7-7


 幸せは、自分で掴むものである。


 どんなことでもそうだけど、自分から動き出さなければ、幸福というやつは、そうそう簡単に、転がり込んで来てくれるものではない。


 それを掴み取るためには、勇気を伴った一歩が、必要になることがあるわけだが、しかし、それが報われた時には、至上の喜びを味わうことができるはずだ。


 例えば、テストで良い点が取れたとか。


 例えば、部活でエースになれたとか。



 例えば、気になるあの子との、デートとか。



「ごめん、ごめん! また待たせちゃった?」

「ふふっ、ううん、まだ全然待ってないよ!」


 やっぱり、いつかのように、約束の時間より十五分早く到着した俺は、待ち合わせ場所の喫茶店で、もうすでにミルクティーを楽しんでいた彼女に、慌てて駆け寄り、声をかける。


なんとなく、懐かしいような気がして、俺の心は、ふわりと浮き立つ。


「えへへ、今日はよろしくね、統斗すみとくん!」

「ああ、こっちこそ、よろしくな、桃花ももか


 とびっきりの笑顔を見せてくれた少女に、俺も笑みを返しながら、彼女の向かいに腰を下ろす。それだけで、なんだかとても、幸せな気分になれた。



 昨日、いきなりのお誘いだったにも関わらず、喜んでくれた桃花から、色よい返事を貰った俺は、なんだか興奮してしまって、あまり眠れなかった。


 ほとんど突発的に決まったデートだったので、あえて詳細なプランはらないで、それぞれの家で朝食をとった後、ゆっくりこの喫茶店に集まることだけを決めていたわけだけど、どうやら待ち遠しかったのは、お互いに同じらしく、こうして少しだけ早く、無事に合流を果たしてしまったわけである。


 なあに、それなら構わない。

 むしろ、予定よりも長く、桃花と一緒に居られるのだから、幸せでしかない。


 さあ、これからなにして、遊ぼうか?



「あっ、そういえば統斗くん、知ってる?」

「えっ、なになに?」


 とはいえ、焦る必要なんて、まるでない。


 俺は喫茶店のウエイトレスさんに、自分の分のコーヒーを注文してから、じっくりと腰を落ち着けて、桃花との会話を楽しむことにする。


 自分の目の前で、嬉しそうに笑っている彼女の私服が、いつもより、ちょっとだけ大人っぽくて、ちょっとだけ気合が入ってる気がして、おそらく彼女と同じように、今日の服装に悩んだ俺は、ちょっとだけ、嬉しかった。


「あのね、ひかりったら、また……」

「はははっ、まったくあいつは、仕方ないなあ。あっ、そういえば……」


 それから俺たちは、たくさんのことを話した。


 仲間のこと、家族のこと、日常のこと、仕事のこと、この街のこと、組織のこと、昨日のこと、明日のこと、今日のこと、俺たちのこと、なんてことない世話話……。


 とりとめのない話をしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。


 俺のコーヒーが底をついた頃には、もうすっかりと、お昼時だった。


「おっ、もうこんな時間か。どうする? ここでなにか、食べてこうか?」

「あっ、あのね、統斗くん……」


 特に深く考えたわけでもない俺の提案に対して、桃花は少し恥ずかしそうに、頬を赤く染めながら、彼女の隣に置かれていた、ちょっと大きめのバッグを、引き上げて見せてくれた。


 それだけで、桃花がなにを用意してくれたのか分かって、嬉しくなってしまう。


「いいね! それじゃ、今日は暖かいし、公園でも行こうか?」

「……うん! えへへー、天気が良くて、助かったよー」


 こうして、俺は喫茶店の代金を、待たせたお詫びということにして、なんとか桃花に納得してもらい、ちゃんと二人分の代金を払って、次の目的地へと向かう。



 まだまだデートは、始まったばかりだ。



「うーん! 気持ちいいなぁー!」


 まだ二月ということもあり、若干冬の寒さは感じるが、やっぱり、太陽は偉大だ。これだけ燦燦さんさんと日光が降り注いでくれれば、こうして外でご飯を食べることだって、決して苦ではない。


 しかも、隣には愛しい彼女が居てくれるというのだから、なおのことだ。


「えっと、お口に合うと、嬉しいんだけど……」

「大丈夫だよ。桃花の料理が、俺の口に合わないなんて、ありえないから」


 賑やかな公園のベンチに、桃花と並んで腰掛けながら、彼女から手渡してもらったお弁当箱を開ければ、そこには、俺の好みを見事についたおかずの数々が、まるで、宝石のようにキラキラと輝いていた。


