7-8
突然だが、いきなり道端の影から、謎の男が
これはなかなか、難しい問題だと思う。
突発的な事態というやつには、人はどうしても、思考が、姿勢が、固まってしまうものだ。状況を認識して、確認して、判断して、決定して、動き出すためには、どうしたって、時間がかかる。
なので、それらの停止時間を乗り越えた上で、まだ相手の刃が、こちらの喉を
悲鳴を上げる?
なるほど、もしかしたら、これが一番、ベーシックな反応かもしれない。
確かに、それができれば最高だけど、失敗してしまえば、痛い目を見てしまう。
神に祈る?
それもアリだけど、個人的には、あまりオススメできない。
それでは、一体どうするのが、正しい行動なのだろうか?
少なくとも、俺の答えは、最初から決まっていた。
「うざっ」
「くっ!」
こちらに向けて、真っ直ぐに振り下ろされている刃渡り三十センチ程度のナイフの
小さな叫び声を上げながら、俺の投げたナイフの
まったく、危ないじゃないか。
「
「うん、大丈夫、大丈夫。
突然の襲撃者に対して、警戒心をあらわにしながら、前に出ようとする桃花を制止しつつ、俺は自らが、前に出る。
せっかく今日のために、お洒落をして来てくれた彼女を、こんな
「
「――シィ!」
まあ、ある程度は覚悟していた展開ではあるけれど、それでも迷惑というか、本当に大迷惑というか、お呼びじゃない感が、物凄い。
こうなったら、さっさとこの問題を終わらせてしまおうと、俺は相手が投げつけてきた手裏剣のような
「まあ、倒す前に、せめて名前くらいは、聞いておこうかな?」
「……
そうして、右手に先ほど俺が投げ返した刃物を、油断なく
しかし、公儀隠密ということは……、つまり、忍者か。
そう言われてみれば、目の前で中腰に構えている中肉中背の男がしている格好は、忍者のように見えなくもない。しかし、逆説的に言ってしまえば、その程度の印象がやっとの、微妙な
もっとも特徴的なのは、その鋭い目だけが外に出ている漆黒の頭巾だろうか。額を守るように装着されている
しかし残りは、純粋な、いわゆるテンプレ的な忍者というよりは、軍隊などで使用されていそうな、特殊部隊の兵装といった雰囲気の方が強いか。あえて言うならば、忍者風にカスタムされた戦闘用スーツといった印象だ。
「公儀ってことは、国の……、
「ふっ!」
とりあえず、相手から情報を引き出してみようと、俺は、ジンゾウと名乗った自称忍者の斬撃を避けつつ、思い付いたことを、そのまま口に出してみる。
まあ、相手を挑発して、冷静さを奪うとか、そういう目的もないではないけれど、今回はどちらかといえば、単純な疑問が、抑えられなかったという側面が強い。
しかし本当に、正義の味方というよりも、必殺が信条の仕事人みたいな雰囲気だ。
「もっと、こう、世界各地の個性豊かすぎる忍者と競い合うメタルっぽい忍者とか、お城っぽい巨大ロボで妖怪と戦うのとか、忍ぶどころか暴れちゃうような、派手なのはいないのか? こんな
「――ふっ!」
こちらの
おお、今のはちょっと、忍者っぽかったぞ! なんというか、俺も男の子なので、そういう分かりやすい忍者イズムには、なかなか弱かったりするのだ。
なんて考えながら、俺は吹き矢があらぬ方向に飛んで、誰かに誤爆すると危ないと思ったので、その全てを空中にある内から
「このっ!」
「それにしても、ハットリジンゾウって……。なんだ、ぐるぐるほっぺの忍者でも、息子にいるのかな?」
その様子を見て判断したのか、今度は懐から短い
いや、閃光弾はいいんだけど、どうせなら、煙玉とかの方が、よかったなぁ……。
「よいしょっと」
閃光による影響によって、視界は一瞬、白く染まったが、それだけだ。意識を集中することで、即座に相手の動きを見極めた俺は、それに合わせて、なかなかの速度でこちらに飛び込んで来た忍者の攻撃を避けつつ、カウンター気味に、奴の胴体に右拳を合わせて、打ち抜いた……。
のは、いいんだけど。
「――ふんっ!」
硬い。
残念ながら、俺の一撃は、思ったような効果は上げられず、結局のところ、相手を少し吹き飛ばすのが、
まあ、多少は加減したのもあるんだけど……。
「へえ、アンドロイド……、ってよりは、サイボークか」
「ちっ!」
あきらかに、普通の人間を相手にした時とでは、拳の通り方が違う。もしかして、あの忍者風スーツに、なにか鉄板のようなものでも仕込まれているのかと思ったが、それよりも、なによりも、芯の方が堅い。
その上で、こうして正面から観察すれば、その根っこは機械的ではなく、あくまで生物としてのエネルギーが
「ああ、だから
「べらべらと、よく喋る……!」
即座に体制を立て直し、まるで蛇が
元々、ジンゾウを名乗る忍者が、俺たちの周囲に人影が少ない時を狙って、攻撃を仕掛けてきたということもあるが、その異変を敏感に察知したヴァイスインペリアルの構成員たちが、すでにこの辺りからの、一般人の避難誘導を完了している。
まったく、事前に対応策を協議していたとはいえ、みんなの迅速な行動には、本当に頭が下がるというか、感謝しかない。
やっぱり、持つべきものは、頼りになる仲間たちだ。
「しっかし、サイボーグ忍者ねえ……。知り合いに、灰色の狐とかいない?」
「
その通り。こんなものは、ただの戯言で、意味なんてない。
適当に言葉を並べ立て、相手を挑発して、揺さぶることで、どんな些細な情報でもいいから引き出そうという、ただの暇つぶしにも似た、あてどもない行為である。
しかし、どうやらこの方法では、目の前の忍者には、イマイチ効果が薄いようだ。
だったら、もうワンアクション、起こしてみるか。
「――ちょいなっと」
「なっ……! ぐはっ!」
俺は意識を集中し、先ほどから、物騒にも俺のことを斬りつけている刃物二つを、破壊という概念そのものをぶつけるイメージで、見事なまでに粉砕してしまう。
予備動作も、下準備も、必要ない。なんの
「ぐっ! がっ! がはっ!」
そのまま、これじゃまるで、
まあ、こんなもんか。
「さて、このように、そっちとこっちの実力差は、歴然なわけだけど……」
俺は適当なところで、この特に面白くも、気持ち良くもない攻撃を、さっさと切り上げて、力なく倒れた忍者に向けて、残酷な現実を突きつける。
そう、悪いけど、これが現実だ。
こうして
流石にそれは、この自称忍者も、
「どうする? まだ続けるか?」
言葉だけで駄目なら、それ以外で分からせる。とりあえずの目的を達成した俺は、せっかく楽しんでいた桃花とのデートを、いきなりぶち壊しにやって来た邪魔者に、それでも慈悲の心を持って、問いかける。
まあ、今ならまだ、それほど時間はかかっていないわけだし、色々な意味で、まだまだ取り戻すことはできるはずだ。
なんて、考えていたのだけれども。
「……悪党が、調子に乗るなよ!」
地に伏せた忍者の、その目は、まだ決して、死んではいなかった。
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