほどの攻撃は、見た目は派手だったけど、相手にダメージを与えることを目的としたものではないので、当然ながら無傷だったマーブルファイブが、素早く集まったかと思えば、その中心で、真っ赤なスーツの男が、こちらを指差ゆびさしてきたので、俺はわざと尊大そんだいな態度で、挑発する。


 これなら、悪の総統の初登場としては、それらしく見えるだろう。


「くっ! なんてこった! まさか悪の組織に、礼儀をかれるなんて!」


 ぴったり二つに分かれた俺たちヴァイスインペリアルと、ギリギリの間合いで向き合ったマーブルファイブの中心で、赤スーツの男が、頭を抱えながら悶絶している。


 それでも、まったく隙がないのは、見事といってもいいのかもしれない。


「いいだろう! 耳の穴かっぽじって、よく聞けよ!」


 そして、ひとしきり後悔でもして満足したのか、その赤いのが啖呵たんかを切って、右手を高々とかかげた瞬間、残りの四人は、赤を中心とした陣形となる。


あらぶるほのお戦士せんし! マーブルファイア!」

逆巻さかまみず戦士せんし! マーブルウォータ!」

たけはがね戦士せんし! マーブルメタル!」

きらめく大地だいち戦士せんし! マーブルアース!」

けるかぜ戦士せんし! マーブルウインド!」


 赤、青、黒、黄、ピンクの順番で、それぞれが、それらしいポーズを決めながら、ご丁寧にも、自己紹介をしてくれたので、俺は脳内で感謝しつつ、それぞれの色と、名前を、むすびつけていく。


 どうやら、特にひねりのない名前のようで、助かった。


かがやいのち奇跡きせきあかし! 輝石きせき戦隊せんたい、マーブルファイブ!」


 そして、全員で再び右手を掲げ、そこに装着されている大きな鉱石らしき物体が、それぞれのスーツと同じ色に輝いた瞬間、彼らの背後で爆発した、色とりどりの煙をぼんやりと眺めながら、俺は頭をひねる。


 あれって、どういう原理なんだろう。


「これはこれは、ご丁寧なあいさつ、痛み入る……」


 なんて、どうでもいいことを考えている場合じゃない。俺は気持ちを切り替えて、できるだけ慇懃無礼いんぐんぶれいに、相手を見下みくだしているように見えるにように、丁寧に丁寧に、まるで貴族か王様のように、挨拶をしてみせる。


 これだけやれば、それらしく見えるだろうか?


「我が名は、シュバルカイザー。悪の組織、ヴァイスインペリアルをべるものだ」

「そして私が、総統閣下の親衛隊であり、生涯しょうがい伴侶はんりょ……、エビルブルー」


 そして、芝居がかった仕草で、悪役あくやくぜんとした態度をとる俺にって、葵さんも実に悪の女幹部らしくってくれたのだから、これはもう、効果は倍増だ。


 よしよし、いい調子である。


「……こんな感じで、どうでしょうか」

「ええ、バッチリですよ」


 近くにいる俺だけに聞こえる小声で、可愛らしく確認してくる葵さんに、こちらも小さくうなずいて答えながら、それらしく抱きとめる。


 自己流とはいえ、一緒いっしょに演技を勉強した俺たちなら、この程度の即興そっきょうは、お手の物だった。


 ……まあ、生涯の伴侶という言葉は、この場にあまり似つかわしくないような気もするけれど、悪のヒロインと考えれば、それほどおかしくないし、その相手が葵さんだというのなら、俺にとっては、むしろ光栄ですらある。


 なんにせよ、これだけやれば、十分だろう。


「ふっ! 総統自ら出てくるとは、好都合じゃないか! だったら……!」


 どうやら、俺たちの演技にも、それなりの効果はあったようで、向こうのリーダーかくだと思われる赤いスーツのマーブルファイアが、正義に燃える気合を見せながら、両手に光線銃をかまえ、こちらをにらんでいる。


 それでは、ここからが本番だ。


「お前を倒して、全ては終わりだ!」

「さあ、そう簡単にいくかな?」


 リーダーの号令で、マーブルファイブが動き出す前に、俺は彼らの足元に魔方陣を展開し、そのまま一気に爆発される。


 開幕の合図としては、これで申し分ないだろう。


「いくぞ、みんな! マーブルフォーメーション!」

「ふっ……」


 これまた攻撃ではなく、目くらましを目的とした爆発の巻き起こす土煙の中から、マーブルファイア、ウォータ、メタルの三人が飛び出してきたので、俺はそれらしく笑いながら、仲間たちに目配めくばせをする。俺たちには、それだけで、十分だ。


 さあ、やりますか!


