7-4
「あっ、
悪の組織、
その
「本日は、突然お呼び立てしてしまい、申し訳ありません……」
「姫様、ご安心ください。こいつは、ただ暇そうに遊んでただけですから」
俺の後ろから出てきた
いやはや、反省である。
「まあ、そうですね。気にしないで下さい、
というわけで、俺は気持ちを切り替えて、こんな自分なんかを、わざわざ出迎えてくれた少女に……、八咫竜の
「ここに来るのは、そんなに大変じゃ、ありませんし」
だって、本当に、まったく、これっぽっちも、苦労なんてしてないし。
俺たちヴァイスインペリアルの傘下となった悪の組織の中でも、特に主要な組織に対しては、ワープを使用するための転送装置を設置しているので、その行き来には、ほとんど時間がかからない。
もちろん、誰にでも無差別にワープが使えてしまうと、色々と面倒なことになってしまう可能性もあるので、俺たちヴァイスインペリアル以外でワープが使えるのは、各組織の中でもトップか、それに準ずる者たちに限らせてもらっているけど、これは別に、相手を信用していないからとか、そういう問題でもなかったりする。
単純に、俺たちのワープ装置が、まだ大量の物質を無差別に移動させられるほど、本調子ではないというのもあるし、多人数にあまり自由に使われてしまうと、それを制御している俺たちヴァイスインペリアルの負担も、跳ね上がってしまう。
なので、今の段階では、ワープを使用できる人間を限定することで、その使用目的を意図的に狭め、あくまでも、各組織が
ちなみに、許可されていない人間が、無理矢理ワープ装置を使おうとすると、不正アクセスへの対抗処置として、いきなり深海だの、火山の中だの、宇宙空間だの適当な場所に放り出されるか、そもそも転送に失敗して、
とはいえ、当然ながら、俺や竜姫さん、それに朱天さんが使う分には、なにも問題はないので、非常に便利な移動手段であることには、間違いない。
つまり、俺たちの街と、この龍剣山では、直線距離にすれば千キロ以上離れているわけだけども、そんな物理的な問題は関係なく、まさに一瞬で、隣の家に遊びに行くくらいの感覚で、
そういうわけで、いきなり呼ばれても、俺はまったく苦労せず、ここまで来ることができるので、竜姫さんが気に病むことは、本当に、なにもないのである。
「そういえば、八咫竜の状況って、今はどんな感じなんですか?」
だから、俺は相手に気を使われることのないように、いたって普通の調子て、俺の前を歩いて、どこかに案内してくれている竜姫さんに、近況を聞いてみる。
やっぱり彼女とは、もっと
「あっ、そうでした! 実は、
「おおっ、そいつはいいですね!」
嬉しそうな竜姫さんからの報告は、俺にとっては朗報だ。
つい先日まで、八咫竜の内部で反乱を起こしてた者たちといえども、彼らも貴重な戦力であることには、変わりない。特に白奉などは、老兵と呼ばれてもおかしくない年齢だけど、
状況が状況なので、使える戦力は、少しでも多い方がいいのだ。
「とはいえ、まともに仕事をしているのは白奉と、その後ろについて、なにも考えていない
「あ、あれ? そうなんですか?」
しかし、素直に喜んでしまった俺に釘を刺すように、朱天さんが続けた。
「
まあ、あの三人については、今回の騒ぎの
「えっと、それじゃあ、残りの……、
「それが、あれ以来、蒼琉は自分の部屋に閉じこもってしまいまして、まったく外に出てこないのです……。それを心配したのか、空孤もつきっきりで……」
あー、そうなんだー……。
なんというか、あの二人の撃破を担当したのは、俺自身なわけだが、もしかして、ちょっぴりだけど、やりすぎてしまったのだろうか? これからは、素直にこちらの言うことを聞いてもらえるようにしようと、徹底的に相手の心を折りにかかったわけだけど、もう少し、加減をするべきだったかもしれない……。
とはいえ、蒼琉くんは、まだ若いわけだし、これからの
だから、頑張って立ち直ってくれよ、若き天才剣士!
俺にはなんにも、できないけれど!