 それは、懐かしさすら感じる安心感である。


「うん、やっぱり美味しい」

「えへへー、よかった! 久しぶりだったから、ちょっと心配だったよー」


 とりもなおさず、見るからに美味しそうな卵焼きをかじれば、少し甘めの味付けが、俺の口の中を幸せにしてくれる。本当に、種類だけでなく、味付けまでも俺好みだ。


 でも、そうか……。


「これまで色々忙しかったし、学校も休みだからなぁ……」


 忙しかった……、なんていうのは、言い訳の常套句じょうとうくだけど、実際問題として、これまでの俺たちは、まさしく、自らの生き残りを賭けるほどに、忙しかった。


 つまり、それだけ、余裕がなかった、ということなのだろう。

 

「桃花の手料理って、好きだから、なんだか嬉しいよ」

「本当は、毎日でも作ってあげたいんだけど……、なんてね! えへへっ!」


 それを思えば、こうして桃花と、二人並んで、彼女の手料理に舌鼓を打てるとは、なんたる幸福であることか。可愛らしく、照れたように笑う桃花に、俺も笑いかけることができるなんて、どれほどの幸運であることか。


 それが、俺たちの勝ち取った平穏だというのなら、こんなに誇らしいことはない。


「でも、学校かぁ……。なんだか、懐かしい気もしちゃうな……」

「だよなぁ……、まさか学校に行きたいなんて、思う日が来るなんてなぁ……」


 とはいえ、まだ全てが元通りというわけでもない。


 確かに、俺たちヴァイスインペリアルの再起と、この街の復興は、メキメキと果たされているけれど、例えば学校なんかは、校舎の再建は終わっても、雇うべき職員が公務員であると言う関係上、悪の組織の街とバレてしまった今となっては、なかなか人員を集めるのが難しかったりするのだ。


 ここら辺は、今後解決していくべき課題といえるだろう。


 とはいえ……。


「でも、またこうして、桃花とのんびりできて、よかったよ……」

「本当だねえ……」


 こうして、また再び、人々の暖かい笑顔があふれる公園で、こんなにも穏やかな時間を過ごせるという事実には、素直に喜んでもいいことだろう。


 そう、なにか一つでも欠けていれば、こんな平穏は、ありえなかった。


 例えば、桃花たちが、正義の味方だった頃のマジカルセイヴァーが、国家守護庁こっかしゅごちょうの命令にそむいてまで、悪魔マモンに立ち向かい、この街を守ろうとしてくれなければ、果たして、あの戦いはどんな結末を迎えていたのか、想像するのも恐ろしい。


 それは、俺にとっては感謝でしかないが、みんなにとっては、誇りにして欲しい、純然たる事実である。


「さて、それじゃあ今日は、そんな幸運に感謝しつつ、パーッと楽しみますか!」

「うん! それじゃあ、これからどうしようか?」


 俺と桃花は、互いの顔を見つめ合いながら、心の底から笑い合う。


 まだまだやるべきことは山積みで、本当は、なにも解決していないのかもしれないけれど、それでも今は、今だけは、こうして自分が笑える幸せを、彼女の笑顔を見ることができる喜びを噛み締めて、明日への英気えいきやしなおう。


 それでは、二人きりのランチを楽しんで、それからなにをするのは……。


 また二人で、決めようか。




「おっ、やるな、桃花!」

「えへへっ、簡単には、負けてあげないよ!」


 そこからは、まさに幸福に大盤振る舞いだ。


 営業を再開した駅前のゲームセンターで、二人で勝負を楽しんで……。


「うーん、やっぱり美味しい!」

「本当だ。甘すぎないで、食べやすいな」


 今度、竜姫たつきさんや、他のみんなと一緒に行こうと約束したケーキ屋さんで、下見と言い訳して、一足お先に楽しんでみたり……。


 俺と桃花はやりたいことを、気兼きがねなく、誰に遠慮することなく、その場その場の思い付きに、そのまま飛び込み、笑い合う。


 ああ、これが幸せだ。幸せというやつだ。


 この幸せが、永遠に続けばいいと、俺は本気で、そう思っていた。


「さてと」


 しかし、どんな素晴らしい幸福でも、壊れるのは、一瞬だ。


「それじゃあ、次は……」


 俺と桃花が、笑いながら、次にどこで遊ぶのか、路上で考えてた……。


 その時だった。


「お命、頂戴ちょうだい!」


 幸せな二人に、突如とつじょとして凶刃きょうじんが、振り下ろされたのは。


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