「……なにっ!」


 俺の展開した魔方陣の壁にはばまれ、こちらに向かってきた三人は、散らばることができずに、俺の正面でとどまることになった。


「総統が来てくれたら、百人力よん!」

「よっしゃ! やるっスよ、やるっスよ!」

「……これでもう、恐いものなし」


 その隙を逃さず、後ろで体力を回復させていたローズさんたち三人が動き出して、俺たちの脇をすり抜けるようにして、向こうにいるマーブルイエローに向かう。


「それでは、私も」


 エビルブルーになっている葵さんは、すでにその手に握っている弓をしぼって、最奥にいるマーブルピンクへと狙いを定め、即座に放つ。



 こうして戦況は、あっという間に一変した。



「ほらほら、どうした? 俺を倒したら、終わるんだろう? もう少し頑張れよ」

「この! 喰らえ、マーブルシュート!」

「俺たちを、舐めるなよ! はあっ!」

「ファイア! ウォータ! 落ち着け!」


 拳銃を使って格闘戦を仕掛けてきたマーブルファイアが放つ光線を、魔方陣を展開して防ぎつつ、その後ろに続くウォータの剣による斬撃を、ギリギリで避けてから、そんな勝負を急ぐ二人をいさめながら、こちらを狙うメタルの追撃をかわす。


 なるほど、仲間と分断されているというのに、素晴らしいチームワークだ。


 しかし悪いけど、俺には彼らの猛攻をさばきながら、周囲の様子に目をやるくらいの余裕は、十分にある。


「このっ! 僕は接近戦も、得意なんだよ!」

「それでも、三対一ならん!」

「なんとか、なるっスよ!」

「……ふひひっ、数の暴力……」


 マーブルアースは、怪人三人を相手に、一人で奮闘している。どうやら、怪人たちだけで倒すのは難しそうだけど、逆にローズさんたちが倒されるような様子もない。


 なるほど、そのくらいの実力か。


「くうっ! そんな、速い……!」

「ほらほら、どうしたのですか? その程度なら、欠伸あくびが出てしまいますよ」


 あっちは、もっと分かりやすい。


 光線銃を使っているマーブルピンクに対して、こちらはあくまで弓だというのに、エビルブルーこと、葵さんが圧倒している。相手が放つ光線を、その矢で撃ち落とし続けながら、さらには隙をついて、ジワジワと追い込んでいるのだから、恐ろしい。


 どちらが強いのかなんて、誰の目から見ても、あきらかだ。


「ちくしょう! こうなったら……! やるぞ、ウォータ! メタル!」

「――おうっ!」


 仲間たちの不利を、そして、このままでは、俺を倒しきれないことをさとったのか、なにやら、必殺の気迫きはくを見せたマーブルファイアの元に、他の二人が集まった。


 俺はあえて追撃せず、その動向を見守る。


「マーブルパターン! エクストラム・シェル・バースト!」


 そして、彼らの右手に装着されている鉱石が、再び強く輝いたかと思えば、さらにその右手を重ね合わせた瞬間、突如とつじょとして空中に出現した巨大な砲弾に、激しい炎と水がからみつき、とんでもない勢いで、こちらに向けてせまってくる。


 その凄まじい一撃が、俺の足元に着弾した途端、恐ろしい爆発が巻き起こった。


「――やったか!」


 その様子を見ていたマーブルファイブの皆さんが、歓喜の声を上げるけど、本当に残念ながら、そういう台詞は、ちゃんと結果を見てから、くべきだ。


 でないと、恥をかくことになる。


概念がいねん掌握しょうあく……!」


 多重展開した魔方陣の障壁によって、完全に無傷だった俺は、彼らの攻撃によって巻き起こった水蒸気の中で、次の一手に打って出る。


 そろそろ、こちらから攻めても、いい頃合いだろう。


神器じんき創造そうぞう!」


 ここまでの正直な感想として、マーブルファイブという戦隊は、普通の悪の組織を相手にするなら、十分な実力をそなえた正義の味方であるということは、間違いない。


 だがしかし、俺たちは決して、普通の悪の組織ではないのだ。


 そして、なによりも、悪の総統として、始めて戦う正義の味方に、いきなり負けるなんて、許されるわけが、ないじゃないか。


 だから、俺は決して、手を抜かない。


「シュバルカイザー・ツクヨミ!」


 漆黒だったカイザースーツが、深い海の底か、宇宙の深淵のような色へと染まり、全身に魔素エーテル命気プラーナを上乗せして、丸みを帯びた重装甲を追加した上に、全てをとらえる満月のような役割を持ったセンサーを、頭部にそなえる。


 これが、伝説の神器である八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの力を宿やどした、俺の新たな力だ。


「馬鹿な! 姿が変わっただと!」


 さて、こちらの変貌へんぼうを確認したマーブルファイアが、期待通り驚いてくれたけど、これなら先ほどの攻撃に、俺が耐えかねて、奥の手を出したように見えるかな?


