8-1


「さて、これは一体、どういうことなのかのう……」


 真っ暗に締め切った会議室にて、おどろおどろしい雰囲気をかもしつつ、まるでため息のように、そう祖父ロボが呟いた相手は、当然のことながら、俺ではないし、この場に同席している俺の両親でもない。


『ま、待て待て待て! なんだか、こっちのせいみたいな空気を感じるが、俺たちは本当に、なにも知らなかったんだからな!』

『そ、そそそ、そうです~! あたしたち、裏切ったりなんて、してません~!』


 この会議室の中央に投影されたモニターにうつっている、あわてた様子で釈明を続ける正義の味方……、マインドリーダーの兄妹に向けて、である。



 ハットリジンゾウを名乗る忍者と、その仲間たちを退しりぞけてから一夜明け、俺たちは今後のための対策を考えるため、こうして集まっていた。


 ……とはいえ。


「まあ、落ち着けよ、二人とも」


 これはそれほど、深刻な会議というわけでもないので、俺はモニターの中で、ガタガタと仲良く震えている兄妹に、優しく声をかけてやる。


 何事も、やりすぎはよろしくない。


「じいちゃんも、あんまり意地悪してやるなって」

「おいおい、ワシはただ、純粋に意見を聞きたかっただけじゃぞ」


 なんて言いながら、まるで悪戯いたずら小僧こぞうのように笑っている祖父ロボの様子を見れば、別に今回の一件で、あの二人を責める気なんてないのは、一目瞭然だ。


 そう、確かに、事後調査の結果、あの忍者の集団が、国家守護庁こっかしゅごちょうの関係者であるということは分かっているし、にもかかわらず、今回の件にかんして、スパイとして働いているはずの二人から、こちらに対して、まったく情報が流れてこなかった。


 だけど、それは別に、あの二人が報告をおこたったとか、もっと直接的に、俺たちのことを裏切ったとか、そういう話でないのは、もうすでに分かっている。なぜなら、その内通者二人どころか、彼らがいる正義の味方の本部そのものが、あの忍者が行動を起こす前にも後にも、なんの動きを見せなかったのは、すでに確認済みだからだ。


 というか、あれが裏切り行為だったのなら、そうまでして実行した作戦が失敗したというのに、その後で、こちらからの要請ようせいに素直に応えて、こうしてノコノコ通信に出てくるなんて、どんなマヌケもでしないはずである。


 ……多分。


「まあ、要するに、ワシらとしては、あの忍者部隊の正体を、知りたいわけじゃが」

『むう……、そんなこと言われても、あんな奴ら、俺には心当たりないし……』

『い、いくら心の中を覗いて、調べてみても、ほ、本部にいる人たちも、誰も、し、知らないみたいですう……』


 とはいえ、まだまだ不明瞭な状況であるということも、また確かだ。


 まず大きな問題として、あの忍者たちの正体が、イマイチ掴めない。この街から、あの忍者たちを追い出す時に仕込んだ発信機や盗聴器は、奴らが国家守護庁の勢力圏である首都の中央辺りに到着した辺りで、信号がロストしてしまった。


 これでは、詳細までは分からないので、こうして正義の味方側の人間から、情報を直接集めてみようとしているわけだが、どうやらそれも、不発のようだ。


 しかし、身内にも正体が分からないって、なんなんだ、あいつら……。


「……少し、思い当たることがある」

「おっ、親父、なにか分かったのか?」


 だけれども、そんな、いきなり八方塞はっぽうふさがりになりかけてしまった俺たちに、光明を授けるようにボソリとつぶやいたのは、意外なことに、いつもは寡黙というか、あまり自分からは口を開かない、俺の実の父親だった。

 