「……なんというか、責任放棄の気配を感じるが」
「やだなぁ、気のせいですよ、朱天さん」
「あっ、ここです、統斗さま!」
なんて、ちょっとした確認をしているうちに、どうやら目的地に到着したようで、笑顔の竜姫さんが、ふわりとこちらに振り向いた。
うーん、可愛いなぁ。
「へえ、ここが! ……あの、それで、ここは一体、どんな場所なんですか?」
なんというか、竜姫さんの可憐さに気を取られて、今までまったく気にしなかったけれども、そういえば、俺はなぜ、ここに呼ばれたのだろうか。
俺を呼びに来てくれた朱天さんは、なぜだか機嫌が悪くなってしまったので、その辺りの話を、まだ詳しく聞いていなかったりするのだけれども……。
位置としては、巨大な龍剣山の最下層……、しかもその、奥の奥にある人気のない重苦しい真っ黒な扉の前で、俺は頭をひねるしかない。
「まあ! 私ったら、なにも言わずに……。申し訳ありません、統斗さま……」
「謝る必要はありませんよ、姫様。悪いのは、全てこいつです」
いや、確かに俺は、別に竜姫さんを責める気はないので、そんなに頭を下げられても困ってしまうのだけれども、朱天さんのように、冷たく突き放されてしまうのも、それはそれで困ってしまう。
とりあえず、簡単な説明くらいは、受けておきたいだけなので。
「実は
「えっ、もしかして、あの謎すぎる老婆について、なにか分かったんですか?」
なんと、真剣な顔をした竜姫さんの口から出てきたのは、割と意外な人物だった。
八百比丘尼。
大昔に人魚の肉を食べたとかで、永遠の命を得てしまったという伝説を持つ人物の名前だが、実際のところ、あの小柄な体格で、しわがれた怪鳥のように笑う老婆が、自身のことをそう名乗っているというだけで、それが驚愕の真実なのか、くだらない嘘なのかすら、まったく分かっていない。
「いえ、それはまだなのですが……」
「あの気味の悪い老人が、以前から黒縄と接触していた様子だったからな。あれから総力を挙げて調査しているが、
うーん、やっぱりなぁ……。
困ったように目を伏せてしまった竜姫さんを
なぜなら、そんなに簡単に痕跡を残してくれるような相手なら、俺たちは、こんな苦労はしていないからである。
「そうですか……。この件に関しては、俺たちも頑張っているんですけど、あの老婆の尻尾どころか、手掛かりすら掴めてないんですよね……」
俺たち悪の組織と、正義の味方を取り巻く状況が二極化してきた中で、あまりにも不確定要素すぎる八百比丘尼の探索、もしくは正体の看破は、足元を固める意味でも重要な案件として
正直、これだけ多くの悪の組織が、これほど必死に調べているというのに、こんなにも情報が出てこないというのは、異常事態というしかない。
「そうなのです!」
「は、はい?」
そんなことを考えて、ちょっぴり憂鬱な気分になってしまった俺に対して、普段はおしとやかな彼女にしては珍しく、竜姫さんが元気に、ぴょこんと跳ねた。
「私たち八咫竜だけでなく、統斗さまたちヴァイスインペリアルの皆さんも、そして他の悪の組織さんたちも、これだけ頑張っているのに、なにも分からないのです!」
「う、うん。そうですね?」
なんだろう、竜姫さんの言っていることは、まったくその通りで、まさに
それよりも、いつもとは違って、ちょっぴり張り切っている竜姫さんが、可愛くて仕方がないぞ!
「ですので、ここは思い切って、別の角度から調べてみようかと思いまして」
「……別の角度?」
なんて、まったく関係ないことに気を取られそうになっていた俺だけど、竜姫さんからの提案に、思わず背筋を伸ばしてしまう。
そういう意見は、どんどん聞きたい。
「はい。実は統斗さまが、あのお婆さまの使っていた黒い力が、この八咫竜に伝わる龍脈の力に似ていると言われていたのを、思い出しまして、そちらの線から、追ってみようかと考えているのです」
「おお、なるほど!」
そうか、そうだった。
なんの確証もない、俺の直感でしかないけれど、あの老婆が、まるで大地から吸い出すようにして、自在に操っていた漆黒の
つまり、もしかしたらの可能性になるけれど、八咫竜に伝わる龍脈について調べていけば、どこかで八百比丘尼の使う黒い力に行き当たるかもしれないし、そこから、相手の正体に関する糸口が、掴めるかもしれない。
それは、あまりに細い糸ではあるけれど、この八方塞がりにも思えてしまう状況を考えれば、やる前から無駄だとは、誰にも言いきれないだろう。
「とはいえ、現在
だけど、朱天さんの口振りからすると、それも決して、簡単な話ではなさそうだ。
まあ、気付いただけで、即解決するならば、苦労はないか。
「ですから、ここはさらに、もっと古い記録を、調べてみようと思います!」
しかし、それでも竜姫さんの表情は明るく、決意に満ちている。
どうやら、なにか策があるみたいだ。
「これは、私たち八咫竜が生まれた時……、この龍剣山に
おお、それは凄い! というか、期待できそうだ。
確かに言われてみれば、この目の前の重厚な扉は、あの
もしかしたら、あの神器と同じくらい重要な物が、そこにはあるのかもしれない。