 なんにせよ、これからやることは、決まっているんだけど。


「気を付けろ! 生半可なまはんかな攻撃は、つうじない! 関節を狙うんだ!」

「分かってるって! スピードで、かく乱するぞ!」

「ウォータ! 俺に合わせろ!」


 こちらを警戒したマーブルファイアの指示に、迅速に従ったウォータとメタルが、不動ふどうで構える俺の周囲を、複雑に駆け巡りながら、少しづつ接近してくる。


 確かに、彼らは実力者だ。

 対応も素早く、的確で、油断も隙もない。


 しかし、それは決して、俺の生命をおびやかすほどではなかった。


「なっ! 当たらない……、だと!」

「あの図体で、どうなってんだよ!」


 だから、悪いけど、彼らの相手をするのは、この力を使う練習には、丁度いい。


 確かに、このツクヨミは、これまでのカイザースーツと比べると単純に大きいし、それをフォローするためのブースターなどは追加されていないので、多少はうごづらめんもあるけれど、そんなことは関係ない。


 俺はマーブルウォータとメタルが放った連続攻撃を、最小限の動きで、するすると躱し続ける。当然ながら、彼らの剣閃けんせん銃撃じゅうげきも、わずかに触れる気配すらない。


「くそっ! 早い! ……いや、こっちの動きを、読まれてるのか!」

「ご名答」


 こちらに攻撃がまったく当たらず、あせった様子を見せながらも、マーブルファイアの推察すいさつは、まったく正しい。


 このツクヨミの力を使えば、観察対象の骨の動きから、筋肉の収縮、それどころか

細胞の振動すら、分析することが可能だ。それらの情報を元に、この超感覚を使って判断すれば、ほとんど未来予知みたいな精度で、相手の動きを読むこともできる。


 つまり、いくらでも正確に、後の先をとることができるのだから、多少動きが鈍くなろうと、まったく問題はない、というわけだ。


 さらに、初めてツクヨミを使ったときは、その力がおよぶ範囲を、無制限に広くしてしまったために、俺自身にかかる負担も相当のものだったが、今回は上手く調整することができているので、最小限で済んでいるのも大きい。


 これなら十分、今後の実戦でも、使えるだろう。


「よっと」


 その成果に満足した俺は、相手の攻撃を回避しつつ、さらに魔素と命気を使って、巨大なハンマーを錬成れんせいし、この右手にたずさえる。


 それでは、勝負を決めますか!


「……さあ、そろそろ終演しゅうえんだ」

「――っ!」


 俺の宣言を聞いたエビルブルーが、怪人三人組が、その意図を理解して、それまで戦っていた相手から距離を取り、一瞬で跳躍すると、崖の上へと戻っていく。


 いやはや、本当にありがたい。これこそまさに、以心伝心いしんでんしん


 それじゃあ、いくぞ……!


「――ふっ!」

「うあああああっ!」


 仲間たちが安全圏に退避した瞬間を狙って、俺が全力で振り下ろしたハンマーが、地面へと激突した瞬間、全てがぜた。


 今度は、威嚇いかく煙幕えんまくが狙いではない、相手を倒すことを目的とした一撃によって、この採石場の地面がはじけ、隆起りゅうきし、崩壊ほうかいする。


 その逃げ場のない破壊によって、マーブルファイブの皆さんは、悲鳴を上げながら吹き飛んで、ひび割れた大地にたおし、動かなくなった。


 さて、これにて一件落着だ。


「まあ、こんなものだろう。帰るぞ、みんな」

「はい。それでは、作戦も終了ですね」

「さあ、あんたたち、勝利の帰還よー!」

「おーっス! やっぱり総統は、頼りになるっス!」

「……これは、惚れ直しちゃうね。ひひひっ……」


 というわけで、俺はツクヨミを解除し、崖上へと飛び上がって、頼れる仲間たちと合流し、無事に一仕事終えたことを喜び合いながら、あくまでも、悪の組織らしく、太々ふてぶてしい態度で、きびすを返す。


「ま、待て……!」

「うん? なんだよ」


 さて、そんな俺たちを呼び止めたのは、意識はあるけど、まだ起き上れない様子のマーブルファイアだ。


 よしよし、ここまでは、狙い通りである。


「俺たちを、見逃すつもりか……!」


 そして、倒された正義の味方が、くやしさを声ににじませながら、それでも、こちらに対する敵対心を失わずにいるのは、期待通りですらあった。


 さあ、それでは、最後の仕上げに入ろうか。


「おいおい、せっかくびられたのに、わざわざトドメを刺して欲しいのか? ずいぶんと、物好きじゃないか」

「くぅ……!」


 俺はあえて、正義の味方を挑発するために、文字通り崖の上から、思い切り相手を見下みくだした態度をとって、さげすむようにあざけってやる。


 これで、彼らの怒りを、十分にあおることができるだろう。


「ははっ、安心しろよ。別にこっちに、そんなつもりはないからさ」

「……なんだと?」


 そして俺は、悪の総統らしさを意識しながら、敗者を笑う。


「考えてもみろよ。トドメを刺すっていうのは、その相手の命を奪わないと、こちらにとって厄介やっかいだったり、もしくは、ここで消しておかないと、もう次はどちらが死んでもおかしくないときに、後顧こうこうれいをつための手段だ」