「……ああ、確信ではなく、推測だがな」


 とはいえ、親父は最近まで、国家守護庁の中でも、かなり上の立場の人間として、働いていたということもあるので、そこからなにか、気が付いたのかもしれない。


 もしそうならば、本当にありがたい。やはり持つべきものは、かつて正義の味方として暴れ回った両親というわけか。


「……正義の味方というのは、確かに派手な部署ではあるが、国家守護庁という組織の中で考えれば、あくまでも、実働部隊にすぎない」


 というわけで、実際に当事者だった親父の話に、疑う余地はないわけだけど、それはそれとして、そういう話を聞いてしまうと、なんというか、世知辛せちがらい。


 正義の味方も、大変なんだなぁ……。


「つまり、国家守護庁には、正義の味方に指示を出す上層部がいるってわけなのよ。それはもう、横暴なのが」

「うーん、そうだったのか……」


 そして、親父の隣でニコニコしている母さんも、国家守護庁において、それなりの地位にいたので、やはり、それなりの苦労というやつを、していたのだろう。


 まあ、正義の味方といっても、国の機関であることには違いないし、そもそも組織として、そういう指揮系統が存在するというのは、あまり不思議な話ではない。


 しかし、笑顔を見せながらも、まったく笑っていない母さんの雰囲気が、これまで溜め込んできた不満の大きさを感じさせるようで、なんだか恐ろしい……。


「……その上層部、つまりは国家守護庁そのものを統括している男の名が、神宮司じんぐうじ


 そして、まるで核心を口にするように、親父がぽつりと、呟いた。


「神宮司、権現ごんげんだ」


 それは、俺がこれまで聞いたことがない男の名前だった。


「権現って、すごい名前だな。キラキラネームっぽいというか、まだ若いとか?」

「……いや、俺も直接会ったことはないが、いい歳をしたおっさんのはずだ」


 いや、おっさんて、いいのか親父、そんな言い草で。


 と思わないでもないけれど、そんな偉そうな相手も、もうすでに親父たちの上司というわけではないから、別にいいのか。


 どうやら、その神宮司とやらを、別に尊敬しているというわけでもなさそうだし。


「……ともあれ、本部を通さずに、あんな部隊を動かせるのは、その立場や権力から考えれば、まず神宮司の関係で、間違いないだろう」


 親父は淡々と、無感情に呟くだけだけど、そんな様子がむしろ、その推測の正しさを証明しているような気すらした。


「あの忍者たち、公儀隠密こうぎおんみつだなんて名乗ってたしね。噂だと、神宮司一族は、平安の時代から陰陽寮おんみょうりょうぞくして、政府の中枢に食い込んでた上に、そこから時代が進んで近代になった頃には、軍部ぐんぶの方にも絶大な影響力を持ってたらしいから、それなら、あんな私設しせつ戦闘部隊を抱えていても、おかしくはないわよね~」


 さらに、母さんが詳細を説明することで、補足する。


 なるほどね……、どうやら今の段階では、親父の意見が、もっとも有力だと考えていいだろう。というか、他にそれらしい考えも、思い浮かばないし。


 とはいえ、それでも、いやむしろ、だからこそ、どうにもちない。


「でも、そんな御大層ごたいそうなおえらいさんは、結局、なにをしたかったんだ?」


 そう、結局は、それが問題だ。


 なんというか、そんな絵に描いたような権力者ならば、こんな回りくどい手なんて使わずに、普通に正義の味方に命令を出して、普通に俺たちに戦いを挑ませればいいだけの話で、わざわざ内緒で、私設部隊を使う理由が、よく分からない。


 さすがに、暗殺なんてダーティな手段を、正義の味方は良しとしないから、ということなのかもしれないが、その暗殺に関してだって、疑問が残る。


 そもそもの問題として、俺を暗殺したところで、どうなるというのだろうか?


 組織のトップを失った俺たちヴァイスインペリアルが、これはもう降参だと、白旗を上げて瓦解がかいする? 悪いけど、そんなことは、ありえない。


 どちらかといえば、贔屓目ひいきめを抜きにしても、そんな方法で俺が殺されたら、うちの幹部たちが怒り狂って、それこそ血で血を洗う大抗争に発展しかねない……、なんてことは、当然ながら、相手方だって分かっているはずだ。


 このヴァイスインペリアルが、俺一人のワンマン組織なら分からないが、ここには超常的な力を持った仲間たちが、数多くいるのだから、俺の抹殺に成功しても、即座に全てが解決なんて、するわけがないのだ。


 それとも、ヴァイスインペリアルのトップが消えることによって、ここまで築いた他の悪の組織との同盟関係が、崩壊することを期待したのだろうか?