「だが、それと同時に、ここを開けられるのは選ばれし王だけであるという警告も、
ふむふむ、そういうことか……。
朱天さんの言葉を聞いて、そして、実際に問題の扉を前にして、俺は、俺がここに呼ばれた理由に思い至る。
どうやら、話が見えてきた。
「なるほど。つまり、そこで俺の出番ってわけですね?」
「はい。統斗さまに、この封印を解いていただけましたらと……」
天叢雲剣を……、正確には、天叢雲剣の中にあった力を手に入れた俺は、その伝承に従って、八咫竜という組織の中では、まさに選ばれし王ということになっている。
要するに、俺には、この厳重な封印を解く権利が、あるというわけだ。
「了解です。それじゃ、試してみましょうか」
そうと決まれば、善は急げと……、まあ、この行為が善なのかどうかは分からないけども、とりあえず、やるべきことをやっておこうと、俺は目の前の重苦しい扉を、じっくりと、この目を使って、観察してみる。
取っ手どころか、鍵穴すらない漆黒の扉は、重苦しい威圧感を放っていた。
「どれどれ、えーっと……」
あー、そういうことか。
なんというか、八咫竜の皆さんが、律儀にその絶対順守の命とやらを守る人たちでよかったというか、これって、強引に扉を開けようとしたら、この奥に
危ないなぁ……、なんて思いつつ、俺は意識を集中させる。
「……あらよっと」
とりあえず、やるべきことは分かった。
俺は真っ黒な扉の中心に、自らの右手を軽く当てて、この身の宿る破壊の力を解き放ち、慎重に、この扉に仕掛けられたセキュリティーと組み合わせる。
その瞬間、閉ざされていた扉は、まるで砂のように、さらさらと崩れ去った。
「わあ、流石は統斗さまです!」
「ふん、このくらいは、できて当然だな」
優しい竜姫さんと、厳しい朱天さん。それぞれ言い方は違うけど、二人とも喜んでくれているのは分かるので、俺も嬉しい。
やっぱり、人の役に立つというは、気分が良いものなのである。
「さてさて、なにがあるのかなっと……」
とりあえず、開いた道の一番近くにいる者として、その先に、特に罠の
「おおっ! なにやら面白そうなものが、沢山あるぞ!」
そこは、あまり大きな部屋ではなかったけれど、素人の俺から見ても、あきらかに歴史的な価値がありそうな調度品や置物、あるいは武具のようなものなどが、整然と壁に飾られ、辺りには、なにかを仕舞っている様子の木箱が、沢山置かれている。
どうやらここは、いわゆる、倉庫と呼ばれる場所のようだった。
「どれどれっと……」
俺はとりあえず、近くにあった本棚から、
やっぱり、物事を調べるなら、こういう本からだよね……、って思ったんだけど。
「……読めない」
残念なことに、開いた本のページの上で、まるで、のたうつ蛇のように暴れているのは、俺には、もう上手いのか下手なのかすらも分からない、ただ毛筆のようなもので書かれたことだけは分かる、かすれた黒い線だった。
うん、なにが書いてあるんだか、さっぱり分からん……。
「これは、八咫竜に伝わる古代語のようですね……。非常に
俺の横から、ちょこんと顔を出して、本の中身を確認した竜姫さんが、少し困ったような顔をしているところを見ると、どうやら、こいつが読めないのは、俺がアホなせいではないようなので、そこだけは安心してしまったのは、ここだけの秘密だ。
しかし、だったらこれから、どうするべきか……。
「姫様が、ご無理をなさる必要は御座いません。おい、八咫竜には、古くから歴史に関する研究を専門に続けてきた部門がある。後のことは、その者たちに任せることになると思うが、それでいいな?」
「そうですね。お願いします」
とはいえ、それほど悩む必要はない。朱天さんの言う通り、こういう自分だけでは難しいことは、それが可能な者に、
いくら悪の総統といったって、自分一人で、なんでもかんでも、できなければいけないというわけでは、ないのだから。
とりあえず、俺にできるのは、俺がやるべきなのは、ここまでだろう。
さて、そうなると……。
「……ところで、ここの調査を、その専門チームに任せるってことは、竜姫さんは、これから時間が空くってことですか?」
ちょっとだけ、思いついたことがあったので、俺は、興味深そうに辺りを見渡している竜姫さんに、確認を取ってみる。
うん、こういうのは、思い立ったが吉日というし。
「そうですね。今日はもう、私の仕事は残っていません」
「おー、そうですか、そうですか……」
うん、それなら、大丈夫かな?
俺も竜姫さんも、悪の組織の頂点に立って、日々頑張っているわけで、そんな立場にいる以上、いついかなる時に、不測の事態に直面するとも限らない。だからこそ、俺たちは上に立つ者として、いつも気を張っているわけだけど……。
しかし、だからこそ、少しでも余裕があるのなら、好きなことを、好きなように、やるべきなのだ。そう、我慢なんて、する必要はない。
俺たちは、悪の総統なのだから。
「それじゃ、俺と一緒に、息抜きでもしませんか?」
さあ、やりたいことを、始めよう。
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