 まあ、なかには単純に、ただ相手を傷付け、命を奪うことだけど目的とした、悪魔のような奴らがいるかもしれないが、少なくとも俺たちは、そんな無為むいに、意味もなく破壊だけをちららすような、狂った悪の組織ではない。


 俺たちの行動には、ちゃんと目的があるのだ。


「だけど、お前たちは、我らヴァイスインペリアルにとって、まったく脅威じゃないわけだから、そんな面倒なこと、する必要がないだろう?」

「うっ! うううっ!」


 俺の侮辱ぶじょくに、マーブルファイブの面々めんめんが、苦悶くもんの声を上げているけど、状況が状況だからか、反論はできないようだ。


 どうか彼らには、このくやしさをバネに、頑張ってもらいたい。


「じゃあな。次もせいぜい頑張って、こちらの暇つぶしくらいには、なってくれよ。はーはっはっはっはっ!」

「……ちくしょうっ! ちくしょおおおお!」


 こうして、新しい正義の味方に、挨拶を終えた俺たちは、彼らの絶叫を背中で聞きながら、悪の組織らしさを意識しつつ、トコトコと家路につくのだった。




「まっ、こんなもんかな」

「お疲れ様でした、統斗さん」


 演技を終えて、カイザースーツを解除した俺に、こちらも変身を解いた葵さんが、ねぎらいの言葉をかけてくれた。それだけで、どんな苦労もむくわれた気分である。



 今回の目的は、マーブルファイブを完全に倒してしまうのではなく、これからも、彼らが俺たちと、本気で戦ってくれるようにすることだった。


 要するに、稼ぎたかったのは、時間だ。ここでマーブルファイブを完膚かんぷなきまでに叩き潰してしまうと、正義の味方陣営としては、さらに強力な戦力を投入するのか、もしくは、もう全てをそそぎこんで、最終決戦に踏み切るかしかなくなってしまう。


 それは、正直に言ってしまえば、こちらとしても、非常にめんどくさい。


 正面から戦っても、負けるつもりはないけれど、まだ俺たちにとって、最大の利益を得られるすじが整っていない以上、ここで無駄に戦線を拡大したところで、面倒な事態になるだけで、まったく、これっぽっちも、うま味がない。


 だから、舐められない程度に相手を制圧しつつ、それでも頑張れば、そして時間をかければ、自分たちでもヴァイスインペリアルを倒せる、いや倒してみせると、発奮はっぷんしてもらうために、ここまで頑張ったというわけである。


 一見すると、マーブルファイブの惨敗に見えるかもしれないが、先ほどの一撃も、ちゃんと手加減はしているので、そう時間もかからず、彼らは動けるようになるはずだし、数日もすれば、すっかり回復して、これまで通りに動けるはずだ。それなら、そうそう簡単に、勝負をあきらめることはないだろう。


 しかも、あれだけ挑発したのだから、マーブルファイブとしては、そう簡単には、引けないはずである。上司の判断にもよるだろうけど、もうしばらくは、自分たちで戦うと、直訴じきそするなり、なんなりするはずだ。


 まあ、それだって、どれだけ予想通りにいくかは分からないけど、やらないよりはマシだろう。小さいことからコツコツと積み上げてこそ、大きな悪事もできるのだ。


「それじゃ、ローズさんたちは、本部に戻って報告の方、お願いします」

「はいは~い! お任せあれ~!」

よろこいさんで、お家に帰るっスよ!」

「……めでたい報告は、する方も嬉しいね……」


 というわけで、一応の目的は達成したので、後のことは、事後処理にも長けている怪人のみんなに任せて、送り出すことにする。



 彼らには悪いけど、俺にはこれから、やることがあるからだ。



「さてと、それじゃあ……」


 俺は約束を果たすため、隣にいる葵さんの手をとって、優しく握りながら、彼女の正面に回り込み、まるで王子様が、お姫様にするように、かしずいて、微笑む。


 それはなんとも、芝居ががかった仕草ではあるけれど、かまわない。


 演技とは、自分の心を隠すのではなく、表現するためのものなのだから。


 さあ、一世一代いっせい一代の大舞台を、始めよう。


「あなたの時間を、こんな俺のために、あたえていただけますか?」

「ええ、もちろん。私の時間は、これから全て、あなたのものです」


 覚悟なら、とっくの昔に、決まってる。


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