 だとすれば、それも甘い見通しだと言わざるをえないだろう。確かに、同盟の頂点に立つ者がいなくなったとなれば、波乱が起きる可能性はあるが、こちらの状況は、もうそれほど、シンプルな話ではなくなっている。


 俺たちの同盟は、もはや単なる口約束ではなく、それによるリターンとして、各地の組織に対して、確固たる儲けを生み出しているのだ。具体的にいうならば、ビッグブラックが統括とうかつしている関西方面は、祖父ロボの手腕によって、その業績を、急角度な右肩上がりで伸ばしているし、八咫竜やたりゅうが全国に所有している土地も、これまた祖父ロボが管理することによって、さらに価値を上げ続けている。


 義理や人情だけでなく、莫大ばくだいな利益でもつながっているのだから、そう簡単に反旗はんきひるがえして、裏切れるものではないのが、道理というやつだ。


 というか、これまた先ほどと同じ結論だが、俺がいなくなったところで、圧倒的な力を誇る最高幹部の皆さんがいるのだから、そう簡単に、安寧あんねいな同盟を捨てて、死と隣り合わせの反逆なんて、踏み切れるわけがない。


 そしてもちろん、そんなことは、相手にだって分かっているはずなのだ。


 だからこそ、せない。


「なんというか、意図が読めないんだよなぁ……」


 というか、意味が分からない。


 俺たちを倒そうとしたのだとすれば、今回の暗殺計画は、色んな意味でざつすぎる。それは、相手がこちらを舐めていたから……、と考えるには、あまりに楽観的すぎると思ってしまうくらいには、稚拙ちせつすぎた。


 これならば、あの無謀むぼうな作戦には、なにか別の意図があったと考えた方が、こちらとしても、まだちるというものだ。


「もしかして、俺を襲撃することで、こっちが慌てて動くのを期待してるのか?」


 なんて、強引に理由付けしてみても、どうにもしっくりこない。そんなことが目的だったなら、それこそ幾らでも、もっと上手い手はあったはずである。


 うん、やっぱり、訳が分からないよ。


「ふむ。案外、おぬしの様子を、直接探る事自体が、目的だったのかもしれんな」

「そうなのかなぁ……」


 まあ、結局のところ、ここでいくら考えをめぐらせたって、正解なんて、分かるはずがない。ただでさえ慢性的まんせいてきな頭痛が悩ましい頭が、さらに痛くなるだけだ。


 ここは祖父ロボのように、余裕を持って、泰然自若たいぜんじじゃくとしていたい。


「よしっ! ここはとりあえず、まずはこれからどうするのか、決めちゃうか!」


 相手の思惑おもわくは気になるけれど、だからといって、いつまでも、そこばかり気にしていたって、時間の無駄でしかないのだから、ここは前向きに、次の手を考えよう。


 さてさて、それでは、どうしようかな……。


『ふっふっふっ! それなら、有益な情報があるぜ! ありがたく聞けよ!』

『あ、あたしたち、裏切り者でも、や、役立たずでも、ないことを、しょ、証明してみせます……!』


 どうやら、空気が変わったことを感じ取ったらしく、それまではモニターの中で、びくびくとしていた兄妹が、やる気を見せている。


 どうやら、スパイらしい活躍を、見せてくれるようなので、期待しよう。

 

『なんと! 近いうちに俺たちの本部から、貴様らヴァイスインペリアルに対して、刺客を送り込むことになったぞ!』

『そ、それも、選ばれたのは、あのマーブルファイブです~!』


 なぜか偉そうな、兄である津凪つなぎに続いて、いつもは大人しい妹の夜見子よみこさんまで、なんだかテンションが高い様子を見ると、それはとっても、重要な情報みたいだ。


 とはいえ、それを聞いた俺の反応は、イマイチ薄い。


 なぜならば……。


「マーブルファイブって、有名なのか?」


 その肝心の相手のことを、なんにも知らないからなんだけど。


「そうねえ。名前の通り、いわゆるベーシックな五人組の戦隊なんだけど、幾つかの悪の組織を、もうすでに壊滅させてるから、実績は十分ね」

「……本部にいる正義の味方の中でも、トップクラスの実力者と考えていいだろう」


 そんな無知な俺に、正義の味方に詳しい父と母が教えてくれた。いやはや本当に、やっぱり持つべきものは、頼りになる両親であることは、間違いない。


 しかし、なにやら今度の相手は、えらく真っ当な正義の味方のようだ。


「なるほど、それで、刺客っていうは、そのマーブルファイブだけなのか?」

『ああ、そうだ! くうっ! まさか俺たちマインドリーダーに、お声がかからないなんて、屈辱の極みだぞ!』

『に、兄さん。そ、そこは、御主人様たちの組織と、戦うようなことに、ならなくてよかったって、喜ぼうよ……。あ、あの、そ、それから、今回は、普通に戦いを挑むみたいです……、だ、誰も、裏工作とか、考えてませんでした……!』


