7-10
そして、美しく日は暮れた。
「わあっ、やっぱり綺麗……」
「本当に、この景色だけは、格別だよなぁ……」
俺たちの生まれ育った街が、暗い夜に負けないように、そこかしこで、キラキラと暖かな輝きを放っている。
そのまるで宝石箱のような風景は、俺たちにとって、かけがえのない宝物だ。
このヴァイスインペリアル中央総本部ビルの最上階に、俺のためだけに用意されたという豪華すぎる家には、まだ全然慣れないけれど、これが見られるというだけで、肩身の狭さも、忘れてしまいそうである。
あの後、邪魔者を
とりあえず、カラオケでストレスを発散して、ウインドウショッピングを楽しみ、そろそろ太陽が沈みそうな頃には、今日は少し遅くなっても大丈夫という桃花の提案に従って、夕飯を彼女に作ってもらうことになり、スーパーで食材を買い込み、自由に使える上に、素晴らしいキッチンがあるこの家へ、二人で来たというわけだ。
つい昨日は、みんなの
そして、正直な話、まるで新婚みたいとか思ってしまい、ドキドキしてる……。
「それじゃ、ちょっと待っててね!」
「あっ、手伝うよ! まあ、食器洗いと、皿出しくらいしかできないけど」
なんて、邪念に
料理に関しては、俺はずぶの素人だし、
それに、こういう時間も、二人でやると楽しいものだと、俺はもう、知っていた。
「えへへ、完成ー!」
「おおっ、いい匂い!」
そうして、わいわいと料理を楽しみながらも、桃花のおかげで、感動するほど見事なまでに出来上がり、美しく盛り付けされた夕飯を、俺たちは二人で協力して、慎重にテーブルへと運んでいく。
さあ、お待ちかねの、ディナーの時間だ!
「それじゃ、いただきま~す!」
「うん、いただきます!」
鮭のムニエルは表面がカリカリで、身はとてもジューシーだし、ロールキャベツのクリーム煮はトロトロで、その上、さっぱりとしたコンソメのスープと、俺も野菜を切るのを手伝ったサラダまで揃ってる。
いや本当に、ごはんが進むこと進むこと……。
「ごちそうさま! いやー、美味かった! もう、ずっと食べてたい!」
「はい、おそまつさまでした! えへへっ、そう言ってくれると、嬉しいな!」
至福の時間を、たっぷりと堪能して、すっかり満足したけれど、まだまだずっと、こんな時間が続いて欲しいと思うくらいには純粋に……、幸せだった。
「よし、洗い物おしまい! それじゃ、この後は、ちょっとゆっくり休もうか」
「うん、そうだね! えへへ、手伝ってくれて、ありがとう、
そして、二人で後片付けを終わらせた俺たちは、のんびりとした時間を楽しむ。
「うわわっ、まるで映画館みたい……」
「シアタールームって、凄いんだなぁ……」
ここに来る途中、レンタルショップで借りてきた映画を、この
「よっ、とっ、はっ!」
「むむむっ、やるな、桃花!」
再びリビングに戻って、大画面テレビで、最新ゲームで遊んでみたりと、俺たちは無邪気なまでに、たっぷりと
ああ、こんな瞬間が、永遠に続けばいいのに……。
だけど、どんなに楽しい時間にだって、どうしても、終わりの時は、やってくる。
「おっと、もうこんな時間か。桃花、そろそろ……」
最高の時間は、あっという間に過ぎ去ってしまう。気が付けば、残酷な時計は針を進めて、もうこれ以上は、少し遅くなっただけ、なんて言えなくなってしまう。
俺は胸の奥に寂しさを押し込みながら、覚悟を決めながら、桃花を、彼女の家まで送ろうと、立ち上がる。
大事な話は、そこでしよう。
「え、えっとね……?」
そう、思っていたのだけれども、なぜか桃花が、恥ずかしそうに目を伏せて、その頬を紅く染めながら、切り出した。
「その、あの、実はね……。わたし、ちょっぴり嘘ついてた……」
「う、嘘? 桃花が?」
あまりにも突然の告白すぎて、思わず困惑してしまったけれど、そう口にした本人からは、それほど深刻な空気を感じない。
いやむしろ、照れていると言った方が、正しいか。
「うん、えっと、今日はね……、本当はね……」
そして、彼女は、桃花は、まるで勇気を振り絞るようにしながら、続ける。
「お母さんと、お父さんには、友達の家に、お泊りするって、言ってあるの……」
「……えっ?」
その瞬間、俺の心臓が、大きな音を立てて、跳ね上がる。
「あのっ! あのねっ……」
「う、うん……?」
ああ、そうか、そうなんだ……。
本当に、自分自身の弱さには、心底嫌になる。俺が勝手に考えていた決意なんて、彼女のそれに比べれば、あまりの軽さに、比べることすら、おこがましい。
桃花は、強い。本当に、
だったら……、だったら、俺も。
「わたし、統斗くんの部屋に、行きたいな……」
本当の意味で、覚悟を決めよう。
「えっ、えへへっ、なんだか、緊張しちゃうね……」
「そ、そうだな……」
でも、言わなくちゃいけないことは、伝えなくちゃいけないことは、分かってる。
だから、俺の方から、言わなくてはいけない。
言わなくては、いけないんだ。
「あ、あの、桃花……」
「す、統斗くん! あ、あのね!」
なのに、なんとか口を開こうとした俺よりも、桃花の方が、早かった。
「まだ、ちゃんと、言ってなかったと思うから、ちゃんと、ちゃんと言うね……」
自らの胸元で、ぎゅっと両手を握り締めながら、桃花は、少しだけ深呼吸をして、
だから俺も、情けない俺も、せめて、それをしっかりと、受け止めよう。
「わたし、統斗くんが、好き……、うん、わたし、統斗くんのことが、大好き!」
まるで、口に出すごとに、その思いを確かめるように、桃花は言葉を
色々な感情が、混ぜこぜになったような、素敵な顔で、彼女は笑う。
笑ってくれる。
それは、本当に桃花らしい、真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな、告白だった。
「こんな俺でも……?」
「こんな統斗くんだから、だよ」
自分でも、分かっていることだけど、俺は……、
しかも、女性関係に関しては、最悪といってもいいだろう。すでに三人の女性と、深い仲にありながら、婚約者までいて、その上で、こうしてまた不誠実にも、新たな関係に踏み出そうというのだから、無責任なんて言葉では、片付けられない。
俺という人間が、まさしく、最低の男だということは、分かっている。
だけど桃花は、そんな最低な俺の手を、そっと握ってくれた。
だったら、俺の答えは、決まってる。
最初から、決まりきっている。
「俺も、桃花が好きだ。本当に、本当に、大好きだ……!」
さあ、覚悟を果たそう。
誰にどんな罵倒をされても、そしりを受けても、構わない。
俺は俺の、やりたいことを、やるだけだ。
これでもう、俺たちは、元の関係には、戻れないのかもしれない。これまで通り、みんなで気軽に集まって、気ままにおしゃべりをして、馬鹿みたいに笑い合い、夢のように楽しむことも、できなくなってしまうのかもしれない。
この新たな一歩が、俺たちの……、俺と、みんなの、これまで関係を、
だけど、そんなことは、関係ない。
今だけは……、今だけは、関係ない。
そして、
「桃花……」
「統斗くん……」
俺と彼女の唇が……。
初めて、触れた。
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