 その上で、このにぎやかな兄弟からの情報によれば、向かうが仕掛けてくる作戦は、この前の忍者とは違い、正々堂々と、正攻法な手段を取るつもりらしい。


 しかも、他の正義の味方と連携するでもなく、である。


「そっか、だったらとりあえず、これまで通りの対応で……」


 どうやら、まだ向こうも、俺たちと死力を尽くした全面戦争に突入するつもりは、ないようなので、こちらとしても、まったくその気がない以上、今回は、これまでと同じ対応を取るのが、ベターであろう。


 いや、忍者による暗殺を仕掛けてきておいて、その直後に、まるで何事もなかったかのように、普通に攻めてくるというのは、不気味といえば不気味だし、意味不明といえば意味不明なわけだけど、今は考えたって、答えはでない。


 相手の真意が読み切れない以上、それに振り回されるよりは、自分たちのスタイルを貫いた方がいい……、と俺が考えて、そう口に出そうとした……。


 その時だった。


統斗すみと!」

「統斗さん!」


 二人の少女が、凄まじい勢いで、この薄暗い会議室の扉を開け放ち、怒涛どとうのように飛び込んできたのは。


「あれ? 火凜かりんあおいさん。どうしたんですか?」


 あまりに突然の出来事だったので、俺は呆気あっけにとられてしまい、マヌケなことに、なんだかボーッとしたことしか言えなかった。


 いや、もしかしたら、本能的に感じた危機に対して、目をらしたかっただけなのかもしれないけれど。 


「ちょっと!」

「話があります!」

「お、おう?」


 そしてそのまま、鬼気ききせまる表情で駆けこんで来た火凜に右腕を、葵さんに左腕を、がっちりと掴まれてしまう。きょをつかれたというか、なにが起きているのか、理解が追いついていない俺は、されるがままだった。


「ほら、一緒に来て!」

釈明しゃくめいは、そこで聞きます!」

「お、おいおいおい!」


 さらに二人に、強引に腕を引っ張られて、席を立たされたことで、俺はようやく、本当にようやく、状況の異常さに気付いて、声を上げる。


 いやいや、これはなんだか、ヤバイ予感がするって!


「ちょ、ちょっと、まだ会議が……!」

「さて、それじゃあ、そういう方向で、ワシらは話を進めとくから、お前はお前で、死なないように頑張れよ、統斗」


 しかし、なんとか正論で逃げ切ろうとした俺に対して、現実は非常だった。


 なにかを悟ったような表情をした祖父ロボが、次の瞬間には、意地悪く笑いながら梯子はしごを外してしまい、俺は一気に、奈落ならくの底に真っ逆さまだ。


 ああ、この世のなんと、はかないことか……。


「頑張れって、なにを……!」

「ほら、キリキリ歩く!」

「みんな向こうで、待ってますよ!」


 なんて、現実逃避している場合ではない。俺はまるで、ギロチンに運ばれる死刑囚のように、恐ろしい雰囲気の火凜と葵さんによって、ズルズルと連行されてしまう。


 しかし、だがしかし、俺はこの拘束を、強引にがすことができない。


 それは、この二人が、というか、おそらく、これから俺が連れていかれるであろう場所で待っているみんなが、怒っている原因に、心当たりがあるからだ。


 いや本当に、ありすぎた。


「だ、誰か、助け……!」

「えー、それでは、次の議題じゃが……」


 それでも、情けなく助けを求めてしまった俺を放置して、悪の組織の会議は続く。当然だ。自分の問題を、自分で解決できなくて、なにが悪の総統か。


 というわけで、もう何度目になるかも分からないけど、覚悟を決めよう。


「わ、分かった! 分かったから! 二人共、ちょっと力をゆるめて! 大人しく連行れんこうされるから! もう逃げないから!」


 どうやら、からさび清算せいさんを、行う時がきたようだ。


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